2-17.
前話あらすじ
ランクF以下への依頼禁止令が出てから十日目。彰弘達は只管訓練を続けていた。
そんな彰弘達だったが、訓練のお陰で、今後必要となる力を手に入れつつあるのだった。
少女四人を守る位置に歩み出た彰弘は抜き放った二本の剣をオークに向けて構えた。
防壁の外へ出ることが禁止されていた彰弘達は、この日も禁止令が出されてからの日課となっていた魔法の訓練のため、昼過ぎという時間に冒険者ギルドへと足を運んだ。そして、いつものように訓練場の使用料を支払おうとしたところで、総合案内カウンターに座っていたギルド職員のジェシーに禁止令が解かれたことを伝えられた。
そのことを聞いた彰弘達は今日この後どうするかを少しの間相談し、外に出ることを決めた。と言っても依頼を受けようとしたわけではなく、単純に外に出たくなっただけだ。禁止令が出てから毎日同じ様な生活を送っていたため、変化が欲しかったのである。
もっとも、仮に依頼を受けようとしても今現在の避難拠点にランクF冒険者を対象とした依頼は、常時依頼となっている各種薬草採取・ゴブリン討伐・オーク討伐だけしかないのだが。
ともかく、そんな理由により外に行くことにした彰弘達は、ジェシーから「気を付けて」との言葉を受け、一通りの準備をした上で避難拠点の南門を通り防壁の外へ出た。
彰弘達が向かった先は前回エイド草を採取した場所であった。あの一帯にはエイド草などが広域で繁殖していた。そのため、薬草採取も気分転換のついでにできると考えたのである。
現場に到着した彰弘達は、焼け焦げた大地から既に緑が芽吹いていることに驚きながらも、その周辺に採取可能なエイド草を見つけ採取を開始した。そして、前回と同じ量のエイド草を採取し終え、後はのんびりしていようかと腰を地に下ろしたところで異変が起こった。
森の中から二体のオークが姿を現し、叫びながらこちらに向かってきたのである。
少女達の中で彰弘とほぼ同時に構えをとったのは六花だった。残りの少女三人が構えをとったのも、彰弘と六花から遅れたとは言えゼロコンマ何秒程度の違いしかない。
そんな少女達の構えは二種類。一人は腰に差していた小剣を抜きそれを構え、残りの三人は前回のゴブリン戦と同様に魔法を放つため片手を突き出していた。
唯一人、小剣を構えていたのは六花であった。
自分達と違う構えをとる六花に魔法を放つための構えをとった少女三人は僅かに動揺し、それから「なぜ?」と疑問を口にした。
彰弘は背後から伝わる雰囲気に一瞬だけ目を向け、すぐに視線をオークへ戻した。
厳しい表情をする六花と困惑顔をする残りの三人に声をかけたい衝動にかられた彰弘だったが、向かってくるオークからは明らかな敵意が発せられていたため、それを断念した。
オークの通常種はゴブリンのリーダー種より少し強い程度であるが油断できない。どれだけの強さだろうが、油断しているところに攻撃を受けたら最悪それだけで死ぬことになるからだ。
それ故に彰弘はオークへの対処を優先することにしたのだった。
彰弘が少女達へ一瞬の視線を向けてから何秒もしないうちに六花の声が耳に届いた。
「彰弘さん、お願いがあります。ちょっとだけ時間をください。あと、できればなんですけどオークを倒さないでください」
危険を助長するその発言に三人の少女は抗議の声を上げる。しかし六花はその声を受け流し、再度彰弘に「お願いします」と声を出した。
「……分かった。ただ、相手の強さ次第だから約束はできないぞ」
少しだけ答えるのを躊躇った彰弘だが、六花の言葉にそう返した。そして、二十メートルの距離にまで迫る二体のオークへ向けて駆け出した。
走りながら彰弘は少し前に聞いてしまった少女達の会話を思い出した。そして、六花が何をしようとしたのかを察した。
禁止令が出てから少し経った頃に少女達は今後どうしていくべきかを彰弘を交えないで話していたことがある。
その中の一つに、魔法ではなく武器により敵を倒せるようになるべきだ、というものがあった。
