1-2.
前話あらすじ
六花を助けた彰弘は一度部屋へ戻り情報を纏める。
その情報から避難所へ行くことが最善と判断し彰弘はその準備を始めた。
準備を終えた彰弘と六花は玄関ドアの前に立っていた。
二人の装いはこんな感じだ。
彰弘はスーツから着替えている。黒茶色のジーパンに同色のリネンシャツ、黒色の靴下にトレッキングシューズを履いている。背中には大きめのリュックがある。加えて足元にはドラムバッグを置いてある。
六花の服装は身体を洗った後に着替えた時から変わっていない。その時と違うのは背中には登校時に背負っていた赤いランドセルと左肩にかけたトートバッグくらいだ。靴はスニーカーを履いている。ちなみに六花のランドセルの中身は彰弘の部屋にあった非常食などを入れてあり、元々入っていた教科書などは彰弘の部屋に置いてある。
特におかしな装いではないが彰弘の腰と六花の右手に違和感がある。彰弘の腰には、だいたい七十センチくらいの物が二本ぶら下がっているし、六花の右手にはネイルハンマーが握られていた。
彰弘の腰にあるものはマチェットだ。本来、藪払いや農作物の収穫時に使われる物だが、ゴブリンなどとの遭遇を考慮し持って行くことにした。
六花が持っているネイルハンマーは、彰弘が「ゴブリンと会ったら、それ投げつけて逃げろ」と渡したものだ。運がよければネイルの部分が刺さるなりハンマーの部分で打撃を与えることができるだろう。仮に当たらなくとも少しは時間が稼げるとの判断だった。
ドアの覗き窓から外の様子を確認した彰弘は、六花に向けて口を開いた。
「まず、俺が外に出て安全を確認する。問題なかったら呼ぶから、六花はそれまでそこで待っててくれるか」
「わかりました、気をつけてください」
先ほどまでと口調の変わった彰弘に六花が返事する。
彰弘の口調が変わっているが、何も緊張からではない。ただ単に先ほど準備をしている時に「なんかやっぱり変です。違和感です。合わないです」と、六花から容赦のない指摘を受けためだった。子供と話す機会なんてほとんどない彰弘は、六花とどう話すか迷い、とりあえず語尾を変えて優しく感じるように話をしていた。当然そんな急造では無理があったのだろう。六花の言葉に結構ぐっさり心にきた彰弘は、妙な迷いを切り捨て素の言葉で話すように戻したのだった。尚、素の口調の方が六花には好評だった。
覗き穴から見た限りは問題ない。物音も特にしない。彰弘は確認には邪魔となるドラムバッグをそのままにし、ドアのロックとチェーン錠を解除し外へ出た。
まず彰弘は自分が蹴り飛ばしたゴブリンを確認した。動いた形跡はない。次に周囲を見回す。人影はない。車は見かけるが動いていない。動くものをあえて言うならば木の葉が風に揺られているくらいだった。
問題ないと判断した彰弘は六花を呼んだ。その声にドアを開け、恐る恐る六花が出てくる。手には彰弘がそのままにしたドラムバッグを持って、ではなく、引きずっている。小柄な六花が入れそうな大きさに、詰め込んだ物の重量が合わさって六花では持ち上げる事ができなかった。だからに引きずっていた。
そんな愛らしい姿の少女へ彰弘はお礼を言い、バッグを受け取るために手を差しを出した。その手にバッグを渡した六花は、少し照れた表情で微笑んだ。
彰弘は受け取ったバッグを地面に置き玄関ドアに施錠した後、次の行動を口にした。
「さっきも言ったがここから一番近い避難所は六花が通う小学校だ。とりあえずそこへ行こう。もし異常があったら、少し離れるがその先にある高校へ行く。で、さっそく向かいたいところだが……。その前にちょっと確認したいことがある」
どうしたんですか? というように小首をかしげる六花。
彰弘は周囲を見回し再度安全を確認した上で、六花の視界を開けるように半歩横にずれ、視線を一点に固定した。
六花の開けた視界に飛び込んできたものは、一時間ほど前に恐怖の対象となったゴブリンだった。それを見た瞬間、六花を恐怖が襲った。無意識のうちに彰弘の服の裾を掴んだその手は小刻みに震えている。ゴブリンに向けたままの顔は恐怖に引きつっていた。
そんな六花を彰弘は安心させるために「心配するな、守ってやる」と笑みを向け、裾を掴んだまま震える小さな手を自分の手でそっと包み込んだ。
すると彰弘の手に伝わる小さな震えは、安心したかのように徐々に消えていった。
