2-9.
前話あらすじ
総管庁支部庁舎を出た彰弘達は一路仮設住宅のある区画に向かう。
無事入居できた彰弘だったが武器がないことに懸念を覚えるも、たずねて来た兵士によりその懸念は解消されるのだった。
※前話(七日投稿分)へ、彰弘が入居した部屋の描写を加筆。
(加筆日:十二月八日、話の流れには関係ありません)
六花と紫苑に起こされた彰弘は昨晩と同じ大食堂で食事をしていた。
大食堂は避難者千人に一つの割合で建てられていた。
仮設住宅と同じく仮設として建てられており、最長でも世界の融合から一年後には撤去されることが決定している。
そんな期間限定の大食堂は総合管理庁下でグラスウェルの街の有志により運営されていた。
この大食堂にはメニューというものはなく、朝昼晩の全てで日替わり定食のみが提供されていた。ただし、主食は日本人馴染みの白米を炊いたご飯か、これまた馴染みの食パンを選ぶことができる。もっともおかず自体に変更はないので日によっては食パンを選ぶと妙な食事になるが、それは仕方ないと諦めるしかなかった。
なお、定食は大人用と子供用があり、それぞれ銅貨三枚と二枚で子供用は量が少ない分少し安い。そして飲み物は水が無料で緑茶が小銅貨一枚となっていた。ついでに言うと基本おかわりは無しだが、料理の大盛りは可能であった。
彰弘は早々に自分の食事を平らげて緑茶を口にする。
そして昨晩の料理と先ほどまで食べていた朝食を思い返す。
料理は特別に美味いというわけではなかった。しかし、毎日食べても飽きはこないであろう、そんな家庭的な味を持っていた。
こんな感じの大食堂の食事は彰弘にとって概ね満足いくものであったが、大盛りであってもその量が足りないことは残念であった。
そんなことを何となく考えていた彰弘だが目の前の状態を見て、もっとゆっくり食べるべきだったかと胸の内で呟いた。
六花は「もきゅもきゅ」という擬音が聞こえそうな、小動物的な愛らしさで一心不乱に食事をしている。その隣の紫苑は楚々とした姿勢のまま、こちらも一心不乱に箸を動かしていた。
彰弘はそんな二人に思わず声をかける。
「急ぐ必要はないからな。自分のペースで食べればいい」
その言葉に一時箸を止めた紫苑は口の中の物を飲み込み「問題ありません。普通です」そう言うと再び箸を動かし、その隣ではほっぺを膨らませたまま六花がうんうんと首を縦に振っていた。
大食堂は朝食の提供時間終了間際ということもあり彰弘達以外には数組しかいない。そのことも影響しているのかもしれないが、彰弘を待たせているという考えている少女二人の箸は目の前の食事がなくなるまで動き続けたのである。
なお、食事の食べ終わりに違いが出た原因は二つある。一つは彰弘と少女二人の一口の大きさが違うこと、もう一つは六花と紫苑が彰弘と同じ大人用の定食を頼んでいたことだ。決して彰弘が早食いだったわけでも少女二人が遅いわけでもないのである。
ちなみに、昨晩は瑞穂や香澄が親と一緒に同席しており、子供は子供、大人は大人で会話しながらの食事となったため、今のような状況にはならなかった。
彰弘が追加で小銅貨一枚を払い、手にした二杯目の緑茶が半分ほどになった頃に少女二人の食事が終わった。
「「ごちそうさまでした」」
箸を置き両手を合わせた六花と紫苑はそう言って満足そうな顔をする。
彰弘も少女二人と同じように「ごちそうさま」と声を出した。そして、次からはもっとゆっくり食べようと心に誓った。事情がなければ早食いはよろしくない、彰弘の持論であった。
そんな彰弘の心の内を知ってか知らずでか、緑茶を一口飲んだ紫苑が今日これからどうするのかを聞いてきた。
「そうだな、まずは職業斡旋所だな。一度部屋に戻って歯を磨いて、それから職業斡旋所。その後は学校……いや、学園だったか? まぁ、それについて調べるかな。総合管理庁の職員も言ってたし瑞穂と香澄の親とも話したことなんだが、二人のためにも学園に通ってもらいたい」
幾分、不満そうな顔をする少女二人が口を開く前に彰弘は言葉を続けた。
「ぶっちゃけると、そうしてくれると俺が助かる。多かれ少なかれ一つの職業に就くと、その職業に関係すること以外に疎くなったりするんだ。だから、二人にはこの世界についてを学園で学んで、俺に教えて欲しい」
彰弘はそう言って「どうかな?」と二人に問いかける。
言葉には出さなかったが、できれば成人となるその日まで、この二人には同年代の子供と過ごしてもらいたいと彰弘は思っていた。大人と一緒にいては経験できないことを経験してもらいたかった。
