2-21.
前話あらすじ
彰弘にとっては不本意ではあるが、少女達の意によりパーティー名が決定した。
その名は『断罪の黒き刃』称号と外套の色と剣を主武器とするところから名付けられた名であった。
それはともかく、彰弘達はパーティー名登録の翌日、避難してきてから初となる北門の先、つまり自分達が住んでいた街跡へ行くために行動を開始するのだった。
目の前に聳える十階建てのマンションを目の前にした男女十人は先行きを思い内心でため息をついた。
マンションを見上げているのは、冒険者パーティーである竜の翼と断罪の黒き刃、それと総管庁から今回の依頼に同行したその職員である。
「なあ、レンさん。今回、俺らが行くべき範囲にこの建物と同じようなのってどんだけあるんだ?」
竜の翼のリーダーであるセイルがマンションを見上げながら、同じ姿勢をしている総管庁職員のレンへと尋ねる。
「少し待ってください。確認します」
そう返したレンは、ミリアお手製のナップサックではなく大荷物とは別に持参していたショルダーバッグから紙の束を取り出す。そして、それを素早く捲り始めた。
レンが取り出した紙束は地図だ。避難拠点周辺全体を表したものに世帯位置が分かるまでに拡大したもの。
また、これは地図とは言わないが集合住宅の階層ごとを平面図に書き起こしたものまであった。
これらは、融合後に生存者数の特定などのために融合前に用意されていたものである。そのような用途を持つため、レンが持つそれには様々な情報が書き込まれていた。
世帯位置が分かる地図にはバツ印とマル印が付けられている。融合前に引越した世帯にはバツ印が、今回の依頼内容でもある位牌が避難者によりすでに持ち出されている世帯にはマル印が付けられていた。
ひとしきり紙束を捲り言われた建物を数えていたレンは顔を上げ、いつの間にか注目を集めていることに少し驚きながらも口を開いた。
「これと同じ規模のものは全部で三つです。ついでに言いますと五分の一規模のものが二十、あと十から二十世帯規模のものが五十あります。なお、残りは一軒家となり、およ七千世帯です」
「多いと言うべきか少ないと言うべきか悩むところかな?」
レンからの答えに一瞬考えたセイルは、そう言うと微妙な顔をする。
「少ない、と言えるでしょうね。当初……融合前のことですが、集合住宅も一軒家もこの数の四倍ほどが想定されていましたから。しかし、実際に融合してみたらご存知の通り、避難拠点からどの方向に向かっても最長で十キロメートル程度しか元日本側の土地は続いていません。短いところなど一キロメートルにも届きません」
レンは「これを見てください」と避難拠点周辺を描いた地図をその場に広げ、灰色、青色、赤色の三種類で引かれた線の内、一つを指でなぞった。
レンが広げた地図は避難拠点を中心とした元日本の地図だ。避難拠点に接する市が二つに、その二つの市に隣接する五つの市が描かれている。それぞれ、市の境界は濃い灰色で分けられており、それとは別に地図に描かれている七つの市をほぼ囲うように青色の線が引かれていた。この二色は融合前から地図上に引かれていたものだ。では、残りの赤色の線はというと融合後に引かれたものである。
赤色の線は、融合後に元自衛官や冒険者などによりもたらされた調査結果を基に総管庁の職員が各地図に書き込んだもので、元日本側の土地と元サンク王国側の境界を示していた。
レンが指でなぞったのは境界を示す赤い線であった。
「なるほど、赤い線の内側が日本だった土地な訳か……狭いな」
グラスウェルという手書きの文字が赤い線の外側に書かれているのを見て、セイルがそう口にする。
「日本の人の数が少なかったのも頷けるわね」
セイルの隣で地図を覗き込んでいたディアがそう続けた。
「ま、広かろうが狭かろうがやることは一つだ。位牌を見つけて持ち帰る。ちょっとばかり数が多いが……ともかく、動くぞ」
無言で地図を見つめる彰弘達を思ってか、それともただ単に考えても仕方ないと思ったのかセイルはそう声を出すと十階建てのマンションに目を向けた。
