6-12.【公然の秘密】
前話あらすじ
とりあえず、皇都サガでの宿泊先が決定した。
宿泊先決定後、彰弘は家族のことと例の組織について情報を仕入れに向かう。
その結果は、良くも悪くもなく、ほぼほぼ現状と変わらぬものであった。
ライズサンク皇国の皇都サガに彰弘たちが到着してから、既に五日間が経っていた。
五日間、彰弘たちが何をしていたかというと、挨拶と観光である。
前者は彰弘たちがというか彰弘がサガに居を構えるパーティーメンバーの親御に挨拶をしていた形だ。リーダーだからといってメンバーの親御に挨拶をしなければならないわけではないのだが、もてなしの準備をしてくれていると知らされては訪れないわけにはいかなかったのである。
後者に関しては言葉通りであった。この地の出身であるルクレーシャたちの案内で皇都の中心に建つ皇城や一千年を超える歴史を持つ神殿などの建物を見に行ったり、現在行われている大闘技会の予選会場を見学したりと、正に観光としか言えない行動をしていた。
つまり、彰弘たちは初めての皇都であるが特に問題となるようなこともなく、数日間を平穏無事に過ごしていたのである。
◇
「ある意味、今の状況は安らぎかもしれん」
皇都に着いてからの五日間は問題となるようなことはなかったが、精神的にはなかなか大変だったと、大通りを歩きながら彰弘は思い返していた。
冒険者ギルドへ自分たちの所在を知らせたり、様々なことの状況をメアルリア教の神殿で聞いたことについては彰弘も想定内であり問題はなかったが、ガイエル伯爵が皇都で活動するための別邸での歓待や、ルクレーシャら四家への挨拶は彼にとって気疲れするものであった。
何だかんだあり、グラスウェルでは貴族や元貴族であった者たちの相手をすることもある彰弘だが、初対面の貴族やその関係者相手というのは、どれだけ相手が友好的であっても気を遣う。
加えて言うならば今回の挨拶対象はメンバーの親御だ。それはつまり、四十を超えたおっさんが十代の可愛い娘を持つ親へ挨拶ということになる。結婚とかは全く関係ないものだとしても彰弘の精神的な負担がどれだけのものか想像できるだろう。
彰弘が思わず先の言葉を声に出したのも分からないではない。
ただ、その口にした内容は相手の受け取りかた次第で、いろいろと面倒になる可能性があった。だから彰弘の隣を歩くウェスターが苦笑しつつも注意を口にする。
「賑やかでも華やかでもないですし、後ろを付ける集団がいるわけでもないですので今は変に注目されることもありませんから、分からなくもないですけど……場合によっては大変なことになるかもしれませんよ」
自分が考えていたことと若干違う内容についてのウェスターの言葉であったが、彰弘はわざわざ訂正することなく話の流れに乗る。
親御への挨拶が精神的に負担であったとパーティーメンバーに知られるのは、今後のことを思えば良くないことになる可能性を考えたこともあるし、この程度の精神的負担は誰かに伝えるまでもなく自己消化できる範囲のことだからだ。
わざわざ自分以外に知らせる必要はない。だから彰弘は訂正せずに話を合わせ続けた。
「分かってるさ。まあでも大丈夫だろ。聞かれても護衛を付けるなら、そうと分からないようにしてくれと言うだけだからな」
「まあ、それもそうですか。あれはあれで護るということに関して効果的ではあるんですけどね」
彰弘の言葉に疑問を持たずにウェスターが昨日までの状況を思い出し、苦笑の度合いを深めた。
見目麗しい乙女の集団の中に三十代前後と四十代前後ほどの男が一人ずついるだけでも相当なのに、更に後方にはその集団の後を付ける別の集団がいた。他人の注目を集めないわけがない。
「抑止効果という意味では確かに効果はあるだろうな。ま、それは置いておこうか、目的地に着いたことだし」
「そうですね。さて、良い依頼があると良いですが」
「だな。ま、暇つぶしだから、なかったらなかったで模擬戦って手もあるが……できれば日帰りできて面白そうな依頼が良いな」
「贅沢な要望ですが、同意ではありますね」
二人が到着したのは皇都にある複数の冒険者ギルド建物の内の一つであった。
昨日まで挨拶だの観光だので個人的な自由時間はほとんどなかった二人だが、今日は特別な用事もないために、冒険者ギルドへ依頼を探しに来たのである。
自由時間に仕事をするという発想が普通ではない感じだが、グラスウェルを出てからひと月近く依頼などの仕事をしていないため、別に仕事中毒というわけではない。
ともあれ、ガルドを肩に乗せた彰弘はウェスターと話しながら、良い依頼が残っているとありがたいなどと考えながら冒険者ギルドへと入って行くのであった。