これには二つの意味があった。一つは文字通り魔法ではなく剣などの武器により敵を倒せるようになること。もう一つがそれを行える精神力を持つべきというものだ。
敵を倒す力を手に入れること自体はそれほど問題はない。程度の差はあるものの修練を積めば、その力を手にできるからだ。
しかし、実際に倒すためには敵へと自身が持つ武器を振り下ろして致命傷を負わせなければならない。ここに問題があった。生きているものを殺すということは精神に負担がかかる。特に元日本人、それも一般人であれば食材となる動物でさえ殺したことがない者が大半のはずで、その負担が大きいことは間違いないことであった。
少女達にもその精神的負担と言うものは当てはまる。但し、六花は赤子の頃から祖父母の家へ遊びに行く度にその祖父母が食材とすべく家畜である鶏などを絞めて捌いていたのを見ていたし、物心付く頃にはその手伝いをしていた。そのため、他の三人よりは耐性ができていた。
少女達の構えの違いは、この差が現れたものであった。
二十メートルという距離は今の彰弘にとってすぐと言える長さだ。オーク側も近づいてきていることもあり、彰弘が駆け出してから僅か二秒ほどで接触した。
「ここは通行止めだ!」
彰弘は剣の間合いにオーク二体が入るか入らないかの距離で急停止し、牽制のために『血喰い』を横薙ぎした。
魔力を通さずに振るった剣であったが剣速は相当なものであり、振るった先にあったオークの豚鼻に僅かばかりの斬り傷をつけた。
傷を付けられたオークは、その行為で彰弘を自分の敵と完全に認識し、怒りと共にその手に握る斧を一切の加減なく自らの敵へと振り下ろした。
しかし、単純に上から下へと振り下ろされるだけの斧を彰弘が躱せない訳がない。彰弘はその斧を全体を移動させることで回避すると、自分の横を通り抜け少女達がいる後ろへ抜けようとするもう一体のオークへと蹴りを放った。
彰弘は自分の蹴りで地面に倒れたオークと斧をもう一度振り上げようとするオークを睨みつけ、その二体へと「通行止めと言ったろ?」と挑発を口にした。
彰弘の動きを見ていた六花は大丈夫との確信を得て、未だ片手を突き出したまま呆然と前を見ている三人へと声をかけた。
「今がチャンスです。剣を抜いてください」
その言葉で三人は一斉に顔を六花に向けた。
「六花ちゃん! チャンスって何よ、どう見てもチャンスじゃないじゃない」
瑞穂は焦るように六花に向けて言葉を発した後、彰弘が戦っている場所へ目を向けた。
彰弘があの程度の魔物に負けるとは思っていない瑞穂であったが、それでも一人だけ戦っているのを見ていることはできないと、一度下ろした手を再び上げて魔法を使おうと口を開いた。
それを見ていた紫苑と香澄も、瑞穂に倣うように手をオークへ向けた。
「ダメです!」
そんな三人に六花の鋭い声が飛ぶ。
三人は再び六花の顔を見る。その顔には僅かな焦りと引いては駄目という決心が浮かんでいた。
「六花さん。何が駄目なんですか? 急がなければ、いくら今彰弘さんが圧倒していると言っても、このままでは危険なことになります」
「そうだよ六花ちゃん。だから、早く魔法で援護しないと」
魔法の使用を止める六花の意図が読めない紫苑と香澄は、早く彰弘の援護をと声を出す。
六花にもこのままでは危険ということは分かっていた。しかし彰弘の動きには、まだ余裕が見て取れた。だから、今は自分達のことを、正確には自分以外の三人のことを優先すべきだと考えていた。
「魔法はダメなんです。特に今は魔法に頼っちゃダメなんです」
「だから、何でよ!?」
自分の言葉に睨むような視線を向ける瑞穂へ六花は言い返す。
「そっちこそなんで分からないんですか! このまま魔法でオーク倒したってなんの意味もないんです。ちょっと前に話したじゃないですか。剣でも戦えないとダメだよねって」
「でも、今はそんなこと言ってる場合じゃないよね?」
