6-15.【クランベへ】
前話あらすじ
決闘決着。
ライズサンク皇国の皇都であるサガで行われていた大闘技会は、これまでにないほどの盛り上がりを見せ大好評のうちに閉会式を終えている。
参加人数は世界融合前最後の大闘技会よりも少なかった。しかし、世界の融合という大事を乗り越えた後の初開催であり、また一人の女を巡っての決闘などという要素もあり、今大会は歴代最高の盛り上がりを見せたのである。
そんな大闘技会の余韻がまだ残る、閉会式から一晩経った翌日。彰弘の姿は皇都サガの南西門から延びる街道を進んでいた。皇都サガの西南西に三日ほど進んだ距離にあるクランベという街に弟がいるという情報を総合管理庁で聞き、これから彰弘は会いに行くのである。
さて、その目的で皇都サガを出発した彰弘とともにいるのは、六花に紫音と瑞穂に香澄、それからクリスティーヌとエレオノール。それから獣車の車体を引く輝亀竜のガルドと、ゴーレムの身体を得たポルヌアだ。残りのパーティーメンバーは、それぞれの用事をするため、皇都サガに残っていた。
なお、クランベで弟と会った後、彰弘は残る家族を探すためにメアルリア教の総本山であるアルフィス方面に向かうのだが、それに同行するのは今いるメンバーに、ウェスターとアカリが加わるのみである。ルクレーシャたち四人は、不在にしていた期間の穴埋めを実家ですることになっていた。
ちなみにルクレーシャたちのする穴埋めとは、溺愛されることである。
彰弘たちの歩みは順調だ。街道であるから魔物は滅多にでないし、皇都サガの近くということで野盗の類も姿を見せない。
さて、そんな彰弘たちの道中の暇つぶしは会話である。そしてその会話内容は主に三つであった。
一つは昨日まで皇都サガで行われていた大闘技会についてだ。大闘技会そのものについてもだが、何よりウェスターのことである。
ウェスターは決闘のことがあり参加したようなものだ。だが、折角いろいろな強者と戦える機会なので大会を棄権することなく参加を続け、見事準決勝にまで進んでいた。しかし、流石というべきか、予選を免除された者も予選を勝ち上がってきた者も誰一人として弱い者はいない。準決勝の相手もランクBの冒険者という強者で、ウェスターは惜しくも敗れてしまっていた。
ちなみに世界融合後初の大闘技会の優勝者はウェスターを破り決勝に進んだ、このランクB冒険者である。
続いて二つ目の会話内容だが、これは今街道を進んでいる目的についてであった。
クランベというのがどんな街なのかというのもあるが、彰弘の弟というのがどのような人物なのかという話題である。
彰弘の弟のことを少し説明しよう。彰弘はどちらかといえば父親似だが、弟の方は母親似の顔をしており細身で静かな印象である。名を圭司といい、二十五歳のときに千里という女と結婚し、世界融合当時で二児の父親となっていた。それぞれの年齢は世界融合当時で圭司と千里が三十三歳。息子の直哉が六歳で娘の理沙が三歳だ。
さて、そんな彰弘の弟の話題から派生したのが三つ目の話題である。
彰弘から聞いて彼の弟が結婚しているということを知った六花たちは、俄然自分たちの結婚というものに考えが向いた。そして自分たちはどうすべきかと話し合うのだ。
無論、この話題に彰弘は入っていかない。今はまだこの件に関して彼女たちと積極的に話す時期じゃないと彰弘は考えていたからだ。
別に彰弘は六花たちを嫌っているわけではなく好ましく思ってはいるが、親子ほどの年齢差があるのだから躊躇いは出てくる。決してヘタレたわけでも、藪蛇を警戒したわけではない。
だから彰弘はこれ関係の話題には入っていかず傍観し、成り行きに任せることにしていた。
「そういうものなのかしら?」
「アキヒロ様の言い分も分からないではありません。諸々の情報に鑑みまして、一般的とは言えませんので」
「一般的とは言えないのに周りで止めようとするのは領主様くらいってどうなってんのかね」
ガルドに引かれる車の中で彰弘攻略作戦を練る六花たちの会話が僅かに漏れ出てくるのを気にしないようにしつつ、彰弘は自分を挟んで座るポルヌアとエレオノール相手に話をする。
「一般的ではなくても、問題がないからですね。あえて問題というなら年齢ですが……それも大きな問題とはならないでしょう。今の世界となって改めて周知されましたが、強くなればそれだけ寿命も延びます。アキヒロ様ほどの強さとなれば、九十くらいまででしょうか。それくらいまでは今の状態を維持できると思われます。寿命はそれに加えて二十年といったところかと」
「面白い世界よね。……寿命かあ。そういえば、あなたの御主人様は大丈夫なの? あの中だと一段か二段くらいは弱い気がするんだけど」
今の世界は元リルヴァーナの理が多く適用されているといえる。
寿命に関してもそうで、何もない一般人であれば元の地球とほとんど変わらないが、戦いを生業とする者たちについては、その強さが寿命に直結している。
