5-41.【乙女たちの昇格試験:試験結果】
前話あらすじ
地下都市だと思ってたらダンジョンだった。
「緊張するなー」
「きっと、だいじょうぶ……たぶん」
「うん大丈夫。大丈夫だから大丈夫、わたし」
「みんなの気持ちは分かります。……では、行ってきます」
自分たちの行動に鑑みて、大丈夫であるはずだと思っていても不安になるのが試験結果というもの。
不安を口にしたのは四人だけであったが、同じ立場の全員がその気持ちを顔に表していた。
時は香澄をリーダーとしたランクE昇格試験の受験者たちが、試験場である野盗の根城から帰ってきた翌日。場所はグラスウェルの北東に位置する街クラツの冒険者ギルド。受験者たちはこれから試験結果を聞くのである。
◇
階段を上っていく六花たちを見送った彰弘たちは、冒険者ギルド建物併設の喫茶室へと向かう。そこでそれぞれが飲み物を注文し、それを受け取ってから空いている席へと腰を下ろした。
「シオンちゃんじゃないけど気持ちは分かるわ〜」
「自分のときのことを思い出して、意味もなく緊張してきました」
席について開口一番サティリアーヌとアカリが声を出す。
勿論、先の言葉がサティリアーヌで後がアカリである。
なお、この場にいるのは、彰弘、サティリアーヌ、ウェスター、アカリだ。リーベンシャータはクラツに来る途中で別れ、メアルリア教の大司教であるフィーリスのところへ行っており、まだ合流していない。マリベルについては、関係各所へ情報を連携するために一足先にグラスウェルへ向かっていた。
余談というべきか、彰弘たちが捕らえた研究者や建物の外にいた護衛に、ランクE昇格試験の対象だった野盗たちは、グラスウェルへ護送されることになっている。通常であれば最寄の街で罪の重さを判断し、それに応じた罰が与えられるのだが、今回捕らえた者たちは通常の犯罪者とは性質が異なるため、領都であるグラスウェルまで送られることになったのであった。
それはさておき、彰弘たちは試験というものについて言葉を交わす。
「話を聞く限り、そこまで緊張せずとも良い気はしますが。……お、これはうまいですね」
自分はそこまで緊張しなかったなと思い出しながらウェスターが果実水を一口飲む。今彼が口にしたのはクラツで採れた枇杷を使ったもので、上品な甘さが特徴である。
「控えめな甘さがいい感じだな」
「二杯目はそれ頼もうかしら。そういえばアキヒロさんは試験のとき、緊張とかしなかったの?」
「俺の場合は強制的に受けさせられたようなもんだったし、別に合格じゃなくても何ら問題はなかったからな。そういうのは特に」
当時の彰弘にとって冒険者のランクはそれほど意味はない。
家族探しの旅に出られるだけの強さを身に付けるというのが彰弘の当面の目的であった。そのため、冒険者でさえあれば良かったのだ。
別にランクが上がらなければ街の外に出れないわけではないし魔物を狩ることができないわけでもないのだから。
「ちなみに今だったら?」
「多分、変わらないと思うぞ。ランクを上げる必要性をいまひとつ感じないからな」
冒険者としてのランクを上げると登録した街から離れたところでも街の出入りに金銭がかからなくなったり他人から一目おかれたり、また難易度の高い効率の良い依頼を受けることができるようになるが、面倒な権力者と知り合う機会も多くなる。
金銭的に余裕があり、他者の視線をそれほど気にしない彰弘にとって、冒険者のランクを上げることはあまり意味がない。
「枯れてるわねぇ」
「どこぞの女神様のお蔭もあって、仮に金稼ぎができなくなっても今の生活を維持できるだけの資産はある。ランクを上げて今以上に自分から面倒を呼び込む必要はないだろ?」
「今以上。ってところに妙な力が入ってるわね。まあ、分からなくもないけど」
ランクを上げたからといって必ずしも面倒事が起きるわけではないが、少なくともランクが上がれば上がるだけ厄介な面倒事を抱えているだろう人物と会う機会が増えるのが今の世界の通常だ。
例えばランクがCともなれば貴族からの普通の依頼とは一風変わった、そして厄介な指名依頼とかも増えるのである。
ただでさえ現状の彰弘はそこらのランクE冒険者とは隔絶した状況に置かれているのだから、これ以上はと考えるのも分からないではない。
「ああ、なんか普通で良かったと思えてる自分がいます」
「アカリ。それは妄想です。普通はランクEでオークキングと戦闘するような場面にいたりダンジョン攻略を目にしたり、深遠の樹海に篭って狩りをしたりはしません。普通からずれていることを認識してないと、後々大変な目に遭いますよ」
「私のせいじゃないと思うんですが……違いますよね?」
「どうなんだろうな? 巻き込まれやすい体質なのかもな」
