5-36.【乙女たちの昇格試験:襲撃】
前話あらすじ
野盗の根城の近くに辿り着いた香澄たち。
野盗討伐への不安はそれほどなかったが、魔物と遭遇しないことに疑問を覚える。
が、結局、最大限の警戒をしつつ試験を続行することに決めるのであった。
「『ウォーターフォール』!」
ルクレーシャの声が夜の岩山に響くと、薪とそのすぐ近くにある横穴付近に大量の水が出現した。
「『アイスフィールド・マックス』!」
そして、水が周囲に流れ出すのとルクレーシャが魔力の供給を止めたことを確認し、今度は香澄が声を上げる。
岩山を流れ落ちるだけでなく、横穴へもそこを埋め尽くす勢いで流れ込む水を、香澄の魔法が凍らせていく。
絶対零度とはいかないが極低温に近い領域にまで達する香澄の魔法は、その範囲にあるほぼ全てのものを凍結するだけの力がある。
ルクレーシャの魔法から数えて十数秒。出入り口の一つと思しき横穴は、その周囲ごと凍らされた。
「ルーシーちゃん、回復を!」
「もうやってますわ!」
二人は落ちそうになる意識を繋ぎ止め、魔法で消費した魔力を魔石で回復させる。
ルクレーシャが使った、ウォーターフォールの魔法は空中に出現させた水を任意の勢いで落下させる魔法だ。その魔力消費量は魔法の制御時間と生み出す水の量に比例する。今回、落下の制御は行わず即魔力供給を断ったわけだが、量が尋常ではなかった。そのため、限界近くまで魔力を消費したのである。
一方、香澄も魔力枯渇直前にまでなっていた。アイスフィールドは範囲を広げ維持時間を増やし、温度を低下させれば魔力消費は増える。極低温まで温度を下げるとなると、尋常ではない魔力が必要だ。熟練といえる魔法使いの数倍は魔力を保有する彼女であっても、効果範囲が半径二メートル、持続時間も四秒程度が限界であった。
ちなみに、アイスフィールドなどの氷系統の魔法で極低温を実現させるためには、保有魔力だけ条件に達していても意味はなく、当然魔法の腕前が良くなければならない。
なお、今回何故このような難易度の高い方法をとったのかだが、もし後片付けをしなければならなくなった場合を考えたからであった。アースフォールを使い土で埋めてしまうと、その埋めた場所を再び元のようにするには掘る必要があるし、掘った際に出た土を置く場所も必要である。また各系統のウォール系の魔法でなかったのは、横穴の空いている部分が斜めで歪な形をしていたため、適切な形状で壁を出すのが面倒だったからであった。
さて、それはともかく、香澄とルクレーシャは消費した魔力を魔石で全回復させ、すでに攻撃が開始されているだろう下へ目を向ける。
そこでは六花と瑞穂が根城の中を警戒し、紫苑が見守る先で、野盗の見張りと戦うクリスティーヌたちがいるのであった。
◇
ルクレーシャが魔法を使うために声を上げた直後、それぞれが自分に与えられた目的のために動き出していた。
イヌークとイセアが弓を引き絞り矢を放ち、アイシスが短い詠唱から必要なだけの威力を持たせた魔法を放つ。
その横ではパールとミナにナミが、それぞれすぐ攻撃可能な状態で野盗の状態を見極めている。
一方、近接戦を仕掛ける予定だった面々は、矢と魔法が放たれる前に駆け出していた。
離れた場所からの攻撃で見張り全員を倒せれば良いが、そうでなかった場合は速やかに自分たちが野盗を沈黙させなければならないからだ。
このように、まず問題ない野盗襲撃の開始であったが、想定外というものは起きるものである。
あろうことか、イヌークとイセアにアイシスが攻撃を放った瞬間、根城の中から新たな野盗が二人も出てきたのだ。
「クリスさん! 蹴り飛ばします!」
声を出したのは紫苑であった。
比較的緩やかな場所――とはいっても傾斜角は四十度近い――を駆け下りていた紫苑は声とともに進路を変更し、野盗の見張りがいる場所へと一直線に向かい出す。
それに続いたのは六花と瑞穂だ。身体能力に物を言わせ、紫苑と同様に崖といえるような場所を下る。
「エル! 急ぎます!」
「承知しました!」
紫苑たちほどの身体能力はまだないクリスティーヌは、自分のお付であるエレオノールにだけ声をかけ足に力を入れた。
四十度近い傾斜を走っているので止まることは危険だし、何より止まったところで事態が好転するわけではない。ならば、可能な限り早く野盗の見張りがいる場所へ辿り着き、蹴り飛ばすと言った紫苑の言葉に応えるのが最善だ。
紫苑の省略された言葉の意味を正しく理解したからこその行動であった。
「行きますよ!」
「よくわかんないけどっ!」
最後尾を走っていたカナとエリンも加速する。
カナも紫苑の言葉を理解していた。何だかんだで彼女も四年間という月日の内に紫苑のことをある程度は分かっていたのだ。
