2-19.
前話あらすじ
筋肉痛のため布団で休む少女達は、彰弘達が学園について話し合った帰りに買ってきたクッキーに感動した。
※二〇一五年二月一八日:少女達が『グラスウェル魔法学園』を選んだ記述を前話へつ追記。
冒険者ギルド併設の訓練場、その中央で黒い外套のようなものを羽織った五人は、一人と四人に別れ五メートルほどの距離を空けて対峙していた。
一人の方は両手に持つ二本の剣を切っ先を下にし直立しており、それに対峙する四人はやや腰を落とし片手にだけ持った剣を構えていた。
対峙してから数秒、四人の目が僅かに鋭くなる。そして……。
「参ります!」
その声と共に一斉に動き出した。
訓練場で対峙していた五人は、彰弘、六花、紫苑、瑞穂、香澄である。
四日前の行動で激しい筋肉痛に襲われていた少女達だったが、昨日の段階でほとんど痛みがなくなり今日の朝には完全になくなっていた。
とは言え、身体の動きを実際に確認することは必要である。そのため、今日一日は避難拠点の中で過ごして経過を診ることにしたのだった。
なお、五人が兵士訓練場の間借りスペースではなく冒険者ギルド併設の訓練場を選んだ理由は、念のために魔法も確かめようという意図があったからであった。
紫苑の声で一斉に動き出した少女達に対して彰弘は下げていた切っ先を上げた。そして少女達の動きを把握するため、素早く視線を動かす。
正面から彰弘へ向かうのは瑞穂と香澄だった。声を出した紫苑と小柄な六花は彰弘の側面、または背後を取るようにするためか左右に別れ走っていた。
彰弘が少女四人の確認を終えたときには、もう正面の瑞穂と香澄は振り下ろすところだった。
予想より早い斬撃に彰弘は慌てて自分が持つ二本の剣を動かし少女二人の攻撃を受け止める。すると、一瞬の間も無く背後に気配が生まれた。彰弘は受け止めていた二本の剣を左右へ押し弾き、それにより空いた瑞穂と香澄の間を駆け抜けた。
「これで今日は終わ……っ!?」
振り向きざまに、そう声を出した彰弘は再び慌てて身体と剣を動かした。自分の足元を狙ってきた横薙ぎを後ろへ跳躍することで躱し、その移動した先で左側から迫る斬撃を左手に持つ剣で受け止める。そして、新たな二つの斬撃を回避するため、受け止めていた剣を押し返して全力で右斜め後ろへと跳んだ。
「待て待て待て、終わりだ終わり。これ以上やると俺が筋肉痛になる!」
五人以外に人がいない訓練場に、思わず口に出た彰弘のそんな正直な叫び響いた。
低空の横薙ぎを放った姿勢から再び攻撃に移ろうとした六花に剣を押し返され体勢を崩しながらも即座にそれを立て直した紫苑、振り下ろした剣を再度構えようとする瑞穂と香澄の少女四人は、その声に身体の力を抜いた。
鋭くなっていた目も元に戻した四人の少女はそれぞれ構えを解き彰弘に近づく。そして揃って頭を下げ感謝と謝罪を口にした。
それに対して彰弘は笑みを浮かべ、少女達の攻撃が鋭かったために全力で回避したことをまず伝え、それ故に自分でも思った以上に体力を消耗したことを次に伝えた。そして最後に、そのような訳だから別に少女達は悪くない、だからそんなに気にするなと伝えた。
彰弘が返した言葉に嘘はない。ただこれは彰弘自身の体力などが少女達に比べ低いと言う訳ではなく、今日と同じことをやる場合に足らないという意味である。
今日は、まず準備運動として身体が温まるまで動き、その後、彰弘は少女達一人一人と順に模擬戦を行った。そしてそれを二時間ほど繰り返してから、彰弘対少女四人という先ほどの模擬戦へとなったのである。途中で多少の休憩を挟んだとは言え動き続けていた彰弘には疲労が蓄積しているのが当然であった。
ただ、彰弘の技術が今よりも上であったのなら現在の体力でもまだまだ動けたであろうことは想像できる。しかし、技術は力や素早さなどのように魔物を倒して魔素を吸収したからといって得られるものではない。地道に努力してくしかないのである。
もっとも、今後彰弘が技術を上げたとしても今の状態が改善するかは分からない。何せ少女達が自分自身の成長のために努力することは想像に難くないのだから。
明日からをどうするかと話しながら訓練用の刃引きの剣を片付けた後、何を考えたのか瑞穂が空を見上げ二つの握り拳を上へと突き上げた。
「瑞穂ちゃん、大ふっかーつ!」
そして、笑顔でそう叫んだ。
続けて六花が胸の前で両手を握り込み「わたしも完全復活です!」と笑顔を見せ、紫苑と香澄も笑顔を見せ合いお互いの拳を、こつん、と合わせた。
瑞穂の行為に一瞬呆気にとられた彰弘だったが、嬉しそうな少女達を見て自身も笑みを浮かべる。少女達の真意を悟れるほど彰弘は鋭いわけではない。しかし、少女達が過去を悲観するだけではなく、現在そして未来への希望を抱いていることについては察することができた。
