2-18.
前話あらすじ
禁止令が解除された彰弘達は気分転換のために防壁の外へと足を延ばした。
そんな彰弘達が草原で休憩しようとするところにオークが二体現れた。
多少の問題はあったが彰弘達は無事にオークを討伐することができたのだった。
少し離れた席で朝食に苦戦する少女達を見た彰弘は、困ったような笑いを浮かべ小銅貨一枚の緑茶を一口啜った。
昨日のオーク戦から一夜明けた今日、六花、紫苑、瑞穂、香澄の四人は激しい筋肉痛に悩まされていた。どのくらい激しいかと言うと、箸を使うのも苦労するくらいにである。
あのとき、少女達が使った『フルブースト』は身体能力全てを強化する身体強化系の魔法である。この系統の魔法も他系統の魔法と同様に術者の意思でその効果が変わり、その意思に込める魔力量で威力が変わる。例えば速度を増したいという意思に少量の魔力を込めた場合は少しだけ身体の動作が速くなり、多量の魔力を込めた場合は通常の倍以上の速度で動くことが可能となる。このような身体強化系の魔法だが身体への負担もそれ相応に存在する。魔法に込めた魔力量が多ければ多いほど肉体は酷使され、その結果筋肉への負担が増すのである。
このような性質を持つ身体強化系魔法だ。身体全てに効果を及ぼす『フルブースト』はその負担も大きい。何故なら速度だけでなく、力や反応速度などといったものまでも強化の対象となるからだ。それでも込める魔力を調整したならば身体への負担を最小限にすることができる。
しかし、昨日の少女達は『フルブースト』を使う際に一切の加減をしていなかった。彰弘でさえ感じ取れるほどの余剰魔力を体外に放出したくらいである。そんな状態で動いた少女達の肉体が無事な訳がない。限界まで酷使された身体は、その直後身動きも難しいほど疲弊していた。
当然、その影響は一晩経ったくらいでなくなるはずもない。無茶な魔法を使った代償としては軽微だが、本人にとっては深刻と言える激しすぎる筋肉痛を少女達は体験することになったのである。
ちなみに、昨日動けなかった少女達がどのようにして避難拠点に戻ったかというと、彰弘と竜の翼の面々に背負われてであった。そう、オークが倒れた後、彰弘が手招きしたのは隠れて少女達を見守っていた心配性な竜の翼だったのだ。
彰弘は少女達が苦戦しつつも食事をする姿を横目で見ながら、瑞穂と香澄の両親と話をしていた。
二人の両親の名前は父親が正二、母親が瑞希だ。末の弟の名前は正志である。なお、他界した瑞穂の父親は正一で、同じく他界した香澄の母親は京香という名前であった。
「そうだ。彰弘さん、今日の午後は空いていますか?」
昨日の話題が一段落したところで正二がそう切り出した。
「あの状態だから、後二日か三日は暇だな。何か用でも?」
少し考えた彰弘は、ようやく朝食を残り二割まで減らした少女達に一度目を向け、それから正二に向き直りそう返した。
「ええ。少し学園のことでお話をと思っていまして」
自分の問いに正二から返ってきた答えに、彰弘は「確かに必要だな」と苦笑いをした。
忘れていたわけではないが、防壁の外での活動できるようになることに意識の大部分を割いていた彰弘は少女達が通うことになる学園についてはもう少し後でも問題ないかと考えていた。
一方の瑞穂と香澄の両親は自分達の職探しと平行して学園についても情報を集めていた。
この辺りは実際に子を持つ親とそうでない者の差なのかもしれなかった。
「幸い、私と妻の就職先も先日決まりまして、今年中に一度はグラスウェルへと向かう必要が出てきたのです。それで、いい機会なので娘達も連れて行き学園の見学などをしようかと考えた次第です」
「そうなんです。で、折角だから六花さんと紫苑さんもどうかと正二さんと話をしてまして……どうでしょう?」
正二の後を継いで声を出し小首を傾げて確認してくる瑞希に、彰弘は瑞穂と香澄は母親似なんだなと関係ないことを頭に浮かべた。
「まあ、まだ通わせる候補も絞れていませんし、とりあえず午後に話し合うということでいいですか?」
彰弘が自分達の言葉で考え込んだと思ったのか、正二はそう確認を口にする。
