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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
2.避難拠点での生活と冒険者
40/265

2-25.

 前話あらすじ

 その日のノルマを終えた彰弘達は夜営のための瑞穂と香澄が住んでいた家へと向かった。

 そこで、夜営の準備をすることになったのだが、竜の翼所属の魔法使いライが少女達の実力を見誤ったとの自責の念で過剰な魔方陣を敷いてしまう。

 パーティーメンバーから呆れの眼差しを受けるライの明日はどっちだ。

「やっほー彰弘さん。あたし達ん家へようこそ!」

 彰弘が二つ並んだ左側の玄関ドアから家の中に入ると、何故か右側の玄関ドアから入ったはずの瑞穂が笑顔で待っていた。

 そんな瑞穂の後ろには納得したような六花と紫苑がいる。さらにその後ろには、疑問符を浮かべるセイルとディアがいた。

「瑞穂ちゃん、これが目的だったんだ……」

 三和土たたきでできた土間の隅で靴に付いた泥を洗いながら香澄は少し呆れたように呟いた。

 香澄が作った洗い場で一緒に靴を洗っていた彰弘は「なるほど、そういうことか」と内心で思い、同じく汚れを落としていた残りの三人は右側の玄関ドアから先に家へと上がっていたセイルとディア同様の顔をしていた。


 この靴の洗い場だが元々その場にあったものではなく、香澄により魔法で作り出されたものだ。魔法を使い窪みを作り、そこにこれまた魔法で出した水を入れただけの簡素な洗い場であった。

 現状、靴を脱いで上がる訳にはいかないことは分かっていた香澄であるが、自分達の家へと汚れたまま上がるのは躊躇いがあった。そのため、彰弘達へとお願いして自ら洗い場を作ったのである。

 今日、散々他人の家に土足で泥を落とさずに上がっていたというのに今更と思うかもしれないが、そこはやはり自分達が住んでいたところだ。その気持ちも分かるというものだった。

 彰弘も、また行動を共にしている他の人達にしても少女の気持ちは理解できた。だから少女の要望に応じたのである。

 もっとも、これが急いで家へと上がらなければならない状況であるならば、香澄の気持ちを分かっていたとしても汚れたまま上がったであろうが、幸い今はその状況ではなかった。

 なお、右側の玄関ドアから先に家へと上がった瑞穂達も香澄達と同様に靴の汚れは落としていた。


 靴の汚れを洗い流した香澄は彰弘達より一足先に玄関へと上がった。そして彰弘達へと向き直り笑顔を見せた。

「瑞穂ちゃんに先を越されましたが、ようこそいらっしゃいました。ここがわたし達の住んでいた家です」

 彰弘は靴を洗い終わると「お邪魔します」と香澄に返し家へと上がる。残りの三人もそれに続いた。

「おい、何でこの構造に疑問を持たないんだよ」

 そう彰弘へ声を向けたのはセイルだ。異世界の国で育ったセイルにしても瑞穂と香澄の家の構造は疑問を感じる作りだったである。

「一緒に住んでたと聞いてたからな。まあ、玄関が二つあることには少し驚いたが……一般常識とかを考えたら、なるほど、となるわけだ」

 そんな彰弘の返しに一度首を傾げたセイルだったが、少し前の少女二人とその親のやり取りを見ていたからか、辛うじて納得したような反応を示した。


 瑞穂と香澄が住んでいた家は外から見たら二軒に見える普通の二階建てタウンハウスである。実際、中に入っても二軒は左右対称の位置にキッチンやリビングなどがそれぞれにあった。しかし、本来あるであろう二軒を隔てる壁が今は見当たらなかったのである。

 実はこの二軒、可動式の壁で一軒にも二軒にもなる構造をしていた。玄関部分は一般的な壁であったが、それ以外の二軒の間にあるはずの壁は全て可動式だったのだ。

 この構造は建築士である香澄の父親である正二が二つの家族の意向を元に設計したものだ。と言っても設計図に可動式の壁は存在しない。一部の壁が薄いことを除けば、その設計図は普通と言えるものであった。しかし、後々壁を可動式とすることを考慮に入れたものだったのである。

 正二が描いた設計図を基に建てられたその家は、後に工務店勤務だった瑞穂の父親である正一の日曜大工と称されるそれにより極薄の壁が取り払われ可動式の壁が取り付けられた。二軒が一軒に一軒が二軒にと変わる構造を持つ家へと変えられたである。

