6-19.【国境検問所】
前話あらすじ
彰弘たちは皇都サガを後にし、メアルリア教の総本山アルフィスへ向かうのだった。
そこにある川の流れはそれほど急ではない。しかし水深が最も深いところは雨などが降らないときでも十メートル弱あり、川幅も目視できる範囲は最低でも五十メートルはある。そんな川に石材を用いて造られた橋が一本かけられており、その両端にはそれぞれ似たような堅牢と分かる大きい建物が建っていた。
川の名はファレス川と言い、ライズサンク皇国とアルフィスを分ける国境の一部を示している。そして橋の両端に建つ建物は両国それぞれの国境検問所であった。
彰弘たちはこの場所にある国境検問所を通ってアルフィスを訪れようとしていた。
なお、両国の国境検問所は全部で三か所にあるが、そこを通らなくても両国を行き来することは一応できる。できるが、当然と言うべきか国境検問所があるところ以外を通り他国へ行くと見つかれば犯罪者として捕まる可能性があった。また国境検問所とそこに繋がる街道は定期的に魔物の間引きをしていることもあり比較的安全ではあるが、それ以外の国境付近は山と谷のみで通行には適しておらず、またそこに生息する魔物も相応に強い。多少腕に自信がある程度では、国境を越えられずにあの世行きである。
ともかく、特に後ろめたいことのない彰弘たちは、素直に国境検問所を通ってアルフィスへ向かう選択をしたのであった。
ライズサンク皇国側の国境検問所まで後少しというところに彰弘たち一行の姿があった。
現在、彼らは全員が徒歩――小さくなったガルドは彰弘の肩の上だが――である。
特に天候が悪いわけでもないし、移動の間中ずっと座っているのは苦痛だということで、全員で歩いて移動しているのであった。
さてそんな一行の話題は国境越えについてである。
「歩いて国境越えをするとは思わなかったー」
「同感。あたしたちが行ったことあるのハワイくらいだもんねー」
「うん。国境を越えるってことを意識する感じじゃなかったかな?」
実際のところ、今いる彰弘たち一行の中で国境を陸路を使って越えたことがあるのはウェスターとガルドだけである。前者は兵士時代の遠征のときに、後者は遥か昔に鉱石やらを食べつつ、いつの間にかであった。
まあ、竜種であるガルドに人種の国境が意味あるのかといえば、彼自身には全く関係ないことであるが。
なお、六花、紫苑、瑞穂、香澄の四人は外国へ行ったことはあれど、陸路の国境越え経験はない。クリスティーヌとエレオノーラは国外へと出たことがなかった。
ちなみに彰弘は外国へ行ったことはない。
「(確か島国であったか)」
「(ああ。ついでに言うと海外に行く気もなかったし、実際行ったこともなかったから何気に初の外国……いやいや、世界の融合で既に国内外を行き来しているのか?)」
「(まあ、国境越えどころか世界越えと言えるのう。主のみならず皆もの)」
自覚がないだけで彰弘たち含む、今この宇宙に住む人々は全員が無意識の内に国境越えをしたと同義であった。
などなど、そんな国境越えについて話をしながら歩いていた彰弘たちは、やがてライズサンク皇国の国境検問所前へと辿り着く。
「小さな城砦って感じだな」
足を止め、国境検問所の建物を見上げた彰弘が呟く。
国境検問所の形は様々である。小さな街のようなところもあれば、そのまま城砦が国境検問所となっているところもある。また一般的な城砦とまではいかずとも、それに近い機能を持つ堅牢な建物のみの場合もあった。
「向こうはアルフィスですしね。まあでも、魔物はいるので最低でもこの程度はないと周辺の安全を確保することはできませんから、この程度の規模は必要です」
彰弘の声に応えたのはウェスターだ。他の面々は初めての国境検問所ということで、そこにある建物を見ている。
