6-26.【竜殺し】
前話あらすじ
神の試練のために寝坊するも戦いには間に合う感じで起きる彰弘。
最初は点にしか見えなかったそれは羽ばたき一つするごとに近付いて来ており、今では明確にドラゴンであると、その姿形が分かる。
そしてもう一つ分かることは、そのドラゴンであるシンリュウは減速つもりはなく、そのまま彰弘たちへと突っ込むつもりのようだということだ。
「……自殺願望でもあるのでしょうか?」
「突っ込んだくらいじゃ、何のダメージも受けないんだろ」
思わずといったように紫苑が呟けば、彼女の方を向くことなく彰弘が応える。
今現在彰弘たちに向かって突っ込んでくるシンリュウは相当の速度で彼らに迫ってきていた。流石のドラゴンといえど今のまま何の備えもなく体当たりを行えば、仮に彰弘たちを弾き飛ばすことができたとしても同時に地面に突っ込むことにもなり相応のダメージを負うはずである。
「ちょっとありえないくらいの魔力よね」
「あれは生半可な攻撃では貫けんぞ」
迫りくるシンリュウの魔力を視て、サティリアーヌとリーベンシャータが武器の柄を握り直す。
サティリアーヌの得物はモーニングスターメイスだ。大きさは柄の部分が二メートル弱で、その柄に直接付いている刺付き球は直径が五十センチメートルほどもある。なお、この武器の先端の刺付き球はタングステンと輝亀竜の甲羅に無属性の魔鋼を合わせた合金でできており、扱うには相当な膂力が必要であった。ちなみに柄は刺付き球からタングステンを抜いた素材でできた合金である。
一方のリーベンシャータの武器はウェスターが持っているのとよく似た大剣だ。輝亀竜の甲羅とミスリルの合金でできたその剣は、刃渡り二メートル弱に厚さは四センチメートルほど。刃幅は二十センチメートル強で剣というよりは鈍器に属しそうだが、間違いなく剣である。
サティリアーヌのモーニングスターメイスとリーベンシャータの大剣はどちらも大きさと重量により扱い難い武器であるが、大剣の方が武器のバランスとしてはまともで、若干ながら扱いやすい。
「問題ない。そのための試練だったわけだしな。……それより予定を少し変更する」
「どうするの?」
「ガルドで潰すんじゃなく、ガルドであの速度を殺す。後は同じだ」
シンリュウは自分が有利な空中でブレスなりの攻撃をして来るだろうと考えていた彰弘だったが、今向かって来る姿を見る限りではその気配はまるでない。
一時的にでも空中で止まってくれるならばガルドを放り投げて相手を地上に落とすということも可能だったろうが、相手がひと所に留まらずにいる場合、それを成すことは難しい。
相手が突っ込んで来そうな今の状況ならば、相手の突進をガルドの大きさと重さと硬さで止めることが正解だろう。
「まだ距離があるから、いまいち正確には分からないが……相手の大きさは今のガルド最大サイズよりも少し大きい程度だろう。ガルドなら止められる。その後は変更なしだ」
「(任せよ、主!)」
ドラゴンという種の中で空を飛ぶことができない種は、空を飛ぶことができる種よりも重く硬い。そしてその重く硬い中でも守りに特化しているのが輝亀竜であった。ちなみに輝亀竜の攻撃手段は体当たりと咬みつき踏みつけくらいである。
「わたしたちも?」
「ああ。物理的に何かあったら頼む」
「分かったわ」
「魔法的な何かがあったら――」
「任せてよ」
ポルヌアの問いに彰弘は答え、次いで顔をカイエンデへと向けた。
ポルヌアとカイエンデは、それぞれ自分の役割に頷く。
予定通りに事が進めばポルヌアとカイエンデの出番はない。あるとしたら、それは不測の事態が起きたときだ。
「ガルド!」
「グルォオア!(おうっ!)」
彰弘が自分の肩に乗っていたガルドを掴み声を上げる。