それは良い事も悪い事もあるだろう。しかし、それでも経験すべきだと彰弘は考えている。
笑ったり泣いたり、悩んだり怒ったり、子供時代のそれらは大人になってからのそれとは似ているようで違う。大人の中にいる子供がそうするのとも違いがある。子供同士だから子供だけの中だからこそ、意味がある。これは大人になってからどんなに望んでも手に入れることはできない、そういう貴重な経験である。
ただでさえ融合後のこの国は社会へ出なければならない時期が早いのだ。ならば成人までの短い時間を『子供としての貴重な経験』というものに費やしてもよいのではないか、彰弘はそう考えるのであった。
六花が「ぐぬぬ」と唸りながら眉間に皺を寄せ彰弘を見る。
紫苑は目を閉じて何やら考え込んでいた。
やがて六花の表情が和らぎ、紫苑が目を開ける。
「ダメです。いい反対意見が出てきません」
諦めたような口調で六花がそう呟き、紫苑もそれに同意した。
六花にしろ紫苑にしろ、考え方という点においてはどちらかというと大人に近いものがあった。そのため、彰弘の言うことが理解できたのである。加えてその言い方も二人にとっては、ある意味心地よいものであった。
融合前まで大人扱いされたことのない六花にとって、彰弘からの身がある頼み事と、最終的な判断を自分に求めてくれることは嬉しいことであった。
一方、融合までの数年間を大人と同様に扱われてきた紫苑は、自分に対して過度な大人扱いも逆に過度な子供扱いもしないその言葉は好ましかった。
「分かりました。確かに知識は必要です。とりあえずは職業斡旋所ですよね」
緑茶を飲み終えた紫苑はそう言うと食器を持って立ち上がった。
彰弘と六花もそれに倣う。
紫苑は立ち上がる二人を交互に眺め、最後に彰弘へと視線を固定する。そして、自分が何故彰弘と一緒にいたいのかを告白したそのときの顔を思い出し、顔を綻ばせた。
まったくの余談ではあるが、彰弘の食事量については大食堂で働く有志により解決されることになった。
今朝の一幕を見ていた大食堂側が彰弘に「足りないようだから次からは超大盛りにしてやる」と告げてきたのである。これにより彰弘は普通に食べても少女達と同じくらいに食べ終わるようになり、腹も満腹になるのであった。
ちなみに量を増やして大食堂側には問題ないのかを彰弘が尋ねたところ「二人前程度消費が増えたところで問題ない」との答えが返ってきたのであった。
一度、部屋まで戻った彰弘達は支給されていた歯ブラシで歯を磨いた。
この歯ブラシは、木製の柄の先端を板状に加工し、その部分にモーギュルという魔物の体毛が適度な密度で植えられているというものだ。
モーギュルとは長い体毛を持つ牛のような姿をしており、魔物としては珍しく飼育が可能な種であった。その体毛は生えているところにより異なった特徴があるため、歯ブラシのみならず他のブラシにも使われている。また、肉は食肉、角や骨は消費が多いある程度安価な薬品を生成する際の触媒になるなど、大抵の部位に何らかの活用法が存在していた。
このように有用性が高く飼育も可能なモーギュルは寒暖差にも強かった。そのため、食料となる草が少ない沙漠を除き、多くの国のあらゆるところで飼育されているのである。
ちなみに、魔物とは死後魔石を生成する生物のことであり、どれだけ凶暴凶悪であろうと魔石を生成しない生物は動物と呼ばれる。
ともかく、歯を磨いた彰弘達は職業斡旋所に来ていた。
彰弘の肩には、昨日受け取った魔石と討伐証明を入れたドラムバッグが下がっている。支給された現金も大部分がこの中に入っている。一部の現金は財布の中で、その財布は服の内ポケットに入っていた。
職業斡旋所は仮設住宅区画から徒歩十分程度の場所に建っていた。その建物は縦横共に百メートルほどの広さがある一階建てである。そしてその出入り口にはどこに何があるかを示す案内板が立てられている。
斡旋所の中は大きく四つに分けられていた。
出入り口から向かって右手前はグラスウェルにある各学園の説明、その奥は事務系の職業だ。逆の左側には手前が戦闘を伴わない肉体労働系、奥が戦闘を伴う肉体労働系である。
案内板の前に立った彰弘は、案内板を確認してから建物の中を見回した。
そして素直な感想を述べる。
「思ったより空いているんだな」
その彰弘の言葉に答えたのは野太いとまでは言わないが、どこかで聞いたことのある男の声であった。
