2-20.
前話あらすじ
筋肉痛が治った少女達は冒険者ギルド併設の訓練場で身体に違和感がないかを確認する。
一方、ギルドの建物内では彰弘達が知らぬ間に、明日の予定が示されていた。
冒険者ギルド職員から返された身分証に表示されている自らのパーティー名を見て、彰弘は誰にも気付かれないようにため息をついた。
身分証には『断罪の黒き刃』というパーティー名が記されていたのである。
筋肉痛完治の確認を行うため、冒険者ギルド併設の訓練場で身体を動かした彰弘達は、汗で濡れたシャツを着替えるために一度仮設住宅へ戻ろうと訓練場からギルド建物へ入ったところで、ギルド職員から「いいかげんにパーティー名を決めてください」と伝えられた。初依頼完遂後にパーティー登録をした彰弘達だったが、パーティー名についてはいい案が浮かばず、冒険者ギルド側に少し待っていてもらったのである。
本来ならパーティー登録と同時にパーティー名も登録しなければならないのだが、彰弘達の場合、元日本人で勝手が分からないだろうことやゴブリンの集団が現れたことによる防壁外への外出禁止令などもあったため、ギルド側の温情でパーティー名登録は先延ばしを許されていた。しかし、すでに禁止令は解かれており、彰弘達がパーティー登録をしてから十日以上経っている。考える時間は十分にあっただろうことに加え管理上の都合もあり、ギルド側は彰弘達へと早々にパーティー名を正式登録するようにと声をかけたのである。
このような流れで冒険者ギルドへ戻った彰弘達は早速登録カウンターへ足を向けた。そして登録となったのだが、彰弘の頭にはパーティー名について適当と思えるものがなかったし思い浮かびもせず一人頭を悩ませていた。そんな彰弘に対して少女達が取った行動は「自分達が決めよう」というものだった。そんなこんなでパーティー名については少女達主体で話が進んで行き、いつの間にか登録担当の職員の他に総合案内担当のジェシーも話に加わり、彰弘が「あっ」と思ったときには、すでにパーティー名が決まった後だった。
一応、少女達は自分達が代わりに決めようとしたときに彰弘へと声をかけている。ただ、彰弘は考えに没頭していて生返事をしただけだったのだ。パーティー名に彰弘の意見が入っていないのは自業自得と言えた。
パーティー名を登録した次の日、彰弘達は避難拠点北門内側近くにある空き地で荷物の確認を行っていた。
これから、竜の翼の依頼に同行するためだ。
昨日、パーティー名登録後、身分証にパーティー名である『断罪の黒き刃』が表示されていることを喜ぶ少女四人を苦笑気味の顔で彰弘が見ていると、ギルドの二階から降りてきた竜の翼から声をかけられた。何事かと聞くと、避難拠点の北側へと依頼で出るから予定がないのなら一緒に行かないか? とのことだった。
彰弘にしてみたらランクDとなっている冒険者と一緒に行動できるというのはメリットしかない。まだ駆け出しも駆け出しの冒険者である自分達にとって、熟練者に同行することは得られるものが多いからだ。
そんな理由もあり、念のために少女達に確認を取って、その場で同行する旨を伝えたのだった。
「彰弘さん。終わったよ」
自分の荷物を一足先に確認し終えた彰弘が今日これからのことを考えているとそんな声が聞こえてきた。
「忘れた物はないな?」
その声に彰弘は最終確認の言葉を返し、それに少女四人は同時に頷く。
これで後は、竜の翼と今回の依頼主であり同行者の総管庁職員が来るのを待つだけとなった。
彰弘達の格好は大きさの違いはあれど五人共よく似ている。避難者に支給されている木綿製の服にブラックファングの外皮を加工した外套、モーギュルの皮を加工した手袋とブーツを身に纏っている。武器は彰弘が血喰いと小剣を一本ずつ、少女達は小剣一本をそれぞれ腰に吊るしていた。残りの荷物は彰弘がリュックサック、少女達がナップサックに入れて持ってきていた。