 何故、このようなことをしたのかというと、それはひとえに世間体のためであった。いくら他人の言葉は気にならないと言っても、一般と違う価値観を全面に出して生活することはできない。だから、周りにはあくまでも仲のよい兄弟姉妹が結婚し隣同士に住んでいるだけと見せかけることにしたのである。

 なお、この可動式の壁は隠してあるハンドルを回すことで子供であろうと動かすことが出来る代物であった。これは例え子供の友達などの家族以外の人達が急に訪れたとしても、素早く一軒から二軒へと変え世間に余計な疑惑を抱かせないための仕掛けであった。









 建物の左側リビングから外へ通じる一つを除いて家にある窓という窓全てに鍵をかけ、雨戸がある場所はそれも全て引き出した。まるで台風かと言うような状態だが、夜をできる限り安全に過ごすために行ったことであった。

 しかし、一ヵ所だけ空けている。それは何故かと言うと……。

「はい、できました。ディアさん、そちらはどうですか?」

 魔導具のコンロを使い肉を焼いていたミリアが隣で同じく魔導具のコンロでスープを作っているディアへ声をかける。

「こっちもいいよ」

 最後の味見を終えたディアは満足そうに頷いてからミリアへそう返した。

 そんな二人の脇ではセイルが大量の葉野菜を水で洗い水気を切った後、適度な大きさにちぎって人数分の皿へ盛り付けている。ライは真剣な顔で各種調味料を混ぜ合わせドレッシングを作っていた。

「おし、野菜もオーケーだ」

「我ながら良い配分です」

 どうやら男二人も準備を終えたようだ。

 作業をほぼ同時に終わらせた四人は協力して残りの作業を進めていく。そして、幾許もしない内に今いる十人が車座で食べれるように夕食を配し終わらせた。

 もうお分かりだと思うが、窓を開けていた理由は匂いを家の中にこもらせないためであった。

 今晩、寝るのは二階にある家族用のリビングとしていた。換気扇が使えない状態で一階よりはマシだと言え、匂いが昇ることは予想できていた。なので、緊急の策として窓を開けての調理となったのである。

 外へ出て調理しなかったのは、靴を洗い家の中へ入ってしまったため、もう一度外へ出るのが面倒になっただけであった。

 なお、竜の翼のメンバーが調理をしているとき、彰弘達が何もしていたかと言うと、実は見ていただけだった。と言うのも、彰弘達はセイルに言われた通りの物しか持って来ていなかったので、何もできなかったのだ。ついでに言うと、手伝うにしても手伝いをする隙がなかったのである。

 手持ち無沙汰な彰弘達にセイルは「今はどんな感じかを見てればいい」と声をかけた。要は実践も大事だが野営を含む依頼のやり方を見て覚えることも必要だということであった。

 もっとも、ランクはともかく実力はそれなり以上にある竜の翼、加えて少々通常とは違う依頼ということもあって、どこまで初心者である彰弘達が参考にできることなのかは不明であったところが何とも言えない。


 余談だが、料理の匂いと言うものはそこそこの強さを持っている。そのため、魔物などが徘徊している可能性がある場所で強い匂いが出る料理なんかしてもいいものか? と思うかもしれないが、そこは地球と似通っていると言ってもいろいろと違う世界である。そう大きな問題はない。

 唯一、気を付けなければならないのは血の臭い……ではなく、魔物を倒した後、魔石を長時間放置し剥ぎ取りをすることだ。この世界の魔物や動物は、血などの匂いではなく回収前の魔石に対して非常に鋭い感覚を持っているからだ。

 ともかく、このような理由があり防壁の外を旅する場合、匂いについてはそれほど気にする必要はないのであった。


 本日の夕食メニューは、塩と胡椒と少々他のスパイスをブレンドして振りかけて焼いたオーク肉と野菜たっぷりのスープ。それと葉野菜のサラダにミッシュブロートと呼ばれるパンである。