ちなみにウェスター以外のパーティーメンバーとゴーレムに宿ったポルヌア、それからヴェルン子爵の御息女であるミーナ嬢は、全員揃って今後のことについてという議題で女子会中である。
冒険者ギルドへと入った彰弘は依頼掲示板に向かい依頼を見ようとし、そこで見知った顔を見つけた。
彰弘が見つけた顔の人物は、十代後半の男でなかなかに精悍な顔つきで悪くない身体をしている。
「久しぶりだなゼファー。ここにいるってことは、大闘技会にでも出んのか?」
彰弘が声をかけたのはゼファーだ。
いきなりだったからか、ゼファーは警戒を顔に表して振り向いたが、その声が彰弘であると知り、表情から警戒の色を抜く。
彰弘とゼファーが初めて会ったのはグラスウェル魔法学園の卒業試験を兼ねた闘技会のときである。二人はそこでエキシビジョン的な催しで戦い、それが切っ掛けで学園卒業後も街中で会ったら挨拶を交わす程度には交流していた。
もっとも、ゼファーがグラスウェル魔法学園を卒業した年の夏前に活動拠点をクラツへと移してからは、両者が今日この日までが会うことはなかった。だからこその彰弘の言葉である。
ちなみにゼファーとウェスターは、グラスウェルで顔を合わせたことがあり、既に顔見知りの中であった。
「お久しぶりです。いえ、それは考えていませんでした。まあ、俺らが着いたときには、もう出場登録の受付も終わってましたので出たくても出れませんでしたけどね。とりあえず折角ですから大闘技会を観戦しようとは思っています」
「終わってたってことは……皇都に着いたのは昨日か」
「はい」
皇都サガで開催される大闘技会へは、期限までに登録すれば一部例外を除いて参加が可能である。ここで登録した者はバトルロイヤル形式の一次予選、トーナメント形式の二次予選を経て、トーナメント形式の本戦へと出場となる。
なお、本戦に出られるのは十六名で、ウェスターのように予選が免除される者は、毎回八名ほどだ。
ちなみに大闘技会への出場登録費用は一千ゴルドで、この金額は平民が一日で稼ぐ平均値である。
「随分と中途半端な時期に来たんですね。いえ、大闘技会の真っ最中ですから中途半端とは言えませんか。一次予選から観戦する人は多くないですし」
「元々は皇都に来る予定ではなかったんですよ。ただ最近はダンジョンばっかりだったんで気分転換でもするかと考えていたら、ルストのところに実家からの使いが来て、で、帰省する流れになったんです。俺はそれに付いてきた感じですね」
「ルストってことは……ちょっと座って話すか。どうも日帰りできる依頼で良さそうなのは残ってないみたいだし」
「時期的に関係がないとは思えませんね」
「ええーっと?」
ゼファーが皇都まで来た理由を聞いた彰弘とウェスターは話を続けるなら、場所を移動した方が良いだろうと考えた。
依頼掲示板の近くにはほとんど人はおらず、このまま話していても問題はなさそうだが、少々長い会話になりそうだったからだ。
「その様子じゃ何も知らないか。ゼファー、ルストから何か聞いていたりはしないか?」
「特には……いえ、多分一番上の兄の件じゃないかとは言ってましたね。貴族家のことだから気にしないようにはしてましたが……」
「ウェスターどうする?」
「別に隠す必要はありませんね」
ウェスターが今の時期に皇都に来た目的は、わざわざ喧伝する必要はないだろうが秘密にしなければならない類のものではない。
ルストが帰省した理由に関しては、メアルリア教やヴェルン子爵からの情報でおおよそのことを彰弘とウェスターは把握している。こちらは少々気を遣う必要はあるが、貴族間では公然の秘密であり、皇都の平民の間でも一部の者たちは噂程度には知っていることであった。
「さて、ゼファー。お前に時間があって話を聞く気があるなら向こうへ移動しないか? 飲み物くらいは奢るぞ」
「時間はありますし気になるので聞きたいですが、それ聞いたら面倒なことになりませんか?」
「聞くだけなら問題はないさ。誰かに話したとしても罰せられることもない。人によっては怒るかもしれないが」
「怒るなりなんなり反発するような反応を示すのは極一部の貴族関係者でしょう。まあ、大闘技会本戦までには貴族間だけでなく、平民の間でも噂という形で公然の秘密となる予定らしいので、あなたが聞いたとしても面倒なことにはならないと思いますよ」
ゼファーは少し黙考する。
『予定』とかいう、何等かを企んでいるような単語が少々引っかかる部分はあるが、目の前で話をしている二人が自分を陥れる理由は見当たらないし、口調からも特に問題はなさそうだとゼファーは考えた。