「体質……という言葉が正しいかは分かりませんが、そうなのでしょうね。心構えはしておくべきでしょう」
「ええー!?」
「まあ、いいじゃない。全く起伏のない人生よりは良いと思うわよ。さて、上はまだまだかかりそうだから別の話でもしましょうか」
一頻り雑談のような話をしていた彰弘たちは、サティリアーヌの言葉で今回の依頼中にあったことに話の内容を移すのだった。
「大きくわけで二つ。依頼の結果とダンジョンね。で、まずは依頼の方だけど……ほとんど何も分からなかったのよね」
「分かったことは、相手が戦力を欲しているだろうことと組織としては大きくなさそうだ。ということくらいか?」
「そうね。具体的なところは全く分からないけど」
戦力云々については、今回足を踏み入れた建物の中にの残されていた資料から断片的にだが読み取れた。人道的ではないことに手を出していることから、碌な組織ではないのだろうが、少なくとも何らかの目的のために戦力を欲しているだろうことが窺えるのだ。
一方の組織規模について、こちらは資料などは見当たらなかったが、今回捕らえた者たちは野盗も含めて全員一時的に雇われていただけであった。またその者たちから話を聞いたところ、責任者としてたまにやって来る者以外は自分たちと同じで雇われただけの立場だと口にしていた。ファムクリツのことも含め考えても断言はまだできないが、そこまで大規模な組織というわけではないだろう。
ちなみにキメラの実験施設が閉鎖されるという情報は外で見張りをしていた二人には伝えられていなかったようだ。
「せめて目的が分かればな」
「まあね。規模は小さくて、でも中核っぽいのは強そう。資金がないわけじゃない、かー」
今回の施設にファムクリツでのこともある。
どれだけかは不明だが、対象の組織に金銭的な余裕がないということはないだろう。
「うーん? 大規模にならないようにしているのかもね」
「ありえるな。組織が大きくなれば大きくなるほど情報が漏れる確率は高くなる。どれだけ言い聞かせて統制したとしても、大規模な組織だと末端まで完璧にとはいかないだろうし」
実際には小規模だろうが大規模だろうが情報が漏れる可能性はなくならないが、確かに大きくなれば大きくなるほど全体の意思統一は難しくなり、それに伴って出してはならない情報が流出する確率は上がる。
「ま、現状でこれ以上話せることはないわね。引き続き調査は行っていくから、何か分かったら知らせるわ」
「了解……と言いたいところだが、来月には旅立つ予定だからな。グラスウェルに持って来られても受け取れないぞ」
「ああ、そっか。……んー、それなら、旅先でうちの神殿に寄ってみてよ。最新とはいかないかもしれないけど、ある程度鮮度の高い情報は共有されるはずだから。今回の件はうちの大多数が自分の将来の妨げになるって思ってて、メアルリアとして動いてるから」
「なるほど。分かった」
遠距離における情報伝達が難しく拙い今の世界ではあるが、それでもメアルリア教は総本山のアルフィスからライズサンク皇国国内の各神殿へ十日ほどで情報の共有を行うことができる。情報伝達手段は騎獣を使ったり個人の身体能力を活かした力技であるが。
「依頼の結果は芳しくはなかったけど、依頼は完了ってことで依頼料は満額支払うわね。グラスウェルへ戻ってからだけど」
「いまいち依頼を達成した感じはしないが、貰えるものは貰っておこう」
「あはは、そうしてよ」
依頼主であるサティリアーヌたちだけでも終わらせられただろう調査だったが、彰弘たちがいたことで彼女たちの負担が減ったのは事実だ。特に目的の建物にあった資料などの回収には、彰弘のマジックバングルが大いに役に立っていたのであった。
「さて、続いての話題はダンジョンなんだけど……特筆することはないわね。あえて言えば、融合直後に発生しただろうってことくらい? あの第一階層のようなものはリルヴァーナでは見かけないものだったし」
世界融合前のリルヴァーナには、元地球のような高層建築は存在していなかった。
無論、歴史にさえ残っていない過去にはあった可能性は否定できないが、ダンジョンは言ってみれば超大な星の記憶である。数あるダンジョンに関する資料を紐解いても、その記述はないのだからなかったと判断してもよいだろう。
「ダンジョン、ダンジョンかー。そういえば、あの研究者たちは何でダンジョンの魔物を使わなかったんでしょうか? 後、あの建物付近の魔物も使ってなかったんですよね? 何でわざわざ野盗の根城付近の魔物なんでしょうか」
「正確なところは分からないわね。恐らく効率の問題かしら。あそこにあった資料からの推測でしかないけど、ダンジョンの魔物を使わなかったのは彼らの目的を満たすだけの魔物がそこそこ下までいかないと出てこないってとこかしら。ゴブリン程度じゃ弱体化しちゃうかもしれないし。あの広さを探索するのは普通なら骨よね」