「了解。で、場所はどうする? どちらかの部屋でもいいが……」
そこまで言いかけて、彰弘は完食まで後少しというところの少女達に目を向けた。
「それならいい場所がありますよ。職業斡旋所の近くに、ついこの間オープンしたばかりの喫茶店があるんです。そこにしましょう。分からないことがあったらすぐ聞きに行けますし、私達の話す声で娘達の休む邪魔することもありません」
両手をポンッと合わせた瑞希が微笑みながら提案する。
男二人はその提案を少し黙考する。しかし他に良い案も浮かばなかったため、その案を採用することにしたのであった。
大食堂の厨房で作ってもらった弁当を昼食として仮設住宅の部屋で食べ終えた後、大人三人は職業斡旋所近くの喫茶店へと向かい歩いていた。
朝食のときは大食堂で食事をしたのだが、少女達の食事の速度を考え昼食は部屋で取ったのである。早々に土木関係の職に就いた人達のためもあり、大食堂では弁当作りも行われていたことが、今回は幸いした。
ともかく、そんなこんなで彰弘達二家族は大食堂ではなく部屋で昼食をすませた。そして、布団の上で横になり雑談を始めた少女四人に断りを入れて大人三人は外へ出た。
なお、瑞穂と香澄の弟である正志は、昼食後すぐに避難拠点に来てから仲良くなった友達に誘われて、彰弘達より先に部屋の外へと遊びに出ていた。
部屋の外へ出た彰弘達三人は徒歩十分の距離をのんびりと歩き、喫茶店の前まで来ていた。
その喫茶店は道を挟んで職業斡旋所と対面する位置にあった。
将来、この辺りは飲食店が立ち並ぶ通りになる予定だが、流石にまだ飲食店と呼べるような建物は喫茶店以外には見当たらない。
もっとも、建物自体は出来ていて、後は開店を待つばかりのところが多いようであった。
彰弘は以前職業斡旋所へ来たときのことを思い出そうとして、周りをろくに見ていなかったことに思い当たり一人苦笑を浮かべた。そして、もっと余裕を持たないと駄目だなと考えつつ、先を歩く夫婦に続いて喫茶店の中へと入っていった。
喫茶店に入った彰弘達三人を出迎えたのは「いらっしゃいませ」と言う日本を思い浮かべる言葉と、まだ二十代であろう金髪を持つ笑顔の女であった。カウンターの向こうには同じく金髪の男が会釈しているのが見える。男の年齢もまだ二十代くらいであった。
店内はそれほど大きくはなくカウンター席が五つにテーブル席が四つ。明るいグレーを基調とした店内はどことなくシックな印象を受ける。
彰弘達が案内された席は、そんな店の中の窓際に位置するテーブル席だった。
席に着いた彰弘達はテーブルに備えてあるメニューを開いて少し固まる。
「これは悩まなくていいかな」
「……同意見です」
「すみませ〜ん。注文お願いします〜」
男二人がメニューの感想を口にする中、瑞希が店員を呼んだ。
「は〜い。何になさいますか? と言っても今はそれしか出せないんですけど」
他に客がいないこともあって、瑞希の声ですぐに近づいてきた金髪の女は軽く笑みを浮かべながらそう口にした。
仕方ないと言える。物流関係もまだ確立できてはいない、客となる避難拠点の人達も仕事すらまだ見つけられない人がほとんどだ。そんな中で生きるために必須となるわけではない店が普通に営業できるはずがなかった。
一応、サンク王国での冒険者がこの避難拠点で活動してはいるが、その数は百人前後しかいない。利益を出すには人数が不足していた。
そんな状況の避難拠点で店を出しているのには訳があった。
避難拠点となっている土地、または避難拠点とグラスウェルの間にある土地は、今後グラスウェルの街と言う一つの土地となる。そのため、それなりに栄えるはずであった。その理由はいくつかあるが、一番の理由はグラスウェルの人口にある。
今現在のグラスウェルには五十万ほどの人が生活しているが、その内の一定数は一軒家を建てられるだけの金銭を所有していて、さらにそれを望んでいた。しかし、グラスウェルの街の防壁内は新たに一軒家を建てることができる土地が存在していない。