「彰弘さん、ありがとうございます。もうだいじょぶです」
彰弘を見上げる六花のその目にはまだ恐怖があった。しかし、大丈夫と言い放ったその言葉は震えてはいなかった。
一瞬、ゴブリンをそのままにして避難所へ向かおうかと考えた彰弘だが、大丈夫と言った六花を見てその考えを変えた。彰弘は「いいか?」と六花に問いかけ、その問い掛けに六花が頷くのを確認すると、ゴブリンへと近づいていった。
ゴブリンは彰弘が蹴り飛ばした時と寸分変わらぬ状態でそこにあった。身体の大きさは十二歳前後の子供と同じくらいだろう。人と比べると腕が長く足が短い。体色は鉄色だ。大きく裂けた口を持つ醜悪な顔をしている。額の上の方には小さな角があり、頭髪はない。
彰弘が確認しようとしたのはゴブリンの生死である。
蹴り飛ばしたあの時は、動かなくなったゴブリンを見て確認もせず大丈夫だと思い込んでいた。しかし今、改めてゴブリンを目にし疑問が浮かんできた。ただ気絶しているだけなのではないか? と。もしそうならば殺す必要がある。背を向けた瞬間に襲い掛かられ、こちらが殺されたのでは洒落にもならない。
どうやって生死を確認するべきか、と彰弘が考え巡らせている時だった。
今まで身動ぎもしなかったゴブリンの瞼が揺れ、僅かに指が動いたのことを彰弘は見た。六花もその動きが見えたのか「ひっ」と咽喉の奥から悲鳴を漏らし身体を硬直させた。
それが合図となった。彰弘は無言のまま右足を持ち上げ、その足裏をゴブリンの首へと全力で叩きつけた。躊躇いなく踏みつけられたゴブリンの首は歪に曲がり、折れた骨が赤い血と共に皮膚を突き破り飛び出していた。この瞬間、ゴブリンはその生を終わらせた。
彰弘はゴブリンを殺したという事実以外何も感じなかった。異形とはいえ人型の生物を殺したというのに僅かな罪悪感さえも感じない、そんな自分を少し不思議に思った。しかし、それが有り難いとも思った。この先、同じような生物と遭遇する可能性があるのだ。その時に余計な感情で行動が遅れたら、自分だけでなく隣にいる少女にも危害がおよぶかもしれない。だから罪悪感を感じていない今の自分は都合がいい。次にゴブリンに会ったとしても普通に動けるだろう。そんなことを考え、彰弘はゴブリンの死体を見下ろしていた。
ほんの数秒だけゴブリンの死体を見ていた彰弘だが、次の行動を起こそうと、隣にいる六花へと顔を向けた。
彰弘が顔を向けた先には、声も出さずに泣いている少女の顔があった。
俯いて涙を流している六花は、眉間に皺を寄せ何かに耐えるように下唇を噛んでいた。
「六花!?」
彰弘には六花が泣いている理由が解らなかった。どこか怪我をしたのかと一瞬焦ったがその様子はない。怖くて泣いている、というのなら解らなくもないがそういう表情でもない。どちらかというと、何かに怒っているような表情で涙を流していた。
ともかく話を訊くべきだと、再度声をかけようとした時だった。
「ごめんなさい」
小さくか細い声が彰弘の耳に聞こえた。
「信じきれなくて、ごめんなさい」
消え入りそうな声だった。
「どうした? 六花」
彰弘は六花の顔の位置に自分の顔を合わせる高さまで腰を落とし優しく声を出した。
そんな彰弘へ身体ごと向き直り、六花は涙声で話しだした。
六花の話を聞いた彰弘は息を吐き出した。これは六花が泣く必要も謝る必要もない、と彰弘は思う。
確かに彰弘はできる限り六花とゴブリンの間に立つようにしたし、守るとも言った。しかし、二人は出会ってからまだ一時間ほどしか経っていないのだ。いくら六花が信じると決めたとしても信じきれるものではないだろう。誰かを信じるということはその相手の信じる事のできる部分を深く知る必要があるはずだ。そしてそれは出会って僅かな時間しか彰弘を知る機会がなかった六花にはできることではなかった。
彰弘は考える。意外と頑固なところがある六花だ。信じられなくても仕方ない、と言ってもは納得しないだろう。ならどうするか。彰弘は自分の考えをそのまま伝えず、身体が硬直した事実を主として話すことにした。
六花を促しドラムバッグのところまで戻った彰弘は、そのバッグの中からフェイスタオルとハンカチを取り出した。そしてフェイスタオルを地面に敷き、自分はその横に座り込んだ。
「六花、ちょっと座って話をしようか」
彰弘はそう言って六花をタオルの上に座らせ、一度その頬を流れる涙をハンカチで拭った。
