2-26.
前話あらすじ
夕食、そして逆鱗。瑞穂の迂闊な行動が紫苑と香澄に火をつけた。
そんな瑞穂には、ある意味最も凄惨なくすぐりの刑が待っていたのであった。
「ダメ……かなぁ?」
瑞穂は懇願を込めた瞳をレンに向け、小さな箱を両手で持った香澄も同じように真剣な眼差しで彼を見た。
昨夜は断罪の黒き刃メンバーに経験させるという意味から全員が交代で見張りを行った。彰弘達が住んでいた街中の討伐も済んでいたので、特に何事もなく一夜が明けた。ライが敷いた警戒陣にも何の反応もなかったので、本当に平穏な夜であった。
そんな夜を過ごした一行は、全員で朝食を食べ、その後は茶を飲みつつ食休みをしていた。そして、そろそろ出発しようかというところで瑞穂と香澄が何かに気付いたように「ちょっと待ってて」と立ち上がり、いくつかある部屋のその一つへと入っていった。それから、幾許もしない内に戻ってきた二人は真っ直ぐレンの前まで行き、その正面に正座するとあるお願いをした。
その願いとは、四つの婚約指輪と何故か一緒にあった二つの結婚指輪を持ち帰りたい、というものであった。
四つの婚約指輪は瑞穂と香澄の両親四人の物である。そして二つの結婚指輪は前日に霊体の状態で一行の前に現れた瑞穂の父親である正一と香澄の母親である京香の物であった。
婚約指輪はいいとして、結婚指輪は常日頃から亡くなった二人が身に着けていた物なので不思議な現象ではあったが、六花の両親の結婚指輪という前例もあるので世界融合の何らかの影響があったと考えられる。
ともかく、瑞穂と香澄の願いは両親の物である六つの指輪を持ち出したというものであった。
二人の少女を前にしてレンは沈黙した。
今現在、家屋の中から持ち出しが可能なのは位牌のみである。他の物は例外なく持ち出しを禁止されていた。
これは未だ避難拠点へと辿り着いていない人がいた場合、その人達が生き延びることに必要な物を可能な限り残しておくという理由があった。この持ち出しを禁止した観点から言えば、指輪を持ち出したところで何の問題にもならない。しかし、他の冒険者達などはこの通達を守っているのだ。ここで特定の人物にだけ持ち出しを許可する訳にはいかなかった。
「ごめん。今の私にはそれを許可することはできない……」
レンとしても感情としては持ち出してもいいと言いたい。ただ、今の自分は公人であって、国家組織総合管理庁の職員だ。少女二人の願いを聞き入れることはできないのであった。
竜の翼のメンバーは言わない。何も言えない。冒険者である以上、依頼主の意向には基本従う必要がある。無論、依頼内容に不備があったり、その意向に不正などがあれば拒否するし意見もできる。時には犯罪として通報することもある。しかしこの場合、レンには何の落ち度もない。故にその様子を見守るに止めていた。
彰弘、六花に紫苑も声を発しない。三人共、レンの立場を分かっていたからだ。だから黙っていた。しかし、心配そうにやり取りを見守る六花と紫苑に対して、彰弘は何かを考えているような顔をしていた。
「あ、うん。分かってる。最初に聞いてたもんね。うん、置いてく」
悲しそうな顔を一瞬浮かべ、すぐにそれを引っ込めるた瑞穂は立ち上がりながら隣の香澄に声をかける。そして、二人して先ほど指輪が入った小箱を持ってきた部屋へと歩いていった。
「彰弘さん……」
彰弘が声の方へ目を向けると、そこには自分の左右の中指にある指輪に目を落とす六花がいた。その様子から、指輪の小箱があった部屋へと入る少女二人に自分自身を重ねていることが見て取れた。
六花の頭を撫でながら彰弘は考えをまとめる。
今、強引に持ち出すことは後々良くないことになる可能性が大きい。それならどうするか? 家屋からの持ち出し禁止が解除された後に持ち出すしかない。
「レンさん。確認したいことかあるんだがいいかな?」
彰弘の声に罪悪感を表していた顔をレンは向ける。
「そんな顔をするなよ。別にあなたが悪い訳じゃないんだ。あの二人もそれは分かっているさ」
「それはそうかもしれませんが……」
「まあ、そう落ち込むな。二人はこっちでなんとかするから。それよりも確認したいんだがいいか?」
一つため息をついた彰弘は再度確認の許可を求める。
「あ、はい。なんでしょう?」
幾分表情が和らいだレンがそう返す。
「家からの持ち出し禁止は正確にはいつまでなんだ?」
「正確な月日は今の段階で確定していませんが、この位牌回収依頼が他のパーティー分も含め全て完了してから数日後の予定です」
「なら時間は? 朝に告知されるとか昼に告知されるとか。後、どこに行けばその告知を一番早く知ることができる?」
「恐らく告知時間は朝となると思います。告知場所は総管庁庁舎や冒険者ギルドなどで同時に掲示板などへ張り出されるはずです」
レンの返答で彰弘は思考を巡らす。
避難拠点からこの家までの距離は道なりに進んで六キロメートル弱、寄り道しないで走れば五分あれば着く。身体強化魔法を使えば瑞穂と香澄、六花や紫苑も余裕がある時間だ。まさか持ち出し禁止が解除されたからといって、ピンポイントでこの家を狙う奴らがいるとは思えないから禁止解除の後の行動については特に問題はないだろう。
問題となるのは、今日この家を出てから禁止解除されるまでの間で、他の誰かに持っていかれないかということだ。話を聞く限り何の効果もない指輪やそれに付いている宝石の価値は元地球に比べると低いということだが、全ての人が持ち出し禁止令を守るとは思えない。特に野盗などがいた場合は根こそぎ持っていかれる可能性もある。
「隠すか……」
「何を隠すんだ?」
