2-28.
前話あらすじ
彰弘の部屋へ入った一行はそこで妙な二人(二体)と遭遇する。彰弘を様付けで呼び、ミリアを畏まらせる。
そんな中、彰弘はその二人からマジックバングルと呼ばれる、腕輪タイプの魔法の物入れを受け取るのであった。
アイスとドーイと名乗る謎の二体と遭遇した後、彰弘とミリアは本に囲まれた一室に移動し、その部屋の中央辺りに座り向かい合っていた。
残りの八人は部屋を移動せずに、その場で他に何か変わったことがないかの探索、また映像記録水晶とその再生機の検証を行うとしていた。
しかし探索自体はすぐに終わったようだ。彰弘とミリアが移動後、程なくして閉められた襖の向こう側から伝説の戦士である少女達の声などが聞こえてきた。
「気になるのは分かります。私も同じです。と言うか後で必ず見せてくださいね。ですが、今はもっと大事な話をしなければなりません」
声を出したのは割座のミリアだ。大胆なスリットが入った濃紺色の司祭服なため、割座の状態だと黒色のストッキングのみならず、その上のガーターベルトまでが露出していて非常に艶かしい。
「分かってる。この腕輪のことや、あの二体のこととかだろ?」
胡坐をかいた彰弘は左腕にある腕輪を持ち上げながら、ミリアの顔だけに意識を集中して答えた。
彰弘としてはミリアの顔に集中するのもどうかと考えはしたのだが、油断をするとどうしても脚に意識がいきそうになる。だからと言って顔へ集中しすぎないようにと少しでも視線を下げると胸を見ることになってしまう。なら横に視線をずらせば? とも考えられるのだが、一対一のこの状況でそれは不自然だ。時折、話題のネタの腕輪を見るくらいは問題なさそうだが、そこにばかり目を向けるわけにはいかない。結局、顔に目を向けるしかなかったのである。
「で、何から話す? 心当たりがありそうな君と俺でさっきのことを、ってことだが、正直に言って俺にはさっぱりだ。セイルにも言ったが、お詫びとやらもまったく心当たりがない。あえて言うならあの二体、俺がやってたゲームの中のアイテムに似ていることぐらいだ」
「ゲーム?」
「ああ、融合の数ヶ月前まで遊んでいたことがあるオンラインゲームさ。その中に『呪われた首吊り人形』と言う、敵ドロップ限定のNPCに売るしか使い道がないアイテムがあってな。あの二体はどことなく、その人形に似ている。もっともあの二体がそれに関係しているとは思っていない。ただ、何となく似ていると思っただけだ」
彰弘の話にミリアは首を傾げた。その行動は当然と言えば当然で、リルヴァーナにはオンラインゲームどころか、地球で言うような電子データを使うゲームは存在していなかったのである。
「オンラインゲームとやらは、よく分かりませんが、その中で似ているのを見たと言うことですか?」
「そうだな。それ以上でもそれ以下でもない」
たいした情報でもないはずのそれにミリアは顔を伏して考え込み、時折独り言のように口から言葉を漏らす。しかし、その声は非常に小さく、彰弘の耳には意味のある言葉としては届かなかった。
ちなみに、彰弘が売るしかない人形のことを覚えていたのは、何故か分からないがそのグラフィックが琴線に触れ、ゲームの中で拾っても売り払ったりせずにずっと溜め込んでいたからである。
「アキヒロさん。神に心当たりはありませんか?」
暫く独り言と共に考え込んでいたミリアが顔を上げると唐突にそう切り出した。
彰弘はいきなりの問いに驚きながらも、称号のことを思い浮かべ「ある」と答える。そして、やや躊躇った後に自らが持つ身分証を操作してからミリアへとそれを渡した。
「俺らを治してくれた恩があるから見せるが、他言無用で頼む。他の誰だろうと見られたら面倒なことにしかならないような気がするからな。ああ、六花達四人だけは知っているけどな」
部屋の中央にいることと襖が閉められていること、加えて映像記録水晶に記録された映像に付いていた音が襖越しでも聞こえることなどから、隣の部屋の八人にはこちらの声が聞こえないだろうと考えていた彰弘だったが、念のためにと声量を一段落とした。
身分証を受け取り見たミリアはその顔を驚きに変え、彰弘の身分証を食い入るように見つめる。やがて顔を上げると彰弘同様に小声で話し出した。
