2-29.
前話あらすじ
彰弘とミリアは謎の二体、そしてその二体から与えられたマジックバングルについて話し合う。
しかし、結局のところ二体については不明、マジックバングルについては現状一般的ではない事実を確認できただけで終わるのだった。
位牌回収依頼は四日目に入り、竜の翼パーティーの受け持分は残り五分の一ほどとなっていた。
依頼の進捗は概ね順調であった。これは魔物や野盗などと遭遇しなかっことが大きい。規模により程度の差はあるが、仮に遭遇した場合はその対応に相応の時間が取られるからだ。また、一行が位牌の回収に関わる行動に徐々に慣れていったことも依頼を順調に進められた理由でもあった。
ただし、概ね順調と言う言葉からも分かるように、順調ではなかった部分もある。それは依頼遂行までの時間が予定よりも延びたことである。しかし、その延びた時間は無意味に消費された訳ではなく、今後を考えると非常に有益なことだった。
その一つは、瑞穂と香澄が碌な言葉も交わせずに別れなければならなかったそれぞれの片親と最後の会話ができたことだ。親の死を確定させてしまう出来事ではあったが、最後に言葉を交わせたことで二人は区切りをつけることができた。それはこれからも生きていく上でとても大切なことであった。
残りは地中産であるはずの魔石を取得できたことと、彰弘の部屋で起こった出来事だ。
地中産の魔石は保有魔力が同じ魔物産の魔石よりも数倍の価値がある。そのため、換金することで今後彰弘達が生活していくための十分な資金となる。仮に換金せずに所持していても冒険者を続ける予定の彰弘達には繰り返し魔力の補充を行える貴重なアイテムであった。
彰弘の部屋で起こった出来事も有益だと考えられる。普通の魔法の物入れには存在しない数の制限はあるものの、ここまで必要なのかというほどの大容量を収納できるマジックバングルの入手。戦闘方法の幅が広がると竜の翼メンバーが絶賛した彰弘の部屋にあったアニメが保存された映像記録水晶とそれを再生する魔導具の入手。そして、彰弘が魔法を発動できなかったことの理由の判明。これらは消費した時間以上の価値が確かにあった。
このように様々な理由で依頼以外にも時間を使っている一行であったが、それらは全て時間以上の価値があった。そのため、依頼完遂への多少の遅れは気になるほどではなかったのである。
しかし、依頼の進捗とは別に懸念する事項はあった。それは彰弘の部屋で遭遇した謎の二体である。ただ、謎ではあったが敵対する感じは受けていない。そのため、何とも理解し難い存在ではあったが、今は気にしても仕方ないとの結論に一行は至ったのである。
雲ひとつない空に浮かぶ太陽は昼を少し過ぎた位置を示していた。
竜の翼と断罪の黒き刃、それと同行者であるレンの一行は位牌の回収が一段落ついたため、少し遅めの昼食を取っていた。
昼食を早々に食べ終えたセイルはお茶を啜りながら視線をある方向に向けた。そして、呆れを顔に表した。
セイルの視線の先には、車座で昼食を取りながらああでもないこうでもないと意見を活発に交わす六人がいた。少女四人とライにミリアである。
「やれやれ立ち直ったのはいいが、よくもまあ続くもんだ」
「落ち込んでいるよりはいいじゃないのさ。あそこまで落ち込むのを見ると、自分が悪いわけじゃないのに申し訳なくなる」
セイルの呟きに、二日前の少女達を思い出したディアがそう返した。
「あのときは何事かと思ったがな」
ディアの後に続いたのは彰弘だった。
「襖を開けて、いきなり六花にタックルされるとは思わなかった」
顔に笑いを浮かべそう言う彰弘にレンが「すみません」と声を出す。
そんなレンに「誰のせいでもないから気に病むな」と彰弘は苦笑と共に言葉を返した。
二日前、彰弘の部屋で映像記録水晶に保存されていた伝説の戦士である少女達が戦うアニメを見終わった六花は、その中で使われた決め技を現実で使いたくなった。これは六花以外の三人も少なからず思ったことであった。
この思いは融合前だったならば笑い話の類だが、今ならば魔法と言うものがある。だから突拍子もないとは言えなかった。
しかし、六花が使いたいと考えた決め技に問題があった。それはシリーズ第二作目の主人公達が使った決め技の一つだったからだ。
その決め技は二人の主人公が手をつなぎ、それぞれが黒と白の雷を召喚し身体に降ろす。それから手のつなぎ方を変え、つないでいない方の手を後ろへと大きく引くと同時に拳に雷の力を溜め込む。最後に掛け声と共に引いた手を勢いよく前へと突き出し、降ろし溜め込んだ雷を放出し融合させて相手を攻撃するのである。
では、この技の何が問題かと言うと、それは使われるのが雷だということだ。融合した後のこの世界には電気が存在しない。故に放電現象である雷も存在しないのである。
このことをその場にいた四人の少女は誰一人として知らなかった。避難拠点に用意されていた融合後の世界に関する簡単な説明を記した冊子には書かれていたのだが、彰弘のことや自分達が強くなることにだけ集中していた少女達はその冊子を読むことをしなかったのである。
そんな状態だった少女達だ。アニメを見終わり、その技についての話に花を咲かせているところへと投げ込まれた、レンの一言に愕然とするのも無理はなかった。
特に六花の状態は見ていて可哀想になるほどだった。レンの雷がないと言う話を聞いて動きを止め、やや間を置いてから両手を畳に着けて項垂れた。そして肩を震わせすすり泣き始めた。