「あー、広かったですもんね」
彰弘たちが足を踏み入れた建物と野盗の根城となっていた場所から入ることができたダンジョンは一言で言えば広かった。階層を下るに連れてその広さは狭まってはいたものの、彰弘たちが到達した第二十三階層も一キロメートルを超える直線があったほどだ。そんなダンジョンを目的の強さを持つ階層まで潜るのは相応に時間がかかる。
彰弘たちが短時間で第二十三階層まで行けたのは、時速にして百キロメートルの速度を長時間出せるガルドという従魔がいたからこそであった。
「だから、ダンジョンは廃棄場としたのかも。まあ、あそこがダンジョンだったと気づかなかった可能性もあるけど。で、もう一つの野盗の根城の方は多分キメラにできる相性かもしれないわね。そんなに偏りがあるのかって疑問はあるけど、そうでなければ実験場の周辺の魔物を使わなかった理由が見つからないわ。強さ的にはそれほど違いはないみたいだったし」
サティリアーヌたちは目的の建物周辺だけでなく、そこから少し離れた場所も含めての情報を事前に得ていた。
それによると目的だった建物周辺も野盗が根城にしていた岩山付近も、魔物の種類こそ違いはあっても強さという面での違いはそれほどなかったのである。
「どうにもすっきりしません。まあ、調べたくもないですが」
「同感だな。それはそれとして一度は自分のペースでダンジョン攻略とかをしてみたいもんだ。二連続で早さ重視だったからな」
「旅から戻ったらやればいいじゃない。……もしかして家族見つけたらそのままそっち?」
「いや、グラスウェルに戻ってくるぞ。仮に移住するとしてもな。まあ、今のところ移住のつもりはないが」
彰弘にとって家族と暮らすという選択肢はないわけではないが、世界融合前から合算して既に二十年以上を家族と離れて――融合前はある程度の連休時に帰省していたが――暮らしている。今現在はグラスウェルで生活する基盤ができていることもあり、何もかも放り出していきなり家族と暮らし始めるということは彼にとってありえないことであった。
「なら、やっぱり戻って来てから潜ればいいじゃない」
「それもそうだな」
「そのときは私たちもご一緒して良いですか?」
「ウェスターは皇都で暮らすようになるんじゃないか?」
「仮に問題が片付いたとしてもすぐには無理ですね。それにグラスウェルは気に入ってますから」
「まあ、オッケーだ。そんときには誘うよ。二人一緒にな」
「ええ、お願いします」
二人の会話にはアカリのことも含まれていた。
それが自然なことであったからだ。
そのことを嬉しく思いアカリが頬を緩める。
「うんうん、非常に望ましいわね。さて、とりあえず必要なことは話しちゃったかな? 後はあの子たちが降りてくるまで雑談でもしてましょうか」
サティリアーヌはそう言うと、ランクE昇格試験の結果を聞いているだろう六花たちがいるだろう方向に目を向けるのだった。
◇
彰弘たちと別れたランクE昇格試験を受けていた受験者たちは、二階にある会議室の一室で結果発表を待っていた。
二階に上がる前から緊張していた六花たちは、先にこの部屋に入っていたクラツ側からの受験者であるイヌークたちの雰囲気もあり、緊張が緩和されることなく少しの時間を過ごす。
やがて、そんな緊張感が支配する部屋の扉が開いた。
タリクとアイードである。
「お待たせしました。ああ、そのままで良いですよ」
部屋に試験官である二人が入ってきたことで、椅子に座っていた受験者たちは立ち上がろうとするが、それをタリクは制止する。
このあたりは人によって違うため、受験者の行動が間違っているわけではない。
「にしても、お前ら緊張しすぎだろ。何で今まで類を見ないくらいに合格確実だろう行動だったお前らが、俺が担当した今までの誰よりも緊張してるんだよ」
「人にはそれぞれ事情というものがあるのですよアイード。とはいえ、このままではいけませんね。ではまず結果を先に伝えましょうか」
「それがいい。クラツの冒険者ギルド所属のイヌーク、エリン、イセア、アイシス」
「それからグラスウェル冒険者ギルド所属、カスミ、クリスティーヌ、ルクレーシャ、ナミ、カナ、ミナ、ミズホ、シオン、リッカ、パール、エレオノール」
「お前ら全員合格だ。喜べ、今このときからお前らはランクEだ」
タリクとアイードの言葉を受け、受験者たちの全員が安堵の息を零す。
特に六花と紫苑に香澄と瑞穂の安堵具合は相当なものであった。彰弘と同じランクになるため、彼に旅立ちを延期してもらっていたので、他の受験者よりもそれが深かったのである。
「本当によく分からんな。何でこの中でも不合格はありえないだろうって四人が、一番ほっとしたって顔をしてんだよ」
