2-30.
前話あらすじ
位牌回収依頼四日目。受け持ち分も後少しというところまできた。
そんな中、一行は武器を所持した集団を見つけるのだった。
※前話は五月二日(土)の投稿となります。
武装した集団を目撃した一行は、素早くブロック塀に囲まれた空き家となっている敷地の内側へと身を隠した。
セイルは全員がブロック塀の陰に隠れた後、敷地への出入り口となる門から先ほどの集団がいた方向を覗き見た。
「建物に入ったな……どう思う?」
セイルは視線の先で立ち止まっていた十人強の集団が、一つの建物へと入っていったことを確認してから仲間へと顔を向けた。
「俺の考えが正しかったら、まともに関わると面倒なことになるかもな」
少し黙考してから彰弘はそう返した。
彰弘は目にした集団の容姿格好と、その集団の目の前にある建物を合わせて考え自分の予想を口にした。
「理由は?」
「距離があったから断言はできないが、あれは恐らく日本人だ」
「髪の色から日本人だろうってとこは想像つくから、そこは同意できる」
元サンク王国民にも黒や茶などの髪色を持つ人はいるのだが、その割合は他の髪色と比較して多くも少なくもない。そのため、現状であのような場所に元サンク王国の国民十数人が集まることはありえなかった。
ちなみに、元惑星リルヴァーナ全体で見た場合でも、総合的な髪色の割合は元サンク王国とほぼ同等である。
「で、あの集団の先にある建物は確か人権を謳っている団体の支部のはずだ」
見かけた集団に対する意見の一致後、彰弘はそう言葉を続けた。
「うん? 意味が分からん。別に人権云々は珍しいことじゃないだろ?」
「そうなんだけどな。あの建物の人権団体は自国内にいる特定国の外国人のために動いているんだ。もっとも、表向きは違うけどな」
彰弘の言葉にその場の全員が考えを巡らす。
そして、口を開いたのはレンだった。
「そう言うことですか」
彰弘は呟くレンに頷くことで返した。
レンはその仕事柄、世界の融合に関してこの場で一番情報を持っていた。そのため、いち早く彰弘の言葉の意味を理解したのである。
「あー、もう。のんびりしてていい場じゃねーんだ。説明しろ説明」
考えるのを諦めたセイルが大声にならないように気を付けながら声を出した。
差し迫った危機があるわけではないが、確かにセイルの言うようにのんびりしている場合でもなかった。
「簡単に言うと、あの人権団体であれば融合前に帰国しなかった我らが国に敵意を持つ人物を匿っている可能性がある、と言うことです」
「なるほどな」
レンの説明にセイルは納得した。言葉が通じない、しかもそれを庇う者がいるであろうことが推測できたからだ。
共通語ではない言語を話す人物とセイルは会ったことがある。それは、数日前まで行っていた、日本人の生き残り捜索依頼の最中のことであった。
そのときは実際に共通語を話せない人物との遭遇が初めてで半信半疑であったし、助けるべき普通の人達がすぐ近くにいた。だから共通語を話せない人物は避難拠点を守る兵士へと引き渡しただけで終わっていた。
「さて、どうしますかセイル? どう動くにしても情報が足りません」
ライのその言葉にセイルは目を閉じる。
「偵察するか」
そして数秒後、閉じていた目を開いたセイルはそう声を出した。
光学迷彩に似た原理の魔法『カモフラージュ』をライにかけてもらい、姿を消したディアが偵察に出て十分ほどが経った。
今後の行動についての話し合いを終えた残った一行は、話の内容を雑談へと変えている。当然、声は小声で周囲の警戒も怠っていない。
「そう言えば聞きたいことがあったんだ。罠師ってなんだ?」
偵察に出る前のディアの口から聞こえた単語を思い出し彰弘が声を出す。
偵察前に余計な時間を取らせるの如何なものかと考えたため、彰弘は今の段階になって疑問を口にしたのだ。
「ん? ダンジョンなんかで罠を調べたり、今回みたいな場合に偵察を行ったりすることをメインにする技能を持った連中の総称だな。俺みたいのを戦士とかファイターと言ったりするのと同じさ」
なるほどと彰弘は頷く。
その話を聞いていた瑞穂が口を開いた。
「ふーん、ファンタジーな小説とかに出てくる盗賊みたいなもんかー」
「瑞穂。罠師にそれは禁句だから覚えとけ。両者共に持っている技術は似ているが、盗賊はその名のとおり賊だからな」
「あぶなっ。聞いてなかったら絶対言ってたよ」
セイルの忠告に、少し大げさな態度で瑞穂は言葉を返した。
そんなやり取りを見ていたレンは心の中で「これは、一般常識としての情報に載せといた方がいいかもしれませんね」と呟いた。