彰弘たちが到着したライズサンク皇国の国境検問所は、接している国がアルフィスという過去一度も争ったことのない――小規模な戦いさえない――ことから堅牢な建物のみがあるところであった。
ただ、アルフィスからの脅威はほぼないとはいえ、魔物の脅威は無視できないものがある。そのため、国境検問所となっている建物は、魔物討伐に必要な兵士や検問所を運営する総合管理庁所属の職員などの常駐する者たちが生活するに十分な大きさと堅牢さをもっていた。それだけでなく、国境を越えようとする者たちがいるときに緊急事態が発生した場合に備え、その者たちを一定数保護するだけ空間も用意されていたりもする。
「ま、ともかく行こうか。いつまでもここで止まってたら不審がられるかもしれんしな」
「余程、挙動不審でなかれば大丈夫だと思いますが……いつまでもこのままでいる意味はないかもしれません」
「つーわけで行くぞ」
彰弘とウェスターが進むことの意思をお互いに確認し、残りの面々に声をかける。
こうして彰弘たち一行は国境検問所へと入っていくのであった。
国境検問所前で警備をしている兵士に身分証を見せ、問題がないことを確認してもらってから彰弘たちは敷地内へと入る。
お約束のように称号で驚かれるが、彰弘たちは流石にもう慣れたもの。必殺の曖昧な笑みで身分証を受け取りその場を後にして建物内を進んでいく。
ちなみに警備の兵士も素人ではなく心得たもので、必要以上に彰弘たちへ干渉することはなかった。
ともかく、彰弘たちは建物内を進む。そして、橋側へ通じる出口の少し手前で、国境を越えるための手続きを行うために、椅子に座り何やら書き物をしている職員へと声をかけた。
「入口でここで出国の手続きをしてもらえると聞きましたが、間違いはないですか?」
「はい、間違いありません。それでは、全員分の身分証を提示願います」
入るときと出るときで別々の確認があるのかと思いつつ、別に拒否する理由もないので、彰弘たちは素直に身分証を差し出す。すると声を出した職員とは別の職員が受け取り、少し離れたところへと身分証を運んで行った。
「では、アルフィスへ行く理由をお聞かせください」
身分証を受け取った職員が、その確認を行う間に問答で不審なところがないかを行う。
「目的は家族探しと挨拶ですかね」
「家族探しですか?」
「ええ。地図によると、どうもメアルリアの総本山の東側に融合したみたいでして」
「なるほど。……ご家族が見つかると良いですね」
「ええ。ありがとうございます」
職員が彰弘へ返す言葉に少し詰まったのはわけがある。
ライズサンク皇国と隣接する三つの国、アルフィス、ノシェル公国、サシール公国には日本の土地だった場所が少なからず存在していた。そのため、この四つの国は世界の融合で生き別れとなっている家族などの人探しにおいて協力関係を結んでいたのである。
つまり、世界が融合してから既に五年の月日が経っている中で、未だに連絡さえ取れないのは致命的であると考えられたので職員は僅かに声を詰まらせたのであった。
なら、この職員の後の言葉は気休めかといえば、そうとも言い切れない。
なぜなら連絡が取れなかったとしても、それが即生きていないということにはならない。人探しの届け出は任意であるし、もし国が把握していない集落などで生活をしていたら、人探しを各国の総合管理庁が行っていることを知らない可能性もあったからだ。
このような理由により、この職員の言葉は気休めではなく心からの言葉であった。
「それでは、もう一つ。挨拶とは?」
「ああ、それは私の称号を見てもらえれば分かると思います。丁度戻ってきたようですし」
彰弘の視線の先には、先ほど身分証を受け取った職員がこちらへと戻ってくることろであった。
「特に問題はなかったぞ。あえて言うなら、ありえない加護率くらいだ。まあ、通して問題はないだろう」
身分証を机の上に置いたその職員は、彰弘と話していた職員にそう告げると、別の仕事があるのだろう、先ほどまでいた場所へと戻っていった。