それに普段は声を発さないガルドが応えた。
そしてその直後、翼をたたみ突進体勢となったシンリュウが、彼らの目に映ったのである。
突進体勢となったシンリュウは早かった。
それまでもだが、それ以上の速さに危うく彰弘はガルドをシンリュウの前に投げ損ねるところであった。
まだ彰弘とシンリュウとの間には百メートル以上の間はあるが、シンリュウの速度を考えるとギリギリの距離である。
「ガルドっ!」
ガルドを斜め上に投げた彰弘が声を上げる。
そのタイミングは空中から突進して来るシンリュウと、彰弘に投げられたガルドが接触する寸前であった。
だが、そのタイミングがガルドの身体でシンリュウを止める最適だ。
彰弘から声が上がった直後、全長二十五メートル全高十メートル、そして重量数百トンという巨大質量の輝亀竜が姿を現した。
ガギッ! というとても生物同士がぶつかったとは思えない低くて高く大きい音が辺りに響く。
ガルドとシンリュウが激突した音である。
数百トンの重量となったガルドの身体が地上に落ち埋まる。
シンリュウもまた体勢を崩したまま落ち、数十メートルの地を削った。
それを見た彰弘が周囲を警戒する侍従を持つ二人の名前を叫ぶ。
「ミレイヌ! クリスティーヌ!」
事前に指示されていた彼女たちに迷いはない。
地に落ちはしたが最低限のダメージで起き上がったシンリュウの左側の翼目掛けて用意していた魔法を放った。
「跪きなさい! 『アトモスフィアバースト』!」
「突き上げて! 『ガイア・ステーク』!」
ミレイヌが放ったのは自らが得意とする火系統の魔法ではなく、圧縮した大気を破裂させることで敵を攻撃する魔法だ。
そしてクリスティーヌも得意とする火系統ではなく地系統の魔法を放つ。地中で杭の形に生成した物体を目標目掛けて下から打ち込む魔法であった。
彼女らの役割は自分の次に放たれる魔法からシンリュウの気を逸らすこと。相手に怪我を負わせずとも、気を引けば目標は達せられる。
狙いは見事に達成された。
左側の翼の付け根を下から押し上げられ、そこの上部をアトモスフィアバーストの破裂が襲う。与えた損傷は僅かだが、確かにシンリュウの意識を逸らしたのだ。
直後、二つの声が上がる。
「「ウィルド! 『ライトニングボルテックス』!」」
六花と紫苑だ。
片手を指を絡めて握り合った二人の身体は帯電したかのように白と黒の魔力に覆われている。その二人が空いている方の手をそれぞれシンリュウに向けて魔法を放った。
それぞれの手から放たれた稲妻を模した魔法は直後に螺旋状に交じり合いシンリュウの右側の翼へと襲い掛かる。
「グガァオアァッ!」
僅かとはいえ意識を左側の翼に向けていたシンリュウの魔力バランスは若干ではあるが、その意識を向けていた方へと移っていた。つまり右側の翼の防御力が落ちていたのだ。
それでもシンリュウの翼はまだまだ無事である。多少、防御力が下がっていても、そう簡単に使い物にならなくなるほど弱いものではなかった。
しかし、攻撃する側も弱くはない。
「制限っ!」
「解除っ!」
「限界っ!」
「突破ぁぁああああっ!」
紫苑と六花が交互に叫んだ。
お互いが指を絡めて繋いだ手を強く握り締め、体内の魔力と神の試練で使えるようになった国之穏姫命の魔力を全て魔法へと注ぎ込む。
黒と白の螺旋がひと回り大きくなり、その周囲を放電現象に似た何かが覆う。
鱗を弾き飛ばしシンリュウの肉体を傷つけた六花と紫苑の複合魔法は更に威力を増し、雷のような動きを見せつつ右側の翼を貫き切り落とした。
「!?ッグ!!?ッガ!??!!っ!!」
シンリュウが声にならな叫びを上げる。
だが、彼のその声は更なる痛みにより上書きされた。
