6-21.【遭遇戦】
前話あらすじ
彰弘たちがアルフィス国内に入ったころ、フウリュウとガンリュウの二人も仲間とともに
組織から抜け出しアルフィスへと向かうのであった。
「いつまでも順調とは、いかないよな」
ライズサンク皇国とアルフィスの国境検問所を通過して一晩が経ち、今は昼過ぎ。
彰弘たちは左側が森林で右側が草原という二つの間を通る街道の真ん中で完全に戦闘準備を整え足を止めていた。
そんな彼らの前に二つの集団が順に現れる。
最初に現れたのは彰弘たちも知っているフウリュウとガンリュウに率いられた集団だ。彼ら二人も、率いられている者たちも、傷ついたり極度に疲弊しているが二十名全員が生き残っている。
続いて現れたのは八十のゴーレムと十八のキメラの混成部隊と、それを率いる二名の人種である。ゴーレムは全てが人型でキメラは全て異形だ。そして人種の内の一人は彰弘たち――クリスティーヌとエレオノール、ウェスターにポルヌアは初見だが――が見たことのあるヒョウリュウで、もう一人は完全い初見の男であった。
フウリュウたちとヒョウリュウたちの集団は彰弘たちの目の前で対峙する。
「すまないが、協力してもらえないかねえ? 協力してくれたらボクが知っていること全てを話すよ」
フウリュウがちらりと彰弘たちの方を見て目を見開く。そして次の瞬間には口からそんな言葉を出していた。
追っ手の大半が重量のあるゴーレムであると知れたときから、フウリュウたちは自分たちには問題ないが一トン近くの重量のあるゴーレムでは容易には進めないところを選んで逃げ続けてきた。
実際、その選択肢は間違っていない。重量のあるゴーレムは人の手の入っていないところでは、平坦な地でも地面に足を取られて進む速度を落としていたし、山登りでも遅々としてフウリュウたちに近づくことができなかったのだ。
しかし、山を登り終え下りになったところで状況が変わった。なかなか追いつけないことに業を煮やしたヒョウリュウがゴーレムの進路の邪魔になる木を魔法で切り倒し、更にそこに氷の地面を造り上げたのである。
その結果、フウリュウたち追われる側にヒョウリュウたち追う側が追いつき、短い戦闘を行う。それから隙を見て追われる側が逃げる。また魔法による力技で追う側が追われる側を捉え戦闘。そして追われる側が隙を見て逃走。そんなことが何度も繰り返された。
そして今の状況に至ったのである。
「状況が分からんな」
彰弘は一時的に動きを止めた両者を視界に入れたままフウリュウに返す。
対峙する両者の雰囲気や状態からフウリュウたちに手を貸すのが良いだろうと判断できるが、何故このようなことになっているのかを確認しておきたかった。
ヒョウリュウという女もフウリュウをいう男も、瑞穂と香澄を傷つけたことがある者たちで、彰弘もこの二人とは敵対したことがあったからだ。
「組織の目的に付いていけなくなったから逃げ出したのさ。いや、目的が暴走することを止められず、まだ道を完全に踏み外していない人たちもその暴走に巻き込まれそうになったから、みんなを連れて逃げ出したのさ」
「嘘は言ってねぇぞ。組織の当初の標的はメアルリア教だけだったが、今じゃ自分たち以外が標的だ」
「何を言ってるのかしら。私たちの大事な人を殺した奴らも、自分たちだけは助かってのうのうと生きている奴らも同類でしょ? 揃って私たちと同じ痛みを受けるべきよ。種族も性別も年齢も地位も何もかも関係なく、全ての人に同じ痛みを受けてもらうわ!」
「私はヒョウリュウの意見に賛成するよ。私の大事な研究仲間も成果もあのとき全て消えてなくなった。区別なくということには賛成だ」
「けっ。てめぇは、自分以外のことなんて何にも感じてねぇだろうが」
「酷い言い方をする。私も有能な仲間を失った悲しみくらいは覚えているよ」
「悲しみねえ。悲しみにもいろいろ種類はあるからねえ。同じ悲しみを持っていたら、シンリュウとヒョウリュウにあんな処置はしない、そう思わないかいコウリュウ?」
「見解の相違だね。二人が望んだから私はやっただけだよ」
「早くキミは殺しておくべきだったねえ。本当に失敗したよ」
彰弘たちへの説明から、両者は対峙する者間での会話に集中していく。
その様子を見つつ彰弘は、標的とする集団に悟られないように、この後の行動のために動き出した。
◇
両者の言い争いが激化してくのを確認しつつ、彰弘は背後の仲間に攻撃対象をどちらにしたかを伝えと、それに応じて全員がその位置を変えていく。
