6-06.【目覚め】
前話あらすじ
何か東北にいたはずの彰弘の友人がその場にいた。
「で、開拓地で防壁を造り終わった後で防衛にも使いたいから性能の良い人型が多量に欲しい、と」
「ええ、その通りです」
二十を超える訪問者たちの代表者であるキリュウから話を聞いていたマイクラは眉間に僅かな皺をよせ相手を見る。
ゴーレムの代金として提示された金額は相場よりも少し上ということで悪くない。しかし、ゴーレムの使用用途には疑問しかなかった。
魔物が存在するこの世界で新たな土地に人種が住めるように外敵を防ぐ壁を造るのは常識である。だから、そのためにゴーレムが必要だということに疑問はない。また、防壁を造った後にゴーレムを開拓地の防衛にあてるということも、ゴーレムを動かすための魔石やその運用方法などの問題はあるが、こちらも理解できないものではなかった。
だが、防壁造りと防衛という二つの両方に人型のゴーレムを用いるということには疑問がある。
開拓地ならばできるだけ素早く頑丈な防壁を造ることが求められているはず。人型のゴーレムを用いる利点が見当たらない。
森林などのように空間を確保できないような場所はまた別であろうが、開拓地の防壁を造るというならば明らかに建設機械型の方がほとんどの面で優れているのだ。
「いまいち分からねえな。防壁を造るなら人型は役に立たないわけじゃねえが、普通のゴーレムの方が何倍も効率が良い。なぜだ?」
「……面倒ですね」
「なに?」
「面倒。そう言ったのですよ。もう交渉は不要」
紳士然としていたキリュウの雰囲気が変わり、先ほどまでとは打って変わって、口角の片方だけを上げ人を見下したようになる。
普段の仕事中は心酔するシンリュウからの命令であるから、ちょっとのことでは紳士然とした態度はそう簡単に崩れはしないが、今回のようにシンリュウという精神の枷がないと容易く仮面は剥がれるのがキリュウという男であった。
なお、キリュウがシンリュウに心酔している理由は、魔物に襲われ死ぬ寸前だったところを救われ、更にそれまで碌に評価されてこなかった自分を取り立ててくれたからである。
「とはいえ折角ですので冥途への土産に教えて差し上げます。人型でなければ擬魂がうまく馴染まないのですよ。彼女は人を使ったせいだと言っていましたかね。……ともかく、ゴーレムに擬魂を入れれば命令を忠実に遂行する鋼の兵士の完成です。だから普通ではなく人型なんですよ」
「ギコン? 人を使った?」
「鈍いですね。肉体という器から魂を取り出し、世界に還らぬようこの世界とは異なる理で覆う。それを更にこの世界の理で覆い隠す。できたのが擬魂ですよ」
「肉体から魂を取り出すだと?」
「魔法で簡単に操れるような連中はそれだけ脆く、容易く分離できるという話でしたね。まあ、脆すぎてそれすらできないのは、そこらに放り出したみたいですが」
キリュウの何の罪の意識も感じていない様子に。そして「冥途への土産」という言葉。態度が変わったキリュウが自分たちを殺さずに見逃すとは考えられないとマイクラの危機感が跳ね上がる。
「さて、もう良いでしょう。苦しみたくないならば抵抗しないことです」
「勝手に終わらせるな。どうせなら知ってること全部話せよ。異なる理ってのは邪神とその眷属のことか? お前らが創ったっていう擬魂は今どこにある?」
キリュウへの危機感から一歩下がったマイクラに代わり苛立ったような彰弘が一歩前に出た。
そんな彰弘へ対峙するキリュウのみならず、マイクラも六花たちまでもが訝しげな視線を向ける。
「そんなことまで話す必要はないと思いますが?」
「はい、か、いいえ。場所を言うだけだ。時間がかかるわけでもないだろうが」
「ふむ、まあいいでしょう。異なる理については、邪神の眷属の捜索と討伐依頼に私たちも参加し討伐直後の残滓を確保したのですよ。場所については……今はどこでしょうね。襲撃続きでいろいろと場所を移しているようですから」
「……残滓だから影響が出なかったってことか。とはいえ放置できるもんでもない。ったく、ザワつくわけだ」
キリュウの話を聞いてから彰弘は自分でも不思議なほどに苛立っていた。初めはその原因が分からなかった彼だったが、今自分の問いに答えが返され何故苛立ったのかを理解する。
それは大討伐の際に吸収した邪神の眷属であるポルヌアの魂に起因するものであった。
仲間もいない中、独りで生きていくことは無理だと悟ったポルヌアは完全な無となることを拒み自ら彰弘に吸収され少しでも自分がこの世界に在ることを望んだのである。
そんなポルヌアの意識と魂は、彰弘の中で徐々に異なる世界の理でできていた存在からこの世界の理でできたものへと変質していき最近ようやく彰弘の魂に同化しようとしていた。しかし、そんなときに嘗ての自分と同じ理を持つであろうものが、まだこの世界に在るだろうことを知覚してしまったのだ。
そのことが二度と目覚めるはずのないポルヌアの意識を彰弘の中で覚醒させた。その結果が今の彰弘である。
「(ゴメンね)」
周囲の皆が注目する中で彰弘しか聞こえない声が聞こえた。
それは吸収されて以降、彰弘の中で何の反応もなかったポルヌアの声である。
「おとなしく休ませてやれってんだ」
彰弘は握った拳を胸に当て小さく呟き、自分の中のポルヌアへ意識を向けた。
しかしそれは一瞬だけだ。直後にはキリュウを見据える。