左側の翼を右側と同じかそれ以上の痛みが襲ったからだ。
「「はじめから全力っ! ウィルド! 『ストームボルテックス』!」」
完全に右側へ意識を持っていかれ防御力の落ちた左側の翼を襲ったのは瑞穂と香澄の複合魔法である。
六花と紫苑は魔法を放ってから追加で魔力を送り込んだが、瑞穂と香澄は体内の魔力と自分たちが使える国之穏姫命の魔力を最初から全て魔法へと注ぎ込んでいた。
効果は抜群である。
狂ったように荒れる風と極度に低温で圧縮された氷が、胴体と左側の接続部分をズタズタに破壊した。
「ガアァァァァアアアッ!」
シンリュウが頭を上げ叫ぶ。
痛みと怒りであろうか。
だが、それは彰弘たちには関係なかった。シンリュウの翼が使い物にならなくなったすぐ後に、ウェスターとリーベンシャータがそれぞれの大剣を肩に担ぎシンリュウに向かい疾走する。そして上に上がったシンリュウの頭目掛けて跳躍し大剣を頭上に振り上げた。
その二人の下をサティリアーヌが通り過ぎ、丁度シンリュウの頭の直下へと滑り込む。
「ハアァッ!」
「落ちろッ!」
上がったシンリュウの頭の上に二振りの大剣が振り下ろされる。
ウェスターもリーベンシャータも今使える魔力全てで身体強化を施し、全力で大剣を叩きつけた。
シンリュウは上からの衝撃に頭部の外皮を弾き飛ばしながら望まない動きを強いられるが、下から感じる嫌な気配に身体を逃がそうと動く。が、その動きは突然後ろ脚を襲った痛みにより中断された。
先ほどのシンリュウとの衝突により地面に埋まってしまったガルドが咬みついたのである。
「ガルドちゃんナイスっ! はぁい。これも喰らいなさいっ!」
下がったシンリュウの頭の向かう先にいたのはサティリアーヌである。
力を失っていたリーベンシャータが力を取り戻す手伝いをしている内に、それまで以上の魔力と膂力を得たサティリアーヌが、落ちてきたシンリュウの顎目掛けて凶悪な破壊力を持つモーニングスターメイスを振るう。
武器の重量と魔力による身体強化と神の奇跡である祝福によって二重に強化されたサティリアーヌの力は並ではない。全長二十五メートルはあるガルドよりも大きいシンリュウの身体が、打ち上げられた頭部に引きずられるように上方へと浮き上がった。
そして露わになるのはシンリュウの腹部側である。
この世界のドラゴンを殺すための方法の一つが心臓を破壊することだ。他の種であれば身体の大きさに合わせて心臓も大きく強くあるため、彰弘たちの大きさの存在が心臓を狙うのは無謀に近くなるのだが、この種族は魔力によって血液を全身に行き渡らせているため、心臓の強度は他の巨大生物に比べてそれほどではない。
だからこそ、強固な鱗と外皮、それから強靭な肉に生物の頂点に近い攻撃力を持っているが、心臓が弱点となりえるのである。
他に殺す方法を挙げるとすると、首を切り落とすや脳を破壊するなどがあるが、どちらも心臓に比べると難易度が高い。
例えば首を切り落とす方だが、首を半分斬った程度では一定以上の強さを持つドラゴンは膨大な魔力により死ぬ前に傷を癒してしまう。
また脳を破壊してもドラゴンを殺すことはできるが、この方法はある意味で最も難易度が高い。彼らの中では比較的柔らかい部分は眼球であるが、だからこそ、そこの警戒心は強いのだ。恐らく本能的なものもあるのだろう、古今東西神話も含めて、頭部破壊により殺された数は、他の死因よりも圧倒的に少なかった。
ともかく、今は弱点である心臓を狙う最適な状況である。
ここまでのお膳立てを無にする彰弘ではない。
サティリアーヌがシンリュウの顎を打ち上げると同時に彼女の横を走り抜けた彰弘は攻撃位置に着いていた。
