2-27.
一夜を何事もなく越した一行は依頼の再開のため行動しようとする。
そのとき、瑞穂と香澄が両親の指輪を持ち出したいと言い出した。
持ち出し禁止令のためそれは許可されなかったが、禁止令解除後すぐ取りに来ることなった。
しかし、それまでに持ち出されては話にならない。そのため、指輪は彰弘達が取りに来るまでライの魔法により保護されることとなったのである。
二階建て集合住宅、その一階にある一つの部屋の前で一行は立ち止まっていた。
立ち止まっている一行は彰弘達で、その部屋は彰弘が賃貸契約を結び住んでいた部屋である。
位牌の回収という観点から見ると寄る必要のない場所ではあったが、少女達からの要望があり、時間的な余裕もあったので寄っていくことになったのである。
昨日と今日で何度か同じタイプの建物に出入りしていたため、一行の顔には特に大きな変化はない。あえて言うならば少女四人の顔が興味深そうになっていることと、部屋の中から漂う気配にミリアとライが若干の疑問を浮かべているくらいであった。
「さて、開けるぞ」
玄関ドアの施錠を確認した彰弘はそう言うと、用意していた鍵を取り出し鍵穴へと挿し込んだ。それから、施錠を解除しようとしたとき慌てたような少女の声が上がった。
「彰弘さん! すとーーーーっぷです!」
意外と大きな声に驚きながら彰弘は声の主である六花へと振り返った。
六花は振り向いた彰弘へと何かを伝えようとして口を開きすぐまた閉じる。それから何事かと自分に注目するその場の面々を順番に見た後、数メートル後退し彰弘を手招きした。
疑問を感じながらも彰弘は皆をその場に待たせると、少し離れた場所へ移動した六花へと近づく。そして、もじもじとする六花へと問いかけた。
「どうした六花?」
「えとね、うんとね……」
彰弘の後ろにいる人物達が気になるのか六花は言いよどむ。その仕草に他の誰かに内容を聞かれるのが嫌なのかと受け取った彰弘はしゃがみ込み小声であったとしても聞き取れる姿勢をとった。すると六花は彰弘の耳に口を近づけ、さらにその小さな両手を遮音壁としてから説明しだした。耳にかかる息と間近で聞こえる六花の声にこそばゆさを感じながら話を聞いた彰弘は得心がいった。部屋の中が融合直後のままならば、あの場所には六花が手洗いした例のブツが干されたままなのだ。いろいろな意味で今までと同様に部屋へと入るわけにはいかなかった。
それから数回のやり取りの後に彰弘と六花の二人は皆が疑問を浮かべて待つ場所へと戻った。
「あ〜、諸事情があってな、まずは女性だけで入ってもらいたいんだがいいかな?」
「それは構わないが……何でだ?」
戻ってきて説明もなくそう提案する彰弘にセイルが当然のごとく聞き返す。
「理由は話せないな。けど、今後のためには必要なことなんだ。少なくとも俺がそっちの立場だったら絶対に待つ。まあ、そんなに時間がかかるわけじゃないからさ」
微妙に納得できていないセイルだったが彰弘の返しに頷いた。ライとレンも特に問題ないと頷く。三人共、女と男で別けているところから理由は分からずとも何となく彰弘の言葉に従った方が良いのだと察したのである。
少女四人にミリアとディアが、彰弘の部屋へと入ってから数分後、六花の声が部屋の中から外で待機していた男四人へと届いた。
「どうやら終わったようだ。俺らも入ろうか」
「ほんとに時間がかからなかったな。結局なんだったんだよ? ……って、やっぱ理由はなしか」
「ノーコメントだ。ほら入った入った」
パーティーリーダーとして理由が気になっていたセイルは彰弘へ再度問うが間髪入れずの返答にやれやれと頭をかく。流石にこれ以上聞いても無駄と思ったことと、部屋の中の様子から問題は感じられなかったことにセイルは頭を切り替え、部屋へと上がることにした。
男四人は靴の汚れを水で濡らした布で拭き取り順番に部屋へと上がっていく。セイル、レン、ライ、彰弘の順であった。
少女達の一軒屋のように玄関に洗い場を作る広さがなかったための処置である。
なお、布は一人が拭き終わるごとに、ライが魔法を使い汚れを洗い流していた。
彰弘自身は別にそのまま上がってもいいと思っていたのだが、先に上がった少女達やミリアとディアに倣ったのである。
彰弘は用心しながら窓を開け、雨戸シャッターの留め金を外してからそれを押し上げた。
薄暗かった部屋に光が差し込み本を読むにも苦がない明るさとなる。
「もう、これは必要ありませんね」
明かりの魔法を浮かべていたミリアはそう言うと自身の脇に浮かべていた球体を消し去った。