「いろいろと気になることを言っているが……分かってるな?」
「ま、しゃーないね」
「あの様子を見ると、明らかに潰さないとダメなのは、あっちだもんね」
瑞穂と香澄が彰弘の左側に立ち呟く。二人の視線の先にいるのはフウリュウとヒョウリュウである。
彼女らは以前この二人から決して軽くない怪我を負わされたことがあり、可能ならば両者を完膚なきまでに叩き潰したいと考えていた。しかし、過去のことで現在の選択肢を間違えるようなことはしない。少なくとも今の状況で、それをしない程度に二人は冷静であった。
瑞穂と香澄の視線がヒョウリュウに固定される。
「とりあえず全力で放ちましょう」
「さんせー。キメラはともかくゴーレムは硬そう」
「その後のことはお任せください」
今の彰弘たちに離れたところからの威力のある攻撃方法は魔法のみである。
瑞穂と香澄の選択に紫苑と六花が同意し自分たちが放てる最大威力の魔法を使うことを決めた。
その様子にクリスティーヌが魔法を放った後の行動を口にし、無言でエレオノールが同意する。
「ウェスターとガルドも守りを頼む。本気で限界まで魔力を使いそうな雰囲気だからな」
「(心得た)」
「分かりました。で、アキヒロは?」
「俺は魔法後に残ったのを潰す」
「そうね、それがいいわ。わたしもやる。……彰弘、多分、あのゴーレムの中に擬魂だかってのがある」
ポルヌアの目がヒョウリュウの前で整列しているゴーレムに向かう。
動き自体はそこまでではないが、見た感じ相当に質の良い金属を使って造られているようだ。
「そうだな。……ポルヌアは俺と一緒に残敵処理だ。とりあえず、俺はまずコウリュウだかってのとキメラを潰す。聞いてる限り、あれを生かしておく理由はない。キメラも生かさなきゃならない理由はないだろう」
「分かったわ。ゴーレム……擬魂は」
「残念だがあれはもう人じゃない、ゴーレムというものでしかない。少なくともだが、人種やお前から感じる魂はない。だから気にするな普通にゴーレムを壊せばいい」
「……ええ」
魂の存在を感じ取る能力を持つのは神官の最上位者くらいである。当然、彰弘にあるわけがない。あるとしたら魂喰いで魂を持つものを斬ったときに、その感触を覚えることがあるくらいだ。
つまり、今のポルヌアに必要だから口にした嘘である。だが、ポルヌアのことを想って口にした嘘も全くの出鱈目というわけでもない。
擬魂は人種の肉体から無理矢理引き離した魂を素に造られているわけだが、肉体から離れた魂はその時点で既に世界に還り始めている。そしてある一定期間後に完全にこの現世から離れ、世界に還る――輪廻の輪に入る――ことになるのだ。要するに魂を構成する一部を使って造られた魂のようなものが擬魂なのであるから、彰弘の言った人ではないは完全に間違っているわけではない。
「さて、仕方ない乗るか。まだ舌戦が続いているようだが……戦闘開始」
前半を心の中で、後半は仲間に聞こえるように彰弘が言葉にする。
彰弘たちの目の前ではまだ口によるやり取りが続いていたが、生かしておく必要がない者たちが相手である以上、わざわざ舌戦が終わるまで待つ理由はなかった。
「香澄」
「瑞穂ちゃん」
お互いの名前を呼んだ二人が手を繋ぐ。
その横では六花と紫音がお互いに頷き合い、こちらも手を繋ぎ魔法の準備に入る。
四人が深呼吸を一つ。
いつもであれば詠唱によりイメージを確固たるものとして、放つ魔法の威力を十全に発揮させるのだが、今回は奇襲に近いことをする必要があるため、詠唱はなしだ。
コウリュウはどの程度魔法に精通しているか不明だが、ヒョウリュウの実力は相当なものであると四人は理解していたからである。本当なら魔法名もなしとしたい四人であったが、それをすると奇襲できたとしても完全に防がれるおそれがあった。
だからこそ、詠唱なしの魔法を使う。詠唱破棄で落ちる威力は、限界まで魔力を魔法に注ぎ込むことで補填する。
「いきます」
静かに誰かが一言呟く。
それに呼応して、瑞穂と香澄に六花と紫苑の魔力が膨れ上がった。
「「ライトニングボルテックス!」」
「「ストームボルテックス!」」
四人の掌から放たれた魔法は、途中で混じり合い二つの破壊の渦となる。
彼我の距離は十メートル程度しかない。
地面を破壊しながら魔法の渦は、僅かな時間で目標付近に到達し破壊をまき散らすのであった。
◇