「六花。六花はさっき信じきれなかったから動けなかったと言ったけど、それは違うと思うんだ。ただ反射的に硬直しただけなんじゃないかな」
そこまで言って、彰弘は一度言葉を区切る。そして六花の反応を見る。
六花は納得のいっていない顔で彰弘を見ていた。その表情を見て彰弘は言葉を続ける。
「そうだな、例えば六花が歩いていて、あそこの角に差し掛かった時にいきなり人が飛び出してきたとする。六花はどう思う?」
彰弘は十メートルほど先の十字路を指差す。その十字路は民家のブロック塀のせいで見通しが悪く、角を曲がった先はそこに差し掛かるまで見通すことはできない。
「……びっくりすると思います」
「多分、その飛び出てきた人が両親だったとしても、六花は驚くんじゃないかな」
「はい……たぶん」
まだ涙が残る瞳を彰弘に向けながら、少し涙声で六花は答える。
「さっき反射的にと言ったのは、そういうことさ」
「どういうことですか?」
「つまり、六花の中ではもう動かないと思っていたゴブリンが動いた。そのことは六花の身体にとってびっくりすることだったんだ。だから俺を信じている信じていないに関わらず、身体が反応してしまったんだと思う」
「そうなの……かな」
「まだ、納得できないか?」
「……うん」
六花は答えた後、体育座りの膝に顎を乗せ身体を丸める。
そんな六花へと彰弘は一つの提案をする。
「じゃぁ、賭けをしようか」
視線を彰弘に戻した六花はハテナを頭に浮かべたような顔をする。
「次に動いているゴブリンを見つけた時に、六花が動けなくなるか、それとも動けるのか、それを賭けよう。勝った方は負けた方に、無理のない範囲で一つだけ命令できる、なんてどうだ?」
いきなりの提案に戸惑いを隠せない六花。その六花を彰弘は見つめていた。戸惑いで涙腺が閉まったのか、先ほどまで頬を濡らしていた涙は止まっていた。
少しの間、固まっていた六花だったが口を開いた。
「命令……できるんですか? わたしが彰弘さんに、命令できるんですね?」
「あ、ああ、勝ったらできるぞ。さすがに死ねとかそういうのはなしだけどな」
「そんなことするわけないです。……うふ、命令、……えへへ」
先ほどまでの顔から一転、六花の顔は喜色に染まっていた。ただ後半の言葉と、その言葉を呟いた六花の顔は、彰弘に危機感を持たせるのに十分な、一言でいえばヤバイ表情をしていた。
残暑の暑さを遮る寒さを背筋に感じつつ、彰弘は話を続けた。
「では、どっちがどっちに賭けるか決めようか。六花から選んでいいよ」
「いいんですか?」
「ああ。いいよ」
「じゃあ、わたしは動けない方に賭けます!」
後ろ向きな選択を自信満々に言い切る六花。
彰弘を見上げる六花の瞳には妖しい光が宿っている。先ほどの表情も相まって、彰弘はさらなる危機感を感じていた。
彰弘は一瞬唖然と六花を見た後、片手で顔を覆った。俺はどこで間違った? おそらく『命令』という言葉がいけなかっただろうことはわかる。わかるが、これは予想外過ぎる。負けたら何を命令されるかわかったもんじゃない。かといって勝っても駄目な気がする。自分が言い出したことではあるが、早くも賭けなんてするんじゃなかった、と彰弘は後悔した。
ともあれ仕方ない。先に進まないわけにはいかない。彰弘は言葉を続ける。
「なら、俺は六花が動ける方だな。にしても本当に動けない方でいいのか? 今なら変えてもいいぞ」
「だいじょぶです。問題ありません。このままスタートです!」
六花からしてみれば、動いているゴブリンを見た二回ともまともに動けなかったのだ。次に見た時も動けないと思うのも自然のことかもしれなかった。
一方の彰弘からすると、目の前に突然現れるようなことがなければ、もう大丈夫だという思いがあった。何しろゴブリンの動きで身体を硬直させた後、その恐怖にではなく、自分が許せなくてで泣くくらいなのだ。もはやゴブリンの姿を見たからといって恐怖に身が竦んで動けなくなるとは思えなかった。
ともかく賭けは開始された。
未だ彰弘に危機感を抱かせる表情をした六花を横目で見た彰弘は、変なことにならなければいいな、とこっそりため息をつくのだった。
彰弘は六花を立たせた後、座らせていたタオルの埃を払ってドラムバッグへと戻した。ハンカチは話が一段落したところで六花へ渡してそのままだ。顔に残っていた涙を拭き取った六花は「洗って返します」とハンカチをポケットに入れていた。