「お前らが知っている情報を全て話してもらうぞ」
彰弘の両の手に二振りの魔剣が握られる。それは戦闘開始の合図であった。
◇
目を閉じ、『ホークアイ』の魔法から送られてくる映像を見ていたフウリュウが気の抜けた声を漏らした。
「どうした?」
フウリュウが目を閉じている関係上、周囲の警戒を行っていたガンリュウが問い掛けの声をかける。
それに返された答えはキリュウの失敗を意味する言葉であった。
「しかも最悪に近いっぽいねえ。ぽいじゃなくて最悪かね」
「死んだか?」
「それならまだマシってもんさあ。この調子だと半分以上は捕らわれるかもねえ」
「おいおい」
キリュウたちは人数では勝っていた。しかし相手の大半が年若い女であることで大したことはないと油断していたのだ。
その結果は語るまでもない。
「キリュウなんて、キミの腕を斬った男……ええっと、ああ、アキヒロだ。その彼に一瞬で気絶させられてるし」
彰弘と会話の距離で対峙していたキリュウは初撃に辛うじて自分の剣を当てることができたが、それは本当に当てるだけであった。
殺すよりも捕まえることを目的とした彰弘の攻撃はキリュウの剣を弾き飛ばす。そしてそれにキリュウが一瞬気を取られた隙に彰弘は相手の鳩尾に膝を打ち込んだ。更に彰弘はダメ押しとばかりに、前のめりになったキリュウの延髄に魔剣の柄を振り下ろしたのである。
これによりキリュウはあっさりと意識を失った。
「他の奴らは?」
「リーダーがやられたからって無能になるような連中じゃないけど、今回は相手が悪かったかねえ」
「というと……」
「逃げ道を完全に塞がれて順番に無力化されてってるよ」
彰弘がキリュウを殺さなかったことで戦闘の方針が示された。
最初に動いたのは香澄である。敵となった相手の背後にちょっとやそっとでは破壊できず乗り越えることもできないだけの氷壁を造り出したのだ。
それでも一方を塞がれただけであり、逃げるなり何なりできる余地はあったのだが、そこに瑞穂の魔法が放たれた。攻撃力はないに等しかったが猛烈な突風を敵の中心に渦巻かせたのだ。
それによりキリュウの部下たちが体勢を崩した隙に香澄が塞いだ方向以外にも氷壁が出現する。それを成したのは氷属性の魔法を得意とするルクレーシャとミナであった。
香澄が出した氷壁を基点として敵を囲むように氷壁を出現させたのだ。香澄が造り出したものほどではないが、その氷壁はそれでも即突破できるような脆いものではなかった。
三方向を氷壁に阻まれ、残る一方向には自分たちのリーダーであるキリュウを僅かな時間で無力化させた彰弘がいる。
キリュウの部下たちは迂闊に動けないでいた。
しかし動けないのはキリュウの部下たちだけだ。
彰弘を筆頭に彼のパーティーメンバーは遅滞なく動く。
魔法を使える者は全員が示し合わせたように拘束系の魔法を使用し、その束縛を回避した敵へは彰弘やウェスターが迫り意識を刈り取っていった。
「うーん。ここまで一方的になるとは思わなかったねえ」
「そんなにか?」
「キリュウがやられてから十分も経ってないねえ。ボクを襲ってきた四人は別格だけど、それ以外の子たちもやっぱり普通じゃないよ。魔法の発動速度も精度も一流と言っていいだろうねえ」
「……そういや竜骨兵が何もできずに倒されていたな」
「あの攻撃を受けながらよく見えてたねえ。彼らに勝つには最低でもキミとボクが後一人ずつ必要かねえ」
「ヤベーな」
「やばいねえ。シンリュウは途轍もなく強いし、ボクらも弱くはないけど……いくらなんでも標的以外に、あの戦力が敵に回ったら、真面目にやばいねえ」
目を閉じたままのフウリュウの視界に気絶したり投降したりしたキリュウとその配下が拘束されていく姿が映る。
そして暫くその様子を見ていたフウリュウだったが、少し焦ったように目を開いた。
「どうした?」
「見ていたのがバレたね。逃げるよー。ボクら二人だけじゃどうにもならないしねえ」
「異論はないな。にしても、そう簡単に見られるもんなのか?」
「いくら魔力を視ることができても、そこにあると知っていて注視しないと分からないくらいには見えにくいはずなんだけどねえ。ともかく移動するよ。即解除したし、あそこからここまでは少し距離があるから大丈夫だとは思うけどねえ」
「了解だ」
仕事は失敗し仲間であるキリュウたちは捕らえられた。その上で自分たちまで捕まるわけにはいかないフウリュウとガンリュウだ。
彼らはこの事態を組織に伝える必要があった。
「やれやれ。これはどうするべきなんだろうねえ」
立ち上がり走り出したフウリュウは隣を走るガンリュウにも聞こえない程度の小声で呟く。
二人は数時間を走り続け、やがて一つの岩山の麓へと辿り着く。
そこから半径数十キロメートル内に人里はない。
二人は歩みを進め、あるところで立ち止まる。
フウリュウが透明な石を取り出し何事か呟くと、突然景色が変わり一つの屋敷が姿を現す。
そここそが彼らの本拠地であった。
「じゃあ、報告に行こうかねえ」
「あんまり良い予感はしねえが……仕方ねえな」
フウリュウとガンリュウは特に躊躇うことなく、岩山の麓に現れた屋敷の敷地へと進む。
ここ最近の施設の連続襲撃により、ただでさえ苛立ちを隠せないシンリュウが短慮を起こさなければ良いがと思いながら。
お読みいただき、ありがとございます。
あっついですね~。
熱中症にはお気をつけて~。