舌戦はフウリュウが企んだ作戦であった。
フウリュウは自分たちが攻撃しても思うような効果はでないだろうことは、この逃走の中で分かっていた。ヒョウリュウとコウリュウだけだったら、なんとかなったかもしれないが、そこにゴーレムとキメラまで参戦してくると、まともに戦っては数の違いもあり全滅する恐れがあったのだ。
だからこそ、敵には容赦ない彰弘たちを見つけてフウリュウは話かけた。今回含めて三回しかあったことはないし、会話も僅かであったが、彰弘ならば自分の考えに乗ってくれると確信していたからだ。
そして、そのフウリュウの考えは成功した。
突然、とてつもない魔力が現れた。数は全部で四つ。
「「ライトニングボルテックス!」」
「「ストームボルテックス!」」
初めて聞く言葉。
舌戦を繰り広げていた二つの集団が振り向く。
直後、地面を破壊しながら進む魔法の渦が、ゴーレムとキメラの集団へ襲い掛かる。当然、それだけでなく、各集団の先にいる二人へを破壊しようと迫る。
「な!? アイスウォール!」
「くそ!? 守れ!」
ゴーレムが壁となりえないかもしれないと考えたヒョウリュウが焦った様子で氷の壁を自分の前に出す。
そして、コウリュウも全てのキメラを自分の前に移動させた。
「よくやった、後は任せろ! ポルヌア!」
「ええ! わたしはゴーレムに行く」
大量の魔力を消費した四人が膝を地に着け、それを守るために最適な位置に移動した仲間を見届けた彰弘は、二振りの魔剣に魔力を流し込み生き残りへと突進する。
それに追随するのはポルヌアだ。
彰弘の目標は先ほど口にしたようにコウリュウである。
コウリュウは自身を守るキメラを全て失っていたが、本人はまで健在であった。
「くっ、仕方ありません、ここは撤退しましょうか。こんなところで死ぬのはありえませんし」
六花と紫苑のライトニングボルテックスは全てのキメラを滅ぼし、コウリュウをも飲み込んだのだがキメラの魔法防御が相当に高かったため、コウリュウに届くときには随分と威力を減じていた。それでもコウリュウの防具はボロボロになっており、あと一息だったことが窺える。
「世の中自分の思った通りにはなかなかいかないものさ」
「なに!?」
「逃がすわけないだろっ!」
迫る魔法を防ぐために自分の目の前に大きく強いキメラを配置したことが裏目に出たといったところか。
六花と紫苑の魔法により絶命したコウリュウ前のキメラが崩れ落ちるまでの間に、彰弘はコウリュウの背後へと周ったのである。
魂喰いの冷たく白い光を纏う刃がコウリュウを上下に分断した。
「何故、自分のところにって顔だな? 単純なことだ。向こうよりお前を逃すことの方が危険だと判断したからさ。……事実だろ」
「く……そっ」
「確実にここで消しさっておく『浄火』」
最後の会話の後、アンデッド化や黄泉返りを防ぐために本来なら神官しか使えないはずの神の奇跡を彰弘が使う。
本来なら魂が迷わず世界に還るようにという意味もあるものであるが、今の彰弘にその気持ちはなかった。
フウリュウたちとの舌戦の内容からだけでも彰弘にとっては受け入れがたい存在だったというわけである。
「さて、あっちはどうなった」
コウリュウの遺体が燃え尽きるのを横目で見つつ、彰弘はポルヌアが向かった先へ顔を向けるのであった。
アイスウォールは辛うじて迫りくる魔法を防いでいたが、ヒョウリュウの背を冷たい汗が流れる。
迫りくる魔法とヒョウリュウの間にいたゴーレムの数は二十体ほどだ。その全てが斬裂かれ役に立たないものとなっている。
確かにヒョウリュウたちのゴーレムは魔鋼を主として造られているため、ミスリルに比べたら魔法に対する防御力は低いが、それでも生半可な魔法では傷はついても動かなくなるほどの損傷を受けることはないはずだ。
それが、瑞穂と香澄が放ったストームボルテックスに触れたゴーレムは例外なく斬り裂かれており、直撃を受けたものはガラクタ同然の姿となっていた。
ゴーレムが魔法の威力を削いでくれていなかったら、ヒョウリュウのアイスウォールは容易に砕かれ、その後ろにいた彼女の生命も今頃なかっただろう。
「この短期間でここまで実力を上げたっていうの? 冗談じゃないわ」
膝を着き魔石で魔力を回復している四人をヒョウリュウが睨みつける。
ヒョウリュウは初めて瑞穂や香澄と遭遇したときに比べて相当に力を増していた。
それはコウリュウの実験によるものであったが、目的のために必要だったから邪道であり嫌悪感もあったが受け入れることができていたのだ。
