2-13.
前話あらすじ
冒険者ギルドを出た彰弘達は武器屋に向かう。
そこでゴブリン・ジェネラルから奪った『血喰い』と呼ばれる長剣とゴブリン・リーダーから手に入れた小剣を受け取るのだった。
武器屋で剣を受け取った翌朝、彰弘は武器屋と防具屋の出入り口が見える場所で少女達とのんびり過ごしていた。
朝、昨日の昼食時と同じメンバーで朝食をとっていた彰弘は、受け取った剣の手入れ方法を聞くのを忘れていたことを思い出した。
そのため、武器屋の店主イングベルトがサービスしてくれた手袋のサイズを防具屋で合わせしてもらいに行くついでに、武器屋にも寄り手入れについて聞くことにしたのである。
しかし、身支度してから早速向かった武器屋と防具屋は、時間が早かったのかまだ開店していなかったのである。昨日のイングベルトからの言葉を考えると、少なくとも防具屋は店休日ではないはずだった。
そんな状況だったため、彰弘達は通行する人の邪魔にならない、尚且つ武器屋と防具屋が開店する様子の確認できる場所へと移動した。店が開くまでの時間を少女達と話でもして待つことにしたのである。
空に向け紫煙を吐き出した彰弘は視線の先にいる少女達の姿に目を細めた。
この笑顔が曇るようなところは、もう見たくないと彰弘は思う。
小学校校庭で両親を亡くしたときの六花。治療院で自分のことを語ったときの紫苑。同じく治療院で自分達のことを語ったときの瑞穂と香澄。
それぞれが世界融合の折に不幸を体験している。しかし、今、少し離れたところで談笑している少女達の笑顔は無理矢理作ったものではないことが見て取れた。
正直なところ、少女達が何を考えどういう思いを抱いているのか彰弘には分からない。まだ、不幸な出来事があってからそれほど日は経っていないのだ。でも、今現在の少女達の顔には笑顔が浮かんでいた。
この状況で彰弘が少女達にしてやれることは唯一つ。それは、これ以上不要な悲しみが少女達に襲いかからないように、彰弘自身ができる最大限の努力し、その力を持って全力で守ることだった。
「彰弘さん?」
考えに没頭していた彰弘がその声に意識を現実に戻すと、眼前に不思議そうな顔を向ける六花がいた。
「何か考え事ですか?」
続けて、こちらも不思議そうな顔で紫苑が問いかける。
彰弘は携帯灰皿に入れた吸殻を消却してから答えを返した。
「考え事というほどでもないかな。これからどうするかなぁとか、笑顔ってのはいいもんだなとか、そんな感じだ」
自分が考えていたことを正直に話すのは少し恥ずかしかった彰弘は正確ではないが嘘ではない内容を口にした。
「ん〜? まぁ、いっか。それよりも何時になったら開くんだろうね、お店」
彰弘の答えに少し首を傾げた瑞穂は、少し考えたような姿を見せたが今は開店の方が大事と、そちらへ話題を移す言葉を発した。
「営業日とか営業時間とかを聞いておくべきだったかもしれないな」
武器屋の方を見ながら言う瑞穂に彰弘はそう返した。
日本にあったような正確な時計は存在しない世界ではあるが、節目で鳴らされる鐘と一時間、二時間と大雑把に時間を計る道具は存在している。そのため、営業時間を聞いていれば余計な時間を過ごすことは少ないのである。
ちなみに、この世界での時間の伝え方は「朝、二つ目の鐘が鳴ってから二時間後に開店。夕方の鐘が鳴るまで」などのようになる。
「とりあえず、もう少し待ってみて、それでも開かないようなら一度冒険者ギルドへ行こうか。あそこでなら店の開いてる時間も簡単に分かるだろうし」
その彰弘の意見に少女達は頷いた。そして、話でも再開しようかというときに彰弘の目に見覚えのある人影が映った。
目を細めて少し遠くを見るような彰弘に気付いた少女達は、その視線の先へと顔を向ける。