そんな同僚を見送りつつ、彰弘と話していた職員は彰弘たちの身分証を確認しつつ、驚きながらも出国の手続きを行っていく。
「確かにこの加護率は普通じゃないかもしれませんね。それそれとして挨拶、ですか。目的地は総本山ですか」
「女神様が私の何を気に入ったのかは分かりませんが……一応一回くらいは顔を出しておくべきかと思いまして」
「他はともかく、メアルリア教だったら、そこは気にしなくても大丈夫だとは思いますが……まあでも、確かに一般常識的に考えたら一度くらいは挨拶するべきかもしれませんね」
若干の苦笑を見せる彰弘に、こちらはどういう表情をすべきか困りつつも軽い笑みを職員が浮かべる。
メアルリア教の信徒は問題ないにしても、世間体というものがあるので挨拶くらいはしておいた方が何かと今後を見据えると良いだろうということだ。
なお、彰弘がメアルリア教の総本山に行く本当の目的は、そこの一柱である破壊神アンヌより散々はぐらかされている真実を聞き出すためなのだが、それはわざわざ言う必要はないだろう。
別に挨拶をしようと思ったことは嘘ではないので、まあ問題はない。
「世間体ってのは意外と馬鹿にならないもんでしてねえ」
「分からなくもないですね。さて、とりあえず目的も聞けましたし、身分証の確認も問題ありませんでした。まずは身分証をお返しします」
目の前の職員が差し出してきた自分たちの身分証を彰弘は受け取ると、上半身を捻り後ろで待機していたパーティーメンバーへと自分の物以外の身分証を手渡す。そして、再度職員へと身体を向けた。
「後はこちらを。持って行って、アルフィスの国境検問所職員へ渡してください」
「これは?」
「出国の証明については、あなたたちの身分証に登録していますが、管理の都合上、他国とのやり取りはこの出国許可書類が必要なのです」
「そういうことでしたら」
管理の都合上ってのはなんだろうなと思いつつも、彰弘は出国許可書類を受け取る。
この世界では魔導具により、戸籍管理などをデータベースで行っている。そして定期的にバックアップを取っているのだが、そのバックアップにはそこそこの時間と相当な費用が掛かるのだ。つまりそう頻繁にバックアップを取ることができないので、紙の書類で情報消失を防いでいるのである。
「それでは、出国手続きはこれにて完了となります。もう行かれますか? 一応、ここで一晩休んでから、翌朝出発ということも今ならできますが」
「いや、まだ昼を少し過ぎた程度なんで出発しようかと思います」
「そうですが。それではお気をつけて」
彰弘が立ち上がると、目の前の職員も席を立つ。そしてその職員は机の上に置かれたスイッチのようなものを押し込んだ。
「おお!?」
彰弘が思わず声を出し、他のパーティーメンバーも驚きの表情を浮かべた。
元地球では珍しくもないし、ダンジョンや古代遺跡では見つかることもある仕掛けであったが、それ以外で見かけた記憶のない装置である。
彰弘たちが驚くのも無理はない。
「セキュリティー的に良い装置だと思ってます。まあ、それはそれとしまして、家族が見つかることを祈っています。ではお気をつけて」
職員は机の向こう側で彰弘たちに軽く頭を下げた。
それに彰弘は感謝の言葉を返してから、自身のパーティーメンバーを振り返る。
そして一言出発の合図をした後、おもむろに歩き出すのであった。
ちなみに国境検問所の職員へポルヌアのことはゴーレムと伝えている。嘘偽りないから問題はないのだ。全てを伝えたわけではないが。
お読みいただき、ありがとございます。
二〇二〇年 四月十一日 二十二時二十二分 追記
一番最後のポルヌアもいたことを追記
ちなみに国境検問所の職員へポルヌアのことはゴーレムと伝えている。嘘偽りないから問題はないのだ。全てを伝えたわけではないが。