エリンに関しては、今の状況から紫苑が何をしようとしているのかは分かったが、その先までは読めていなかった。ただ、一人だけ遅れても良いことにはならないだろうと考えたのである。
「新手を頼みます!」
野盗の見張りが立っていた場所へ早々に飛び降りた紫苑は、一歩遅れて着地した二人へと声をかけると、上からの攻撃で手傷を負った見張りをしていた三人の野盗へと向かう。
一方、紫苑から声をかけられた六花と瑞穂は、自分たちが出てきたらいきなり負傷した仲間に戸惑う野盗へと向き直った。
「なんだテメーら!?」
「運が悪いね」
「早いか遅いかの違いだけ」
「そうとも言う」
長剣を抜き放ちつつ、野盗の言葉には応えず自分たちだけで六花と瑞穂は言葉を交わす。
そして、再度野盗が何かを言う前に動き出した。
結果は言うまでもない。数秒後には野盗の死体が二つ地面に転がり、後ろを多少は気にしつつも根城の奥を監視する六花と瑞穂の姿が残った。
「トイレだったのかな?」
「漏らしてたし……ほんと、運が悪いね」
「ともかく、今は」
「この通路を見張るが吉。香澄さんたちも来た」
振り返ることをせずに気配だけで、香澄たちも合流したことを察した六花と瑞穂は、そのまま声がかかるまで監視を続行することにする。
後ろに野盗は三人しかおらず、自分たちが辿り着いたときには手傷も負っていた。わざわざ自分たちが手を貸す必要を感じなかったのである。
「にしても、横道多そうだね。これは待ち伏せがいいかな?」
「うん」
「後ろが片付いたら提案してみよう」
「賛成」
六花と瑞穂は会話を止め監視に注力する。
彼女らの背後が静かになるのは、それから数分後であった。
◇
「相手の死亡が確認できるまで気を緩めちゃ駄目だよ」
地面に倒れながらもまだ息のあった野盗を魔法で撃ち殺した香澄が、クリスティーヌたち四人に向かい声を出す。
紫苑により手傷を負った野盗の三人は、少し遅れてその場に到着したクリスティーヌたちの前に蹴り飛ばされていた。そして、その野盗たちは彼女らの手によって地に伏すことになったのだが、その内の一人はまだ生きていたのだ。
「倒れた相手の生死の判断は難しいから、それは仕方ないけど……気を緩めてると自分が死ぬことになるかもしれないからね」
一対一が三つであれば、まだ多少は生死の判断は楽かもしれなかったが、今回は野盗が連携してきたこともあり、四対三と呼ぶのが相応しい戦闘であった。
最終的に誰の攻撃で野盗が倒れたのか、初めて本気の殺し合いをしたクリスティーヌたちには、それを判別する余裕がなかったのである。
それが結果として、野盗の一人が生きていることを見逃してしまったのだ。
なお、この野盗が生き残っていたことについて、戦闘を見守っていた紫苑は当然気づいていた。しかし、仮の一段落直後に香澄が到着したため、自分がやるよりは今回ランクE昇格試験のリーダーである彼女に任せた方が良い結果となるだろうと考え、視線だけで立場を譲ったのである。
「まあ、過ぎたことをいつまで言ってても仕方ないし、次に活かそ」
「はい。ありがとうございます」
代表して、というわけではないだろうが、当事者の内で声を出したのはクリスティーヌだけであったが、それ以外の三人も香澄の言葉を理解しなかったわけではないようで、深く頭を下げていた。
「で、そこで肩を震わせている瑞穂ちゃん。何かな?」
「いやいや香澄ちゃん何でもないよ。それより提案。敵を誘き出して数を減らそう。ここから見ただけで、横道みたいなのが結構あるからさ」
「もう。……そんなに?」
自分の様子に笑いを堪えるような仕草をしていた瑞穂の態度にため息をするも香澄は気を取り直して提案の内容を確かめに動く。
瑞穂の横に立ち奥に目を向ける香澄の目に、無数というわけではないが想像よりも多くの横道が映る。また正面の壁が見えない程度には奥行きがあることも分かった。
「これ自分たちで掘ったのかな? 地面とか平だし」
野盗の根城は自然にできたものとは思えないものであった。
壁はごつごつとしているし、地面も完全に平であるとは言えないが、どう見ても人の手が入っているように思える。
「で、どう? 六花ちゃんも待ち伏せというか、誘き出しには賛成だよ」
「うん。いろいろ考えたけど、誘き出すのがいいと思う」
今のメンバーであれば、薪のあった場所のように横道となっているところを氷なり土なりの壁で塞ぎつつ進むという手がないわけではない。
だが、いくら魔力回復のために魔石を用意してきているとはいえ、横道の数によっては足りなくなる可能性もあった。
「誘き出すことが可能ならば私も賛成です。今の状態で進むのはあまり得策ではありません」
「紫苑ちゃん。……そっか、そうかもね」
自分の横に来た紫苑の視線が向かった先を見て、香澄は同意する。