一応、貴族や富豪が使用する権利を得ている土地で建物がない土地をそれ以外の者へと開放するならば多少は家を建てることができる。しかし、それを行うには明確な理由が必要となる。いくら土地が領主や国のものだからとはいえ、独裁的にできることではないのだ。
では、今までどうしてきたのかというと防壁を拡張することで対応してきたのである。
人口の推移を見極め、防壁外の安全を確保し、新たな防壁の建造を行う。そして、新たな防壁が完成したら街中に残る古い防壁を取り壊し片付け、集合住宅を建てる。取り壊した古い防壁に使われていた資材は次の防壁を建造するために保管される。
グラスウェルではおよそ十年単位でこのような防壁の拡張が行われてきた。
防壁の建造をもっと土地が広く取れるようにしたらいいと言う話もあるが、グラスウェルの周辺には防壁の主資材となる石材を取れる場所がない。そのため、対処療法的に人が住む土地を確保することしかできていなかったのである。
そんな状況のグラスウェルにとって、今回の世界融合は住居問題という一点においては好転と言えた。何しろグラスウェル周辺では防壁の外で普通に暮らすことは困難なのだ。防壁の外にある日本の建物は風化させるか取り壊すしかないのである。つまり、そこに使われているコンクリートなどを防壁の素材として使用できることになるのである。無論、そのままでは防壁としては使えないため様々な加工をしなければならないが、それでも適正のない素材を防壁用の素材へ加工する研究を続けていたグラスウェルにとってはたいした労苦ではなかった。
少々、内容がずれたがこのような理由から新たに防壁内となった土地には家を持ちたい人々が流れ込んでくることが予測できていた。そのため、将来を見据えこの喫茶店の主達のように避難拠点に早々と店を構える人達がいるのである。
なお、先行して避難拠点に居を構えることができるのは店舗限定で、尚且つそこそこの倍率の抽選に受かった人だけであった。
ちなみに、先行出来た人達には一年間生活できるだけの補助金が支払われているが、土地と建物の権利は分割払いあり利息なしの条件で自腹であった。
注文をした品が出された後、他に客がいなかったこともあり店主やウェイトレスも交えて一時間以上も雑談をしてしまった彰弘達は、これでは拙いとおかわりを注文して本来の話し合いを始めた。
「ええと、まず前提条件を言いますね」
おかわりで届いた紅茶を一口飲んだ正二がそう切り出した。
「まず、グラスウェルにある学園の数は大小含めて十五あります。その中で娘達やそちらの六花さんと紫苑さんが入学するのに適していると思われるのは二つとなります」
そう言って正二は持ってきていた鞄からパンフレットのような物を彰弘へと差し出した。
一方のパンフレットには『グラスウェル魔法学園』、もう一方には『学園マギカ』と書かれていた。
「この二つになった理由は聞いてもいいかな? 名前からするとどちらも魔法関係みたいなんだが」
彰弘には名前からだと違いが分からなかった。
「よくご存知で。そうです双方の学園がメインで魔法の習得や、その制御を教えているそうです。違いは魔法以外のことを教えている比率と、創始者ですかね。入学してから卒業までにかかる金額はどちらも五十万ゴルドほどと大差はありませんでした」
「私達がこの二つを候補に残した理由の一つは学園の位置です。双方共に、グラスウェルの北門からなら徒歩一時間程度の距離にあります。私の職場となるところと正二さんの職場となるところも大体同じ位置となりますので。後は、あの子達が魔法をもっと上手くなりたいと言っていたのを聞いたのでこの二つに絞ってみました」
彰弘は「なるほどね」と頷く。
双方の学園の位置は彰弘としては問題ない。冒険者をこれからも続けていくのだから暫くは宿暮らしとなるからだ。
学園に通うことになる費用については少々不安が残るが、彰弘の予想が正しければ入学時には一括で支払うこともできそうだった。もっとも予想がはずれれば必死に稼ぐはめになるのだが。
「学園の位置とかかる金額についてはこちらも異存はないかな。となると、後は創始者とカリキュラムなんだが……」