魔物を殺し魔素を吸収すると強くなれ、そして理由は判明していないが強さに応じて老化現象が止まるのだ。更にある程度の若返り現象も起こるのが、今の世界である。
「お嬢様については皆様にご相談済です。今回の一件が終わりグラスウェルへ戻ったら、強化期間と銘打って魔物狩りを行う予定でいます」
「聞いてねーぞ、おい」
「好きな人と一緒にいられるようにする努力は知られたくない……と、言ってしまいましたか。申し訳ありませんが、知らない振りをお願いいたします」
「今、絶対わざと話したでしょ」
「気のせいですよ、ポルヌア様」
「……」
クリスティーヌが彰弘に知られたくないと思っているのは事実であるし、それを知った六花たちが彰弘に知られないようにしているのも事実であった。
エレオノールが口を滑らせたように見せかけて、この場で話したのは、それだけクリスティーヌが本気であると彰弘に伝えるためである。
エレオノールは自分の主であるクリスティーヌが幸せになれて、自分も幸せになれるのならば、多少主の考えから外れた行動をしても良いと考えているのであった。
「仕方ねえな。知らない振りはするが、無茶や無理なことをやりそうだったら止めろよ?」
「勿論、心得ております。他に協力者もおりますので」
「なんか無茶とか無理をやりそうな雰囲気なんだが」
「それは気のせいでございます。私の力では何かあったときに止められませんので、竜の翼の皆様にお願いをした次第であります」
「はあ、後でセイルたちに言っておくか」
竜の翼は彰弘が一番最初に出会った冒険者パーティーで、彼含め六花たちも何かと世話になっている。パーティーメンバーにメアルリア教の高位司祭となったミリアがいることもあり、エレオノールが協力を仰いだのも正しい判断である。
「あなたも大変ね。わたしのこと含めてだけど」
「まあ、大変ではあるが、迷惑しているわけじゃないからな。まだまだ余裕で許容範囲内だ」
未だに自分が顕現してしまったことに負い目を感じている様子のポルヌアの頭を、彰弘がぽんぽんと軽く叩く。
その様子を見て、エレオノールはこの包容力を感じる雰囲気と弱さを見せない態度が要因なのでしょうかと考えた。
ちなみにエレオノールの好みは少し精神的に弱い異性である。
「もうっ。それはそれとして今日はそろそろ休むのかしら?」
「そうだな。ちょっと六花たちに伝えてくれるか?」
「畏まりました」
ポルヌアの言葉で空を見た彰弘は少し考え、夜営の準備を始めることに決めた。
夕方までまだ少し先であるが、無理矢理に先へ進まなければならない状況ではないのだから、余裕を持った行動をするべきなのであった。
皇都サガを出て三日目の昼前。彰弘たちはクランベの北門前へと到着した。
元々クランベは南にあるシルミルという港町で獲れた魚介類をサガへと輸送するための小規模中継拠点である。それが年月をかけて発展し中継拠点の機能はそのままに農業が発展。そこに他にも産業をと、時の代官が考え平民が良く使う魔導具を生産する拠点の一つとしても発展していったのが今のクランベである。
「着いたな」
「おおー。ここに弟さんが」
「ここに義弟さんいるんだねー」
「どのような人なのでしょうか」
「わたしたちの義弟になる人……緊張します」
「はい。でもしっかり挨拶して弟さんにも認めてもらう必要があります」
クランベという街についての感想はなかった。あるのは、彰弘の弟についてだけである。
まあ、クランベというところは中継拠点や農業地帯などで、そこそこ重要な街ではあるが、特別広かったり防壁が高いというわけではなく、見た目は普通であるから仕方ないと言えば仕方ない。
「何ていうか、隠さなくなってきたわね」
「追い込み……でしょうか」
「……とりあえず手続きだ」
六花たち五人の言葉と、それを聞いたポルヌアとエレオノールの言葉。
その双方の言葉を彰弘は若干の沈黙の後で無視して、今やるべきことを口にした。
六花たちが弟にあってどんな反応を示すのか少々の不安を覚えたし、また弟側が六花たちを見てどんな反応を見せるのかも予想できないが、とりあえず彰弘としては成り行きに任せるしかない。
「まあ、あれね。わたしは静かにしているわ」
「そりゃどーも」
苦笑気味の表情のまま普通のゴーレムのようになったポルヌアに、同じような表情で彰弘が応える。
ポルヌアの見た目は、どう贔屓目に見ても十代前半の少女。静かにしていたところでどれだけの効果があるのかは不明である。だからこそ、双方ともに苦笑気味の表情であった。
ともかく、彰弘は弟が暮らしているという情報のあったクランベへと辿り着いたのである。
お読みいただき、ありがとうございます。
遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
今年は自分の時間が多くつくれるといいなと思いつつ、また。