確かにセイルの言うとおり、地図を見ているだけでは何も始まらない。どれだけ数があろうと依頼として受けた以上、それは遂行するしかないのである。
「なんていうか、異様に疲れた」
マンションの十階部分、最後の部屋の窓から外を眺めセイルがそう呟く。
ほぼ全ての玄関ドアは施錠されていたため、部屋に入るにはそれを何とかしなければならなかった。しかし、当然のことながら各ドアの鍵を持っているわけがない。つまり、セイル達はドアの鍵を力技で破壊し部屋に入り目的の物を探してきたのである。一回や二回ならば労苦ではなくとも、それが百以上ともなればそれは重労働であった。加えて、回収すべき位牌自体がない場合もあり、その徒労も少なからず疲労の原因となっていた。
「さあセイル、次に行きますよ。私達はまだ依頼の一割も達成してないんですから、のんびりしている暇はありません」
早々に外に出ようとライが窓から外を見るセイルに声をかける。
「わかってるよ。ただ、最初から急いでも後が続かなきゃ意味ないだろ。適度にだ適度に」
言い訳に聞こえそうな言葉を口にしながらセイルは窓から離れ玄関へと足を向けた。
最初のマンションからさらに大規模のマンション一つと中規模のマンションを四つ、それと戸建てを一区画周り終えたところで一行は昼休憩を取ることにした。
漸く、割り当てられていた一割程度が完了していた。
「思ったよりも辛いね」
食後の茶を飲みながらディアがそう漏らした。
「そうだな。鍵がかかっているからといって、中に何もいないとは限らないし外の物陰も注意しなきゃならんしな」
紫煙を口から吐き出したセイルはそう答えた。
集合住宅はまだましであるが、一軒家の場合は集合住宅に比べ出入り口となる場所が多い。加えて、物置などと家の間、隣の家と家の間など外側も警戒すべきところが多いのが問題だった。
「んじゃ、そろそろ俺達も手伝おうか。気を使われ続けるわけにもいかんしな」
携帯灰皿を使い灰と吸殻を消却した彰弘はそう言って少女達に目を向ける。そして四人からの了解の頷きを受け取ると言葉を続けた。
「と言う訳だ。どうするかはそちらに任せる。何組かに分けて数軒ずつ回収しするのが妥当だとは思うが」
「もう少し時間がかかると思っていたよ。ま、こっちにとっては願ったり叶ったりだ」
彰弘達の……特に、人の気配のしない街中に入ったときの少女達の様子から今日一日くらいは使い物にならないのではないかとセイルは考えていた。
それくらい、少女達の様子はおかしかったのである。それ故のセイルの言葉であった。
「さてと、そうとなったら組分けしちまおう。……ああ、一応確認だけど、レンさん。問題ないよな?」
セイルのその問い掛けにレンは一瞬レイルの言葉を思い出しが「依頼が達成できるなら問題ありません」と答えた。
組分けの言葉にも特に少女達の反応はなかった。やはり普通に接する分には何も問題ないのだと改めて感じたのだった。
「で、どう分けるんです?」
「ん〜。アキヒロ達だけの組は流石にマズイよな。単純に戦闘力だけでいったら問題はないんだが……」
ライの言葉にセイルはそう返すと腕組みして考え出した。
それを見ていた彰弘は軽く笑い、少女達へどうする? と顔を向けた。
「この場合でしたら一人で行動するのでなければ問題ないと思います」
彰弘の視線を受けて紫苑が間髪入れずに口を開いた。
「そだね。あたしと香澄。紫苑ちゃんと六花ちゃん。で、彰弘さんが一人かな〜」
「彰弘さんと離れるのはむ〜って感じだけど、それでいいかな? とわたしも思う」
紫苑の言葉に続いて瑞穂が提案し、六花が僅かに逡巡を見せたがすぐに同意した。
香澄も頷いているところを見ると瑞穂の意見に異はないようである。
「後は、そっちの分け方だけだな」
少女達の意見に彰弘も同意し、あっさりと組み合わせを決めた少女達に驚くセイルへと言葉をかけた。
俺の悩みは何だったんだ、とセイルは心の中で呟く。
セイルは彰弘が目を醒まさないでいた間の少女達を知っており、総管庁庁舎での出来事を人伝に聞いていた。だから、どのように分ければ少女達が納得するか、どうすれば傷つかないかを考えていたのである。