「おはようさん。待たせたな」
彰弘達が雑談をしていると、そんな男の声が五人の耳に届いた。
「おはよう。まだ雑談を始めたばかりだ」
朝の挨拶に何となく変な感じを受けながら、彰弘は少女達との雑談を止めて声の主へと言葉を返した。
その返しに声の主であるセイルは軽く片眉を上げる。
「気にするな。日本人顔していない人が、自分が日本語と感じる言葉を話していることに、未だに慣れていないだけだから」
「なるほどな。こっちは多種族多人種入り乱れた国だったから、その辺の違和感は欠片も感じないんだが……ま、遠からず慣れるさ」
日本にも日本人以外が暮らしてはいたが、交流となると彰弘の周りに外国人はいなかった。一方のサンク王国で暮らしていたセイルの周りは多種多様な種族や人種が生活しており、尚且つそれなりの交流もあった。
そんな今までの生活がこの両者の感じ方の違いに出ていた。
「そうだな。それはそうと、本当に俺達の荷物は昨日言ってただけでいいのか?」
「ああ。本来なら水に食料、野営道具とかいろいろ持っていかなきゃならないんだが、今回は俺らと一緒だ。あんたらは自分達の着替え一着分と寝るときの寝具に非常時の携帯食と水さえ持っていけばいいさ。残りの必要な物は全部俺らのマジックリュックとかに入っているから気にするな。ま、どうせ、あんたならすぐにこれらを買えるようになるだろうから、不要な苦労はすることないって」
セイルは自分の片方の肩にだけ紐をかけ背負っていたマジックリュックを手に持ち、彰弘の目の前まで持ち上げた。
マジックリュック、マジックサック、マジックポーチ。様々な形態と様々な呼び名はあるが、要は永続的な魔法が付与されている見た目よりも多くの物が収納できる魔法の物入れである。
セイルが持っているそれも、見た目は普通のリュックではあるが一辺が十メートルほどある正六面体の容量と同じだけの物が収納できる。
この魔法の物入れの性能は付与されている魔法により決定される。性能は容量だけでなく利便性という面にも関わってくる。
例えば、一番安価な魔法の物入れは相場で五十万ゴルド前後で売られているが、この価格帯のものは見た目の倍くらいしか収納できず、入れた物を取り出す際には自分で探し出して取り出さねばならない。しかし、セイルが持っている価格帯の物となると容量もさることながら、中身の一覧を所有者に知らせる機能と所有者が取り出したい物を自動でリュックの口に移動させる機能、盗難防止機能……は付いていないが、所有者以外が中身を取り出せないようにする機能までも付いていることがある。
さて、魔法の物入れについてはもう少し説明しておこう。
魔法の物入れはどの価格帯の物にも共通している特徴が五つある。それは『中身の劣化防止』に『重量無効』、『入り口を通らない物は入れることができない』こと、『自力で動く一定以上の大きさのものは入れることができない』ことと『物入れが壊れた場合、運が悪いと中身が全て消滅する』、そして『魔法の物入れの中に別の魔法の物入れを入れることはできない』の六つだ。
まず『中身の劣化防止』は言葉の通りである。過去の記録から一万年程度は劣化の心配をしなくてすむ。それ以上については記録がないので不明である。
次の『重量無効』は、どれだけ物を入れても一定以上の重さにはならないこと。
続いて『入り口を通らない物は入れることができない』だが、これも言葉通りで、入り口の直径が十センチメートルの物入れへは直径が二十センチメートルの球を入れることは出来ない。
四つ目の『自力で動く一定以上の大きさのものは入れることができない』については、数センチメートル程度――つまり昆虫など――のものも自力で動いている場合は入れることができないということだ。仮に無理矢理入れようとしても入り口に障壁があるように弾かれるのである。