「だから、人にはいろいろとあるんですよ。さて、場も解れたことですし、今後に向けての話をしましょうか。とはいっても、それほどあなたたちに話すことはありません。あえて言うことがあるとしたら、魔法を使うときは充分に注意をするように、ということくらいでしょうか」
「だな。今回は問題なかったが、敵が向かってきたからといって通路を埋め尽くすような攻撃は控えるべきだ。場合によっては、助けなければならない対象まで攻撃してしまうことになる」
タリクとアイードが言っているのは、六花と紫苑が魔法で通路から出てこようとするキメラを殲滅したときのことである。
幸い今回は通路にキメラしかいなかったために問題はなかったが、もしあの中に万が一助けるべき対象が混じっていた場合、その対象者まで屠ってしまうことになりかねない。
「魔物などの気配は人種のそれに比べると強い。俺が言いたいことは分かるよな?」
「勿論、誰かを助けようとして自分が死んでは意味はないと言えるでしょう。ですが可能な限り無害な人を巻き込むようなことは避けるべきです。魔物の群れの中にいる人種の赤子を察知できるように気配感知を極限まで鍛えるのでも、最適な攻撃方法を身に付けるのでも構いません。今回のことを今後に活かしてください」
六花たち四人も思うとことがあった。
だから彼女たちは神妙な面持ちで頷く。
「結構です。ああ、そうそう。カスミさん、リーダーお疲れ様です。見た目に似合わずなかなかに過激でしたが、概ね問題はありませんでしたよ。まあ、できればあの二人のような者も従えることができるようになれば言うことはありませんが」
「ありがとうございます。そのような機会は今後ないかと思いますが、もしあるならば努力します」
明らかに努力をしそうにない顔をしている香澄にタリクとアイードは顔を見合わせる。そして二人とも、仕方がないと諦めた。
ちなみにタリクが言うあの二人というのは、試験前に香澄たちに喧嘩を売って、見事試験前に脱落したウエスとイーアという名の冒険者のことである。
「ま、まあ、あなたたちの状況を考えれば確かに機会はないかもしれませんね」
「それで済ませて良いものかは疑問を持つべきだが……今の段階で強制するもんでもねーか」
「ともかく、全員合格です。それだけは間違いありません。帰り際に下のカウンターで手続きだけは忘れないように。さて、それでは野盗が持っていたのと根城にあった物を隣の部屋に置いてあります。回収してくれた人は辞退しましたので、あなたたちだけで分けてください」
「全部鑑定して確認済みだから安心して持って帰れ。良かったなお前ら。魔法の物入れ持ちが偶然来てくれて。お蔭で片っ端から持って来られて、相当な金になるぞ」
野盗の装備や根城から回収した物は武器もあれば装飾品もあり、そして魔導具もあった。勿論、貨幣もだ。
普通なら高価そうなものを選別して持ち帰るのだが、今回は彰弘がいて彼が回収を無償で了承したために根こそぎ持ち帰っていた。
「本当に良いのでしょうか?」
「問題はありません。彼は下にいるはずですから、帰りにお礼のひと言でも伝えれば良いでしょう。一応、言っておきますが、今回のことは特殊ですからね」
「はい、それは分かります」
「ま、今回の試験のグラスウェル組は全員が回収してくれた彼のパーティーメンバーだ。その関係もあるんだろうさ、気にせず持ってけ。それで装備を整え、今後死なずに活躍することが一つの恩返しみたいになるだろうさ」
「そういうことです。ここで遠慮して無理をするのは良い選択とは言えませんよ」
質問したのはクラツの冒険者イヌークであり、それにタリクとアイードが答える。
試験官である二人は回収の話を出したときに彰弘の考えを聞いていた。その考えは二人が今言葉に出したことである。
何だかんだで冒険者の死亡率というのは高い。特にランクがEに上がった直後というのは装備の更新時期で意図せず無理をしてしまうことがある。彰弘自体にその経験はないが話には聞いていたため、ちょっとした親心的なものが出たのであった。
「さあ移動してください。何だかんだで時間は過ぎていますからね」
タリクが手を叩き、この場の終了を宣言し行動を促す。
イヌークもこれ以上質問をすることはなく席を立った。勿論、残りの面々もである。
ちなみに六花たちグラスウェル組は、彰弘の人となりを多少なりとも知っているため、特に何かを言うこともなく無言を通していた。
ともかく、こうしてランクE昇格試験の結果は受験者へと伝えられ、そして目出度く六花たちは彰弘と同じランクになることができたのである。
お読みいただき、ありがとうございます。
次話投稿は五月四日(土)
……十連休? 休日出勤があるに決まってるじゃないですかー。