ただ、元々あまり悩むタイプではないセイルだ。いつの間にか横に来ていたライの「あなたと同じ気持ちですが、結果良ければ全て良しでしょう」という言葉に頷くといつもの顔に戻り声を出した。
「そっちの組み合わせが決まったなら話は早い。ライがアキヒロと、ミリアはリッカとシオン、で、ディアはミズホとカスミだ。俺は護衛込みでレンさんと一緒に行動する」
リーダーらしく即決で決めていくセイル。その決定に竜の翼の面々と総管庁職員レン、そして彰弘達も了承の意を返した。
昼休憩を切り上げ移動を開始した一行だったが、目的のものを見つけた彰弘が声を出して足を止めた。
何事? と訝しむ同行の仲間に彰弘はある一点を指し示した。
「車、ですか?」
レンが言うとおり、彰弘が示した場所には普通自動車と大型トラックが一台ずつ信号機手前で止まっていた。
自動車自体は今日の移動の間にも見かけてはいたが、それは一軒家の庭や駐車場などに止められているものであった。
彰弘が指し示したような道路に止まっている自動車は、避難拠点から移動してきて初めてのことである。
自動車が道路にない理由はその燃料にあった。融合が起こる少し前から石油などの輸入は止まっていた。その上、大部分のそれら燃料は発電所などにまわされ、ガソリンスタンドには最低限の量しか補給されなかった。そのため、一般市民は自動車を使うことをしなくなったのである。
これについては、極一部で反発はあったものの、生活に必要な電力の供給などに使わなければ供給が止まるとの政府広報の通達があり、すぐに沈静化した。
なお、一軒家の庭や駐車場の自動車に彰弘が反応しなかった理由は、そこにある自動車が数ヶ月は使われていないと思える状態であったために目的のものがある可能性が低そうだと判断したからであった。
「そう、車さ。正確には車に付いている燃料タンクだけどな」
彰弘はそう返し、周りに気を配りながら普通自動車と大型トラックの内、大型トラックの方へと近づく。事前に何をするのかを聞いていた少女達はどこか期待した表情で彰弘のすぐ後ろを歩き、訳が分からない竜の翼とレンは首を傾げながら少女達のその後ろを追った。
大型トラックに近づいた彰弘は燃料タンクを拳で叩き始めた。そして、おもむろに腰から血喰いを抜いて魔力を流すと上段に構え、一気に振り下ろした。
少女達以外が呆気に取られる中、彰弘は振り下ろした血喰いの刃を発生させる部分に傷ができていないかを確認してからそれを腰に戻した。そして、自分が切り落とした破片ではない方、つまり、まだ車体に残っている方の燃料タンクを覗き込んだ。
「彰弘さん、どですか?」
一番に六花が声をかけた。
他の三人も声こそ出さなかったが彰弘のことをジッと見ている。
やがて、燃料タンクの中を覗きこんでいた彰弘が自分の腕をタンクに入れて引き戻した。それから笑顔を少女達へ向けた。
「六花、ビンゴだ。ほら」
彰弘はそう言うと、六花に手を開かせ、その手のひらに六花の握り拳と同じくらいの大きさの透明色の球体を置いた。
「おおう。キレイですー」
「一見すると水晶球に見えますが、この魔力はいいですね」
六花が素直に見た目の感想を口にし、紫苑が球の内なる魔力に関心する。
「瑞穂ちゃんも、これ欲しい!」
「綺麗……」
そして、瑞穂と香澄も口々に自分の思いを口にした。
そんな少女達の言葉で我に返った竜の翼の面々とレンは慌てたように彰弘達の下に駆け寄った。
「説明を要求する。何があった? と言うか何なんだ?」
事態が理解できないためか、少しだけセイルの言葉がおかしい。
残りの四人は六花の手の上の物に目を見開いていた。
「これが、俺の確認したかったことの一つさ」
彰弘は初めにそう口にしてから説明を始めた。
・オイルライターに入れるオイルが入った缶の中身がなくなっていた。
・オイルの代わりに何か固形物が入っていた。
・用事ついでに治療院の院長であるサティにそれが何かを確認した。
その結果、それが地中からしかとれないはずの透明色の魔石であったこと。
・融合の際に石油製品を含め様々な物の性質などが変化しているらしいこと。
・これらのことからガソリンなどが魔石になっていると思ったこと。