「……理解しました。正直なところ誰かに知られてもマイナス要因はそれほど多くないと思いますが、知られない方が平穏に過ごせると思います。だから他言はしません。ただ、そうするとどうしましょうか?」
「どうする、とは?」
「ええ。いろいろありまして詳しくは話せないのですが、先ほどの出来事とこの称号を知れたお陰でアキヒロさんが魔法を使えない理由が、魔力に神属性が宿っていることだと判明しました。で、原因が分かったのでその対処をすることは可能なのですが、一つ問題があるんです」
ミリアはそこまで言ってから彰弘へと身分証を返す。
彰弘は身分証の称号欄を元に戻してから、それを仕舞い話の先を促した。
「問題と言うのは、アキヒロさんが魔法を使えるようになっても、神属性から離れられないことなんです。通常の状態ではまず判断できないほどにしかない神属性の気配ですが、魔法と成った場合、その存在を隠すことはできないほどになります。つまり、加護持ちであることがばれてしまう可能性があるんです。もっとも、どのような加護なのかどの神の加護なのかまでは、ばれることはありませんが」
「なるほど、そう言うことか」
「ええ、それでどうしましょうか、と」
彰弘は暫し黙考する。
魔力の属性は余程色濃くない限り無属性かそうでないかの判別はつかない。しかし、魔法を行使する際には、魔力の属性をその魔法に必要なものに変えるだけでなく活性化もさせなければならない。そのため、魔法を放つ段階では確実に、その属性が判明するのである。
「うーん。悩み所だが、教えてもらってもいいか?」
「それは構いませんけど、いいんですか?」
「やっぱ魔法は使ってみたい。後、面倒事は御免だが、今後のことを考えるといろいろな手段として使えるようになっておいた方がいい気もするんだよな」
彰弘は離れて攻撃できる手段がないことを懸念していた。弓術なり投擲術なりを学ぶという手も思いついたが、それらは何かしらの準備が必要である。咄嗟のときに無手でも離れたところを攻撃できる手段が欲しかったのである。
「分かりました。そうですね、もしばれて追求されそうになったらメアルリアの名前を出してください。それで大抵の人達は引いてくれるはずです」
ばれる可能性を考えても魔法を使えるようになりたいと言う彰弘に、ミリアは胸の前で両手を合わせてそんなことを言う。
「いいのか? 別に俺は信徒というわけじゃないんだが」
「構いません。メアルリアは平穏と安らぎを求める方々の味方です。アキヒロさんの今までの行動を見聞きする限りではメアルリアに反するものではないと断言できます。だから良いのです。何だったら本当に入信してくれても構いませんよ?」
困惑顔を表した彰弘に、ミリアは胸の前で合わせた手をそのままに「冗談です」と微笑んだ。
「では、確実にとは言い切れませんがお教えしますね。まず、アキヒロさんが魔法を使えなかった理由は、先ほども言いましたがその魔力の属性にあります。先ほど、あの……二体に会ったときに私の感覚が一時的に増幅されたことで分かったのですが、あなたの魔力には僅かながら神属性が宿っています。そのため、通常の方法で通常の魔法を使うことができなかったのです」
ミリアの言葉遣いに違和感を感じた彰弘だが、詳しく話せないと言っていたことを思い出し、そこは流すことにした。
今は言葉遣いよりも魔法についてが重要だった。
ミリアは「これらはライさんの領分ですが」と前置きして話を続けた。
「通常、人種が持つ魔力の属性は無属性で、比較的簡単にどの属性へも変化させることができるんです。稀に火や水などの各種属性を魔力に宿している人もいますが、それらについても無属性より難度は高いのですが、自分の魔力であれば変化させることができます。しかし、唯一、神属性だけはその変化を行うことができません。と言うのも神属性はその名のとおり、神々の魔力であるからです。つまり、神属性の宿った魔力を有するアキヒロさんの場合、火を出そうとしても神属性の魔力が邪魔をして純粋な火を出すということができないのです」
ミリアの説明から何となくだが彰弘は理解する。
