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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
5.旅立ちへの準備期間
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5-37.【乙女たちの昇格試験:イジラレタモノ】

 前話あらすじ

 ついに本格的に野盗討伐が開始される。

 野盗の根城出入り口での戦闘を終わらせた香澄たち一行は、慎重に奥への通路を進むのであった。





 途中から造りが変わった通路をそのまま進み、やがて現れた頑丈そうな扉を抜けた香澄たちは円筒形の空間に辿り着いた。

 円筒は半径が二十メートル弱で高さは十メートルほどであり、野盗の根城が岩山の中にあることを考えると場違いに広い。造り自体も見事なもので円筒を形作っている物質は金属らしきものだが、境目は見えてもそこに余計な隙間や段差は見当たらなかった。

 そんな円筒形の空間を見渡す香澄たちの視線は、僅かな間だけ空間を彷徨い、そして入ってきた扉から見て左側の少し上に向けたところで固定される。

 そこには、この根城を棲家としているだろう野盗十数名の男女がいたからだ。

「あんたらをなんとかすれば今回のは終わりってことかな?」

 口角を少し上げた表情で瑞穂が声を出す。

 円筒形をした空間ではあっても完璧にその形というわけではなかった。

 香澄たちがいる床側よりも天井側半分の方が広く、その境となる部分は人が立ち入ることが可能なだけの広さがあった。

「下っ端を倒しただけだってのに、随分と余裕かますじゃねえか」

 野盗たちの中央で椅子に腰掛けていた男が、叫んだわけではない瑞穂の声に反応したように口を開く。

 両者の距離は二十メートル以上はなれているため、普通であれば会話が成立することはないだろう。しかし、この空間ではそれが可能なようであった。

「余裕? 別にそんなこと思ってもないけど? もしそう見えたなら、そっちに余裕がないってことかもよ」

「ちっ。なんなんだてめぇらは。気味が悪ぃ」

 見ようによっては瑞穂の表情やら態度やらは余裕がありそうに見えるが、実際は彼女自身が言うとおりである。

 まだまだ自分は弱いと考えているのだから、相手が誰であろうと一定以上の危機感を纏っていた。

 ただその危機感は無意識に近いものであり、今の表情と合っていないといえば合ってはいない。それが野盗に気味を悪く感じさせた要因であった。

「特にてめぇにてめぇと同じ顔の奴。それからそっちの黒髪とチビ。後はそこの金髪もだ」

「失礼な人ですね。この可愛らしい六花さんとクリスさんのどこに気味が悪いところがあると?」

「紫苑さんもクリスさんも綺麗だよ?」

「お二人もミズホさんやカスミさんのどこにも気味が悪いところは見当たりませんが……エル?」

「あの男の目が腐っているのでしょう。お気になさらずに」

 立場の違いで受ける印象がことなるということはよくあることであり、今回のことも似たような感じであろう。付け加えるならば、今回は敵対している間柄であるから、余計に野盗側は強く異常さを感じたということか。

「ちっ。最初に見たときは依頼を無視して捕まえて売っぱらえば、儲けられると思ったんだがな。……おい、例の扉を開けて来い。とっとと性能調査とやらをやって終わらせるぞ」

「いいんですかい? カシラが言った奴ら以外は普通っぽいですぜ?」

「終わった後に生き残ってたら捕まえるさ。それが一番簡単で確実だ」

「まあ、アレの制御は今はできねぇって話ですからね」

「そういうこった。さっさと言って来い」

「へい」

 元々ここの野盗たちは、ある者たちからの依頼でここを根城として行動していた。依頼の内容は、この用意された場所を拠点として離れた場所で人を攫い連れて来ることだ。怪しいところのある依頼人であったが、その報酬の良さは怪しさを帳消しにするほどであった。

「にしても、これまでは完璧だったが今回は予定外だったってことか? 一応、オレらが何か準備することなく調査に必要な奴らは来たが……突然最後の依頼ってことはそういうことか?」

 手下が例の扉を開けに行くのを横目で見つつカシラと呼ばれた男は依頼についてを考える。

 これまでの依頼であった人攫いは、必要な物も情報も全て依頼人から提供されており、そこに不備はなかった。しかし、最後の依頼である今回については調査の相手をさせる人員については人数も実力も、そしていつ頃来るのかも近い内にという不確かさだ。