そう言葉を出してパンフレットの中身を彰弘は読み出した。
そして一通り読んでから口を開いた。
「『グラスウェル魔法学園』の創始者はグラスウェルを中心とした領地を持つ初代領主のグリムロック・ガイエル伯爵。カリキュラムは魔法をメインとしながらも剣技やら防壁の外で役立つようなことも教えていると。で、『学園マギカ』は創始者がクラスA上位だった魔法使いのレイナンド・アルカム。カリキュラムは魔法に関するものがほとんど、後は申し訳程度か」
パンフレットに載っていた内容を頭の中で繰り返し再生し、彰弘はどうするかを考える。
魔法だけを考えるならば後者の方がいいかと思う、しかし、少女達が目指しているものを考えると前者だと思える。
「正直、私達には魔法がどんなものか分かりません。ですので決めかねていたのです。息子に関しては、学園に入学する基準年齢になっていませんので、近場の学習所に通わせればいいだけなのですが」
正二は話終わると妻である瑞希と顔を見合わせてから、再度彰弘へと向き直った。
「このパンフレットに書かれているカリキュラムを見る限りだと魔法学園の方だとは思うんだが……聞き忘れていたけど、話の流れからして見学できるのは片方だけなんだよな?」
「ええ。時期的なものがありまして……」
「じゃあ、本人に確認してみて決めるしかないかな。見学して気に入らなかったら入学を一年延ばすこともできるわけだし」
サンク王国を基準としているライズサンク皇国の学園と言う施設は、特別な場合を除いて入学できる年齢が十歳から十四歳までと決められており、就学期間は三年間だ。ある程度年齢に幅があるのは様々な事情を考慮してのことであった。
このような制度を持つため、サンク王国の時代から学園に通わない子供もいるのだが、最低限の教育などは十四歳まで通うことができる学習所で教わることができる。なので、大人になっても文字が読めない四則演算もできないというような人は滅多にいなかった。
なお、元地球人だった子供の一部は入学可能年齢に『特別な場合』が適用される。現時点で元の日本で言う中学校を卒業していない子供については、再来年までライズサンク皇国に存在する各学園への入学が認められているのであった。
「とりあえずはこんなところかな?」
「そうですね。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
彰弘の言葉に、正二と瑞希が頭を下げた。
そんな二人に「お礼を言うのはこちらだ」と彰弘は頭を下げ、自分の前の皿に一つだけ残った茶請けのクッキーを口に放り込んだ。
この後、自分達に貸し与えられた仮設住宅の部屋へ戻った大人三人は、早速少女達にどちらの学園が良いかを問う。その結果返ってきた答えは、彰弘が考えたのと同じ『グラスウェル魔法学園』であった。
魔法は目的のための手段でしかない少女達にとって、九割以上が魔法に関するカリキュラムの『学園マギカ』より、魔法が主軸ではあるがそれ以外も充実している『グラスウェル魔法学園』の方が都合がよかったのである。
なお余談だが、彰弘達が立ち寄った喫茶店のメニューに載っている品は、今現在ホットコーヒーと紅茶が一種類ずつ、それとシンプルなプレーンクッキーだけであった。どれも満足できるものだったが、特にクッキーはおみやげとして受け取った筋肉痛の少女達にも大好評の味であった。
今後、冒険のお供に必ず持っていくアイテムとなったのは言うまでもない。
お読みいただき、ありがとうございます。
マギカと聞くと、某魔法少女の番組を思い出します。
二〇一五年 二月十八日 二十二時〇九分
・学習所に通える歳を『十歳まで』から『一四歳まで』へ修正。
・少女達がどちらの学園を選んだかを追記。
(選んだのは『グラスウェル魔法学園』)
二〇一五年 十二月十二日 十一時 五分 文章追加
なお、元地球人だった子供の一部は入学可能年齢に『特別な場合』が適用される。現時点で元の日本で言う中学校を卒業していない子供については、再来年までライズサンク皇国に存在する各学園への入学が認められているのであった。