そして五つ目、『物入れが壊れた場合、運が悪いと中身が全て消滅する』は、少しだけ入り口が裂けたとかならば問題ないが、そうでない場合は文字通り中身がなくなる可能性がある。逆に運がよければ中身はその場に飛び出てくる。しかし、どちらにせよ注意が必要である。運よく中身が無事でも収納していたものが一度に全部その場に現れるのである。容量の少ない物入れならば問題はないだろうが、大容量の物入れに大量に収納していた場合、ヘタをすると現れた自分の荷物に押しつぶされる可能性があるのだ。もっとも、大容量の物入れは価格相応に頑丈にできている。セイルが持っている物クラスになると、普通の刃物が掠ったくらいでは破れたり壊れたりすることはない。
最後の『魔法の物入れの中に別の魔法の物入れを入れることはできない』は、言葉の通りである。作成時に神属性の魔力が使われているからなのか、何なのかは未だに不明であるが、入れようとするとどうやっても弾かれて入れることはできないのだ。
ちなみに、各地の避難拠点などで使われている水や食料は、融合前にこの魔法の物入れに蓄えられていた物が使われている。そのため、川などが近くにない避難拠点でもそれらを心配する必要はないのであった。
セイルが掲げるマジックリュックを見ながら、長旅には必須かもしれないと彰弘が関心していると、待ち合わせをしていた最後の一人がその場に到着した。
「申し訳ありません、遅くなりました」
二十代の中ごろに見える総管庁職員のレンは集合場所に着くなり頭を下げた。
「別に遅くはないさ。……にしても荷物多すぎだろよ」
声に振り向いてレンの姿を見たセイルが呆れたような声を出した。
レンは革製の防具に小剣を腰に吊るし灰色の外套を羽織っていた。そこについては特別言うことはなかったが、背負っている物がセイルを呆れさせた。
彰弘がセイルと話していた間に、残りの竜の翼メンバーと雑談していた少女達も目を見張る。そして自分達が持ってきたナップサックに目を落とし、またレンの背中を見た。
その背負い袋は大きすぎた。もし入ろうと思えば六花は余裕で、背の高い紫苑ですら入れるだけの大きさがあった。
「いえ、数日間野営とのことでしたので必要な分を持ってきたのですが……」
「確かギルドの会議室で必要最低限でいい、って話がなかったか?」
セイルはレンの言葉にそう返し、自分のパーティーメンバーへと視線を送る。返ってきた答えはYESだ。
「ですから必要な分だけ持ってきました」
「ああ、そうか。そういうことか」
暫くの沈黙の後、セイルそう呟く。
先ほど彰弘と挨拶を交わした際にもあった、自分達と元日本人の違いがここでもあったかとセイルは内心で独りごちる。
セイル達にとって必要最低限とは彰弘達に準備させた物である。身を守る装備に野営用の寝具、非常用の食料と水、後は念のための着替え一式だ。しかし、レンにとっての必要最低限は数日分の食料に水――当然非常用は別に用意――、加えて鍋などの調理器具に野営の簡易テントなどなどであった。
「とりあえず、その背中の荷物を降ろそうか」
セイルの言葉に素直に従いレンは荷物を地面に降ろすと「ふ〜」と息を吐き出した。
レンの荷物は出歩くのには適した量ではなかったのだ。当たり前といえば当たり前のことであった。
なお、他の職員はというと、昨日冒険者ギルドから庁舎へ帰った後、冒険者のことを再度調べていたお陰でレンのような失敗をすることはなかった。
レイルの言葉で彰弘達に思考が傾いていたレンだけが大荷物という失敗をしたのである。
失敗の原因を加えて言うならば、レンは自分の住んでいる宿舎から直接待ち合わせ場所へと出向いている。普段ならば他の職員に指摘されたりして間違いに気が付いたかもしれないが、この日はいつもの出勤時間より遅かったため、そのようなことがなかったことも、今回の失敗の一因であった。
レンの到着から三十分ほどが経ち、彰弘達はようやく北門前へと来ていた。