「まあ、いい。アレは化け物だが、強さは本物だ。問題ないだろう。レポートとやらは面倒でしかないがな」

 カシラはそこで考えるのをやめ、アレの相手をする者たちを見下ろす。そして、「少し待ってろ。今から面白いものを見せてやる」と言葉を投げつけたのであった。









「なんか、あまり良くないものが出てきそうな雰囲気なんだけど」

「確かにそのように感じます」

 声の聞こえ方は一律ではないようで、先ほどまで野盗たちが話していた内容は香澄たちには聞こえていなかった。

 しかし、聞こえてはいなくても、その雰囲気から自分たちにとっては良くないことが、これから起きそうだということは容易に香澄たちには想像ができた。

「うーん。とりあえず、わざわざ静かに待つ必要はないかな? 相手は討伐対象だし。……うん、攻撃しよ」

 その姿と雰囲気から想像するのは難しいかもしれないが、香澄は些か攻撃的だし決断力もある。だからこそ相手の準備が整う前に攻撃を決めた。

「目標はあそこだよ。エレオノールさんとエリンさんは周囲警戒。ナミちゃんとイヌークさんにイセアさんは弓矢。残りは魔法。攻撃順は魔法に続いて弓矢。カウント開始! 三……二」

 僅かな間とはいえ、一か所に集中するため、香澄は魔法を使えない二人に周囲の警戒を促す。

 なお、グラスウェル魔法学園を卒業しているナミは実戦においても魔法を使うことに支障はないが、今回は弓矢での攻撃人数が少ないために、香澄はあえて彼女に弓矢での攻撃を指示していた。

 ともかく、香澄の指示を受けて二人が周囲を改めて警戒し、残りの全員が攻撃の準備をする。

「…一! 攻撃!」

 指示から攻撃までの時間は短いため、魔法は全員が全員詠唱破棄の魔法名だけで魔法を放つ。

 炎や氷、土や風など様々な属性を持った魔法が野盗がいる場所へと殺到する。そしてそれらが着弾するかしないかのところで、今度は三つの弓から放たれた矢が打ち込まれた。

 果たして結果はどうだったのか。

「うっへ、無傷だ」

「矢も届かなかったようですね」

「一瞬、障壁のようなものが見えましたわ」

 香澄たちが放った魔法と矢は、野盗に到達する前で全て防がれていた。

 この円筒形の場所が、ただ単に優れた技術で造られただけの場所ではないことの証左である。

「おっそろしい奴らだな。普通は相手が出てくるのを待つってのが筋だろうが」

「討伐対象の野盗相手にそれはないかな」

 若干の焦りを感じさせる口調でカシラが言うと香澄が即座に反応した。

 野盗のカシラの言い分も分からないではないが、香澄の言葉も尤もである。

 そして、そんな両者が更に何かを言おうとしたとき、警戒にあたっていたエレオノールが声を上げた。

「カスミ様。扉が開きます!」

 エレオノールが向けた顔の先には、香澄たちがこの場所へと入ってきたときに潜り抜けた扉と同じような扉があった。そしてその扉は徐々にではあるが、確かに開かれる途中だったのである。

「はっはー! ようやくか。存分に楽しんでくれよ。相手は人と魔物の融合した化け物だけどなあ!」

「ちょっ! それ、あんたたちがやったの!?」

「んなわけねーだろ。オレらは言われたとおりに人を攫って依頼人に引き渡しただけさ。今のオレらは野盗以外にできることはねーんだよ」

「でしょうね。あのようなことができるなら技術があるならば、こんなところで野盗をやる意味が分かりません」

 事実の有無や是非はともかく、もし人と魔物を融合させるような技術を持つならば、それは相当な技術を持っていることになるだろう。そして技術というのは一つのことに特化しているように思えるものでも案外別の用途にも使え、普通ならば街の中でも普通以上の生活はできるのだ。つまり、この野盗のカシラが言っていることは嘘ではない。

 無論、野盗にならなくても普通以上の生活ができたとしても、野盗を選ぶ者がいるだろうことも想像できるが、少なくともここにいる野盗はその類に当てはまらないようだ。

「野盗のことは、この際どうでもよくてよ! それよりもあれはどうしますの!?」

「そうだ。魔物と融合されたとはいえ、話を聞く限りじゃ元は罪のない人たちってことだろ」

 扉が完全に開かれ、そこから異形が現れた。

 どれ一つとして同じ姿をしているものはない。肥大した両腕を引きずっているような姿をしてものもいれば、身体のいたるところから鋭い棘を生やしたようなものもいた。

 唯一の共通点は、どの姿も化け物と呼んで間違いないといえるものであることか。

「これは……迷っている暇はないね」

 倫理観に罪悪感など、いろいろとあるが、それらを考慮しても今できることは限られている。

 だからそれを分かっている香澄は迷うことなく指示を出した。

「六花ちゃん紫苑ちゃん、みんな。足止めをお願い。瑞穂ちゃんボルテックスで全部薙ぎ払うよ」

「カスミさん!?」

「ルーシーちゃん、迷っている暇はないんだよよ。相手は普通じゃないし、わたしたちじゃあの人たちを戻すことができるかどうかも分からないんだよ。選択肢は三つだけ。逃げるか何もしないで殺されるか……そして殺すか、だよ」