そこには歩きながら話す二人の男の姿があった。
柔和な笑みで彰弘と少女四人を見ているのは、鷲塚教頭こと鷲塚 影虎であり、若干の申し訳なさを顔に表しているのは元警察官の脇谷 徹だ。
彰弘達が先ほど目にした男二人はこの二人であった。
「それにしても珍しい組み合わせだと思うのは俺だけかな?」
一頻りお互いの無事を喜び合い、そして、名前を伝え合った後、彰弘は素直な感想を口にした。
「ははは、徹さんと会ったのは偶然です。ここに来てから、いつもは妻とこの時間散歩をしてるのですが、今日は妻が知り合った方達とのお喋りに夢中になってしまっていましてね、それで折角だから昨日までとは違う道を一人で散歩してたのです。そうしたら偶然に彼を見つけた、という訳です」
彰弘の問いに答えた影虎はそう言うと、徹に目を向けた。
それを受けた徹は「その通りです」とだけ言い目を伏せた。
「脇谷さん……じゃなく、徹さん。どうかしたのか? さっきから微妙な顔をしてるが」
彰弘は影虎の答えになるほどと思いつつ、徹の態度が気になったためそう声を出す。
それに答えたのは問いかけられた当人ではなく、一つため息をついた影虎だった。
「徹さんは、あなたが小学校で三人の男性に行った内容を報告したことを気にしているのですよ。私はあなたと直接会うのはここに来てから初めてですが、六花さん達などから話は聞いていました。ですから、徹さんにも気にする必要はないとは言っているのですが、なかなか本人が納得してくれないのです」
影虎の言葉に彰弘は「そうか」と呟き、徹に向き直った。
「徹さん。影虎さんが言う通り、気にする必要はない。あなたは俺との約束は守ってくれた。感謝こそすれ責めることはありえない。正直なこと言うとな、今は本当に感謝しているんだ。確かにあなたが報告しなければ俺がやったことは、誰にも伝わらなかったと思う。でもな、近いうちに俺はこの子達に自分のやったことを伝えなければならなかったんだ」
彰弘はそこまで言って真剣な顔をした四人の少女達へと目線を向ける。それから、再び徹へ目線を戻して話を続けた。
「これは個人的な感情なんだが、殺人のような重大なことを黙ったまま六花と紫苑の保護者を続けることは俺にはできそうもない。それにな、瑞穂と香澄が薄々感づいていたということもある。だから、あなたが報告したことにより、俺が伝える前にこの子達があのことを知ったのは結果論だが良かったと言える」
「しかし……」
「いいんだよ。結果的には最高に近いんだ。俺は臆病だからな。ひょっとしたら延々とあのときの事をこの子達に伝えられなかった可能性だってあるんだ。それが今はこうしていられる。今のところ、これ以上のことはないだろ?」
反論しようとする徹の言葉を途中で遮り、彰弘は再度気にする必要がないことを伝える。
すると、それに追従したように少女達も問題ない旨の言葉を口した。
実のところ、少女達にとっても避難拠点に着いてすぐに、あのときの事を知れたのは良かったことだった。過程はどうであれ、それぞれの理由で強くなりたいと考えていた少女達はその年齢では普通ありえないレベルにまで強くなれたからだ。
具体的に言うと、彰弘が小学校で苦戦したゴブリン・ジェネラル程度ならば、先手で魔法を放てさえすれば怪我もせずに勝てるくらいにである。
少女達が避難拠点についてから、僅かな期間でそこまで強くなれたのには理由がある。
それは、彰弘が殺人で捕まるかもしれないということをその詳細と共に避難拠点に着いてすぐに耳にしたことにある。彰弘に関わるその内容は少女達にしてみたら看過できることではなかったのだ。
六花と紫苑は彰弘と一緒に過ごすことだけを考えていた。直感的なものであったが、彰弘以外では自分達を受け入れられないと感じていた。