大量にあったレンの荷物はセイルとライのマジックリュックに仕舞われていた。今現在レンが背負っている物はライが持っていた布でミリアが急造に拵えたナップサックで、中身は彰弘達とほぼ同じである。
「申し訳ありません、助かります。そして、ありがとうございます」
謝罪と感謝を口にしたレンはセイル達へと頭を下げてから北門を見た。
「何か楽しそうだな」
そんなセイルの返しにレンは「そうですね」と短く答えた。
彰弘達に自己紹介をしたレンは、昨日自分が考えていたことに誤りがないことを確信していた。加えて依頼ではあるが防壁の外へ出れることもあり、少しの喜びを感じていたからの雰囲気であった。
「態度に出さないようにはしているのですが、数ヶ月間防壁の中でしたからね。知らずの内に態度に出てしまっていたようです」
心を吐露するレンにセイルは笑みを浮かべる。
「ま、浮かれすぎなければいいさ。ただ一つだけ覚えておいてくれ。防壁の外は中ほど安全ではないということを。それさえ忘れなければ、何かあっても俺らが何とかする」
この言葉にはレンだけでなく彰弘も少女達も頷く。
もっとも、彰弘達は自分達で対処できることは自分達で行うことを心に決めていた。
と、そんなやり取りをしていると北門の方から声が聞こえてきた。
「セイル! 早くしなさい。いくら時間に余裕があるといっても、だらけてていいわけじゃないんだからね!」
いつのも間に手続きを終えたのか。竜の翼のセイルを除く三人は、すでに北門の向こう側、つまり防壁の外へ出ていた。
セイルはその声の方へ一度振り向き、やれやれと首を振りながら彰弘達へ視線を戻す。
「さて、行こうか。のろのろしてるとディアにまた怒鳴られる」
それだけ言うとセイルは門番をしている兵士へ自らの身分証を差し出し手続きをして門を通る。
続けてレン、少女達と続き、最後に彰弘が身分証での手続きをして門を通り抜けた。
彰弘が門を通るときに兵士が小声でかけた言葉がある。それは「いろいろ大変でしょうけど、これからはそれが普通になるようなんで頑張ってください」というものだった。兵士は身分証のパーティー名とその人員、門を通った少女達の顔と会話、彰弘の態度を見た同情からの言葉であっただろう。しかし、この言葉がその後の彰弘に起こる様々な出来事において当てはまることになるとは、双方共に知る由もなかったのである。
お読みいただき、ありがとうございます。
パーティー名について
パーティー名が決定したからといって特別な恩恵が冒険者にあるわけではありません。
ただし、パーティー名は一つの国の中で永続して重複登録となることはありませんので活躍すれば知名度UPに繋がります。
なぜそうなのかと言うと、数ヶ月に一回各支部の代表が集まり、情報のすり合わせを行う制度があるためです。
融合後の世界でもそれが可能なのかというところですが、元々が惑星規模のギルドです。惑星の反対側へなどは流石に現状では難しいですが、国内程度なら飛行可能な魔獣を使役しているため、このすり合わせ制度は継続されることとなっています。
知名度UPの流れ
パーティー名登録→活躍する→あのパーティーなんて名前だよ→きゃーかっこいいー→知名度UPに貢献
つまり、口コミ
二〇一五年二月二十八日 二十時二十八分
誤字修正、後書追加
二〇一五年三月一日 〇〇時四七分
最後の文章を修正
二〇一五年三月三日 二十時五十五分
魔法の物入れの説明を少し変更
誤)
所有者以外が中身を取り出せないようにする機能までも付いている。
正)
所有者以外が中身を取り出せないようにする機能までも付いていることがある。
誤)
普通の剣では傷付けられないほどなのである。
正)
普通の刃物が掠ったくらいでは破れたり壊れたりすることはない。
二〇一六年 二月十四日 一時 六分 修正と追記
誤字修正
『魔法の物入れの中に別の魔法の物入れを入れることはできない』の文とその説明を追加。