5-40.【乙女たちの昇格試験:地下都市?】
前話あらすじ
野盗が繰り出した人種と魔物を組み合わせたキメラを殲滅した香澄たちは野盗を狙うが、その野盗は逃げ出そうとする。
しかしそのとき、野盗が逃げる進行方向から彰弘たちが現れ、野盗を難なく拘束するのであった。
そこそこ広い空間にガリガリという音が続く。
縄抜けできない方法で拘束されていた野盗たちだが、何人かは縛られるときに暗器を掌の中に隠していた。彼らはそれを使い身体の自由を取り戻し、必死に出入り口のない檻を破ろうとしていたのである。
「オメェーら、そろそろ諦めたらどうだ?」
そう声を出したのは野盗の中でカシラと呼ばれていた男である。
カシラの身体に縄はない。いち早く身体の自由を取り戻した彼であったが、他の野盗とは違い今はベッドを模した場所で横になっていた。
「諦めるの早すぎやしませんか!?」
「可能性のないことをやる趣味はねぇよ」
カシラも最初は縄を切った暗器を使い外に出られないかと、檻を構成する直径が二十センチメートルにもなる石柱を削ろうとしていたが、石柱は硬く力を入れても僅かに傷を付ける程度であり、間違いなく途中で暗器が使い物にならなくなるだろうことがすぐに分かった。仮に暗器が壊れなかったとしても一か所を切断するのにどれだけの時間がかかるか分からない上に、脱出するには最低でも二か所を切断する必要がある。
野盗を捕らえた彰弘たちは今はいないが、数時間もしたらこの場に戻って来るのはほぼ確実だ。時間があっても削りきれる保障はなく、しかもその時間は限られている。カシラが早々に檻からの脱出という無駄な努力を放棄するのも分かる話であった。
「……まあ、確かにムダかもしれねーっすね」
野盗の内の一人が自分の手の中にある小さな刃物を見る。
そこにはまだ一センチメートルすら削れていないのに、既に刃が潰れ先端が丸くなった暗器があった。
実際のところ、この野盗も石柱を削り始めて程なく、「こりゃ無理だ」と思いはしたのだが、何となく続けていただけだったりする。
「ところでカシラ。あいつらが言ってた地下都市って、あの地下都市っすよね?」
檻から出るのを諦めた野盗は、自分が入れられている檻のベッドらしき段差に腰をかけた。
ただ時間が過ぎるのは退屈なのだろう。すぐにカシラとの会話を始めた。
「ん? まあ、他にもある可能性は否定でねーが、聞いてた限りじゃそうみてーだな」
「まさか、全滅とかしねーっすよね?」
「その心配はねーだろ。オレらにとっちゃ全滅レベルの場所でも、あいつらならお守りしながらでも余裕だろうさ」
別にカシラに話しかけた野盗は彰弘たちの心配をして言ったのではない。
今現在この場には野盗しかおらず、その全員が堅牢な石柱の檻に閉じ込められている。そしてこの場所にいる野盗はそれが全てだ。もし万が一にも彰弘たちが全滅した場合、ここから出られる確率は限りなく低くなってしまう。つまり、自力で外に出ることがほぼほぼ不可能な野盗たちにとって彰弘たちが全滅するということは、餓死へ一直線なのである。
一応、ランクE昇格試験の受験者たちが試験から戻らない場合には冒険者ギルドが捜索を行うし、もしかしたら野盗たちの依頼主だった者がキメラの成果を確認しに来るかもしれない。しかし、前者は試験場所への往復時間に加えて数日は様子を見るため、実際に捜索を開始するのは今日から五日後以降となる。後者についてはすぐかもしれないし十日以上も後かもしれない上に野盗たちを助け出さない可能性もあった。
要は閉じ込められた野盗たちが生き延びるためには、彰弘たちが地下都市の確認を無事に終えてここまで戻って来ることがほぼ絶対の条件なのである。
「今はこの寝心地最悪のベッドの上で、おとなしく待ってるしか選択肢はねーな」
「はぁ。しかたねーっすね」
カシラとその野盗はこのやり取りを最後に口を閉じる。いつまでこの状態が続くのか分からないので、可能な限り体力を温存するつもりのようだ。
この後、カシラを含む野盗たちは彰弘たちが戻るまで、ただひたすら暇な時間を過ごすのであった。
余談だが、香澄たちが戦った人種をベースにしたキメラは、彰弘たちが侵入した実験施設から野盗たちが地下都市と呼んでいるところを通り、野盗たちの依頼主によってこの場に連れてこられた。
人種ベースのキメラと魔物同士を掛け合わせたキメラの強さにそれほど違いはないものの、完全に従わせることはできずとも人種ベースはまだ辛うじて方向性を持たせることができたのである。そのため、施設からの移動時に何体かは失ったものの、それなりの数が香澄たちの前に姿を見せたのであった。
◇
野盗たちを閉じ込めた檻に不備がないことを確認した彰弘たちは全員で地下都市らしき場所へ降りていた。