陽の光に映し出された部屋は、多少の埃が目に付くが荒らされた様子はない。融合直後のままの状態であった。
「この本の数は普通じゃないだろ」
セイルが明るくなった室内の本が多い方の部屋でそう感想を漏らす。
今まで出入りした家にも隙間なく本が埋まった書棚はあったが、彰弘の部屋ほどではなかったのである。
無論、元サンク王国でも大抵の家庭に本はあったし本好きで本を集めているような人達もいた。しかし、彰弘ほどの数の本を所有している人は稀であった。
「多いのは認めるけどな。上には上がいるんだよ」
彰弘は苦笑気味にそう答える。
今いるような部屋でなく普通の一軒家で、本当の意味で壁一面が本で埋まっている光景を見たことがある彰弘からしたらそう言うしかなかった。
「貴族でもないのに、こうもやたらと本を収集しているとはねぇ。こっちの一般人では考えられないよ」
部屋の中を見回し呆れたような顔のディアが話に加わる。
紙の生産にしろ印刷にしろ元リルヴァーナでも普通に行われていた。しかし、元リルヴァーナでそれらを行うのには魔導具を使用していた。この魔導具は当然のことながら魔石を使わなければ動かすことはできない。そして、魔石は元地球の電気と比べ費用で考えたら効率が悪いのだ。つまり、紙を作るにしても印刷するにしても元地球よりも元リルヴァーナの方が費用がかかり、結果として本などの値段は高くなる。故に一般家庭では本当に必要と判断した本しか購入しない人がほとんどであったのだ。
「地球側でもここまでなのは稀だと思いますよ? 少なくとも私の知り合いにはいません」
興味深そうに本のタイトルを眺めていたレンも話に加わってきた。
それから数分四人は雑談のようなものをしていたのだが、ふいにセイルが疑問を口にした。
「ライは何してんだ?」
竜の翼で知識欲が随一のライが本に関しての話題に入ってこないことを不思議に感じての発言だった。
そう言えばと、ライのみならずミリアや少女達四人も話に参加してこなかったことに今更ながら気付いた四人は本のための部屋となっていた場所からそこよりは本が少ないもう一つの部屋へ移動する。
そして、そこで見たのは熱心に一ヵ所を見つめ言葉を交わす六人の姿があった。
「ライ、何してんだ?」
セイルは疑問をそのままライに投げかける。
するとライはその場で振り向き口を開いた。
「昨日、この部屋の前を通ったとき、私とミリアが立ち止まったのを覚えてますか?」
「ああ、何かある、みたいなことを言ってたな」
ライの言葉に昨日の出来事を思い出したセイルはそう返す。
「ええ、その何かの原因らしき物を見つけました。これを見てください」
そう言うとライはその場から一歩引き、未だ少女四人とミリアが見つめる腰辺りまでの本棚の上に乗る何かを指差した。
そこにあったのは飾り気の少ない銀色の腕輪であった。
「何だこれ? ただの腕輪に見えるが……」
「そう思うでしょう? しかし、不思議なところがあるんです。まず、途轍もない魔力を秘めているのが分かるのに放出されている魔力が驚くほど少ない」
ライの言うとおりこの腕輪の魔力を感じ取れるのは相応に経験を積んだ魔力感知に長けた者くらいだ。実際、熟練の魔法使いに近い感知力を持つ少女達でも、ライに言われぎりぎりまで近づいた上で思いっきり意識を集中して、やっと感じ取れたのである。
「次に持ち上げることができない」
「そんなに重いのか?」
「分かりません。呪いとかの類ではないと感じますが、持ち上げる云々以前に転がすことすらできませんでした」
ライの言葉が信じられなかったのか、セイルは腕輪に手を伸ばした。そして、普通に持ち上げようとする。結果はライの言うとおりまったく動かすことができない。今度は両手を使って動かそうとするが、それでも先ほどと同様の結果になった。
「何だこれ、本気で動かねぇぞ」
腕輪が本棚とくっ付いている訳ではないのはセイルが腕輪を持ち上げようとしたときのそれぞれの動きで分かる。
セイルが力を入れると腕輪は微動だにせず、本棚の方は僅かに振動したのである。本棚が振動したのはセイルの足から床へ、そこから本棚へと力が伝わった結果であった。
「で、これが原因てどういうことだ?」
力を入れすぎて赤くなった顔で一つ息を吐き出すとセイルはそう問う。
そんなセイルに答えたのはミリアだった。
「実はこの腕輪の魔力からは神属性が感じられます」
ミリアが昨日「まさか」と思ったのはこの属性のためだった。神属性を持つ物は神器と呼ばれる物意外だと極限られているからである。