「ああ、指輪を……って、声に出してたか?」
「バッチリ聞こえたさ」
無意識に声を出してた彰弘へ口元に笑みを浮かべたセイルが問いかけた。
「そうか。いやな、今持ち出せないなら、持ち出せるようになってから取りに来ればいいと考えたんだが、それまでの間に取られたら話にならないからどこかに隠せないかと思ってな」
「なるほどね」
彰弘の言葉を聞いてセイルは少し考え、顔をライへと向けた。
「なあ、ライ。何かいい魔法はないか?」
「そうですね、隠蔽、固定、誤認識などいくつかありますね。幸いこちらの取り分の魔石に余裕がありますし。いっそのこと全部使いましょうか、いい勉強にもなりますしね」
「なら、それらをやるか。どうよアキヒロ?」
目の前のやり取りを聞いてた彰弘は笑みを浮かべる。
「お願いしようか。返せるものが今はないが、俺でできそうなことならやるから言ってくれ」
「それは気にしなくてもいいですよ。昨日も言いましたが、この魔石だけで十分です。それでは行きましょうか」
ライは昨日車から出た魔石を手に持ちそう言うと立ち上がった。
こうして、瑞穂と香澄にとって最適とは言えないが現状適切と言える対応がされることになったのである。
瑞穂と香澄の家が建つ敷地の外でライはその場での最後の魔法をかけるため短杖を構えている。その短杖の先端からは魔力が伸び出ており、敷地の周りをぐるっと囲んでいた。
「我が望むは偽りの現象。この場に在りしは空の箱なり。如何なる存在も見抜くことは叶わず。今ここに我が境界を示し顕す。発動『偽現結界陣』」
キーワードの発言と同時にライが持つ短杖の先端に付けられた魔法石が一瞬光った。
「ふー、これでいいでしょう。小箱自体には固定陣、その周囲に隠蔽陣、そしてこの敷地自体には家の中には何もないと誤認させる陣を敷きました。必要以上の魔力を注ぎましたし陣の維持に使う魔石もそれなりの物を使っています。ですので二十日程度は持つでしょうし、そこそこの魔法使いにも破られることはないでしょう」
魔法で消費した魔力を魔石から吸収して回復しながら、ライは後ろで魔法の行使を見守っていた九人へと説明した。
「「ありがとうございます!」」
瑞穂と香澄が笑顔で頭を下げる。
その様子にライは微笑みながら声をかけた。
「気にせずに。私にとっては特に負担になっているわけではないですからね。それに愛弟子のためです。この程度でしたらいくらでも協力しますよ」
「俺からも礼を言う。しかし、本当に何もいらないのか? 使った魔石だけでも結構するんじゃないか?」
固定陣に一個、隠蔽陣に四個、偽現結界陣には十三個の計十八個も魔石を使っている。しかもそれぞれの直径は三センチメートルほどの大きさだった。この大きさの物となると魔物から取れる使い捨ての魔石でも一つ銀貨一枚程度はする。
つまり、ライは今回のことで実にグラスウェルで生活する一般的な家族が一月は生活できるだけの出費をしたのである。
彰弘が再度確認したのも当然と言えた。
「気にせずに。今の段階でこの依頼中ここまでで手に入れた魔石の一割にもなりません。それも私の取り分だけでです。それに先ほども言いましたが初めての弟子のためですし、どうってことないのですよ」
「まあ、そう言うことだ。どうしても、ってんなら今後何かあったらそんときに助けてくれればいいさ」
「セイルの言うとおりです。さあ、そろそろ行きましょう。順調といってもまだ半分も依頼は終わってません」
ライはそう言うと歩き出しながら、手の中にある内包していた魔力を減少させ銀色へと変色した魔石を自分のマジックポーチへと仕舞ったのだった。
その後、順調に位牌を回収しながら六花と紫苑の家にあった位牌も回収した。
六花の家にあったのは祖父母の位牌である。この祖父母とは父方母方双方の祖父母である。ただ母方の祖父母は六花が産まれる前に他界しており面識はなかった。
一方、紫苑の家の位牌は父方のみである。加えて言うならば紫苑の母の位牌はその実家にあった。何故、母の位牌がないのか紫苑は知らない。しかしそれは自分の元父親が原因だと確信していた。小学校入学の前年に母が亡くなったときのおぼろげな記憶からも、その後の元父親の態度からも間違いはない。仮に自分の考えが間違っていようと紫苑は元父親の下に戻るつもりはないし受け入れることもない。元父親の内心がどうであれ、すでに他人である男には何の感情もなかった。
六花と紫苑の家を経た後も順調に位牌回収を進め、一行はやがて昨日通り過ぎた彰弘が住んでいたアパートへと近づく。
そこでは、昨日ミリアとライが感じた気配が僅かに大きくなっていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回はいつもより短めですみません。
魔石からの魔力吸収について
魔物から出た物も採掘により掘り出された物も加工後であれば人は吸収を行うことができる。
違いは魔物産は内包する魔力がなくなると魔石自体が消滅するのに対し、採掘により地中より掘り出された魔石は消滅せずに再び魔力を込めれば使用することができる。
なお、それぞれの魔石は内包魔力が減少すると次のように色が変化する。
・魔物産:出した魔物により様々(透明度はない)から光沢のない黒色へ変色
※最終的に魔石は消滅する
・地中産:無色透明~白色半透明から光沢のない銀色へ変色
ちなみに地中産魔石へ魔力を注ぎ込んだときの魔石内の魔力回復率は大体注ぎ込んだ魔力の半分である。
二〇一五年四月十一日 二十時三十三分
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