6-14.【決闘】
前話あらすじ
彰弘とウェスターが冒険者ギルドでゼファーと会っていたころ。
バルス侯爵家では、大闘技会中に行われる決闘に関することが話し合われていた。
世界が融合して凡そ五年が経過し、ある程度ではあるが状況が落ち着き余裕が見えてきたライズサンク皇国で、随分と久しぶりとなる大闘技会が行われている。
そしてそんな大闘技会が開催されている皇都サガは、世界融合後で一番の盛り上がりを見せていた。
盛り上がりの理由は簡単だ。本日からは予選を勝ち抜いた者たちや、それまでの功績などにより予選を免除された実力者たちによる大闘技会の本戦が今日から始まるからである。
無論、予選期間も賑わっていたことは、ここに追記しておく。
さて、皇都サガの賑わいはそれとして、大闘技会とは何かを少し説明しておく。
大闘技会はサンク王国――ライズサンク皇国の前身は日本国とサンク王国――で五年に一度開催されていた、戦闘を生業としている人たちによる競技大会である。
元々、人材発掘が目的でサンク王国では闘技会というものが年に一度開催されていたが、その性質上、当初の闘技会は王族や貴族などの軍に関係する者たちのみが観戦するに留まっていた。しかし、あるとき観戦していた王族の一人が収益化の可能性に気がついたのである。
人材発掘を目的とした闘技会は、その王族の気づきが切っ掛けで、本来の目的も内包しつつ収益化の方向へ変化していった。観客を入れるようになり、賭け事も許容し、と衆人の娯楽の一部としていったのである。
収益化の方向へ進んだ闘技会は、やがて関わる者たちの意向もあり規模を拡大させていき、国内だけでなく国外からも実力者が闘技会へ出場してくるようになった。
ただ、サンク王国が在ったリルヴァーナは、地球とは少々違う発展を遂げた世界であり、インフラストラクチャーの交通関係が移動速度という面で発展していなかった。そのため、遠方からの参加者へ配慮し年に一度の闘技会はそのままに、新たに五年に一度の大闘技会という場を整えたのである。
国などは有能な人材を雇用するためと財政補助。参加者は名誉や優れた雇用先を求めて。衆人は娯楽として。様々な意図を内包し、それらを完璧にではないものの、ある程度満たすことのできるのが闘技会であり、その拡大版であるのが大闘技会なのである。
そんな大闘技会本戦の会場は、皇都サガでも最大規模の闘技場だ。
闘技場の外観は別段珍しいものではなく背の低い円筒状である。内部も一般的なもので、縦横五十メートルに整えられた舞台を囲むようにすり鉢状の観覧席が設けられていた。
舞台と観覧席の間は十メートル。観覧席は最前列が一番低く地上四メートルで最後列はそれよりも三メートルほど高い。そんな観覧席の下は出場者の控室や救護室、運営事務所などが入っている。
さて、そんな闘技場の観覧席最前列の一か所に何故か彰弘たちはいた。
闘技会が開催されてから皇都サガに到着した彼らは舞台から最も離れた立見席ならいざ知らず、普通なら今の位置に座ることはできない。なぜなら、予選はともかく本戦、しかも戦いを観るに最も良い最前列であるので、大闘技会開催日程が発表され入場券が売りに出された直後に売り切れてしまうからだ。
そんな状況であるのに彰弘たちが今の場所にいるのは、メアルリア教がその場所の入場券を確保していたからである。
大闘技会の開催が確定したのはガイエル領で大討伐が行われた後であった。またメアルリア教がウェスターの事情を把握し、それに彰弘が関わることを知ったのも大闘技会本戦の入場券が発売される前である。そこに気を利かせたどこぞの女神がちょろっと神託ったりした結果、彰弘のパーティー全員プラスα分の席をメアルリア教が確保するに至ったのだ。
だからこそ彰弘たち一行は、舞台から一番離れた立見席ではなく、メアルリア教の信徒に囲まれた状態ではあるが観覧席の最も人気の場所の一つに座っているのであった。
なお、ウェスターとバルが決闘することになった要因のミーナ嬢も両親とともにこの場に足を運んでいる。彼女たちは皇族や貴族のために用意されている一般席とは別の必要であろう設備が整った貴賓席にて今回の決闘を見守っていた。
「この説明はちと恥ずかしいな」
実況席から流れる本戦第一回戦第一試合を戦う両者の説明を聞きながら、眼下の舞台上を見ていた彰弘苦笑染みた表情を見せる。
既に本戦開催式は終わっており、観覧席に囲まれた舞台上にいるのは、これから戦う二人と審判を務める者だけである。今は実況席に座る者から、その戦う両者の説明が行われている最中だ。無論、両者の間柄や決闘についてまでもである。
なお、開催式はシンプルであった。天皇陛下のお言葉があり、本戦の流れと注意事項が改めて説明されるだけだ。
ちなみに今さらだが、ライズサンク皇国は制限君主制である。
さて、これから行われるのは本戦第一回戦第一試合である。