なお、神属性は、聖属性や神聖属性などとも呼ばれる魔法の属性の一つであるが、これは一般的な魔法使いが扱える属性ではない。通常は神に仕える者がその神の力を一時的に借り受け行使する際に扱うこととなる属性だ。ただし、この属性はあくまで神の力が元となっているため、例え聖職者であろうとも人種が独力で行使することはまずできなかった。
話の内容から、彰弘は黙って聞き役に徹する。少女四人も、そして魔法に関して知識の浅いレンも魔法を仕えないディアも口を挟まなかった。
「神属性? じゃあそれは神器だとでも言うのか?」
「いえ、もし神器であればここまで外に漏れる魔力が少ないはずがありません」
「じゃあ、何なんだ?」
このまま問答していても進まないと考えたセイルは結論を促す。
それに答えたのはライであった。
「外に出てる魔力量から考えて腕輪タイプの魔法の物入れではないかと思います。それ以外も考えましたが、やはり魔力の放出量を考えると魔法の物入れと考えるのが一番無難かと思います」
「うーん、仮に魔法の物入れだとしてだ、誰も持てないんじゃ意味がなくないか?」
セイルの言うとおりだ。この場に家を建てて住むというのなら、まだ使い道はあるが、そうでないのならはっきり言って無用の長物である。
魔法の物入れの最大の利点は手軽に多くの物を持ち運べることにあるのだから。
そんな話をしている中で、ふいにその場にいる全員の頭の中に声が響いた。
(時間がないので、さくっと答えを教えてさくっと用事をすませましょう!)
「誰だ!?」
頭の中の声にセイルが返すと同時に腰に下げていた予備の小剣を引き抜いた。部屋の中のため背中の両刃斧を構える余裕はなかったのである。
その行動を筆頭に次々と武器を構える一行。
しかし、そんなことはお構いなしに頭の中にまた声が届く。
(ご安心を。決して敵ではありません。今、姿を見せますので少々お待ちください)
それから間もなくして、腕輪の両脇に何かが現れた。
現れたそれは体長三十センチメートルくらいの二頭身人形に見える。服装は由緒正しいメイド服だ。決して元日本に氾濫していたようなミニスカートのメイド服ではない。
彰弘は自分の身体を少女達の盾にするようにしながら、二体をどこかで見たことがあるなと観察した。
そのように観察されていると知ってか知らずか、二体は出現から僅かな間を置いて彰弘へと向き直った。
「では、冗談抜きで時間がありませんので手短にご説明いたします。まず自己紹介です。私は主様が使い第一位アイスと申します」
「第三位ドーイです!」
そして、それぞれが自己紹介と共に堂に入ったお辞儀をする。
そこから一拍、一体が口を開いた。
「では彰弘様、お手数ですがこの腕輪をお取り下さい」
自らをアイスと名乗ったメイド服の人形は身体全体を使い、どうぞと彰弘へと腕輪を取るように進める。
彰弘はセイルでさえ持ち上げられなかった物が自分に持ち上げられるとは思えず、またどこかで見た容姿の人形を不思議に思い動き出しが遅れた。
それを見たドーイと名乗ったメイド服の人形が後押しの声を出した。
「彰弘様大丈夫大丈夫。これは貴方様の物であるからにして、他の人が持てないだけです、遠慮なく、ささどうぞ!」
一度、その場の面々を見回した彰弘はこのままでは埒が明かないと言葉に従うことにした。ゆっくり腕輪に近寄ると手を伸ばし触れ持ち上げようとする。すると何の抵抗もなく彰弘の手にその腕輪は収まった。
「次はその腕輪をお着けてください。輪の内側に指から入れるようにするだけで構いません。もし入浴などで外す場合も抜くようにするだけで簡単に外すことが可能です」
彰弘が言われたとおりすると、持ち上げたときと同様に苦もなく腕輪は腕に収まった。
「その腕輪に関して簡単に説明させていただきます。それは、今の時代でしたらマジックバングルと呼ばれる物となります。中に入れた物を思い浮かべ取り出そうとすれば自身の半径一メートル以内の任意の場所に出すことができます。中に入れたい場合は彰弘様が持ち上げられる重さの物でしたら、その物に手を触れ念じるだけで収納が可能です。詳しい収納量や機能などはその中に主様の説明書きが入っておりますので、そちらをご確認ください。なお、基本的な機能はそこのミリアさんが持っているマジックポーチと同様です」
個人名が出たため、全員の視線がミリアへ向かう。
ミリアはというと、膝を着きこそしていないが、その言葉に恭しく頭を下げていた。
「最後に二つほど。一つは主様からの伝言です。『お詫び第二弾はこんなものでごめんね。詳しいことは数年後に説明するわ』とのことです」
