2-24.
前話あらすじ
位牌回収を進める一行は、霊体生物の反応を感じ臨戦態勢に入る。
しかし、それは瑞穂と香澄達家族をゴブリンから逃がすために、自ら囮となった瑞穂の父と香澄の母であった。
その後、瑞穂の父と香澄の母は娘達との会話に満足(?)してあの世に旅立つためその場で光となったのである。
日が傾き夕方と言える時間帯になってきた。
「そろそろ、夜営する場所を探すか」
太陽の位置を確認したセイルが太陽の位置を確認してから辺りを見回した。
竜の翼と断罪の黒き刃、そして依頼主から指定された同行者である総管庁職員レンからなる一行の依頼進捗状況は三分の一ほどであった。指定された担当地域の土地面積で考えると四分の一と言ったところだったが、今日一日に一行が活動した区画は集合住宅が多かった。そのため、世帯数計算で三分の一の進捗となるのである。
「そうですね。とは言え、どうしましょうか?」
セイルと目が合ったライは同意しつつも、ふと頭に浮かんだことを口にした。
今の状況であれば、比較的丈夫そうで見張りもし易い適当な家屋を見つけ、そこで夜を越すのが常道である。もし仮に適度な家屋が見つからない場合は、ある程度の広さを持ち見張りもし易い場所を見つけ、そこで毛布に包まり夜を明かすのだ。
このような感じなので、普通ならライのような問いが発生することはない。しかし、今は自分達のパーティーの他に、彰弘達とレンという元日本人の六人がいた。
そのため、彰弘達とレンが赤の他人の家で夜を過ごすことに忌避感を出すのではないか? とライは考えたのである。
「本人達に聞いてみるのが一番だな」
ライの言葉の意味を受け取ったセイルはそう言うと、隣を歩くレンへと顔を向けた。
「なあ、レンさん。明日の朝まで、どこか適当な家で過ごそうと思うんだが何か問題はあるかな?」
「そうですね……。人様の家だった場所ということで躊躇う気持ちがないではないですが、特に問題はないですね。問題はあの子達がどう思うかというところですかね」
雑談しながら前を歩く少女達へと視線を向けながらレンはそう答えた。
「条件付きで異はないと思うね」
「ディアさんに同士します。十中八九どころか確定でアキヒロさんが一緒であれば気にしないかと」
ディアとミリアが自分の考えを口にした。
なお、ディアが言った条件付きの条件とはミリアが口にした『彰弘が一緒であれば』のことである。
ちなみに、彰弘についての言及がなかったのは、僅かながらも行動を一緒にしてこの程度のことでとやかくは言わないだろうと誰もが感じていたからだった。
実のところ少女達に対しても彰弘と同じような感じを受けていたのだが、そこはまだ未成年。彰弘ほど大丈夫という感じを受け取れなかったのである。
「なら、聞いてみようか」
少女達と話していたはずの彰弘がセイル達を振り向き声を出した。
てっきりこちらの話など聞いていないと思っていた竜の翼とレンは少しだけ驚いた顔で彰弘を見た。
そんな面々に彰弘は「これだけ近いんだから聞こえるさ」と笑いながら言い、雑談を止めて大人達を見る少女達へと確認の言葉を投げかけた。
彰弘達十人は、夜営の話をしていた場所からおよそ百メートル離れた位置に建つ家の前にいた。
あのとき、少女達から返ってきた答えは全員一致で「そこそこキレイなら問題なし」というものだった。要はゴミ屋敷などのようなところは勘弁ということである。
もっとも、そのような家はセイル達の基準からして夜営場所として相応しくはないので、余程のことがない限り選ばれることはない。
ともかく、少女達の返答で適当な家屋で過ごすことが決定したのだが、その場が住宅街であったために、どの家屋にするかなかなか決まらなかった。
そんな折に助け舟を出したのは瑞穂だった。助け舟は少し行くと自分達の家があるからそこにしよう、というものだ。それを聞いた彰弘が香澄に目を向けると「すぐそこです」と少し恥ずかしそうに答えた。
他に有力な意見もなく、そして問題も見当たらないため一行は少女二人が住んでいた家へと向かったのである。
その敷地に建つ家はタウンハウスと呼ばれるものに見えた。玄関は二つあるが建物自体には区切りとなる隙間がないからだ。外観にも特に妙なところはない。
ただ、敷地全体を見ると妙なことに気が付く。タウンハウスを建てるしては背の低い塀に囲まれたその敷地は広いのである。
通常、タウンハウスと呼ばれる建物は住戸を集約し、空いた敷地を有効活用するなどの理由があり建てられることが多い。例えば、戸建てを別個に建てるには面積が足りないなどだ。しかし、この敷地には十分な広さがある。建物が建っている面積は敷地全体の三分の一程度しかなかったのである。