瑞穂と香澄は先の二人のようには感じてはいなかったが、今の自分達を救い未来の自分達をも救おうとした彰弘が、よりにもよってあのような最悪のことをした男達のせいで捕らえられるというのは我慢がならなかった。
どうするかを四人で考えた。その内容から大人に相談することはできなかった。そんな四人が思いついたのが、いざとなったら避難拠点の外へ逃亡することであった。瑞穂と香澄は親が避難拠点にいるため、逃亡には付いていかず追っ手の足止めをそれとなく行う。その間に六花と紫苑が彰弘を連れて逃げる。融合間際で特定の人物の生死判断も難しい、その上に絶対的な人員不足である今の状況だからこそ成功の確率が高い作戦だった。
懸念材料は作戦を行うまでに、自分達が逃げ切る力と避難拠点の外で生き残る力を持つことができるかどうかだった。だがこれは、世界の融合時から付与されていた期間限定加護と彰弘のためにと鬼気迫るほどの魔法の特訓をしたお陰で見事、その身に付けるに至ったのである。
少し話がずれたが、いざとなったら彰弘と一緒に逃げるために少女達四人は信じられない早さで強さを手に入れたのである。
「徹さん、そろそろ諦めてください。彰弘さんも『気にする必要はない』と言ってますし、六花さん達も問題ないと言っています。どこぞの誰かの言葉ではありませんが、過去より今ですよ」
「影虎さんの言う通りさ。幸せになれるかは今後の努力次第だが、あなたの行動で俺が救われたのは事実だ。今をどうするか、今後をどうしていくか、それらを考えていくべきだと思うな」
影虎の言葉に彰弘が言葉を続け、顔に笑みを浮かべた。
「そうですね、分かりました」
そう言葉を返した徹の表情はまだ若干の硬さが残っていたが、先ほどよりは穏やかになっていた。
その後、暫く雑談してから影虎と徹はその場を立ち去り、残った彰弘達も直後に武器屋と防具屋が開店したため、そこから移動したのである。
◇
武器屋と防具屋で用件を済ませた彰弘達五人は、その後、冒険者ギルドへ向かいランクGで唯一受けることができる薬草採取の依頼を受けた。
採取する薬草の名前はエイド草と言う。その葉に血止めの効果成分を多量に含む常緑多年草の一種だ。
エイド草はペースト状になるまで、その葉を磨り潰してから容器に入れられ、擦り傷などに用いられる塗り薬として市場に流通する。
この塗り薬は容器にさえ入っていれば、たとえ途中で封を開けたりしても再び蓋を閉めさえすれば一年間ほど効果が持ち、加えて比較的安価であることから大抵どの家庭にもあるという、一種の常備薬のようになっていた。
今回、彰弘達が向かったのは避難拠点の南側の門であった。
と言うのも、南側が元リルヴァーナの土地に近いからだ。
エイド草はリルヴァーナに生息していた植物である。融合を果たした今現在なら元地球の土地であろうと生えている可能性はあるのだが、やはり確実なのは元リルヴァーナの土地だろう。
そんな考えと、依頼を処理したギルド職員の助言により彰弘達は南側へと来たのである。
「止まってください。ここから先は一般人の出入りは許可されていません」
南門前まで来た彰弘達に門番をする兵士が声をかけた。二メートルほどの長さの槍を手に持つ革鎧姿の男である。
「冒険者だ。依頼で外へ出たい」
彰弘はそう言い門番へと自分の身分証を差し出した。
それを見た門番である男は若干驚いたような表情を浮かべたが、すぐ元の表情に戻り身分証を受け取り真偽の判定を行った。
「確認しました。どうぞ」
魔導具が青を発光したのを確認した門番は彰弘へと身分証を返す。
それを見ていた少女達も自らの身分証を手に持ち、門番の前へと並んだ。
一列に自分の前に並ぶ少女達に門番は再び驚く表情を浮かべたが、何やら自分に言い聞かせながら順番に真偽の確認を行っていった。