「言ってる場合ですよ、香澄さん! 今ここで魔法使ったら、すぐじゃないかもしれないけど、きっと彰弘さんと外に行くことなんてできなくなっちゃいます!」
その言葉が衝撃的だったのか、激昂寸前だった瑞穂も諭すように言葉を出してた香澄も押し黙った。紫苑にいたっては元々色白だった肌をさらに白くした。
「り、六花さん、それはどう言う意味ですか……?」
青白くした顔で搾り出すような声を出した紫苑に、六花は我知らず激昂したことに一瞬恥ずかしくなったが、すぐに気を取り直す。
そして、まさかとの思いで確認の言葉を出した。
「紫苑さんも瑞穂さんも香澄さんも、オークが出てきたときに一度剣を構えようとして、途中でやめたの気付いてないの?」
三者三様の反応を示したが、総じて自身の行動を振り返り、六花の言葉が本当のことだと思い出した。
三人がオークに対して構えたときに、コンマ数秒ではあるが六花に遅れた理由はこれであった。
六花を除く三人は、純粋に相手を攻撃するための武器を相手がいる状態で抜いて構えることに無意識の恐怖を感じていた。加えて、生きている相手を斬るという行為、そしてその感触を想像したこともその一因であった。だから、一度剣の柄に手を向けたものの、それを取りやめ三人は魔法を撃つという構えなったのだ。
なお、魔法も剣も変わらないと思うかもしれないが、魔法はすでにゴブリン戦で使用している。怒りの中の行動だったとしても、そのことは少女達の経験となっていたのだった。
「えと、怒鳴って、ごめん」
少しの沈黙の後、瑞穂が頭を下げた。
「わたしこそ、ごめんなさい」
六花も謝り返す。
「理解しました。六花さん、ありがとうございます。危うく生涯最大の過ちを犯すところでした」
先ほどまで蒼白だった紫苑の顔が今は朱色に染まっていた。心なしか小刻みにその身体が震えているように見える。
「ごめんね六花ちゃん。……えーと、紫苑ちゃん大丈夫?」
六花へ謝罪した香澄は続けて紫苑に声をかけた。
「ええ、大丈夫です、少しばかり自分が許せないだけですのでご心配なく。ともかく今はオークを屠るのみです。自分を叱りつけたいところですが、それは後! 『フルブースト』で参ります!」
そう香澄に答えた紫苑は流れるような動作で腰に差した小剣を抜き放つ。そして、腰に手を当てたり腕を組んだりはしていないが、仁王立ちという言葉が相応しい立ち姿を紫苑はする。
「うはぁ、美人が怒ると怖ぇ」
「何馬鹿なこと言ってるの瑞穂ちゃん。わたし達も準備!」
「了解だよ!」
瑞穂と香澄もそんな言い合いをして腰の剣を抜いた。
そんな三人を見て六花は「えへへ」と笑うと真面目な顔になりオークを睨みつける。
「では、行きます」
紫苑のその声に残りの三人は頷くと声を揃えて詠唱を開始した。
「「「「体内を巡りし魔力よ。今ここにその証を示せ。我が血肉となりて、その全ての力を解放せよ。『フルブースト』!」」」」
最後のキーワードが四人の口から紡がれた瞬間、少女達が立っていた地面が爆ぜた。
彰弘は何が何だか分からずに呆然としていた。
禁止令中の訓練のお陰か、背中で感じた少女達の魔力から協調が感じられ安堵した。しかし、それも束の間、気が付いたらオークの首が飛んでいたのである。それだけならまだしも、そのオークの首を飛ばしたであろう少女達は返り血を浴びた状態で寝転がりながら喜びを顔に浮かべ笑い合っていたのだ。
彰弘でなくてもすぐ事態を飲み込むことはできなかったであろう。
暫くそんな少女達を見ていた彰弘だが、六花からの「もう、だいじょぶ」と言う言葉で我に返り、手に持ったままだった二本の剣を鞘に戻し笑みを浮かべた。
その後、彰弘は少女四人にそれぞれ声をかけてから、遠くで見え隠れする男女へと手招をした。
折角、熟練の冒険者が近くにいるのだ、オークの捌き方などを実地で教えてもらおうと考えた彰弘だった。
お読みいただき、ありがとうございます。
フルブースト=限界突破=肉体酷使=超筋肉痛で暫く動けません
二〇一五年四月五日 十七時二十七分
誤字修正