通常、魔法を使う場合は自身の魔力を体外へと出し、その魔力を各種属性へと変化させ活性化、その上で性質や形などを決定して魔法とする。しかし、元々が神属性の場合、体外へと出すまでは問題がないが属性の変化の時点で必ず失敗してしまうので、魔法が使えないという現象に繋がるのである。
「話を聞く限りだと、魔法が使えないと聞こえるんだが」
「いえ、先にも言いましたが魔法自体は使えるようになると思います。ただ、通常の魔法は使えないと考えてください」
「いまいち分からん」
「ふふ。簡単に言うと、アキヒロさんの場合、火はただの火ではなく聖なる火に、水も普通の水ではなく聖なる水になるということです。各種属性を魔力に宿す人達よりもさらに少ないですが、神属性の魔力を宿す方々も存在しています。その方々も普通の火を出すことはできませんが、神属性が宿った火を出すことはできています。ですからアキヒロさんも少し特殊と言えますが、魔法を使えるようになる可能性は十分にあります」
一息ついてミリアは再び口を開く。
「では、実際にはどうするのかですが、火を出す際には聖なる火を思い浮かべて魔法を使うようにしてください」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……え? それだけ?」
「はい、そうですよ」
説明の簡潔さに沈黙し、思わず彰弘は聞き返す。
それに当然とばかりにミリアは答えた。
「もう少し、何ていうか説明は?」
「これ以上は説明のしようがありません。最低限魔法に必要なのは魔力の操作と魔法を成すためのイメージですから。う〜ん、でもそうですね。まずは魔力ではなく、それに宿る属性を感じ取れなければ始まりません。ですからアキヒロさんは、まずその身に宿る魔力の神属性を感じ取れるようになってください。魔力自体ではなく、その属性ですよ。その上で聖なる火を想像して魔力を行使しようとしてみてください。きっと魔法が使えるはずです」
彰弘はミリアに頷いた。
いろいろと訳が分からないところはあるが、とりあえず、まったく意味も分からず魔法が使えない状態のときに比べたら一歩前進したと言えた。多分。
「そういえばあの二体はなんだったんだ? ミリアは何やら考え込んでたみたいだったが」
ミリアがマジックポーチから出してくれた緑茶で咽喉を潤してから、彰弘はそう切り出した。
「覚えてましたか。それについてなんですが、よく分からなかったと言うことにしませんか」
意味が分からず彰弘は何故かを尋ねる。
「先ほども言いましたが、詳しくは控えた方が良さそうなんです」
「ん? 知るのと何か不都合があるってことか?」
「ええ」
「なら、よしとするか」
「いいのですか?」
「何でも知っていれば良い訳じゃないことぐらいは理解できる。ま、逆もまた然りだけどな。ただ、今回のことは、今は知らなくてもいいと思っただけさ」
言葉少ないミリアにどうにも理解できない顔をした彰弘だったが、その真剣な顔にこれ以上この話を続けることは利がないと彰弘は判断したのである。
「ありがとうございます」
ミリアのその言葉に礼を言われるようなことじゃないけどなと苦笑した彰弘は改めて別の話題を口にした。
「さて、となると後はこのマジックバングルだけだと思うが……」
彰弘は自分の左手首付近に違和感なくある腕輪を目の前に持ち上げた。
「そうですね。でも、それに関しては一通りの確認をして終わりじゃないでしょうか? 腕輪タイプの魔法の物入れは希少ではありますが無いわけではありませんし」
彰弘の言葉にミリアがそう返した。
確かに彰弘が手に入れたマジックバングルと同様の物は極稀に迷宮の最深部などで見つかることがあるし、今現在でも作ろうと思えば作れるのである。ただし、作るのに莫大なコストがかかるため、希少となっているのであった。
ちなみに、作ろうとしたときのコストは大国であっても国が傾く恐れがあるほどである。
「確か……思い浮かべれば中の物を取り出せるんだったな」
彰弘はアイスが言った内容を思い出すように口にした。
「そう言っていましたね。付け加えると私のマジックポーチと基本は同じだと。でしたら、中身の一覧表示や並び換えなどもできるはずです。そう言えば、その中には何か入っているのですか?」
ミリアが自分のマジックポーチを撫でながら彰弘に確認の言葉をかける。
それを受けて彰弘は頭で一覧を表示するように念じ「うわぁ……」と間抜けな声を出した。