彰弘たちから見て、左手側には身の丈ほどもある大剣を片手で持ち肩に預けるウェスターがいて、一方の右手側には片手用の長剣と丸盾を構えるバルス姓を名乗ることができなくなったバルがいた。
通常、本戦の第一回戦というのは、予選を勝ち抜いてきた者と実力や実績などにより予選を免除された者が戦うが、世界融合後初の大闘技会本戦第一回戦第一試合はウェスターとバル双方が予選免除者であった。
メアルリア教が正式認定した決闘を国も認めた結果、大闘技会本戦が戦う場として選ばれたから例外的に予選免除者同士の第一回戦となったのである。
「そういえば、バルスを名乗れなくなったあいつの姓ってどうなるんだ?」
できれば他人には聞かれたくないんじゃないかというようなウェスターとバルが決闘することになった経緯を話す実況者の声が続く中、ふと試合内容には全く関係ない疑問が浮かんだ彰弘が誰にというわけでもなく尋ねた。
それに答えたのは運良く最前列近くで観戦することができるようになったルストである。彰弘の知り合いであったことに加え、メアルリア教が確保していた入場券に余裕があったので、ゼファーともども最前列近くで観戦することになったのだ。
「今はラーデイムネイション姓ですね。一部分を除いてバル兄上……元兄上は、優秀であることには間違いありません。兵を率いた魔物討伐の功績で騎士爵位を賜っていましたよ。ああ、もし騎士爵となってなかったら、元々の姓に『劣る』てのが付いてバルスアボリションを名乗ることになってました」
「姓がなくなるってことはないのか」
「できる限り避けたい姓になりますけど、一応は」
「確かに名乗りたくはないわな」
初対面のときに比べたら丁寧な言葉遣いをするルストだが、それを気にせず彰弘は言葉を交わす。
二人が知り合った切っ掛けは、香澄と交際したいルストが瑞穂の提案により彰弘と決闘紛いを行うはめになったことにある。まあ、その後、何だかんだで普通の知り合い程度にはなっているが。
「……一歩、間違えればお前もバルスアボリションになってた可能性もあるわけか」
「いつかは言われると思ってましたけどね、こんちくしょう」
事情を知っている者は彰弘とルストの言葉に苦笑を浮かべる。
自分以外を好きである女を好きになり交際しようと――バルは強引に手に入れようと――して決闘、という流れはルストもバルも似たようなものであった。ただ、そこに至るまでの経緯が違う。
ルストは少なくとも必要以上に対象である香澄に負荷をかけていないし、香澄が好きな相手である彰弘に余計な手出しをしていない。一方のバルは対象のミーナが体調を崩し一年間を療養しなければならないほどの負荷を与え、ウェスターが家族ともども皇都から引っ越さなければならない状況へと追い込んでいた。
ルストの場合は苦笑されるだけで済む程度であったが、バルの場合はそうではない。
「ま、冗談は置いといて。そろそろ集中しようか」
「はじまりますね」
彰弘が笑みを消して舞台へと目を向ける。
これから戦う二人の説明が終わり、闘技場を僅かな間だけ静寂が包む。
そして数秒後。
「ライズサンク皇国、大闘技会本戦! 第一回戦第一試合! バル・ラーデムネイション対ウェスター・グラスフェルト! 決闘開始っ!」
静寂を破り実況者の声が闘技場に響くのだった。
◇
戦う両者の説明が闘技場に流れるなか、ウェスターは五メートルほど先にいる決闘相手であるバルを静かに見据えていた。
自分や家族、なによりミーナのことを考えたら、バルを赦す気持ちを持てるものではない。少なくともこの場で叩きのめしても、万が一殺してしまっても何の呵責も覚えないとウェスターは断言できる。
そんな中、バルの蛮行があったからこそ、今の恩恵があるともウェスターは認識していた。
バルにより王都から出ていく以外に方法はない状況に追い込まれたからこそ、グラスウェルで冒険者することになり、そこでの交友関係が築けたし、自分が想像するよりも強くなれたのである。兵士のままでも当時よりも強くなれただろうが、それは少なくとも今の自分には遠く及ばないだろうと想像できた。グラスウェルで冒険者をやってたからこそ、深遠の樹海で普通なら考えられないような魔物狩りを行えたのだし、ダンジョン関係についても兵士のままだったら、恐らくできなかったことだからだ。
またミーナに対する自分の感情に気が付けたのも王都から出るはめになったからだと思えた。年齢や身分などもあり、兵士のときは自分の中にあるのが恋愛感情であることに気が付きはしなかったのだが、グラスウェルでの交友関係の中に、若干常識から外れた人物たちがいたことで精神的に多少の障害となるようなものを乗り越えられたのだ。そのことがあり、ミーナと再会したウェスターは彼女を抱きしめたときにはっきりと自分の感情理解できたのである。
