6-10.【皇都サガ到着】
前話あらすじ
ゴーレムに宿ったポルヌアを受け入れた彰弘たちは、マイクラ宅を後にして皇都サガへと向かう。
その道中で会ったサティリアーヌたちへと、自分たちが捕らえたキリュウたちを引き渡すのであった。
物騒なことを企んでいる組織の構成員のキリュウらをメアルリア教のサティリアーヌたちへ引き渡した彰弘たちは、ほぼ予定通りの日数で皇都サガを目にするところまで来ていた。
ゴーレム造りの職人であるマイクラ宅に寄り道をし、そこで起きたあれこれで消費した日数は、ガルドの力と引かれる車の性能により差し引き無しとなったのである。
それはそれとして彰弘たちは徒歩となり皇都サガを目指す。
獣車をけん引する生物としてガルドは一般的でないので、何かと面倒なことになる可能性が否定できなかったのである。
徒歩となり歩き続けて一時間ほど。
彰弘たちは皇都へ入るための手続きをする列に並んでいた。
「ないか。グラスウェルとか他のとこもそうだったけど、皇都もそこは変わらないんだな」
ゆっくりと進む列の流れに身を任せながら左右に視線を動かす彰弘が、そんなことを口にする。
彰弘が『ない』といったのは門のことだ。
実際、今彰弘たちのいる場所から視認できる門は正面にあるものだけであった。
「こればかりは仕方ないですね。外敵を防ぐのが防壁の役目です。仮に強固な門であっても、防ぐために造られた壁に比べたら突破されやすいですから。まあ、必要以上の不都合あるわけではないですし、諸々を考えたら今はこれが最善でしょう」
人種の住む領域は大小様々であるが、防壁の外に出ることがある人々は全人口から考えたら僅かだ。
基本的に防壁の内側には生活するための全てが揃っているため、彰弘たち冒険者や商人、それから兵士に貴族など特定の職に就いている者や身分の者以外は、防壁の外に出る必要性がない。
「不都合がないってことは中も変わらずか?」
「ええ。門の近いところに外で行動することのある人たちに必要な施設は揃っています。稀に中央あたりに武具店があったりしますが、私たちがわざわざそこへと行く必要はないでしょう。使えなくはありませんが無駄に高かったりしますから」
防壁の中央付近に店を構える武具店で売られているのはどれもが使うよりも見せることを主眼に置いた品物だ。そしてそこで買うのは大抵が貴族などの金銭に余裕がありすぎる者たちである。
要は武具店という名の装飾店。それが防壁内の中央に存在する武具店の正体であった。
「……まあ、でも偶に足を運んでみるのも良いかもしれませんね」
「先ほどの言葉と矛盾してませんか?」
「だな」
一度口を閉じたウェスターが、何かを思い出したように続けた言葉に紫音が疑問を返し、彰弘が彼女に肯定を示す。
それを受けたウェスターは微妙な笑みを浮かべた。
「昔……といっても、そこまでではないですが、私が兵士だったころに神鉄製の短剣が売りに出されていましてね。一時期話題になっていました」
「ほほう。で、それは誰か買ったのか?」
「値段のプリーズ! 自分じゃ買えなくても、そういうのは気になる!」
神鉄といえば彰弘が持つ魂喰いにも使われている、現在では伝説に近い扱いをされている金属である。
希少であるだけでなく性能も折り紙付きで、この素材で作られた短剣ならば場合によっては国宝となる可能性すらあるほどだ。
「融合前のことなので、今現在は所有者が変わっている可能性もありますが、まだ変わっていないのならば皇家の宝物庫に保管されているはずです」
「国が買ったってことか?」
「いえ、最終的には献上した形ですね。短剣ではありますが武器としての性能も見た目も素晴らしかったらしく、その商会が付けた値段は一億ゴルド。流石の貴族も手を出すのを躊躇ったようです。それでひと月くらいでしたか、その短剣は店に置かれていたのですが、その後当時の王家に献上されました。どのような経緯があったかは分かりませんがね」
神鉄製の短剣を当時の王家に献上した商会は、オリハ商会という。
その商会はこのことを切っ掛けにして、今では隣国にまで支店を出すほどの商会となっていた。
当然、グラスウェルにも支店はあったが、彰弘たちはイングベルトやステークたちの店でしか武具を買っていないため、その商会で何かを買ったことはない。
「短剣一本に一億か。……こうやって値段を聞くと、以前誰も受け取ろうとしなかったのが理解できるな。厄介過ぎる」
迂闊にも彰弘が以前手に入れたと分かるような言葉を口から出してしまう。
それに反応したのは、彰弘たちを同じように皇都に入る手続きを待つ人たちの中の耳聡い者たちであった。
その様子はすぐに彰弘たちも気づく。
「ダンジョンから極稀に出るというような話も聞きますが……確かに、もし手に入れても迂闊に話さない方が良いでしょうね」
「だな。さっさと処分して正解だったか。まあ、もし手に入れるようなことがあったらメアルリア教に処理してもらおうか」
「それが良いでしょう。あそこの破壊神アンヌの名付き加護持ちである、あなたの頼みなら引き受けてくれそうですし」
だからまず紫苑が対策のための言葉を出し、それに残りも者も続く。
そしてそのことは次の手続きでの門兵の反応により功を奏した。
「嘘じゃなかったのか」
「こっちも名付きの加護持ち……だと?」
「ガイエル伯爵とルート侯爵の御息女!? しかも同じパーティー!?」
いつもは最後の彰弘が周囲に知らしめるために最初に手続きをし、次いで国之穏姫命の加護を持つ六花たち四人が続く。更にクリスティーヌとルクレーシャが手続きを行った。
咄嗟の判断でした会話と門兵の言葉による喧伝効果は抜群だったようだ。