本来なら見張りなりを立てておくべきなのだが、実験施設を閉鎖したことから野盗を雇った者たちが来ることはまず考えられず、閉じ込められた野盗たちが自力で脱出する確率は限りなくゼロに近い。そのため、野盗はとりあえず放置で良いと判断したのである。
それはそれとして地下へと降り立った一行の内で、初めてこの空間を見た面々は建ち並ぶ建物と天井の高さに、そして明るさに驚きを表す。
「おお、ビルがある!」
「明るい!」
「天井高いですねー……というか、ここからだと天井が見えませ……ん?」
「凄いですね。このような街が地下にある……と、は……? 香澄さん。私たち、そんなに下へ降りてきましたか?」
「せいぜいが二階分くらいだったかな」
「ですよね」
だが、やはりと言うべきか、六花や瑞穂のように素直に驚きを表すだけの者もいれば、紫苑や香澄のように驚きながらも異常に気づき疑問を覚えた者もいた。
「彰弘さん、ここは?」
「残念ながら答えを持ってないな」
紫苑の問い掛けに彰弘は苦笑を返す。
足を踏み入れた施設で発見した実験の資料に記載されていた内容により、彰弘の意識は大部分がキメラの殲滅に向けられており、この場所が何であるかを詳しく知ることをしなかったのである。
無論、最低限の確認を怠るようなことはしていなかったが、それはあくまで安全についてだけだ。ここがどのようなものであるかは意識の外であった。
そしてそれは、彰弘だけでなくサティリアーヌたちも同様である。
この地下に廃棄されていたキメラは彰弘たちにとって強いというわけではなかったが、決して弱いわけでもなかった。また遭遇回数が異常に多かったのも彰弘たちがこの地下に意識を向ける妨げをしていた。
「アキヒロさんの言う通りね。キメラに集中し過ぎてここのことを気にしなさ過ぎたわ。恐らくだけど、ここはダンジョンよ」
「……向こうの地上部分が後付。そういうことか?」
「そ。これだけの街がこの浅さにあって、近くの街の冒険者ギルド職員……それも試験官を務めるような人が全く知らないというのは普通は考えられないし。まあ、それよりもよくよく考えたら構造が街にしてはおかしいのよね」
「無駄に広く長い通路があって、突き当たりの扉を開けたらいきなりこの空間でしたね。しかも、その扉があった壁はやたらと大きかった」
「俺らが入った通路は、ダンジョンに入る前の入り口前の空間だったということか」
「多分ね。んで、街の中を歩けば分かるんだけど、あまりにも無秩序」
主要道路を進んでいると思ったら民家に辿り着く。壁に挟まれた通路を進んだら、その先にあったのは高層ビルの裏側だった。などなど、人が生活するには少々どころかかなり不便な構造をしてるのが、この街に見える場所である。
「ダンジョンなら魔物がいるはずですが、普通の魔物とは遭遇していないと言ってませんでしたか?」
「それは多分……キメラのせいだと思うわ。ここがどんな感じで拡がったのか拡がっていってるのかは分からないけど、どのタイプのダンジョンも浅い部分に理不尽な強さの魔物がいることはほとんどないはず。で、キメラは自分たち以外を無差別に襲う感じみたいだから……」
「駆逐されているのだろうな。少なくとも、我々が侵入した向こうから、この場所に着くまでの間は魔物ではなくキメラの領域となっていたわけか」
「そういうことでしょうね。だからキメラが少なくなった今は……来たわね」
ダンジョンの魔物は一度駆逐したとしても、一定時間後に再度生み出される。しかしこの場所では生み出された瞬間にキメラに察知されて倒されるということが起きていた。
そのため、彰弘たちが入ったときには普通の魔物と遭遇することはなく、キメラばかりと遭遇していたのである。しかし、今は多くのキメラが倒された後であり、魔物が再度生み出されても即殺されるようなことはなくなっていた。
だからこそ今。彰弘たちの前に魔物が現れたのである。
「ゴブリンが二体か。そりゃキメラの相手は務まらないよな。それはそれとしてお見事」
「「えへへー」」
建物の陰から出てきたゴブリン二体は、姿を見せた直後魔法により倒された。
それを行ったのは一行の中で最前部にいた六花と瑞穂である。
「うんうん、良い反応。……地下都市じゃなかったけど、調査は必要よね?」
彰弘に褒められ照れたように微笑む二人の頭を撫でたサティリアーヌは顔を二人の男に向ける。そこにいたのはランクE昇格試験の試験官として来ているタリクとアイードであった。
「勿論」
「階層型かそうでないか。魔物の種類に強さ。そして氾濫の危険があるかないか。最低限、それらは必要だ」
「そのくらいなら、時間はそうかからないわね。戦力は充分なわけだし、ちょっと探索してみましょうか」