 増援が後から来る予定があるならば、それまで持ちこたえるという選択肢があったかもしれないが、そのようなものはない。

 もっとも、仮に増援が来る予定だったとしても香澄が選択するのは殲滅だろう。例え罪のなかった人たちの命であっても、それは自分の知り合いや友人たちの命と等価ではないからだ。

「やっぱ普通じゃねーな。一瞬も迷わなかっただろ」

「迷う要素がないからね」

「香澄!」

「うん! 攻撃開始!」

 野盗のカシラとの短い会話を瑞穂の声で打ち切った香澄が攻撃の合図を出す。

 そしてその合図は絶妙なタイミングだったようだ。

 人と魔物の融合した化け物を殺すということに躊躇した者に攻撃を行うという決断する時間を与えた後であったからだ。

「足止めだけに専念してください。倒す必要はありません!」

 瑞穂とともに魔法を使うために集中する香澄に代わり紫苑が声を出す。

 香澄が瑞穂とともにこれから使おうとしている魔法は、昨年グラスウェルの東の森林にできたダンジョンで初めて実戦に投入した複合魔法と呼ばれるものの改良版であった。

 魔力の消費量は変わらないが、威力を少し下げたことにより任意の方向に魔法を使っている最中でも攻撃先を変えることをできるようにしたものである。

「前衛は香澄さんと瑞穂さんに向けられた攻撃を防いでください!」

 足止めは魔法と弓矢が担う。

 近接攻撃しかできない二人には、魔法を使うための集中に入った香澄と瑞穂に向けられるであろう飛び道具などの攻撃を防ぐ役目だ。

 そして足止めに必要な最低限の威力を持った魔法と矢が放たれる中、香澄と瑞穂が魔法の詠唱を開始した。

「氷の力よ!」

「風の力よ!」

 掌を合わせ指を絡めて握り合ったまま香澄と瑞穂は、それぞれ残る側の腕を前方に突き出し、その掌を化け物となってしまったモノへと向ける。そして言葉とともに魔力を操り、氷と風の力を呼び起こす。

「「眼前の敵を討ち滅ぼす無限の力を今ここに! 天に還れ!」」

 そして魔力の奔流が一旦完全に止んだところで、二人は絡めていた指を解き、握り拳とした両腕を腰辺りに引きつける。

「「ウィルド! 『ストームボルテックス』!」

 魔法名とともに腰に引きつけた腕を、掌を目標へ向ける形で思いっきり突き出した。

 そこから放たれるのは、荒れ狂う風とその中を飛び交う無数の氷の刃である。

「まず右!」

「了解!」

 香澄が魔法を維持したまま叫べば、即座に瑞穂が応える。

 化け物となったモノたちは、狂風に煽られ体勢を崩したと思ったら無数の氷の刃に切り刻まれる。

 野盗が自信を見せるほどの実力があるだろう化け物となったモノたちであったが、昨年と比べても更に力を増した香澄と瑞穂の魔法の前では無力であった。

「左っ!」

「あいよっ!」

 化け物となったモノの右側を消し去った後、今度は左側へと魔法を向ける。

 結果は右側と寸分の違いもない。

「ついでに扉!」

「吹き飛べー!」

 最後の締めとばかりに今度は化け物となったモノたちが出てきた扉へと魔法を向けた。

 扉には少し前に魔法と矢を防いだものと同じ効果の障壁があったわけだが、使い勝手を良くし多少威力を落としたとしても充分な威力がある魔法までは防げなかったようだ。数秒の後に轟音を響かせ破壊された。

「おいおい冗談だろ」

 野盗のカシラが呆然と呟く。

 この場所のことに詳しいわけではないが、この円筒形の空間にある障壁は普通なら破られることはないはずであると聞かされていたし、その話をした者が相当の威力を持つ魔法で試しても破られなかったのだ。

「カシラ。あの様子なら二度目はないんじゃ……」

「なぜ一回だけだと思うのかな? まだ魔力を回復させれば撃てるよ」

「それにあたしたちだけじゃないんだなー。六花ちゃん紫苑ちゃん。まだ奥にいるみたいだから、よろしく」

 魔法を撃ち終わって動きを止めることなく、魔石を取り出し魔力の回復をする香澄と瑞穂。

 その横で今度は六花と紫苑が、先ほどの香澄と瑞穂と同じような格好をする。

「今度は薙ぎ払う必要はありませんから、威力特化でいきましょう」

「うん。全力」

 野盗たちの耳に疑いたくなるような言葉が届く。

 そんな野盗たちの反応を待つことなく、六花と紫苑は自分たちの魔法のために声を上げるのであった。

お読みいただき、ありがとうございます。



日付が変わっちまったなぁ。


二〇一九年 三月十六日 二一時四十分 サブタイトル修正

誤)5-36.

正)5-37.

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