だから、とりあえず今は少女達と自分の身体を濡らす多量の汗を何とかし、風邪などひかぬようにするため、彰弘は声を出したのだった。
◇
冒険者ギルドの建物の二階にある会議室からは併設の訓練場の様子が良く見える。
その会議室で窓から彰弘達を見ていた竜の翼のリーダーであるセイルが声を出した。
「どうかな? あれなら道中の足手纏いにはならないと思うが」
それを受けた、セイルと同じく窓から訓練場の様子を見ていた男は顎に手を当て少し考えてから口を開く。
「そうですね。私は特に問題ないと考えます。退屈はしなさそうですしね……」
そして、笑みを浮かべた顔でそこまで言葉にしてから、一足先に席へと戻った上役へと顔を向けた。
「レン君。特に問題はないよ。私としては、必要以上に担当者である君に口出しをするつもりはない。彼らなら実力的にも問題はないだろうしね」
「分かりましたレイル補佐。となると後は冒険者ギルド側ですが……ゲインさん、問題等はありませんか?」
上役である総管庁支部長補佐であるレイルから了承を得たレンと呼ばれた青年の男は、続けて避難拠点の冒険者ギルドの責任者であるゲインへと言葉を向けた。
「まあ、とりあえず全員座ろうか。話はそれからだ」
ゲインはそう言うと自らも椅子へと座り、まだ立っている人達も座るようにと促した。
今、この会議室にいるのは二十四名。冒険者ギルド側が十九名に総管庁側が五名だ。
冒険者側はギルドの責任者ゲインと冒険者である竜の翼パーティー、そしてセイル達とは別の冒険者パーティー三組だ。
一方の総管庁側は支部長補佐のレイルと総管庁職員であるレン、それとレンと同じ総管庁の職員が三名である。
珍しくも総管庁の人間が複数人で冒険者ギルドへと足を運んでいるのは、総管庁からの依頼を受けた冒険者と依頼に同行する職員の顔合わせのためであった。
依頼の内容は防壁の外にある住宅から位牌の回収である。それだけなら冒険者に総管庁の職員が同行する必要はないのでは? と考えられるが、元サンク王国には位牌というものが存在しなかった。そのため冒険者も位牌のことを知らず、そのため、急遽職員を同行させることが決まったのだった。
腕を組んでいたゲインは全員が座ったのを確認すると口を開いた。
「さて、まずは先ほどの返答だが、冒険者ギルドとしては問題ない。これが依頼を受けさせるとなるとランク的に問題ではあるが、竜の翼と行動を共にするだけならばなんら問題はない。と、こんなところがこちらからの返答だがいかがかな?」
レイル、そしてレンと順番に視線をゲインは送る。
そのゲインの視線にレイルは無言で頷き、レンは「分かりました」と返答した。
「じゃあ、纏めるか。依頼を行う範囲はさっき渡した地図の通りだ。バツ印のついている家は住民が避難する際にすでに位牌を持ち出している。だからその家の確認をする必要はない。期限は特に設けていないが普通に回っても各パーティー二日から三日で終わるはずだ。依頼の開始は明日から。故人そのものと言われる位牌だ、さっき期限はないと言ったが、できるだけ早く依頼を完遂してもらいたい。さて、質問はあるかな?」
ゲインが口を閉ざすと、冒険者側はパーティー内で依頼の内容を確認しながら聞き落としがないかなどを相談する。
暫くざわついた後、一つのパーティーのリーダーが口を開いた。
「依頼の内容については分かりました。今回の依頼と直接は関係ないのですが、確認してもいいですか?」
皆が注目する中、ゲインからの「ああ」という一言を受けて、そのリーダーは言葉を続けた。
「融合当初から禁止されていた、元日本側家屋内にある物の持ち出しはまだ禁止ですか?」
ゲインは、そのリーダーの質問の内容に片手で自分の頭を撫でた。そして、どうするよ? とでも言う視線を総管庁支部長補佐へと向けた。
視線を受けたレイルは暫し黙考してから口を開いた。
「この依頼が終わるまでは今まで通りに待ってもらうしかないですね。こちらに来ている冒険者の皆さんなら位牌を壊してしまうようなことにはならないと思いますが、念のためです。この依頼が完了したら元に戻しましょう」
レイルの言葉に質問したリーダーは頷くと背もたれに身体を預けた。
「他にはないか?」
ゲインが冒険者を見回し確認する。
するとセイルが手を上げた。
「今までは余裕がなかったから気にしてなかったんだが、あくまで建物の中の物だけが持ち出し禁止、破壊禁止なんだよな? その建物の敷地と思われる場所にある物は貰ってもいいのか?」
「それは可です。持ち出されたり壊されたりして困る物は位牌と飲食物です。位牌は外に放置する物ではないし、普通、食べ物や飲み物も一部を除いて外には放置しません」