「んじゃ、食うか。いただきます」

 セイルは両手を合わせてそう言うと、早速一口大に切られたオーク肉を口へと放り込んだ。

 竜の翼の他のメンバーとレンがそれに続く。彰弘達も少し遅れて食べ始めた。

「初めて食べたが美味いな」

 人型であるオークということで、その味がどのようなものか想像できなかった彰弘が口の中の肉が胃に落ちてから口を開いた。

 まだ口が空になっていない六花はそれに同意するように首を縦にうんうんと振る。

「これは豚肉の味ですよね? 知っているのよりは少し濃厚っぽいです」

「料理の腕、でしょうか。味は勿論ですが程よい噛み応えも相まって食が進みます」

「これはお米のご飯でぜひ食いたい!」

 少女三人が口々に感想を述べる。

 六花は彰弘の言葉に頷いた後は、黙々と食事を口に運んでいた。どうやら、喋る間も惜しいほどに気に入ったようだった。

 その後もスープを口にし絶賛し、ドレッシングをかけたサラダを食べて顔を綻ばせた。

 そんな少女達の反応に調理をした竜の翼の顔も自然と綻ぶ。

 それから和やかに食事が進み、やがて一番先に食べ始めたセイルが自分の分を食べ終えて食器を置いた。

「ふー。満足満足。ごちそうさま」

「はい、お茶」

「サンキュー」

 タイミングを計ったように差し出されたコップを受け取ったセイルは一口それを飲み再び「ふー」と息を吐き出した。

 セイルへコップを渡したディアも自分の分を食べ終え緑茶を口にした。

 伊達に十年以上一緒に冒険者をやってるわけではない、阿吽の呼吸がそこにはあった。

 それを見ていた少女四人の目光……りはしなかったが、最後の一口を飲み込んだ彰弘へと一瞬視線が向かう。が、すぐに目の前の食事へと戻った。

 今の少女達にはお茶を用意することができなかったのである。

 どうしたものかと、近い未来を想像し困ったような笑みを浮かべた彰弘が首の後ろを手でかいているとミリアが緑茶の入ったコップを差し出してきた。

 一言、お礼を言い湯気の立つ緑茶を口にし、成るようにしか成らないか、と思考を放棄した。いい感じに膨れた腹ではそうそういい考えは浮かばないのであった。


 最後の一人が食事を終えた。

「ごちそうさまです。……うぷ」

 普段より多めの食事量を何とか胃に納めたレンは両手を後ろに着きで身体を支えるようにして天井を仰いだ。

「もしかして、苦手な物でもありましたか?」

 少し苦しそうなレンへとミリアが心配そうな顔を向ける。

「ふむ? ふむ。ああ、食いすぎですか」

 レンの状態を観察したライが笑いながら原因を特定する発言をした。

「……ご名答です」

「それでしたら言ってくださればよかったのに。分かりました、次からはもう少し量を減らしますね」

 どこか安心した顔でミリアがレンの前へと緑茶を置いた。

「にしても、あの量で食いすぎとは……」

「身体の鍛え方が足りないね。六花達を見習いなさいな」

 信じられないという表情のセイルに、身体を鍛えるべきだと苦言を口にするディア。

 実際、同じくらいの量の夕食を身体の一番小さい六花は普通に食べ終えていた。その六花は――他の少女達もだが――食後で少しだけお腹をぽっこりさせているが、まだ余裕はありそうである。

「そうは言いますけど、普通に定食を頼んだらあの半分くらいですよ……」

 身体を起こして緑茶を口にしてからレンはそう言った。

 確かにレンの言うとおりで、避難拠点にある大食堂や総管庁庁舎にある食堂で出される大人一食分は、今日の夕食の半分位の量だ。いつも食べている量を考えたらレンはよく食べきれたというところだ。

「最近、六花達も普通に大盛りを頼んでたから感覚が麻痺してたが、前の感覚で考えたら確かに多かったよな」

 今日、それぞれの前に配膳された夕食の量を思い出しながら彰弘がそう口にした。

 なお、彰弘が食べた量はレンが食べた量の倍はあり、セイルに至っては三倍という量であった。

「あれれ? ひょっとしてあたしおデブになっちゃう?」

 瑞穂は自分の服を少しだけ捲り指で自身の脇腹を摘み首を傾げた。

「大丈夫っぽい?」

 そして首を戻す。

 瑞穂は続けて隣に座っている香澄へと自分の脇腹にやったのと同じ動作を行う。むにっと僅かに摘めた。さらに反対側の隣の紫苑をむにっ、さらに彰弘を挟んでその向こうに座っていた六花をもむにっ。