「全員、問題ありません」
少女達の分まで確認した門番は、やや躊躇いながらも声を出した。
この門番は元自衛官である。そのため、まだ小学校を卒業していないだろう年齢の少女達を見て、外へ行く許可を口にすることに抵抗を覚えたのだった。
「何、危ないと思ったらすぐに逃げてくるさ。じゃ、行って来る」
彰弘は心配そうな顔をする門番へそう告げると少女達と南門を通り避難拠点の外に出た。
避難拠点の外に出た彰弘達の目に映ったのは、建物の解体跡地であった。
南門側にも北門側と同じ様にある程度の範囲で元地球の土地がある。南門側の特徴は北門側とは違い元地球側の土地が狭いこと、そして、これからグラスウエェルの街と避難拠点を繋げる関係上、北門側より優先的に障害となる建物が解体されその土地が整地されていることだった。
「何て言うかだな、門を出たら草原とか森とかが拡がってて欲しいもんだ」
南門は別に閉ざされていたわけではないので、避難拠点の中からでも外側の様子を見れていたにも関わらず、彰弘はそう愚痴を口にした。
「気持ちは分かるけど、門を抜ける前から分かっていたことでグチるのはどうかと思うのよ、あたしは」
建物がない、その光景を目を奪われていた少女達の中で一番今回の発言に突っ込みを入れないと思われた瑞穂が彰弘に突っ込みを入れた。
「まさか、瑞穂から突っ込みを入れられるとは思わなかった」
「その心は?」
「今までのノリ? かな」
彰弘のその答えに心外だという表情を瑞穂は浮かべた。
「ははは、まあこの話はこれくらいにしておこうか。どれくらいの時間がかかるか分からないからな」
「そうですね。職員の話では、すぐに終わるとのことでしたが、その『すぐ』が私達と同じ感覚と違うかもしれません」
避難拠点の外の光景に目を奪われていた内の一人である紫苑がいつの間にか会話に加わる。
その言葉に、同じく建物跡を見ていた六花と香澄が頷いた。
「何かこう、納得いかないのは、あたしの気のせいなのかな? かな?」
話の内容がいきなり変わったことに瑞穂はそう不満気な声を出した。
その様子に香澄が「まぁまぁ」と瑞穂を宥める。
彰弘も「悪かった」と頭を一度下げてから謝罪した。
「別に馬鹿にしたわけじゃないんだ。ただ、さっきの事は、瑞穂が俺と一番感じ方が似ていると思ったからの言葉だったんだよ」
瑞穂は彰弘の言葉を予想していなかったのか、目を大きくして焦ったように口を開く。
「え? あ、うん。それなら、あたしとしてはうれし……じゃ、なくて納得いく」
そして言い終わった瑞穂は僅かに顔を赤くして彰弘から顔を逸らした。
そんな瑞穂の様子に「瑞穂ちゃん、かわいい」「萌え?」「微笑ましいです」と彼女以外の少女三人が思い思いの感想を口にした。
彰弘は当然の如く無言だ。今までも何度かお世話になっている黙っているのが良策の気配を感じたからだ。
暫く恥ずかしさで周りが見えていなかった瑞穂だったが、自分に視線が集まっていることに遅まきながら気が付いた。
「な、なに? みんなでそんな微笑ましそうな顔をして。さっさと行かないと日が暮れちゃうんでしょ。さ、行きましょ」
そう言って、恥ずかしさを隠すように瑞穂は一人で歩き出した。
残された四人はお互いに笑みを浮かべた顔を見合わせた。そして、ほんの少しの間を置いてから先を行く少女を追いかけたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
いつもより短いですが、区切りがいいので今回はここまでとしました。
二〇一五年一月十日 二十二時三十四分
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