二人の視線の先には先ほど戦闘を行ったクリスティーヌらの姿があった。
先ほどの失敗を引きずって、この後の行動に支障を出すほど弱くはないと思ってはいるが、万が一というものがある。ならば、自分たちが確実に手助けされる状況下で対人戦の経験をクリスティーヌたちに積んでもらうのは、決して悪くない案だと思えた。
無論、先ほど香澄に気を緩めるなと言われた四人以外にも対人戦の経験を積ませる必要はある。そもそも見下ろしという普通はあまりないだろう状況だとはいえ、離れた距離からの攻撃で唯の一人も殺せなかったのは、彼らが攻撃する際に一瞬とはいえ迷った結果であろうからだ。
攻撃を躊躇い、結果的に攻撃できなかったということはないので、ランクE昇格試験は合格できるかもしれないが、このままでは再びの躊躇いにより試験結果を聞く前に命を落とす可能性もある。
「当初の予定を変更。少しの間、ここで野盗を倒すよ。始めの前衛はクリスちゃんとエレオノールさん。後衛はパールちゃんにミナちゃんとナミちゃん。次はルーシーちゃん、カナちゃん、エリンさん。後衛はアイシスちゃん、イヌークさん、イセアさん。私たち四人は状況を見て適宜対応」
野盗の根城の出入り口は、そこそこ広い。それでも並んで近接戦闘できるのは三人くらいであるため、今回は戦闘に参加するメンバーを分けたのである。
「異論とか文句とかは、全部が終わった後。じゃあ、まずは死体を戦闘の邪魔にならない場所に移動させよ」
香澄は声を出すと自ら率先して動く。
自分が命を奪った野盗の足を持ち、出入り口の中から見えない位置へと引きずって移動させる。
それを見て、野盗と近接で戦ったクリスティーヌたち四人と、六花と瑞穂が野盗の死体を動かした。
「配置について。始めはクリスちゃんたちだよ」
クリスティーヌとエレオノールが根城の通路部分へと足を踏み入れる。その少し後ろにはパール、ミナ、ナミが続き、その更に後ろは紫苑と六花であった。
残る面々は根城の外で、中と外を警戒しつつ待機である。
「エル」
「承知しております。先ほどの失態は拭わねばなりません」
「今後のこともあります。絶対に」
クリスティーヌとエレオノールは柄を握り締めた。
後ろに並ぶ三人も似たような状態である。
だが、そんな五人の後ろから、この場にはそぐわないような柔らかい声が届く。
「そこまで気負う必要はありません。いつも通り……は難しいかもしれませんけどね」
「シオンさん」
「ふふ。それでは行きますね、クリスさん」
「っ。はい!」
「『ライトボール』!」
紫苑が上げた掌に僅かに光る球体が出現する。そして、一拍後、その球体は通路を直進し破裂した。
そこそこの音を立て僅かな時間通路全体を明るくした球体は、確かに根城に住む野盗への合図となったようだ。
「全員、準備!」
香澄の声が響く。
数分後。根城の野盗とクリスティーヌたちの戦闘が開始されたのであった。
計三回。
二つの組に分け、そのどちらも一回は戦えたのだから、誘き出しの効果はそこそこだったといえよう。
むしろ、三回も少数で襲ってきたことの方が驚きである。
「もう来ないかな?」
「一回目と二回目は相手を全滅させられましたが、三回目は戦闘もせずに、こちらを見ただけで一人が奥へと行きましたからね」
「うん。さっきの戦闘中、こっちに来ないで奥に行くのが見えた」
「ま、充分でしょ。後は進んで殲滅ってね」
「そうだね」
先ほどの戦闘から少し。
香澄たちは奥へ進んでの野盗討伐を決める。
「で、横道はどうする?」
「そこなんだよね。後、罠とかも心配といえば心配」
「ここに来たり、奥に行った野盗の動きを見る限り、罠の心配はなさそうですが……」
「んー。慎重に進むしかないかな? うん、行こうか」
いつまでも、ここで悩んでいても仕方ない。
香澄は決断した。
「先頭は六花ちゃんと紫苑ちゃん。その後ろはさっきの一組目が左側で、二組目は右側ね。前衛が後衛を左右で挟む感じで。最後は瑞穂ちゃんとわたし」
今いるメンバーで気配関係に強いのは六花であり、その彼女と一番合うのは紫苑である。そして、香澄と瑞穂も決して気配に鈍感というわけではない。
前後の四人以外の配置は無難というべきか。
「それじゃあ、位置について」
香澄の合図で六花と紫苑が前に出ると、それに続いて残りの面々も位置につく。
「六花ちゃん、紫苑ちゃん。ここからは制限なしで。瑞穂ちゃんもね」
「分かりました」
「うん」
「ぶっちゃけ、あたし何もやってないようなもんだったから、どうしようかと。ともあれ、りょーかい」
この後すぐ。香澄の合図で一行は野盗の根城へと足を踏み入れる。
ランクE昇格試験の野盗討伐は、こうして終盤を迎えるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。