「分かりました。折角なんで教えてください」
「んじゃまあ、喫茶室行くか」
「あ、自分が聞かせてもらうので、飲み物代は俺が持ちます」
「そこは気にせずに奢られろよ」
冒険者ギルドに必ず併設されている喫茶室へ向かいながら、ゼファーの言葉に微笑ましいものを感じた彰弘は笑みを漏らす。
「とりあえず今回は、それぞれで支払うということにしましょうか。何となく堂々巡りになりそうな気がしますし」
「だな。つーわけで、好きなの頼んで、あの奥のテーブルな」
「む、うー」
時間に余裕はあるが、どっちが奢るかで時間を潰すのは勿体ないとウェスターが意見を出し、それに彰弘が即同意する。
そんな流れに若干ついていけなかったゼファーが唸るが、彰弘とウェスターは注文カウンターへ向かう。そして、その唸る後輩を手招きしたのであった。
彰弘たちが喫茶室の一番奥にあるテーブルに着いてから三十分ほどが経過していた。
既に必要なことは話終えているようである。
「ルストから二人の兄がいることと、その様子も聞いたことがありましたが、そこまでとは。長男廃嫡で次男が家を継ぐ……ですか」
「学園に入る前のミーナ様への執着や、私を追い払うための画策だけならこうはならなかったのでしょうが」
バルス侯爵家の跡取りは長男のバルではなく、次男のルーバスに決定していた。
バルは心身ともに健常であるにも関わらず次男のルーバスが侯爵家を継ぐことが公表はされてないが決定されたのである。これはなかなかあることではない。
「一番でかかったのはミーナ嬢が通っていた学園への干渉か」
「でしょうね。ミーナ様が通っていたのは女性のみが通える全寮制の学園で、貴族や裕福な家の息女が数多く在籍しています。外に出るのは許可制でそれは夏と冬二回の長期休みのときも例外ではないそうですよ。そんなところにバルは侵入しようとしたようです。入る前に見つかり捕らえられたようですが」
「で、そのこと自体はバルス侯爵家の者ということで公にはならなかったが、侯爵自身は我慢できなかったわけだ」
「過去に表沙汰になっていない細かいことが結構な数あったようですし、放任主義のバルス侯爵も先を考えたというところでしょう。バルに侯爵家を継がせるのは不安しかないでしょうから」
「次男が優秀で良かったってところか。ルストが呼ばれたのは、バルの廃嫡が正式に決定したからだろうな」
「ええ、家族間での情報共有も必要でしょう」
関係各所への根回しや示しも大事だが家族での情報共有も必要であった。何も知らないとバルの言い分を信じてしまうかもしれないのだ。
もっとも、ルストも馬鹿ではないし、長男であるバルがいろいろやらかしていることは知っているので、仮にバルが何か協力するように持ち掛けてきてもルストは無視するか父親であるバルス侯爵へと報告しただろう。
「にしても本当に間に合って良かった。ミーナ様がまだご無事で。後は私が大闘技会の本選でバルとの決闘に勝てば良いだけです」
「メアルリア教が間に入り正式に決闘認定したからな。ウェスター、お前が勝てば向こうは何もできなくなる」
各教団や国が間に入り正式に決闘と認定された場合、専用の契約書が用いられる。
その契約書には神々の加護がかけられ、もし契約書に記された制約を破ると死が待っていた。
「ええ。最初から全力でいきますよ。バルに攻撃の機会をやるつもりはありません」
だからこそ、ウェスターは闘争心を燃やす。
大闘技会の第一回戦第一試合が決闘に用いられる場であり、ある程度は観客を盛り上がらせる必要があるのかもしれない。しかしウェスターは、それらを無視して最初から全力で勝ちを取りにいくつもりだ。少しの隙も見せるつもりはなく、相手に何かをさせるつもりもない。
「さてと、とりあえず話は終わったわけだが……このまま三人で飯でも食いに行くか」
「時間帯も丁度良いですし、そうしましょうか」
「ええー。……さっきまでの雰囲気はいったい」
つい先ほどまでは恐ろしいくらいの戦いの気配を纏っていたウェスターは、今はそれを感じさせない穏やかさになっている。
その変化にゼファーは付いていけていないようであった。
「切り替えの早さは必要だぞ。まあ、慣れだな慣れ。それよりも飯に行こう。今度は近況報告みたいな緩い話をしようぜ」
彰弘が立ち上がり、それにウェスターも続く。
ゼファーはそんな二人を見上げ、これが経験の差なのかと考えつつも腰を上げるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
九日中に投稿のつもりが、気づけば十日に。
もう少し日々に暇が欲しいところです。