 そして、再び首を傾げる。

 誰の頭にもなかった瑞穂の行動に、その場にいた他の面々は動きを止めていた。

 しかし、瑞穂が一通り摘み終わり元の位置に戻った後、紫苑と香澄が服を戻しつつおもむろに立ち上がる。

「香澄さん、少々お仕置きが必要だとは思いませんか?」

「そうですね、紫苑ちゃん」

「さあ、六花さんも行きましょう。人前でやって良いことと悪いことの……と、まあ」

 僅かに目を開いた紫苑の先で、六花は彰弘に寄りかかって寝息を立てていた。

「あはは〜、摘んだときにまったく反応がないなとか思ったんだけど、寝てたんだ。あはは〜」

 瑞穂の笑いで漸く大人達の硬直が解けた。しかし、瑞穂を挟んで立つ二人の少女を見て再び固まる。

「ああ、ほどほどにな?」

 いち早く復帰した彰弘は首だけを二人に向け、自分に寄りかかり寝ている六花の服を戻しながらそう声を出した。

「はい。大丈夫です。深く反省するならばすぐにでも開放します」

 紫苑が座ったままの瑞穂の左腕を取る。

「ちょっと言い聞かせるだけですから心配はいりません」

 香澄が残った腕を取った。

 そして紫苑と香澄が揃って詠唱を開始する。

「「魔力よ駆け巡れ。今ここにその力を解放せよ。『ぷちフルブースト』」」

 少女二人の身体を彰弘では僅かにしか感じ取れない魔力が巡る。

 『ぷちフルブースト』は、以前『フルブースト』を制限なしで使ったせいで強烈な全身筋肉痛に襲われた少女達が編み出した新魔法である。『フルブースト』との違いは僅かに一点、注ぎ込むことができる魔力に上限があることだ。『フルブースト』は魔力を注ぎ込めば注ぎ込むだけ身体能力が上昇させることができるが、『ぷちフルブースト』はどれだけ魔力を注ぎ込もうとしても三割までしか身体能力を上げられないのである。その代わり、『フルブースト』より長時間の運用が可能であり尚且つ翌日への影響が皆無であった。

「さあ、瑞穂ちゃん。ちょっとここから離れましょうか」

 香澄は掴んだ瑞穂の腕を上へとひっぱり強制的に立ち上がらせる。

「ここでは皆さんに迷惑となりますから、隣のリビングにでも行きましょうか」

 紫苑と香澄は、瑞穂を引きずるようにして隣へと歩き始めた。

 二歩、三歩、と進むにつれて瑞穂の頭脳が回転を始める。そして本来壁がある位置に来たところで抵抗を始めた。

 瑞穂は引きずられた状態から自分の足でしっかりと立ち、両腕を抱え込む二人に逆らい元いた場所へ戻ろうとしたのである。

 しかし、それは無駄な抵抗である。元々の筋力などはほぼ同じ少女達だ。加えて一対二、さらに紫苑と香澄は身体強化を行っている。勝てる訳がなかった。

 ただ、瑞穂もそれくらいのことはすぐに気が付く。だから対抗するために必死に口を動かそうとした。

「体内を巡りし魔力よ! 今ここにその、うひゃぁ!」

 二人の『ぷちフルブースト』に対抗するには『フルブースト』しかないと考えた瑞穂をそれを使うために詠唱を開始し、そして遮られた。

「んふふ〜。だめだよー瑞穂ちゃん。それはこんなときに使っちゃ〜」

 詠唱を邪魔したのは笑みを浮かべた香澄による脇腹への攻撃――くすぐり――だった。

「瑞穂ちゃん昔から脇全体が弱いよね〜。あとー、足の裏とか。ああ、そうだ太ももの内側も弱かったよね〜」

「それは言いことを聞きました。瑞穂さん頑張って反省してくださいね」

 弱点の暴露とそれを聞いた紫苑の笑顔に瑞穂が叫ぶ。

「彰弘さん、へるーぷ!」

 家中に響き渡ったその叫びは、やがて壮絶な笑い声へと変わっていった。


 隣のリビングから響く少女の笑い声に大人達は緑茶をすする。

「アキヒロ、助けを呼んでいたぞ」

 無言でいることに堪えかねたのかセイルが声を出す。

「知ってるか? 人間できることとできないことがあるんだ」

 彰弘は暗に無茶言うなと返答する。

 今となってはあの二人を止める手立てが思いつかない。事の起き始めから先ほどまでの間で、唯一問題もなく止められたであろうタイミングは、瑞穂が香澄の脇腹に触れる前の一瞬だろう。今となってはどうしようもなかったのである。