瑞穂と香澄の家の敷地に入った一行は、竜の翼主導の下で早速夜を明かすのに問題がないかの確認を開始した。それから、程なくして玄関前へと戻った一行はこれからの方針を話し合い始めた。
「見てきた感じ、特に重大な問題はない。低いとは言え塀もあるってのがいいな」
「ええ。出入り口も門扉で閉じれるようですから、『警戒陣』をかけるのも手がかかりません」
セイルが確認の結果を言葉にし、ライが答え、加えて夜営のために使用する魔法についても口にする。
「警戒陣ってなんだ?」
聞きなれない言葉に彰弘が素直な疑問も投げかける。
「簡単に言えば、指定した境界を何かが超えると術者にそのことを知らせる魔法です。折角ですから、やってみましょうか」
ライはそう言うと自分のマジックポーチから小指の先ほどの魔石をいくつか取り出した。
「警戒陣を敷くために必要なものは、対象とする物体と陣を維持するための魔力……つまり魔石です。付いてきてください」
そう言われて彰弘と少女達、それに残りの竜の翼とレンが後に続く。
魔法と聞いたからなのか少女達の目が真剣そのものになる。
「今回はこの塀を対象とします。ただ、出入り口で塀が途切れていますので、まずそこの門扉を閉じます」
ライは九人を引き連れ、玄関へと続く正面の出入り口へと向かい備え付けられていた門扉を閉じる。続けて今度は建物の裏側へと回り正面と同じように出入り口を閉じた。
「では、始めます」
開始を宣言したライはその場にしゃがみ、手にした魔石の一つを塀の内側のすぐ近くの地面に埋め込んだ。それから「次です」と口にし一定間隔で塀の内側の地面に魔石を埋め込んでいく。
ライが魔石を埋め込む間は、誰も声を発しなかった。何かを真剣に確認しながら作業を行っていたため話かけづらかったのである。
そして、一番最初に魔石を埋めた場所に戻ったところで説明のために口を開いた。
「さて、これで下準備は完了です。この指から出ている魔力を見て分かると思いますが、今は魔石と魔石の間を私の魔力で繋いでいます。加えて、所々塀の中にも魔力を通しています。これらは少々難しいですが、あなた達ならそれほど時間をかけずにできるようになるでしょう……」
ふいにライは言葉を切らし、一瞬ビクッと身体を震わせた。危うく魔石間を繋いだ魔力を切らせるところであったが、幸いにも一度繋いだ魔力はある程度安定するため、今回は事なきを得たのである。
さて、何が起きたのか? 実は彰弘と六花に紫苑、それと瑞穂と香澄が目を細めてライが説明のために立てた指を睨むように見ていたのだ。特に彰弘と元々切れ長の目を持つ紫苑の視線は強烈であった。
「あの……何故にそんな目で睨むのですか?」
真剣に睨む(?)五人にライが問いかける。
「ぐぬぬ。線が見えるような見えないような」
「おたまじゃくしのような魔力が……」
「瑞穂ちゃんにもそう見えるんだ」
「言い得て妙ですが、私もお二人と同じです」
「指の周りに魔力っぽいものがあることしか分からん」
ライが言う魔石間を繋ぐ魔力を六花は辛うじて見ることができていたが、残りの少女三人は途中までしか見えていなかった。彰弘については言葉にした通りである。
なお、セイルとディア、それにレンは自分に魔法を使う適正がほとんどないことを知っていたので最初から見ようとしていない。ミリアは普通に見えていたのでいつも通りの微笑みを浮かべていた。
「ああ、とりあえずそこらへんで諦めてくれ。日が暮れちまう」
セイルが呆れたような口調でまだ目を細める五人に声をかける。
その声でハッと気付いたように彰弘達が目付きを元に戻した。
「今はまだでも、魔力は修練次第で今よりも見えるようになりますから。後で修練方法を教えますよ。では、続けます」
驚いたことによる鼓動を元に戻しながらライは反省した。
彰弘はともかくとして、少女四人については自分とそうは変わらない程度には見えるものと思い込んでいた。しかし、実際はそうではなかった。
理由はすぐに思い当たった。出会った直後の期間で、魔法に関して驚異的な成長を遂げたのは加護のお陰もあり事実だ。加護が切れた後も少女達の努力により目を見張る程の成長をしていたことも事実。しかし、その努力は専ら自身の戦闘能力を上げるために使われていた。つまり、魔力を見るというどちらかといえば直接戦闘に関係ない能力はほとんど鍛えられていなかったのである。