「了解だ。俺達からの質問は以上だ」
セイルはレイルの返答を受け、自分の仲間に視線だけで他に質問はないかを確認してから、そう返した。
何故、飲食物の持ち出しが禁止されているのか? それは、まだ避難拠点に避難できていない人達がいると考えられていたからである。
防壁の外では今まで通りの生活を送ることはできないのだ。水道から水は出ないし、電源を入れても明かりは点かない。その上で食料までが手に入らなければ死ぬしかないのである。
総管庁を含む国を運営する者達としてはできる限りの国民を助けたかったのだ。そんな理由から飲食物の持ち出しを禁止してきた。
しかしそれも、後少しで終わる。もう十日ほどの間、生きている避難者を防壁の外で見つけることができていない。
冒険者ギルドは今も臨時の常時依頼として防壁の外にいるであろう人々の捜索を続けている。総管庁側も軍部を使って捜索を継続している。しかし、見つけられないでいたのだ。
レイルが初めの質問で、元に戻すと答えたのは、すでにその必要が限りなく低いと判断したからであった。
「お前ら冒険者として恥じない行動をしろよ。じゃあ、解散」
その言葉で冒険者達は席を立ち、次々と会議室を後にした。
セイル達も他のパーティーに続いて部屋を出ようとしたが、あることに気付き立ち止まる。そして会議室の中に視線を戻した。
「そうだ、レンと言ったっけ? これからアキヒロ達に明日のことを話しに行くんだが一緒にどうだ?」
「今日は結構です。明日の準備もしなければなりませんし。明日を楽しみにしています。ですからしっかりと連れてきてください」
「了解だ。まかせとけ」
竜の翼は最後にそんなやり取りをし、今度は本当に会議室を後にした。
会議室に残った冒険者ギルド責任者のゲインと総管庁の面々は、冒険者がいなくなったその部屋で今後の予定などについて暫くの間話し合っていた。
そして、それが一段落つき、総管庁へ戻る道中で支部長補佐であるレイルが「危うく忘れるところだった」と呟き、足を止めてレンへと振り向いた。
その行動にレンを含め一緒に歩いていた職員が足を止めてレイルに注目する。
「そうそう、レン君。一つ忠告をしてあげよう。あの訓練場にいた子供達だけど扱いに注意するように。決してアキヒロ……あ、アキヒロっていうのは一人だけいた男性のことだ、その男性と子供達を引き離そうとしない方がいい。例えば集合住宅を回るときもあの五人は一緒にする、というようにね。まあ、流石に部屋を回るために別行動するくらいで、どうかなるとは思えないけど念のためだ」
レイルの言葉にレンは困惑顔をする。
「ええ〜と、訳が分からないのですが……」
「真面目な話だよ。あの子達は他人にアキヒロと引き離されそうになることを極端に嫌う。嫌がるどころかその対象を排除しようとする。そうなっている理由は正確には分からない。聞くところによると、世界が融合した直後にあの少女達はアキヒロに助けられている。だからかもしれない。ともかく、無駄な危険を侵す必要はないってことだよ」
真剣な顔になったレイルに「とてもそんな風には見えなかった」とレンは訓練場で見た少女達を思い浮かべた。
「まあ、あの五人はとても仲の良い親子と考えればいい。そして、その仲を無理矢理引き離すようなことをしなければ大丈夫さ。ただ、念のため、何らかの理由で一時的にでも離さなければいけないときは、アキヒロに頼むのが最善だな。さて行こうか。遅くなるとケイゴがうるさい」
レイルは軽く笑うと話は終わりと庁舎へ向けて再び歩き出した。
レンは庁舎の一室で明日初めて会うであろう五人組について考えていた。
庁舎の仲間に話を聞いた限りではレイルの言うような子供達とは思えなかった。ただ、冗談であのようなことを言う人ではないことも分かっている。それほど長い付き合いではないが、どこか軽い性格ではあっても、大事なことは大事と分かっている人だとレンは思っている。
そんなレイルの性格と庁舎の仲間の言葉、そして窓越しではあるが実際に自分で見たあの五人組、それらを合わせてレンは考え込んだ。
どのような人にも譲れないものがある。それがあの少女達の場合は、アキヒロという男性と引き離されることなのだろう。おそらく、それが他人より少しばかり深いのだと思う。自分にも譲れないものがあるからそれが想像できた。
そして、ふと気付いた。程度の差こそあれ、普通のことではないかと。ならば、自分がどのように接すればいいのかはおのずと見えてきた。
冒険者ギルドの建物から総管庁庁舎への道のりで感じていた何とも言えない微妙な感情は、結論が出た今、レンの心から消えていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、お金ざくざくへの道