「どうしたのですか?」
彰弘の様子にミリアが疑問の言葉を出した。
「収納量は一種類一枠で一万枠。一枠につき三万個までスタック可能。鎧などのように物によって個人差がある物はスタック不可。ただし、例外あり……ほい、これ」
いつの間に手にしていたのか、A4サイズの紙を彰弘はミリアへ手渡した。
小首を傾げながらもミリアはその紙を受け取りざっと目を通し……目を見開く。
紙に書かれていたのはマジックバングルの説明であった。収納量、収納の仕方に収納のされ方などである。
そんな説明の中で特筆すべき点が二つあった。
一つは収納条件だ。収納するには彰弘が持ち上げられる重さの物ならその物に触れ念じればいいとのことだったが、持ち上げられなくても収納は可能らしい。どうやら、一度だけ少しでも動かすことができれば、次からはその物と同じ重量の物を手で触れて念じるだけで収納できるようになるらしいとのことだった。
残りの一つは収納のされ方で、例えば一種類の野菜をそのまま入れるとそれだけで一枠を使い、その枠には最初に入れた野菜と同じ種類しかスタックできなくなる。しかし、複数の野菜を適当な箱などに入れてから収納すると、『野菜入りの箱』と言う名で一枠となるのだ。これは箱の中身が違っていても野菜だけが入っているならば最初に入れた『野菜入りの箱』とされスタックされるようになる。ただし、箱自体は同じ大きさ同じ素材でないといけないらしい。
なお、箱の中身を覚えていなくても検索機能により取り出すことが可能なので、全ての箱の中身を覚えておく必要はないのであった。
「……アキヒロさん、実際には何が入っていました?」
見開いた目を戻したミリアは彰弘へと質問を投げかける。
「全部言っていたら日が暮れるな。詳しい中身は避難拠点に戻ってからだが、とりあえず、俺はこれがある限り飢えや渇きで死ぬことはない」
「えーと? それってつまり……」
「ああ、そう言うことだ」
そう言うと彰弘は左側を向き、マジックバングルから取り出すべき物を思い浮かべた。
その結果、音もなくフローリングの床の上に現れた物は、大量の野菜が入った箱と二リットルペットボトルほどの大きさの容器が十本ほど入った箱であった。
「野菜の方は十日分らしい。そっちの容器の中身は水だ。で、これらがそれぞれ百枠三万個のスタック済み。ついでに言うと未加工の肉類も同じくらい入っている。さらに言うと加工済みの食品も百枠ほどあってこれも全て上限までスタック済みだ……どうすんだこれ?」
「私に聞かれても困ります。とりあえず、劣化の心配はないのですから、緊急時のためにそのまま保管しておいてもいいのではないでしょうか。まあ、少しくらい食べても何の問題もないような気がしますけど」
「そうだな、いざってときの保険と考えるか。それにしても、ここまでとなると堕落しそうだ。いろいろと気を引き締めないとならんな」
マジックバングルから出した野菜の箱と水を仕舞いながら彰弘はそう零す。
それを聞いたミリアは笑みを浮かべながら「そう思っている内は大丈夫ですよ」と保障を口にした。
一通り、事実の確認などが終わった彰弘とミリアは閉じられた襖側へと意識を向けた。どうやら、映像記録水晶の再生も一段落ついたようで、再生されたアニメの声ではなく慣れ親しんだ声が聞こえてきた。耳を傾けていると映像記録水晶に保存されていた内容について話しているようだった。
それを聞いていた彰弘とミリアは笑みを交わした後、襖の向こうにいる八人と合流するため立ち上がるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
魔法の詠唱と発動キーワードについて
魔法の詠唱はイメージを固定するための補助にすぎません。キーワードも同様です。
もっとも、人間いろいろな雑念があるため、無詠唱で発動できる魔法の威力は高が知れている、そんな世界であります。
例えば『ファイアアロー』を使う場合、もし術の最中に水を想像してしまったら最悪発動すらしないということになってしまいます。
ただ、当然例外となる人物もいますが、ほぼ全ての魔法を使うもの達は無詠唱無キーワードでは、有の状態よりも低い威力しか出せないこととなっています。