敵対したら無事では済まないことが知れ渡っているメアルリア教の一柱の名付きの加護持ちが一人。有名ではないが、国之穏姫命という神の名付きの加護持ち四人。そこにライズサンク皇国内で有名なガイエル伯爵の息女と皇都の侯爵家の息女。更に貴族家の息女が三人もいる。
余程、無知で無謀でなければ、事を起こした後のことを考え手を出すべきではないと分かる集団だ。
少なくとも、今彰弘たちの会話を聞くことができた人々はそのことを分かっていた。
「さて、手続きが終わったら、今後のことを軽く話そう」
周囲の反応を確認しつつ、彰弘はまだ手続き中の面々にも聞こえるように声を出す。
そして周囲の様子から、先の会話に伴う問題はなさそうだと判断し、一足先に皇都サガへと彰弘は入ったのである。。
なお、身分証を持たずゴーレムらしくないゴーレムのポルヌアに関してはゴーレムということで押し通した。ゴーレムを連れている者が皆無というわけではないこともあるし、ゴーレムに関する規定を間違いなく満たしている。何より偽ることができない身分証にある称号が神の名付きの加護持ちだ。どれだけ疑念を覚えたとしても、門兵にポルヌアを止めるだけの理由がなかった。
全員が皇都へと入った後、彰弘たちは人気の少ない場所へと移動した。
そして足を止めると、まず彰弘が紫音に感謝を述べる。
「すまん。助かった」
「報酬は添い寝が良いです。どうせだから皆で」
「…………」
紫苑が皆でといった視線の先に四人の姿があることで彰弘は無言となった。
いくら何でもクリスティーヌはまずいだろうと。
無論、紫音含めた残り三人なら良いというものでもない。
「ふふふ。冗談です。それはもう少し先にしようかと思っています。とりあえずは気にしないでください」
「お、おう」
妙に艶のある笑みを浮かべた紫苑に、余計なことを言うべきではないと本能で悟った彰弘は一言だけ声を出す。
傍から見たら捕食者と被捕食者のようである。
「まあ、誰でも失言はありますよ。それよりもこれからどうしますか。とりあえずは宿を見つけて、それからギルドですか?」
「あ、ああ。そうなるか」
ウェスターの言葉で紫苑から視線を外し、やや状態を持ち直す。
基本的に冒険者は、自分が拠点とする支部から離れたときは、その行先の場所へと到着を報告する義務がある。これは大討伐などが起こった場合に備えて、ギルドが管轄内の冒険者を把握するためだ。
「一つ提案がありますわ。ギルドへの報告はともかく、泊まる場所なら皇都に居を構える私たちの家に泊まれば良いのではなくて?」
「それは名案ですね、ルクレーシャ様。ぜひお泊りになってください」
ルクレーシャの提案にクリスティーヌが満面の笑み同意する。
現在、皇都サガに邸宅があるのはクリスティーヌとルクレーシャ。それからミナ、ナミ、カナの貴族家の息女五人だ。
クリスティーヌの場合、皇都にあるのは別邸ではあるが、仮に彰弘たち全員でも泊まれる余裕がある。ルクレーシャの邸宅にしても侯爵家に相応しいだけのものがあった。残るはミナ、カナ、ナミだが、ミナは男爵家でナミとカナは子爵家であるが、全員を一度には無理でも数人なら事前の知らせがなくとも受け入れるだけの余裕はあった。
「どうしたものか」
ルクレーシャの提案内容に思わず彰弘の口から言葉が漏れる。
パーティーリーダーとして親御に挨拶くらいはするべきだろうと思っていた彰弘だが、流石に泊まることまでは考えていなかった。なので、言葉を出したきり黙考してしまう。
そんな時間が少し。彰弘の思考は不意に発せられた声により中断する。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ええ。今帰ったわ。何人か泊めたいのだけれど問題はないわよね?」
「もちろんでございます。お泊りいただく準備は既にできております。ガイエル伯爵家別邸にも連携していますが、ご友人の三家については、あいにく本日は御当主様が不在と連絡を受けております。ですので、準備はできておりますが可能なら後日にしていただければとのことです」
「そう分かったわ」
彰弘が思考から戻り声の方を向くとルクレーシャが、迎えにきたのであろう初老の紳士と話しをしていた。
その近くではクリスティーヌとエレオノールが老夫婦と会話をしている。
「よくおいでくださいました。お嬢様。お泊りいただく準備はこちらも万全ですよ」
「エレオノールもよく来てくれた」
「アイ婆、カツ爺、久しぶり。少しの間だけになるかもしれないけど、よろしくね!」
「お久しぶりでございます」
クリスティーヌを迎えにきた老夫婦も迎えられた彼女も、そしてエレオノールも、その顔には微笑みがあった。
残る貴族家三人の息女のところにも使用人が来ており、それぞれが笑顔で挨拶を交わしている。
そして彰弘たちに近づいてきた者はまだいた。
人の好さそうな彰弘と同じくらいの年齢に見える男と、その横に立つ柔らかな笑みを浮かべる男よりは若いだろう年齢の女が一人。そしてその二人の前には可愛らしい十代だろう女がいた。
三人の後ろには初老に差し掛かったくらいの男が立っている。
彰弘が誰の関係者だろうかと考えた瞬間。一番前に立っていた十代の女が声を出した。
「ウェスター様!」
彰弘が視界の中を十代の女が駆ける。その行先はウェスターであった。
ウェスターは驚いたような顔をしながらも抱きついてきた若い女を、しっかりと受け止める。
そして優しく、「ただいま戻りました、ミーナ様」と声をかけるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。