彰弘の説明は大まかには上記のようなものだった。
「事前に教えてくれりゃ、こんなに驚かなくてもすんだのによ……」
ため息と共に彰弘の説明を聞いたセイルがそう愚痴る。
それを見て彰弘は笑みを浮かべたまま言葉を返した。
「そうは言うけどな、もし予想と違ったら恥ずかしいだろうが」
セイルはそんなことを言う彰弘を呆れたように見た。
「そんな顔するなよ。結果良ければ全て良しだ」
つい先ほど別の人物から出た言葉と同じ言葉が彰弘の口から放たれ、セイルは再度ため息をついた。
気を取り直したセイルは彰弘にもう一つ気になったことを聞くために口を開いた。
「なあ、もう一つ聞きたいことがあるんだが」
「なんだ?」
「なんで、さっきはあんなに魔力込めて剣を振ったんだ?」
セイルの問いは先ほど彰弘が燃料タンクを斬り裂いたことについてであった。
「試したかった内の一つだな。どれだけの魔力でどれだけの切れ味になるかを試したかったんだ。一石二鳥というやつだな」
彰弘はそう言って笑った。
彰弘が最初に血喰いの説明されたときには今セイルに話したような説明はされなかった。しかし、ゴブリン・ジェネラルを相手の剣ごと斬れたことに疑問を持ち、そのことをイングベルトに伝えると、謝罪されてから武器全般についての詳しい説明をされた。
それによると、名付きの武器には『鑑定』では知ることができない能力が隠されていることがあるらしい。血喰いの場合、それが武器との相性により注ぎ込める魔力に違いがあることと、注ぎ込む魔力により刃の鋭さが増すということだった。
イングベルトの場合、相性は良くも悪くもなかった。それ故、普通の切れ味だったのである。そのことと、イングベルト自身の経験の浅さ――とは言え、イングベルトも武器を扱って四十年は経っている――から血喰いの隠された能力を見逃してしまったのである。
なお、イングベルトの謝罪の意味は、隠された能力は古今東西必ずプラス方向の能力であるのだが、武器屋として伝えなければならない事実を伝えられなかったためのものであった。
ちなみに、切れ味を試すなら今でなくともいい、という話もあるが、単純に彰弘が今まで試すのを忘れていただけだったりする。
余談だが、『鑑定』は長年その道でそのものを取り扱う内に目覚める可能性のある、称号には現れない能力の一つである。これは武器屋に限らず防具屋や道具屋、果ては青果屋などでも可能性がある。しかし、ある意味当然のことか、武器を見続けて目覚めた鑑定能力は武器にしか通用しなかったりするのである。
「はぁ、ま、いいか。それより先に進もうぜ。おい! そろそろいくぞ!」
前半を彰弘に向けて言い、後半はまだ透明色の魔石についてああだこうだ言い合っている自身のパーティーとレン、そして少女達へと向けられた。
その後、大型トラックと並ぶようにして止まっていた自動車の燃料タンクを調べると、そこからも魔石が出てきた。それは、大型トラックから出た物よりも小さいが、間違いなく透明色な魔石であった。
このことにより、断罪の黒き刃である彰弘達と竜の翼であるセイル達は、後日依頼遂行時の報酬よりも遙かに多くの金額を手に入れることになる。
ちなみに、断罪の黒き刃が竜の翼の依頼を手伝うことの報酬は『依頼中に冒険者としての知識をセイル達が彰弘達へと教えること』という形になった。
透明色な魔石のお陰で、少女達が学園に通う資金繰りに目処がついたためであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
彰弘が魔石への変化を確信できなかった理由は、融合の際の物質変化の法則が分からなかったためです。
劇中では出てきてませんが合成繊維は木綿や絹へと変化しています。しかし、合成ゴムは消え去っています。このように他の物質から類推して、こう変化しているだろうと思えたものが(合成ゴムが天然ゴムになる、みたいな)そうではなかった事実があるので、彰弘は確信が持てなかった、ということです。
二〇一五年五月六日 十八時〇二分
自動車が道路にないという説明文を修正。
※話の流れは変更ありません。