彰弘が今回使うのは血喰いの方だ。素材の格としては魂喰いの方が圧倒的に上だが、今回のように自分の魔力を通して威力を上げるには少しでも習熟度が高い武器の方が適していたからだ。
赤黒く光る剣身がシンリュウの心臓を貫かんと鳴動する。
「問答無用だ。恨むなら自分を恨め」
彰弘は復讐自体を否定するつもりはない。ただ無関係な者を巻き込むことを是とする考えを持ってはいない。
シンリュウの境遇に同情すべきところもあるが、自分と自分の周囲に被害が及ぶ可能性があるなら、そこに余計な情を挟む心を彰弘は持っていなかった。
彰弘は無言で目的の場所へと血喰いの先端を向ける。
今回、斬る必要はない。魔力の刃でシンリュウの心臓を貫けば終わるのだ。
シンリュウサイズのドラゴンなら心臓の大きさは、一般的な人の大人の握り拳程度でしかない。その大きさだと狙うのは難しそうだが、彰弘には数多の戦闘経験を持つアンヌの記憶があった。
「貫け!」
彰弘が一言叫び、血喰いに更に魔力を注ぎ込む。
彼が元々持っていた魔力に破壊神であるアンヌの魔力が血喰いの刃を形成し伸びていく。鱗も外皮も肉も何もなかったように、酷く静かに目的の心臓へと到達した。
「……」
僅かに相手の心臓を貫いた感触が彰弘の手に伝わる。
ドラゴンの心臓は魔力が最も集まっている場所でもあった。だからこそ、それを血喰いの刃越しに彰弘は感じ取ったのである。
こうして、それまでの激しさとは一転して、戦い自体は静かに幕を降ろしたのであった。
シンリュウの死体の横で彰弘が仰向けで倒れていた。その彼の腹部にはポルヌアが抱き着いてる。
「めっちゃ羨ましそうに見てるわね」
「仲は良いですけど、あのような身体接触は見たことありませんね、そういえば」
「なにはともあれ、全員が無事だったのが幸いだ」
彰弘とポルヌアを中心にして、六花、紫苑、瑞穂、香澄、クリスティーヌがその周りを囲み、残りの面々は少し離れたところに立っていた。
羨ましそうにしているのは、彰弘とポルヌアを囲む五人である。
「無事で良かったよ。まさか魔力の使い過ぎで、すぐに動けなくなってたとはねえ」
「お嬢様方も時間がなかったために、魔力を回復できていませんでしたから……ポルヌア様とカイエンデ様のお蔭ですね」
「私はポルヌアが動いて気付けただけだね。魔法で彼女の背中を押すくらいしかできなかったから、大したことはできてないね」
「まあ、良いのではなくて? とりあえず。少なくともこの場所での結果は上々よ」
シンリュウの心臓を貫いた彰弘だったが、それを成すために通常使える魔力を全て使い切ってしまっていた。そのため、死んで重力に従って落ちてくるシンリュウから逃れるのが難しかったのが、そのときの彰弘である。
そんな彰弘に気付いたのは、ポルヌアも六花たちも、そしてガルドも同じくらいだったが、万全の状態で動けたのはポルヌアだけであった。真っ先に動けたポルヌアが彰弘の身体をシンリュウの下から助けたため、六花たちは今黙って二人を見ているというわけである。
ちなみに残りの面々はポルヌアが動いたことが切っ掛けで彰弘の状態に気付いた感じだ。
まあ、結果は最良といえるだろう。
なお、キメラとゴーレムの相手をしに向かったセイルたちも最良に近い結果を迎えていた。怪我人は複数出てはいたが死者はおらず、また後遺症が残るような怪我をした人もいなかったのだ。
ともかく、シンリュウたちとの戦いは、こうして終わったのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
二〇二〇年 七月 四日 一九時四十分 ちょこっと修正
最後あたりにポルヌアが彰弘を助けたから六花たちが黙ってるという意味の文を追加
話の流れには変更ありません。