「今は閑散期といった感じだね」
六花か紫苑の声を想像していた彰弘は予想外の声に僅かに眉を寄せ、その方向へ顔を向ける。
「なんで、あなたはそんな顔をしているのかな? そしてお嬢さん達もできればその顔はやめていただきたい」
少女の声を想像していたのに聞こえてきたのは男の声である。嫌な音声付映像が彰弘の頭に流れた、それ故の彰弘の顔である。
六花と紫苑は声の主を睨みつけていた。彰弘に答えようとしてところを防がれたからである。
「顔のことは気にしないでくれ。ところでここで何をしているんだ? ええーと……呼び方が分からん」
彰弘は顔に険を寄せる少女二人を宥めながら疑問を口にする。
「レイルで構わないよ。他の貴族の場合や公の場では不味いけど今の私はそれで構わない。ちなみにリルヴァーナで貴族呼ぶときはどの国でも基本的に家名の後に爵位だった。融合した今でもそれは変わっていないと思うよ。もし気になるなら外交が始まった後にでも総管庁の庁舎に来ればそれらの資料を見せてもらえるから、それを活用したらいい」
彰弘の失礼と言える言葉にレイルは平然とそう返す。
ちなみにレイルが言った『総管庁』は『総合管理庁』の略称である。
「分かった。ありがとう、助かる。こういう情報は確認しようにも誰に聞けばいいか分からないし、普段は気にもしないから、そもそも確認しようとも思わないしな。早い内に知れてよかったよ」
「手助けになれたなら幸いだ。さて、先ほどの質問だが、それは今のようなことを探すためさ。正直、貴族の呼称などは私達にとっては考えるまでもないことなんだ。当然、総管庁の職員には元日本人もいるが、彼らや彼女らは頭の片隅にそういう問題があると思っていても、今の事態に対応することに気がいっていて今すぐ出てこない状態だ。だから私のような者が実際に外に出てそれらを見極めているわけさ」
彰弘はなるほどと相槌を打ち、六花と紫苑は些か不審げな目をレイルへ向けた。
少女達の視線に気が付いたレイルは慌てたように口を開く。
「いやいや本当だよ、お嬢さん方。多少、庁舎内での仕事の息抜きを兼ねているのは否定しないが、嘘は言ってないからね」
その弁明に彰弘は何となく事実を察した。
延々と事務仕事を行うのは慣れていても苦痛を感じることがあることを彰弘は自身の経験から知っていたのだ。
「まぁ、二人ともその辺にしておこう。ところで閑散期とか言っていたが、それはどういう意味で?」
彰弘の言葉で表情が普通に戻った少女二人を見て、レイルは感謝の意味を込めてその問いに答える。
「気の早い……この場合は危機感の強い、かな。その人達はすでに動いた後で、まだ大丈夫と考えている人達は未だのんびりしているというわけさ。それが今ということだね。まぁ、まだ融合から一月も経っていないし今日みたいな日もあるさ。多分、ここが混むのは避難して来た人達がこの融合した世界のことをある程度知ってからだろうね」
そう言うとレイルは彰弘から視線を外し、斡旋所の中で熱心に説明を聞いている避難者達へと目を向けた。
そして再び彰弘達に顔を向ける。
「では、私はそろそろ戻るよ。貴族の中には一部傲慢な者もいてね。一般人では気にも留めないことで憤慨したりする。本当は貴族側を何とかしたいところだけど、それは少し難しいところがあるから、取り急ぎそれ系統の注意を纏めて開示することにするよ。思わぬ収穫だったよ、アキヒロ。では私はこれで失礼するよ。お嬢さん方もまた今度」
その言葉を最後にレイルは職業斡旋所を出て行った。
少しの間、レイルの背中を見ていた三人だったが、こうしていても仕方ないと目的の場所へと向かい建物の中を進んでいくのだった。
職業斡旋所の左側奥、戦闘を伴う職種を紹介する区画は他よりも人が少なく感じられた。
そんな中、六花が見知った顔を見つけて声を出した。
「瑞穂さんと香澄さんを発見です」
六花が指差すその先に彰弘が目を向けると、そこには瑞穂と香澄、そしてその両親と元香澄の弟であり今は少女二人の弟となった末っ子の五人がいた。
この融合で片親をそれぞれ亡くしていた瑞穂と香澄であったが、避難拠点での住民登録の際に瑞穂の母親は香澄の母親にもなり、香澄の父親は瑞穂の父親になっていた。
元々、瑞穂の家族と香澄の家族は同じ家で暮らしていた。正直、仲が良いだけでは言い表せない関係の二人の両親であったが、瑞穂と香澄はそのことを知っていながらも問題とは捉えておらず、今回はそのことが幸いした。