サティリアーヌは反対意見がないかを確認する。
そして一行はおおまかに行動方針を決め、その後ダンジョンの探索を開始するのであった。
「何と言うか、ちょーっと卑怯な気もするわね」
ダンジョン探索を始めて一時間。一行は第十階層にいた。
このダンジョンは狭いわけでなく、むしろ広いので驚異的な探索速度である。
勿論、これには理由があった。彰弘が別のダンジョンのダンジョンマスターとなっているからではなく、階下への階段を運良く連続で見つけたわけでもない。ただ彰弘の従魔であるガルドを先行させていたのである。
ガルドの移動速度は身体の大きさに関係なく時速にして百キロメートルを超え、単体での戦闘力も防御に大きく傾いているが悪くない。しかも視界の共有を彰弘とできるわけではないが、念話で意思疎通ができるのだ。
ガルドを先行させ下への階段を見つける。その道を一行は進むのだから速いのは当たり前であった。
ちなみに、ある場所のダンジョンマスターとなったとしても、他のダンジョンについては何の権限も持たない。
「広さ以外は随分とバランスの良いダンジョンですね。罠も少しずつ難易度が上がっていますし、魔物の遭遇率は悪くなく徐々に強くなっています。魔物を倒したときに落とす物も魔石だけというのが少ないとは」
「暫くは氾濫の危険もないだろうな。仮に攻略されていなくても、魔物の数がこの程度であれば短くても数年は大丈夫だろう」
「ええ。もっとも、早急に下層の調査を行う必要はありますけどね」
ダンジョンから魔物が氾濫する条件は、階層型でもそうでない型でもダンジョン内で魔物が飽和することだ。そのため、このダンジョンでいえば少なくとも十階層までは極端に魔物が多いというわけではないので、今はまだ氾濫の危険はないということになる。
「できれば今の内に攻略済かそうでないかを確認できればと思いますが……」
「条件と報酬次第……と言ってやりたいところだが、生憎今は依頼の最中でな」
タリクの何かを期待する顔に苦笑を浮かべつつ応えた彰弘は今の依頼主へと視線を向ける。
それを受けたサティリアーヌは少しだけ考える仕草の後で口を開いた。
「一度、野盗を閉じ込めた場所まで戻って、それから二時間限定。核まで辿り着けなくてもそこで終了。また少しでも苦戦する魔物が出てきても、そこで終了ね。後は……私とリタ、それからウェスターさんも同行させること。あなたたちの……そうね、アイードさんだっけ? 彼には上に残ってもらう。万が一の守りのためにね。こっちもマリベルとアカリちゃんを残すわ。報酬は相場で。勿論、ダンジョンで得た物はこっちのものでね。こんなところでどうかしらアキヒロさん?」
「説得が大変そうだが……まあ、了解した。ウェスターはどうだ?」
「特に異論はありませんよ。配慮してくれてますし」
これまでの速さを考えて、この階層から一時間となると魔物の強さもある程度にはなっているはずであるが、サティリアーヌが言った人選であれば問題はないだろうと彰弘は考えた。
ウェスターもアカリを同行させないのならば恐らく問題はないとの考えだ。
「で、どうかしら?」
「最善はダンジョンの攻略ですが……仕方ありませんね。アイード」
「いきなりだからな。受けてもらえただけ、ありがたい」
「そうですね。……分かりました、その条件でお願いします。依頼は事後となりますが必ず書類にして手続きしますので」
「じゃあ、とりあえずは戻りましょうか」
サティリアーヌの言葉で一行は動き出す。
帰り道の道中は不満を口にする六花たちを彰弘が宥める声が続いていたが、階層的に戦力は過剰であり、特に問題はなかった。
この後、野盗たちのところに戻り、軽く休憩をした後で彰弘たちは再度ダンジョンの探索を始めたのである。
再度、行われたダンジョン探索は第二十三階層でオークジェネラルを倒したところで終了となる。
第一階層から第十階層と同様に徐々に難易度が上がっていくのは変わらず、魔物を倒した際に得られる物も階を追うごとに少しずつ良くなっていることが確認できた。
まだまだ最下層は先のようだが、このダンジョンなら冒険者が潜るのを躊躇うということはないだろう。
後日、冒険者ギルドはこのダンジョンを正式に発表し攻略を推奨することになる。
その結果、ガイエル領に新たな街が誕生することになるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
二〇一九年 四月 七日 一〇時三十六分
誤字修正
決めた時間で物事を終わらせることができるのは良いことだと思います。
現実、そんなことはないわけで……。
あと少しで帰れるってところで仕事のお代わりはいらないよ、ほんとうに。