魔法使いであるライは思う。少女達は魔法使いを目指している訳ではないと改めて分かった。ただ、魔法の力は今後も必要になるだろうし、事によると近い将来魔法使いを目指す子が出てくるかもしれない。仮にそうならなくても、様々なことにあれだけ真剣なのだ。まだ魔法使いとしても冒険者としても全体から考えたら若輩と言える自分ではあるが、少々偏った考えと成長をする少女達を導くことくらいはできるはず、と。
ともあれ、今は警戒陣である。気を取り直してライは説明を再開した。
「先ほども言いましたが、警戒陣は境界を指定してそこを越えたものがあった場合、術者にそのことを知らせる魔法です。この魔法は……いえ、この魔法だけでなく大抵の魔法に言えることではありますが、術者のイメージが大きく影響します。そのため、明確なやり方というものは存在しません。あえて言うならば、魔法を行使した後でその魔法を維持させるための魔石を配置するくらいです」
ライは一つ息をつき、少女達が頷くのを確認して言葉を続ける。
「では、参考までに私がこの魔法に込めるイメージを伝えておきます。と言っても、あくまで私のイメージですから、あなた達が私と同じ言葉を使って、この魔法を使ったとしても同じ効果を発揮させることができるとは限りません。あくまで参考として聞いてください」
再度、少女達が頷くとライは三度口を開いた。
「まず、範囲を思い浮かべます。今回は最初にこの敷地を囲った塀を想像します。そしてそこから上空へ曲線を描いた膜でこの敷地を覆うように意識を持っていき、丁度敷地の中心点の上空でその膜が繋がるようにします。次は効果を思い浮かべます。言うまでもなく、効果は私達以外のものがこの敷地内に入ったときに知らせることです。今日のところは、体長五十センチ以上のものを対象とします。では実際に魔法を使います」
ライは話終わるやいなや短杖を両手で持ち胸の前で掲げ目を閉じる。そして、指から出ていた魔石と魔石を繋いでいた魔力を短杖の先に付いた魔法石と呼ばれる石から出るように操作した。
その姿に彰弘と少女四人の目が真剣さを増す。
「我が望むは警戒の音。如何なる存在も我から逃れる術はなし。欺くことは許さず許されず。今ここに我が境界を示し顕す。発動『警戒陣』」
キーワードと共に短杖の魔法石から魔力が迸る。
その魔力は彰弘でも見えるくらいの濃度であった。
少女達が感嘆の声を上げる。その声にライは「練習次第であなた達も使えるようになります」と微笑みを向けた。
この後、ライは家自体にも同じ名の魔法をかけた。
ただし、塀を対象とした警戒陣とは少し違う。塀を対象としたものは境界の通過を知らせるだけのものだったが、この家にかけた警戒陣はそこを越えたものの身体へと僅かながら衝撃を与える機能までも組み込んでいたのである。
このライの行動は普通の考えだと過剰と言えた。家の中で夜を明かすとは言え、ここは街を囲う防壁の外、見張りを立てないわけではない。加えて、外へ出入りできる扉や窓は全て施錠するし雨戸シャッターも閉めると決めている。その上、どの時間帯の見張りにも竜の翼のメンバーを配すのだから、ライの魔法がなくても家の中に何かが入ろうとしたら、間違いなくその侵入に見張りに立ったメンバーは気付く。竜の翼のメンバーは誰もがその実力を持っているのだ。
しかし、ライとしては先ほど少女達の力量を見誤ったばかり。少しばかり少女達を心配しすぎ、少しばかり過剰になるのは仕方のないことだったのかもしれない。
そんなライの気持ちからの行動はセイルを呆れ顔にさせ、ディアとミリアに困ったような笑みを浮かべさせた。
彰弘とレンは、ライ以外の竜の翼の反応から過剰なんだなと判断し何とも表現しづらい顔をする。
なお、少女達はというと、ライが使った魔法の解析に意識が行き過ぎていたために、大人達の反応に気付きもしなかった。良くも悪くも自らの目標へ向かって前進あるのみなのであった。
遅くなりました。
お読みいただき、ありがとうございます。
範囲指定の魔法(陣)について
通常、陣系統の魔法は対象物に自分の魔力を通すことで範囲を把握指定して発動させます。今回で言ったら塀がそれです。
では、今回のような塀などがなかった場合はどうするかと言うと、糸でもなんでもいいので、それらで範囲を指定します。
仮に糸などもなかった場合は、自分の魔力だけで行使することも可能ではありますが、自分の視覚外の範囲へ魔力を伸ばすことは非常に困難なため現実的ではないということになります。
なお、自分の視覚内であれば視覚外よりも難易度は下がりますが、魔力は間に何も介さない場合、その操作は自分の身体から離れるほど困難になります。そのため、確実性を求める場合は数メートル先に陣を敷く場合でも通常は何らかの物質を媒介として使用します。