彰弘がドラムバッグを持とうとしたその時、六花が声を上げた。六花へと彰弘が顔を向けると、ゴブリンの方を指差している。
「どうした? まさか、まだ生きているのか!?」
首を折りそこから骨が飛び出しているにも関わらずまだ生きているとなると、対処が難しくなる。後、できそうなことは頭を潰すか、心臓を潰すかだ。それでも殺せないとなると絶望的であった。彰弘はゴブリンが人型であったことと物語の知識から人と同じ弱点を持っていると思い込んでいた。だが、物語の中のゴブリンは所詮空想の産物だ。実在のゴブリンがそれと同じとは限らない。
先ほどはゴブリンが倒れていたため、マチェットは不要だと考え抜いていなかった。しかし、今度は事情が違う。攻撃手段は多い方がいい。そのため、彰弘はマチェットの柄を握り鞘から引き抜こうとした。
「あ、違います。ゴブリンのほんのちょっと上を見てください」
そんな六花の言葉に彰弘は柄を掴んだまま、六花の言う部分を注視する。
仰向けに倒れているゴブリンの胸の少し上に、赤黒い塊が浮いているのが見えた。
「なんだあれ?」
「よくわかんないです」
二人はその塊を凝視し首を傾げる。直径一センチくらいの球形をしている。透明度のない赤黒い色をしたそれは石のような物だった。
ファンタジーな物語だとゴブリンの魔石ってことになるんだと思うが、と彰弘は考えたが、如何せん前提となっている知識が空想上のものだ。答えが出るわけがなかった。現実的なところでもいろいろと考えた彰弘だったが、やはり当然のように答えは出ない。となると選択肢は二つに一つ。触るか触らないかだ。
あれこれ彰弘が悩んでいるのを尻目に六花が行動を起こした。
「なんか、ざらざらしてます」
その声に彰弘が顔を向けると、六花が赤黒い塊を手のひらで転がしていた。
「こら、危ないかもしれないのに、無闇矢鱈と触るんじゃない」
「だいじょぶだと思います。なんとなくですけど」
焦る彰弘に六花は赤黒い塊を指で突きながら言葉を返す。
彰弘は軽くため息をついた。
暫く赤黒い塊を手のひらで転がしたり凝視したりして悩んだ二人だが、この塊が何なのか結論は出ずとりあえず持って行くことにした。見た感じ危険そうでもないし、嫌な感じもしない。何かあったらその時に考えればいいか、と彰弘はこの悩みに見切りをつけた。
尚、この塊は「彰弘さんが倒したゴブリンから出たっぽいから、彰弘さんのもの〜♪」と六花が口ずさみながら、彰弘の背負っているリュックの外側ポケットに入れていた。
まだ変なテンションを維持している六花に不安になる彰弘だったが、藪は突くまいとそのことに触れはしなかった。
ようやく先に進めるかな、と彰弘が考えていると、またも六花が声を上げ彰弘の名前を呼んだ。
「今度はどうした?」
「これはこのままでいいんでしょうか? 変な病気とか出ないでしょうか」
心配顔の六花はゴブリンの死体を指さしていた。
確かに六花の言うとおり、このまま死体を放置して人に有害な毒が発生したらたまらない。人間の死体でも放置すると有害な毒を出すのだ。ゴブリンの死体がそうならないとは限らなかった。
しかし死体に対して二人がとれる手段は少ない。今できることといったら、フェンスに囲われているアパートの隣の畑に埋めるか、火で燃やすかくらいのものだ。
いろいろ考えたが燃やすことに彰弘は決めた。もっとも単純に燃やしたからといって燃やし尽くせるものではない。そのことは解っていたが、何もしないよりはマシだろうと思ってのことだった。
彰弘は一度部屋の中に戻り、数秒でまた外に出てきた。その手には食用油の容器が握られていた。元々持ち出していたオイルライター用のオイルでもよかったのだが、量の問題もあり食用油を彰弘は持ち出した。
ゴブリンの死体に近づいた彰弘は、その手に持った油を身体全体にかけるように容器を傾けた。そしてリュックから出したノートを1枚破り、ジーパンのポケットに入れてあったオイルライターで、その破り取った紙切れを丸め火を点けた。
火を点けられた紙切れは、そのままゴブリンの上に落とされた。火が油に引火しゴブリンの全体を燃え上がらせた。
彰弘は燃えているゴブリンから数歩後ろに下がり六花の隣に並んだ。
何となく彰弘は顔を横に向け六花を見る。六花はジッと炎を見ていた。その六花の表情はいたって普通であり、忌避感などは見受けられない。