しかし視線の先にいる四人は、ヒョウリュウを凌ぐ力を得ていた。
「なぜ!?」
「そりゃ、あの四人が努力したからでしょ。勿論、才能もあったと思うけどね」
「!? ゴーレム!」
いつの間にか接近していたポルヌアに焦りつつ、ヒョウリュウはゴーレムを動かす。
擬魂を与えられたゴーレムは、ヒョウリュウの意図を読み取り彼女からポルヌアを離すように攻撃していく。
「素材自体は悪くないけど動きが雑。中途半端に人と同じ動きだから読みやすいわ」
「誰よ、あなた」
「誰と言われてもね。わたしはわたしでしかないわ。アキヒロに迷惑かけまくっちゃったから、それを返したい存在ってところかしら」
「意味分からないことを!」
「そのままの意味なんだけどね」
攻撃してくるゴーレムを壊しながらポルヌアはヒョウリュウとの会話を続ける。
そうこうしている内にも状況は変わっていく。
「まあ、それはもう気にしなくても良いんだがな」
「そういうわけにはいかないでしょ」
彰弘がポルヌアの隣に並ぶ。
そのことにヒョウリュウはハッとして、コウリュウがいた方に目を向けた。
「もう殺して『浄火』した」
ヒョウリュウが驚愕の顔で振り向くが、彰弘の表情は別段なんの変化もない。
コウリュウがどんな隠し玉を持っているか分からなかったし、生かしておく必要がないと断じたのだから、おかしなことではない。
「ついでに教えてやるよ。もうお前ひとりだぞ」
「なにを言って……う、そ、でしょ」
「見た通りだ」
「降伏するなら助ける選択肢もある、と言いうところだけど……ヒョウリュウ」
彰弘とポルヌアの後ろからフウリュウが近づき、自分以外が全滅という驚きのあまり見開いた目そのままでヒョウリュウは声の主へと顔を向ける。
組織の起こりはシンリュウにフウリュウとヒョウリュウから始まった。
だから、フウリュウからしたら未だ情のようなものがヒョウリュウには残っていたのだが、その情を向けられている彼女にそれはなかったようだ。
表情を怒りに染めて声を荒げる。
「冗談じゃないわ! 裏切者が何を言うのよ!」
「残念だよ。さようなら、アマネーゼ・レイフル」
「な!? フウリュウ待ちなさ……え?」
自分の本当の名を告げた後に踵を返すフウリュウに向けヒョウリュウが何かを言おうとして、彼女は腹部に起こった熱と首に感じた冷気に疑問の音を漏らす。
そしてそれがヒョウリュウが口から出した最後の音となった。
「後味が良いものじゃないね」
「やらなかったら、どうなるか分からないし。多分、良いことにはなんなかったと思うよ」
魔法で麗装状態となった香澄が首から顔にかけて凍って落ちた頭を一瞥して呟く。
それに血が付いた剣を引き抜いた瑞穂が麗装を解除しながら応える。
彰弘とポルヌアが残敵の処理をしている間に回復した瑞穂と香澄はフウリュウと会話をしていた。
その内容はヒョウリュウをどうするかだ。
結果、ヒョウリュウの死亡が確定した。
「まったく」
ヒョウリュウの死体を見る瑞穂と香澄に近づいた彰弘は、二人の肩に手を置き無言で優しく微笑む。
戦った結果、相手を殺したのならまだ多少は気持ち的に楽かもしれないが、今回は不意打ちだった。そんな状態の瑞穂と香澄に向ける適切な言葉なんてあるのか分からないが、何もしないわけにもいかない。だから彰弘は二人を受け入れていることを示すための行動だけをしたのだった。
戦闘から一時間ほどが経過し現場の処理は終わった。
破壊したゴーレムは彰弘が一時的にマジックバングルへ収納した。残された擬魂がどのような影響を及ぼすのか分からないため、最終的にはメアルリア教へと対処を頼むつもりである。
ヒョウリュウの遺体とキメラの死体については、彰弘が全て『浄火』で送った。
キメラはともかく、ヒョウリュウについてはアンデッドになられては困るという理由もあったが、やはり人情として粗雑にはできなかったのである。
ともかく、遭遇戦はこのような決着となったのであった。
お読みいただきありがとございます。
前話の一部分をちょこっと修正しています。
過去投稿分の内容との矛盾を見つけたので、それを修正
志願者以外にも実験に使っていたということの修正
修正前)キメラ実験に関わった人種は全て志願者となっている。
修正後)キメラ実験も同様だが、こちらは復讐のために強くなろうと考えた組織の志願者もいた事実がある。