そんな風に暫く雑談を交わしていた一行だったが、セイルの「戻ったか」との発言で会話をやめる。そして敷地内に素早く入り込んだ『カモフラージュ』が切れた状態のディアに注目した。
「魔法が切れる前に戻ってこいよ」
セイルがため息混じりにディアへ声をかける。
「そのつもりだったんだけど、思ったよりも広くてね。一応、切れる前にあの場は離れたし、念のために回り道してここまできたから大丈夫だと思う」
「それで、どうだった?」
本職ではないとは言え、ディアのその実力を知っているセイルは相手に見つかってはいないだろうことを確信している。
それは同じ竜の翼のメンバーであるライとミリアも同じらしく、その顔には特に変化はなかった。
「そうだね、正確な数は不明だけど大体五十から六十人くらいいた。男女比は男四に女が六、年齢はバラバラだったけど二十代以下に見えるのは少なかったね」
「ちと多いな」
「そうですね。一所に纏まってくれていれば、拘束系の魔法で動けなくすることができますが、少しでも離れられたら無理でしょう」
ディアから聞いた人数についてセイルとライがそれぞれ意見を言う。
「後、少し変に思ったんだが、一部で何かの絵を使って指示を出しているような場面があったよ」
「面倒事が当たったかもしれませんね。先ほど言った敵意を持つ外国人に話は通じません。ところが、描かれた絵を使ってのコミュニケーションをすることができます。もっとも、だからと言って、敵意をなくすなどということはないようですが」
レンが横から話に加わった。
帰国せずに残った敵意ある外国人については、日本国そしてサンク王国としても対策を行っていたが万全とは言えない状態で融合を迎えてしまった。そのため神託を信ずる他なかったのだが人が人を裁くのである、例え神託であったとしてもその内容を楯に自らがこれから行う行為を正当化する訳にはいかなかった。そのため、自らでも見極めをする必要があったのだ。
このような理由で融合当初から国家機関である総合管理庁と司法庁、それに軍事庁は共同で理解できない言語を話す者についていろいろと試していた。言葉を覚えさせることは可能か、文字を理解させることは可能かなどだ。しかし、それらについては一向にその兆しすら見えなかった。
そんな中で辛うじてコミュニケーションを取れたのが、絵とボディランゲージだった。ただ、レンが口にしたように敵意をなくさせることは不可能だった。と言うよりは不可能と早々に判断した。
コミュニケーションが取れると分かった直後のことだった。複数の簡単な絵を用意し、それを並べて意味のある言葉として理解させようとしていたとき、いきなり共通語を話せない者が激昂した。慌てて数人で押さえつけたが初めは何に反応したのか分からなかった。暫くして共通語を話せない者が落ち着いたのを見計らって、先ほど並べた絵を順番に見せていった。すると特定の絵柄に反応して激昂することが分かった。
その絵柄とは、白地の中心に赤い丸が描かれたものだった。そう、共通語が話せない者は、偶然にも同じであった日本国とサンク王国の国旗に激昂していたのである。
神託の影響とこの出来事により、共通語を話せない者は完全に国家に反逆する者として扱われることになったのである。
なお、ライズサンク皇国の北に位置するノシェル公国と南に位置するサシール公国の国旗も日の丸であった。違いは僅かに中心の赤い丸の色合いが違うだけである。
「本当にやっかいだな」
レンの話を含めて、頭で対応方法を修正しセイルはため息をつく。
「まだ、何かありそうですね、ディアさん」
横目でセイルを見ていたミリアが、ディアの様子にまだ何かあると感じ声を出した。
「ああ。ただ、少しばかりこの場では言いにくいな……」
ミリアに答えるように、少し顔をしかめて口を開いたディアは四人の少女へちらりと視線を向け言いよどんだ。
そんなディアの様子に少女四人はお互い顔を見合わせ、何やら小声で相談する。そして結論を出した。
「問題ありません。恐らく拷問強姦の類かと考えます。それならば話してください」
紫苑の口から流れる声に少し目を見開いたディアはその顔をセイルに向ける。
セイルは頭をかくと彰弘へと視線を送り、彰弘の反応を待った。
「話してくれ」
彰弘は少しの逡巡の後、短くそう言った。
避難拠点の治療院で目覚めてから今日まで、彰弘は少女達と四六時中と言っていいほどに行動を共にしてきた。そのため、少女達四人だけで話している会話の内容が偶然にも聞こえてしまったことがある。