「貴様程度が私に決闘とはな。だが都合が良い。これで私は何者も邪魔されることなくミーナを手に入れることができる」
「そんなことさせるわけがないでしょう。何のために鍛錬しこの場に立ったか。もう二度と彼女にあのような顔をさせることはしない」
「ふん。まあ精々頑張ると良い。どうあがいても、貴様が私に勝てる道理はないからな」
実況席から自分たちの説明がされる中で、ウェスターとバルは少しだけお互いに言葉を交わすも、それ以降は口を閉じ相手を見据える。
普段であれば恥ずかしさを覚える自分の説明も、今のウェスターには気にならない。それだけこの後の決闘に集中しているのだ。
そしてそれから少し、実況者の声が途切れた。
ウェスターの視線が貴賓席にいるミーナをちらりと見る。そこには心配そうに胸の前で両手を組んでいる彼女の姿があった。
「遊びはない」
バルへ視線を戻したウェスターが小声で呟く。
そして初撃に全てをかけるように体内の魔力を開放し細胞の一つ一つに行き渡るように巡らせ始めた。
「ライズサンク皇国、大闘技会本戦! 第一回戦第一試合! バル・ラーデムネイション対ウェスター・グラスフェルト! 決闘開始っ!」
そして直後に決闘の開始が宣言された。
実況の開始宣言とともにウェスターは体内に巡らせた魔力で最大限の身体強化を行う。
長期戦を考えていないどころか短期戦ですらない一撃に全てをかけるつもりである。
その証拠の一つとして、ウェスターの周囲が陽炎のように歪む。体内で普通に使える魔力を全開放し身体強化をしようしたため、使い切れなかった魔力が漏れ出ているのだ。
「貴様!?」
自分の勝ちを疑っていなかったバルだが、今のウェスターの姿に驚愕の声を出す。
だが、そこは一部分を除いては優れた能力を持っているバルだ。すぐさま自分も身体強化を施し丸盾を構え戦いに備える。
そんなバルへと、肩に乗せたままの大剣の柄を両手で握り込んだウェスターが、沈ませた身体を勢いよく跳ねさせ迫る。
「はぁぁああああっ!」
後のことを考えていないウェスターの突進はバルの想像を超えていた。
舞台に使われている頑丈な石材に亀裂を入れるほどの力で弾き出されたウェスターの身体は彼我の距離である五メートルを一瞬の内にゼロとする。そして右上から左下へ何の躊躇いもなく輝亀竜の甲羅を使って造られた大剣を振り下ろした。
「ぐっ!?」
ウェスターの攻撃を受けるバルは無能ではない。
自らの想像を超える動きをウェスターがしたとしても、即座にそれに対応するために態勢を整え丸盾を適切な角度で大剣の剣筋上に動かした。
だが、その行動は意味がなかったといえる。
バルの身体が丸盾に引きずられ喜劇のように真横へと弾かれ飛ぶ。一度だけ舞台上に落ちるも勢いがあったためにそこでは止まらず跳ね転がり続け、最終的には大闘技会の敗北条件の一つである場外落ちとなった。
「ふぅ」
バルの場外落ちを見届け、身体強化を解いたウェスターは息を吐き出す。
バルのことを赦すつもりもないし憎く思っているウェスターだったが、そんな相手を前にしても冷静であった。決闘は大闘技会で行われるということで、相手の降参か気絶、または場外落ちが勝利条件となっていることを忘れてはいなかったのだ。
だからウェスターは右上から左下へ振り下ろす大剣の力の方向を少しだけ前へと向けた。
「え? もう終わり? まだ何も実況してないのに……あ!? し、失礼しました。バル選手場外により、ウェスター選手の勝利です! 当然、決闘に関してもウェスター選手の勝ちとなります!」
時間にしたらものの十秒程度だ。実況が試合開始を告げてから、バルが場外に落ち試合が終了するまで十秒。
一般の観戦者には盛り上がりも何もない試合である。
だが、当然一定以上の実力者にとってはウェスターの実力も、それを防ごうとしたバルの力もなかなかに興味深いものであった。
ざわめき出した闘技場の中心でウェスターは大剣を背中に戻し貴賓席へと目を向け、天皇と皇配に向けて一度目の礼を示す。そして僅かに身体の向きを変え、一拍。
「ミーナ様、お待たせいたしました」
そう呟いてから、先ほどと同様にウェスターは頭を下げた。
その先にいるのはミーナである。彼女の顔には微笑みがあり目には涙が溜まっていた。当然、涙は悲しみなどの負の感情から出たものではない。ウェスターが勝ったことは勿論だが、彼が無事であったことがなによりも嬉しかったのだ。勿論、これから先、バルの脅威がなくなったことも理由ではあった。
ともかく、こうしてウェスターによるミーナの救出は無事に最良の結果を迎えたのである。
お読みいただき、ありがとうございます。
大分間が空きましたが、投稿できました。
そして今日のこれが今年最後の投稿となります。
今年もありがとうございました。
皆さん良い年末年始をお迎えください。
それではまた来年お会いしましょう。