アイスが声色まで変えて主様とやらの伝言を口にした。
その様子から主様は目の前のアイスより随分と気軽そうだ。
「第二弾? とするとライターとかが第一弾と言うことか?」
二体の登場から成り行きに任せていた彰弘が思わず口にする。
オイルライターと携帯灰皿の変化、それに簡易的な地図のような物が自分の荷物に入っていたことを思い出したのである。
「うんうん、そうそう。大事に使ってね。主様とそのお友達が一生懸命作ったんだから」
軽く明るい口調のドーイが笑顔を見せる。
それに彰弘が分かったと答えると再びアイスが口を開いた。
「二つ目です。そこの公僕の人。今、彰弘様が身に着けた腕輪は主様からのお詫びの品であって、この部屋にあった物ではない。故に持ち出しても問題はない。そこはいいですね?」
いきなり話を振られたレンは声を出すことができずに反射的に頷いてしまう。
「よろしい。ついでだから言っておきます。ここにある映像記録水晶と再生機も同様です、分かりましたね」
威圧的な物言いに再度向けられた言葉にもレンは頷く。
それを見てアイスはドーイを一言二言言葉を交わし頷き合う。そして彰弘へ向き直る。
「「それでは彰弘様、名残惜しく感じますがこのあたりで失礼いたします。では、またお会いできる日までご壮健にお過ごしください」」
アイスとドーイは声を揃えてそう言うと、深々とお辞儀をしてから彰弘達の前から消え去った。
メイド服を着た人形らしき二体が消え去った後、一行は暫く放心していた。
やがてセイルが声を出す。
「アキヒロ。様って何だ様って。説明しろ……」
「無茶言うな、何が何だかさっぱり分からん。そもそも何のお詫びかすらも分からないんだぞ」
セイルの言葉へ彰弘はそう反論をしてから、そう言えばと総管庁職員のレンへと声をかけた。
「ところでレンさん。良かったのか、確かにこれは俺が持っていた物じゃないが、この部屋にあったのは間違いないだろ?」
指で腕輪をコンコンと彰弘は突く。
その行動でレンは呆然とした状態から復帰した。
「ああ、まぁ、うん。多分誰もそれが持ち出した物だなんて思わないからいいんじゃないかな。瑞穂ちゃんや香澄ちゃんには申し訳ないけど……と言うかですね、あんなの頷くしかないですよ! 私、そこの公僕とか言われたの初めてですよ!」
いきなり激昂したレンに一同は驚き、少ししてからさもありなんと納得する。視線を向けられていなくとも威圧感を感じたのだ、直接受けていたレンには相当のものだったのだろうと。
「とりあえずお茶にしましょう」
パンと手を叩いて黙っていた紫苑が声を出す。自分が持つ能力をフル活用した紫苑は休憩こそが今は最善と判断したのである。
「記録映像水晶とかも気になります。まずはお茶で落ち着くです」
「そうそう、レンさんあたし達は気にしてないから。ね、香澄」
「う、うん。そうだよ。だから落ち着こ、レンさん」
紫苑の言葉を皮切りに次々と声を出す少女達。
「そうだね。今のまま進んでも良くないだろうし休憩しようよ」
ディアも休憩すべきと声を出し、それにライも同意する。それにはセイルも同意のようでその場に腰を下ろした。
そんなこんなで一行は少しの間、彰弘の元住んでいた部屋で休憩をすることにした。
いきなり現れそして消えていったアイスとドーイ、その二体が彰弘を様付けで呼んだこと、ミリアの態度、マジックバングルに映像記録水晶にその再生機。
一行の休憩は思いのほか長くなりそうなのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
魔法の物入れ補足説明
魔法の物入れは、古今東西聖職者が神の助力の下に術を施します。
そのため、魔導具のカテゴリでありながら半永久的に効果が持続するものとなっているのです。また、このためにどのような魔法な物入れも神属性がかかっています。
なお、基本部分を聖職者が担う魔法の物入れですが、魔法使いがまったく関わらないわけではありません。魔法使いはその使い勝手の向上には必須となっています。
例えば、魔法の物入れの中の物の検索機能や取り出しやすくする機能など、これらを記述するのはそれ専門の魔法使いの役目となっています。
例からわかるとおり、収納量だけが見た目と違う魔法の物入れは、魔法使いが関わっていない分、値段が安かったりするのです。
ちなみに、外への魔力放出が少ない理由は可能な限り内側へと向けられているからです。完全に内側へだけ向けられていないのは、物入れ自体の保護にもその魔力が使われているからだったりします。