そういえばと彰弘は思い出す。ゴブリンを踏み殺した自分に対しても恐怖などの負に類する感情を出してはいなかったな、と。
「そういえば六花。死体とはいえあれはゴブリンなんだが、怖くはないのか? 後、俺についても」
そんな彰弘の問いかけに、六花はゴブリンを燃やしている炎から目を離した。そして彰弘へ顔を向けて口を開いた。
「死んでるなら怖くないです。それと守ってくれる彰弘さんを怖がる理由がわかりません。襲ってきた向こうが悪いんです。亡くなったおじいちゃんとおばあちゃんが言ってました。敵に容赦しちゃいけないって」
驚く彰弘に六花は話を続けた。その内容を要約すると次のようなものだった。
六花の祖父母は昨年亡くなっていたが、生きている間は六花をとても可愛がっていた。祖父母に四十過ぎで生まれた六花の父親以外子供がおらず、そのため六花は唯一の孫だった。可愛い孫の六花と一緒に過ごしたかった祖父母であったがどうしても街での生活に馴染めず田舎で暮らしていた。そんな祖父母のところへ六花の家族はよく遊びに行っていた。祖父母は六花が遊びに来る度にとても可愛がり、いろいろな話を聞かせたり、街では経験できないことを教えていった。その中には祖父が戦争へ行った時の生々しい話や、鶏を捌くところから料理をするといったものまであった。幼児の頃からそんな話や経験をしていた六花は、他の子供とは違う価値観を持つようになっていた。
ただ六花は表面上普通の子供と変わらない。同年代の子供と普通に遊ぶし、仲の良い友達もいる。祖父母からの影響で普通の子供とは少し違う価値観を持った六花は、両親の努力の甲斐もあって普通の価値観も持っていた。双方をうまく取り込んだ六花は、まだ小学生低学年の内に自分の価値観をそのまま外へ出さない方がいいことを理解していた。そしてそれは脳が柔軟な時期だったためか、それとも六花の資質によるものか解らないが、自然と無理なく実践することができていた。
六花の話を聞いて彰弘は納得していた。幼児の頃から六花のそのような環境にいれば今のようになるのだろうと。
だから、最後に「普通とは違うかもしれないです」と言った六花が不安を表情を出している意味も彰弘は理解した。故に、彰弘は言葉に出す。
「ま、人なんていろいろさ。俺は六花を知ることができてよかったと思ってる。だから、そんな不安そうな顔をするな。どこまでの付き合いになるかは解らないが、これからもよろしくな、六花」
言葉と共に自分の頭を撫でる彰弘へと、六花は不安の表情を消し、ある決意を秘めた微笑みを返した。
話に気を取られていた二人は、そういえばゴブリンはどうなった? とお互いの顔から視線を外し、燃えているはずのゴブリンへと移した。
そこには予想をしていなかった光景があった。話を始める前はそこそこの大きさの炎が点いていた。でも今は火の欠片も見当たらなかった。それだけならばゴブリンを燃やすのに失敗したと考えれるのだが、目の前にはゴブリンの死体もなかった。代わりにあったのは、黒く煤けた地面と僅かな灰のようなものだった。しかもその灰のようなものも、二人の見ている間にどんどん消えていき、最後には全てがなくなった。後に残ったのは煤けた地面だけだった。
「全部、燃えちゃったんでしょうか?」
六花の客観的事実だけを表した、でも疑問形の問いかけに彰弘は考える。
目の前の状況を見る限り、骨も残らず燃え尽きたというのが正解だと彰弘も考えた。しかし、骨まで完全に焼き尽くすには相応の高熱と時間がかかる。油を撒いて火を点けただけの熱量と、話に気を取られていたとはいえ数分の時間で完全に燃え尽きるということは常識では考えられない。それに二人が見ている前で灰が消えていったことも気になる。風に飛ばされるというわけではなく、まさしく消えたのだ。常識では考えられなかった。
「正直、わからん。でも、少なくとも腐敗からの毒の発生は防げたと考えていいと思う。気になるから、いろいろと調べたり考えたりしたいところだが……。とりあえず目的は達したし、ここは避難所へ向かおう」
彰弘はそこまで言って六花を見た。
六花も今が普通の状況ではないのを思い出し「はい」と頷いたのだった。
二〇一四年八月十七日 十九時三十分 修正
誤)赤い塊
正)赤黒い塊
二〇一四年八月二十二日 十三時十七分 修正
漢字の使い方修正