急に静かになったなどと思いながら彰弘が襖を開けたのはそんなときだった。何故か六花が泣いている。残りの少女三人もどういう訳か呆然としている。同じ部屋にいた大人四人は困った顔をして少女達を見ていた。
なんだこれはと、状況が分からず疑問を口にしようとした彰弘は腹部に強烈な衝撃を感じた。いち早く襖が開いたことに気付いた六花が、最後の頼りとばかりに全力のタックルを行ったためだった。
落ち込み泣きながらでも誰より先に彰弘に気付くあたりが六花らしい。
それはともかく、その後彰弘はすすり泣く六花を頭を撫でたりしてゆっくりと宥めていった。その甲斐あってか、六花は徐々に落ち着いていき事情を話し出した。全て聞き終わった彰弘は話の途中で感じた六花の思いを汲み取り、それに沿うであろう案を口にした。どうやらその案は、六花だけでなく残り三人の少女達の思いにも沿うものだったようで、その場は何とか収まったのである。
六花を含む魔法を使える六人が二日目に立ち寄った彰弘の部屋を出てから休憩の度に話合っているのは件の決め技についてであった。
雷がないなら別の魔法で代用すればいいのではないかと言う彰弘の言葉に、少女四人はなるほどと頷いた。幸い六花にしても残りの三人にしても実現したかったのは雷を扱うことではなかったのである。実現させたかったことはアニメで見た二人の主人公のようにかっこよく技を使いたいというものであった。つまり、技の属性はどうでもよかったのだ。
しかし、実際に実現させるとなると難しいものがあった。まず遙か頭上から雷を模した魔法を自分に降ろす。次にそれを放電現象を起こしているように身体に纏う必要がある。続いて、手を大きく後ろに引き、降ろした魔法の力をその手に溜め込む。最後に、二人一緒に溜め込んだ力を前に突き出した手から放出し組み合わせ、一人で魔法を使うよりも威力を高めなければならない。
前途多難であった。
「しっかし、どうなるのかね? 昨日話を聞いた限りだと理論上は可能と言ってたが……どう思う?」
お茶のおかわりをディアから受け取りつつセイルが彰弘に話を振る。
それを受けた彰弘は特に悩みもせずに答えた。
「どうだろうな。光と闇に、水と氷だったか? しかも混合魔法と合成魔法の合わせ業だ。正直、実現するかどうかは分からん。ただ、創ってしまいそうな気はするな」
期間限定の加護が切れた後でも目に見えて上達していく様を間近で見てきた彰弘は、自分には無理でもあの少女達なら実現させてしまうかもしれないと考えていた。
ちなみに、混合魔法とは以前ゴブリンの集団へと瑞穂と香澄が二人で放った『ブリザードスラッシャー』のように、異なる属性の魔法を組み合わせた魔法のことだ。もう一方の合成魔法とは初めから魔力に異なる属性を持たせて、特定の効果を高めた上でそれを放つ魔法のことである。
「まあ、最悪でも魔法使いとしての実力は上がるか。さて、向こうの食休みもそろそろいいだろう、行くか」
少女達に聞こえないような小さい声でセイルはそう言い立ち上がった。
「セイル前半は余計だ」
ディアは少女達の気を削ぐ可能性がある言葉を口にしたセイルを睨む。勿論、ディアの声も隣合う人物にしか聞こえない程度の大きさだ。
セイルは「すまん」と一言謝ると車座の六人へと視線を向けた。
そんな二人のやり取りを見ていた彰弘は「その程度なら影響はないだろうさ」と内心で考えながら立ち上がる。そして、未だ夢中になって意見を言い合う六人へと出発することを伝えるために近づいていった。
位牌の回収を再開してからおよそ二時間が経った。竜の翼が受けた依頼の受け持ち範囲はこの時点で残り僅かとなっていた。
「さて、皆さん。ここまでたいして問題なく依頼が進んだことに感謝します。残りは後二百軒ほどです。よろしくお願いします」
レンは自分が回収のために地図に書き込んだ区画の境界線を確認し、それが残り一つとなったところで声を出した。
「ああ、任せとけ。油断するつもりはないから安心してくれ」
セイルはそう言うと歯を見せて笑う。
それを見ていた誰かがボソッと呟いた。
「何かフラグっぽい」
「瑞穂ちゃん?」
どうやらフラグ発言は瑞穂のようだった。
隣にいた香澄が不思議そうな顔で瑞穂を見る。
「いや、ほらさ。マンガとかアニメであるじゃん。『大丈夫だ』とか誰かが言ったすぐ後にピンチに陥るとか、『やったか!?』とか言ったら敵が無傷で立っていたとかさ、ね?」
「もう、変なこと言わないでよ。ほんとにそうなったらどうするのー?」
彰弘は二人のやり取りを見ながら、既視感を覚え少し微妙な表情をする。そして自分が山田先生こと誠司さんとやり合ったような内容だと思い出した。
そんな彰弘を六花と紫苑が目聡く見つける。
「彰弘さん、どうかしましたか?」
「微妙な顔してる?」
苦笑した彰弘はかけられた言葉に返そうとしたが、視界の端に何かが見えたため意識をそれに向けた。
「セイル」
「分かっている。全員すぐに隠れるぞ」
名前を呼ばれたセイルも彰弘と同じ何かが見えていた。だから、彰弘へ問いただすことはせずに行動の指示を出す。
一行は二人の雰囲気に普通ではないものを感じ取り、素直に指示に従った。
彰弘の視界に映ったものとセイルの目が捉えたものは、間違いなく武器を所持した人間の集団であった。
お読みいただき、ありがとうございます。
いつもより少し短めです。
GWなので、連休中にもう一話くらい投稿できたらとか思っています。
予定は未定なんですが……。