その聞こえた会話の一つに瑞穂と香澄は小学校で男に襲われたことに対して、ある程度のトラウマになっているとの会話があった。内容はそれだけではなく、どうしたらそれを克服できるかにも及んでいた。
彰弘がディアに対して話すように言った訳は、そんな少女達の会話を聞いていたためだった。
「気が進まないけど……。あそこにいた全員が知っているかは分からない。でも、一つの部屋で男女がまぐわっているのが見えた。いや、正確には男が女を犯しているのが見えた。女の方は泣いていたからね」
話している内に怒りが込み上げてきたのだろう、ディアの顔は険しいものとなっていた。
彰弘は少女達の表情をそれとなく見る。
六花と紫苑の目が鋭くなっていた。
瑞穂と香澄は瞳を揺らしていた。そしてお互い顔を見合わせそれぞれの名前を口にした。
「瑞穂ちゃん」
「香澄」
一瞬の間の後、香澄から声を出した。
「歯、食いしばってね」
「香澄こそ。こんなことで躓けないんだから。歯を食いしばりなさい」
「うん。わかってる」
「これからのために」
「そうだよ」
他人には意味が分からない会話を二人は続ける。
そして、瑞穂と香澄は座ったまま向き合い、右手を握り込み後ろへ大きく引いた。
「いくよ」
「いいよ。せーので思いっきりね」
「「せーの」」
唐突に会話を始めた二人に視線が集まるが、当人達は気にせず引いた拳を突き出した。
ゴッ、と言う鈍い音と共にそれぞれの拳は相手の片頬へと直撃した。
呆気にとられる大人達。
予想していたのか大人達よりは変化が少ない六花と紫苑。二人の顔は誰にも気付かれない程度で、良かったと言う表情が浮かんでいた。
「いい拳だったよ、香澄」
「瑞穂ちゃんこそ」
「これでもう大丈夫」
「うん。わたしも」
瑞穂と香澄の二人はとても良い顔で笑い合った。
一番最初に復帰した大人は彰弘だった。
「二人共、ちょっとこっち来い」
そう言って彰弘は二人を呼び寄せる。そして無言のまま近づいてきた二人の頭を両の手で鷲掴みにした。
「え? あれ? ちょっとイタ、イタタタ」
瑞穂は声を出して痛がり、香澄は声を出さすに痛がる。
二人の頭を掴んだ手に少しずつ力を入れながら彰弘は口を開く。
「さて、二人共。さっきの行動の説明をしてもらおうか」
「彰弘さん、痛い痛いって。ちょ、目がマジ。イタタタタ」
「せつ……めい、しますから。緩めて……ください」
香澄の言葉で少しだけ力を緩めた彰弘は話を聞く体勢をとる。もっとも、手は二人の頭にあるままだから、正しい体勢とは言えないが。
ともかく、二人の説明が始まった。
・小学校で襲われたことが少しトラウマであったこと。
・それを乗り越えなければ今後強くなれないと思っていたこと。
・今回のことが、乗り越える機会だと思ったこと。
・ディアの話を聞いて身体が震えたこと。
・殴りあったのは気合を入れるためだったこと。
説明を聞き終わった彰弘はため息をついてから二人の頭を解放した。
「まったく。もっと他に方法はなかったのか? いきなりで心配しただろうが」
彰弘は瑞穂と香澄に脱力したという感じで言葉をかける。
言葉の対照となった二人は、解放された瞬間に近寄ってきたミリアに治療されながら「ごめんなさい」と謝罪をした。
その後、話し合いにより援軍を呼ぶこととなった。ディアの偵察から推測するに、単純に相手を倒すと言うのならば現状の戦力で問題はなかった。しかし、保護しなければならない相手の所在やその数が不明なため、今の人数では不足との結論が出たからだった。
避難拠点へ向かうのは、総管庁の職員であるレンと、その護衛兼移動の足としてセイルが同行する。
この場所から避難拠点までの距離は四キロメートルほどで、身体を鍛えていないレンの足でもそう時間はかからない。しかし、急ぐべき事実があったため、不恰好ではあるが今回はセイルがレンを背負い走ることになったのだ。
色々と問題のある方法だが、今現在の状況で時間の短縮を考えた場合、最適解と言えた。
なお、セイルとレン以外は不測の事態が起きた場合のためにこの場で待機となる。虐げられている人達がいたのだ。確率は低いかもしれないが、その人達が助けを求めて出てくる可能性を無視するわけにはいかなかったのである。
お読みいただき、ありがとうございます。
次の投稿はいつも通り、土曜日(五月九日)予定となっております。
二〇一五年五月十四日 二十時二十分
共通語を話せない者の見極めの理由部分(話中盤あたり)に、国としても対策を行っていた表現を追記。