亡くなった瑞穂の父親と香澄の母親の遺言などもあり、この五人は正式に家族となったのである。
尚、末の弟は両親同士の関係は認識していなかったが、自分の母親と同じ顔をして同じように可愛がってくれていた瑞穂の母親が自分の母親になることに反対する理由はなかった。
他から見たら異様に思える関係を築いていた二つの家族であるが、一般的な家庭と同じように、事によったらそれ以上に幸せな家庭であった。
彰弘達三人は最初そのことを聞いたときには驚いたが、普通の家族以上に家族らしいその光景を見て、誰に迷惑をかけているわけでもないその関係を忌避するようなことはなかった。
彰弘達三人は視線の先で楽しそうに話す家族五人を微笑ましそうに眺めていた。
先日両親を亡くした六花も、母親とは幼い頃に死別し先日父親と決別した紫苑も、そして家族の安否が定かではない彰弘も、その瞳に映る家族が幸せであればいいと心底思っている表情をしていた。
そんな思いで見つめる三つの視線に気が付いたのか瑞穂がきょろきょろと辺りを見回す。
「彰弘さん達、発見!」
そして探していた対象を見つけるやいなやそう言うと、小走りで彰弘達に近寄ってきた。
その後ろからは「恥ずかしいよ〜」と言いながらも同じく小走りの香澄が追ってきていて、さらにその後ろを周りに頭を下げながら両親と末の弟が歩いてきていた。
「んふ〜。遅かったねー。一足先に冒険者登録しちゃったよー」
瑞穂は満面の笑みで自身の身分証を彰弘達の目の前にかざした。
その身分証にははっきりと文字が浮かび上がっていた、
職業:冒険者(ランクG)
と。
それを見た六花はいてもたってもいられない様子で声を出す。
「おおう、ほんとーです。こうしてはいられません。彰弘さん、わたし達も早く登録しましょう!」
そして彰弘の袖をひっぱり瑞穂達が元いた場所へと移動しようとした。
「分かったから少し落ち着け六花。場所を聞いてからでも遅くはないだろ?」
瑞穂の隣で同じように身分証を差し出している香澄と、それをしげしげと見つめている紫苑を横目に見て彰弘は六花を静める。
「確かにそです。瑞穂さんどこですか?」
その六花の声に瑞穂は「あっちだよ」と指差した。
「あそこ? なんか、人がいない?」
六花の言葉の通り、そこは他より少なく感じる中でもさらに人が少ない場所であった。
と言うより、誰も並んでいなかった。
「そんなに人気ないのか……」
思わず彰弘の口から呟きが零れる。
そんな彰弘に訂正の言葉を放ったのは紫苑に自分の身分証を見せていた香澄だった。
「人気のあるなしで言えば、確かに他の職業に比べて少ないらしいですが、理由は別のところにあるようです。詳しくは冒険者ギルドの職員さんがお話してくれるはずですが、どうも成人以上の人や来年成人になる人は税金の支払い義務の関係上、最低限冒険者としてやっていける力を付けなければ登録はできないらしいのです」
そうゆっくりとした口調で話した香澄は閑古鳥が鳴いている一角に目を向けた。
香澄が言った制度は元日本人だけに適用されていた。
理由は単純なもので、元リルヴァーナの人であれば冒険者という職業がどういうものか良く分かっているからである。
要するに「力がないと稼げませんよ」と言うことを伝えるために、登録に来た人達へは、まず戦闘訓練を課しているのであった。
ちなみに、来年になっても未成年である年齢にある者は保護者の同意があれば、特に試験もなく冒険者ギルドに登録ができる。
これまた理由は単純で、一年間の猶予があれば冒険者がどういうものか知ることができるからであり、成人になるまでの間で最低限の力を付けることができるからであった。
とりあえず、納得した彰弘は話だけでも聞こうとその場所へ向かうことにした。
どちらにしろ彰弘にとっては冒険者以外の選択肢は今のところないのだ。戦闘訓練だろうが何だろうがやるしかなかった。
彰弘は肩にかけたドラムバッグを担ぎ直すと六花と紫苑を伴って閑古鳥鳴く冒険者ギルド職員の下へ向かったのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回、登録前模擬試合と冒険者ギルドと武器屋(の予定)
そして速攻手直し。
二〇一四年十二月十三日 二十時五十一分
未成年の冒険者ギルドについてを追記
二〇一四年十二月十五日 二十二時四十分
魔物モーギュルの説明を追加。
瑞穂と香澄の弟の説明を修正。
修正前)二人の弟
修正後)元香澄の弟であり今は少女二人の弟となった末っ子