「真理ですね」

 真面目な顔してライが頷く。

 決して動こうとしない彰弘とライから、セイルはレンへと視線を移す。

 レンは一心不乱に緑茶の入ったカップに口を付けていた。

 ライとレンの顔から読み取れるのは触らぬ神に祟りなしであった。

 なら、とセイルは同じ女であるディアとミリアを見る。

「まあ、あれは瑞穂が悪いね。そんなに気になるなら助けにいけば? 私は藪を突いて不要な蛇を出したくはない」

「試練を邪魔すると神罰が当たりますよ、セイルさん」

 女と言えど、いや女だからこその発言がセイルに返ってきた。

「仕方ない待つか……」

 セイルはそう言うとぬるくなった緑茶を飲み干した。


 時間にしたら十分程度。笑い声は全力疾走後のような荒い息遣いへと変わっていた。そこからさらに十分。少々、やり過ぎたという顔の二人と全身汗だくで顔を真っ赤にした瑞穂が戻ってきた。

 彰弘は紫苑と香澄に目を向け二人が頷くのを見てから瑞穂を手招きして自分の横に座らせる。

「大丈夫か?」

「……うん」

「そうか」

 短くやり取りをし彰弘は少し考える。そして再び口を開いた。

「やって良いことと悪いことの判断は難しいな。瑞穂自身が何でもないと思っていたことなら尚更だ。俺は四十年近く生きているが、正直未だに完璧じゃない。だから、俺は何かやる前に可能な限り一瞬だけ考えることをしている。自分の行動を相手が、そして周りどう受け止めるのか、それを考えることにしている」

 一度、言葉を区切った彰弘は真剣に聞く瑞穂を見てどのように考えるかの一例を出すことにした。

「考え方にもいろいろある。今回の件で言ったら、あの動きを大きくしたらどうなるか? それは自分がやられても問題ないことか? 他に方法はなかったのか? とかだな。まあ、考えて行動したその結果が全て良くなるとは限らないが、今までの経験からして何も考えなしで動くよりは良い結果が出ている。ただ、これは俺の方法だ。人によってはマイナスにしかならない場合もある。だから瑞穂は今日のことを踏まえて自分なりの方法を見つけてみてはどうかな?」

 彰弘は自分の経験から出た方法を瑞穂に聞かせ、そして少女の頭を撫でた。

 直感で、その場の感情で動くことも必要な場合があることは彰弘も分かっている。ただ、そのときでさえ彰弘は一瞬考えるということを行う。

 初めて人を殺したときもそうだった。聞くに堪えない内容に激昂しながらも僅かに残った冷静な部分で考えていた。殺した場合のリスクと殺さなかった場合のリスク、周りの反応、それらについて考え有用と判断し実行した。

 彰弘の方法が正しいとは一概には言えない。しかし、不要な行動を抑制する一つの方法であることは確かであった。

「ふおぉぉぉ! あたしはなんてことをー!」

 彰弘の話で真面目そのものだったその場の雰囲気がいきなりの瑞穂の声で崩れた。

 声を出した瑞穂は並んで座る紫苑と香澄に目を向け、続いて彰弘に寄りかかり寝る六花を見る。そして最後に彰弘へと顔を向けた。

 声の原因は、瑞穂なりに彰弘から聞いた考え方を数十分前に行った自分の行動に当てはめた結果だった。

 瑞穂はあのとき脇腹を摘むために少しだけ服を捲ったのだが、彰弘が言った「あの動きを大きくしたらどうなるか?」を脳内で実践したのである。つまり、瑞穂の脳内で再生されたその映像は、自ら人前で服を脱ぎ捨てただけでなく親友達の服も剥ぎ取る自分の姿だったのである。

「ほら、どうする?」

 流石に声を出す前に考えるのは無理だったかと思ったことはおくびにも出さず、彰弘は努めて優しく声を出す。

 それを受けた瑞穂は、紫苑と香澄の下へとフローリングの床をずりずりと座ったままで移動した。そして二人の目の前に着くと「ごめん!」と頭を下げた。

 その後、小声で何かを紫苑と香澄に話した瑞穂は、二人の「しょうがないなぁ」といった顔に見送られ、またずりずりと彰弘の隣に戻る。そして今度は寝ている六花に小声で謝った。

 最後には、その場にいた全員に頭を下げたのだった。


 この後、瑞穂の行動がどうなるかは定かではない。しかし、悪い方には行かないんじゃないかな、と彰弘は漠然とそんなことを考えていた。

お読みいただき、ありがとうございます。


毎度毎度、当初の予定した時間に投稿できず、すみません。


動物、魔物が感じ取る匂いについて

 作中で記している件ですが、これは元地球の生物と比較して嗅覚が鈍いということではありません。魔物などは寧ろ高かったりします。

 ただ単に匂いに惹かれるということが少ないというだけとなります。



二〇一五年四月五日 十七時三十一分

脱字修正

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