5-35.【乙女たちの昇格試験:野盗の根城襲撃直前】
前話あらすじ
彰弘たちは依頼の目的となる建物を調査するために必要な最新の情報を手に入れるために、以前訪れたことのある結界維持のために建てられた仮設神殿へと赴く。
そしてそこで、目的の建物を使っている者とランクE昇格試験の対象である野盗が繋がっている可能性があるという情報を得るのであった。
「強いってことは昨日の一件で分かったが、本当に大丈夫なのか?」
「今いるわたしたちの中で一番向いてるのは六花ちゃん。そしてその六花ちゃんと一番相性が良いのが紫苑ちゃん。わたしたちの中から偵察に出すなら、二人がベストだよ。罠師がいたら任せても良いかも、だけど」
一晩を野営で過ごした香澄がリーダーを務めるランクE昇格試験の受験者たちは、目的の野盗が根城にしている山の中腹にある洞窟から目算で三百メートルほどの距離にいた。
野盗の根城がある山は岩山であり遮蔽物は少ないが、裾付近は木々が普通に生えており身を隠す場所に困ることはない。大人数人がかりが両腕を伸ばし、ようやく幹を一周させることができるような大樹も多くあるので、今の状況にはうってつけである。
「ま、安心してどんと待ってりゃいいのよ」
「信じられないくらい落ち着いてるわね、あんたたち」
「そりゃ信じてるしね」
そして、そんな大樹の陰に身を潜めて偵察に出ている二人を待つ香澄たちの雰囲気は良好だ。
あまり褒められたことではないかもしれないが、昨日の顔合わせで不和の芽を完全に摘み取ったからこその今である。そして、その後の自己紹介と相応の時間を費やした対話も今に繋がっていた。
加えていうならば、クラツ側の冒険者に香澄たちと同じ年をグラスウェル魔法学園で過ごしたアイシスがいたことも一役買っている。
両者はそれほど親しかったわけではないが、お互いを知っていたし不仲だったわけではない。卒業から一年ほど経ってからの再会はちょっとした懐かしさを感じさせ思い出話に繋がり、それが結果的に関係の良好を齎したのであった。
「ふふ。リッカさんが本気で気配を消したら、ランクが二つ上の方々でも気づくのは難しいくらいですから。シオンさんにしても、そう劣るものではありませんし」
偵察に出ている六花と紫苑を、あらゆる意味で心配する必要ないというのは、声を出し応えた香澄と瑞穂にクリスティーヌだけではなく、グラスウェルから来た面々とグラスウェル魔法学園で一緒に過ごしたアイシスである。
残る三人は昨日の訓練場で六花の強さの一端を見ていたが、そこはやはり会ったばかり。どうしても気になってしまうのは仕方ないだろう。
「まあ、そんなわけで気にせず待と。それはそれとして念のために一つ聞きたいんだけど、このあたりは魔物が少なかったりするのかな?」
「ああ、それはあたしも思ってた。街道で遭遇しなかったのは分からないでもないんだけど、今日この森に入ってからも見てないし。てか、魔物の気配もなんか薄い気がする」
「そうですわね。ここに入ったのは午前の内。明らかにおかしくてよ」
偵察に出た二人のことに一段落ついた後の話題は魔物の存在についてであった。
街道であれば、元々魔物の出現が少ないところに敷かれるし定期的に討伐も行われるので、魔物と遭遇しなくても、それほど異常というわけではない。しかし、今香澄たちがいる森林のような場所で半日以上も魔物に一切遭遇しないというのは明らかに異常といえた。
「特別少ないといった話は聞いたことないです」
「同じくだ」
「わたしたちも、ここまではそんなに来ないけど……そんな話は聞いたことないよね? エリンはどう?」
「聞かないわね」
クラツを拠点とする冒険者の四人が聞いたことないということで懸念が増す。
魔物が少なくなる理由というものは、そう多くはない。気候変動などで魔物の生存に適さなくなったか、何かが駆逐したか、そこに存在していた魔物が逃げ出すほどの強い敵性個体が現れたかだ。
だが今回のものは、そのどれでもないと思われた。
今、香澄たちがいる場所は魔物が生存できないとは思えないし、駆逐もそんなことがあれば話を聞かないわけがない。強力な何かが現れたのだとしても、そのことが人々の話題に乗らないわけがないのだ。
何にせよ、今香澄たちがいる森林は普通の状態ではないといえる。
「カスミさん、どうしますか?」
「うーん。どうにもできないかな。タリクさんたちが何も言ってこなかったから、試験続行ってことで六花ちゃんたちに偵察を頼んだわけだし……試験が終わった後に戻って報告かな」
ランクE昇格試験の試験官であるタリクとアイードも当然このすぐ近くにいる。ただ試験の間は余程その必要がない限り、気配を消し受験者たちの前に現れることはないのである。
「とりあえず現状維持だね。六花ちゃんと紫苑ちゃんが戻ってきたら、改めてどうするか決めよ」
現状で判断するにはあまりにも情報が足りない。
結局、香澄たちは現状維持で六花と紫苑を待つことにしたのである。
六花と紫苑が香澄たちのところへ戻ったのは、二人が偵察に出てから一時間を経過した後であった。
森林の中ということもあるが、そろそろ空が見える場所にまで移動しないと行動に支障が出る程度には暗い。
「二人とも、試験継続で問題はないんだね?」
「うん。気にはなるけど、中止するほどじゃないと思う」
「はい。万が一を考えて警戒レベルを深遠の樹海くらいまで上げておけば、余程のことがない限り対応できるはずです」
「そうだね。じゃあそうしようか、みんな。ああ、アイシスちゃんたちは、いつもより強く警戒する、でいいからね」
香澄の声にグラスウェルを拠点とする面々は特に何かを言うでもなく頷いた。
その様子を見ていたアイシスたちは驚きを顔に表す。
紫苑の口から出た深遠の樹海という言葉が原因である。
深遠の樹海は浅い部分であっても、足を踏み入れるにはランクD相当の実力が必要と言われている。つまり、それだけ危険な場所なのだが、今アイシスたちとランクEへと昇格するための試験を受けているはずの香澄たちは、既に深遠の樹海で活動していると言っているのと同義であることを今示した。彼女たちが驚くのも無理はないというものである。
だが、アイシスたちは驚きと同時に妙な納得感も得ていた。深遠の樹海で戦えるのならば、あの強さを持つのも不思議ではないと。
それはそれとして、一行は即座に行動を開始した。
日が落ちるまで、後少しだからだ。
「さ、行こう。今日は幸い晴れてるし。六花ちゃん紫苑ちゃん案内お願い」
「うん」
「はい」
空に浮かぶ月の形は満月まで後数日といったところ。森林の中では頼りないものだが、木々が邪魔しない場所であれば移動するには苦労はないだけの光量であった。
六花と紫苑に案内され着いたそこは、まさに絶好といえる場所である。
野盗の根城から離れるように進んだときは一同疑問を感じたし、途中で見えた襲撃場所である出入り口を目にしながら岩山を登り始めたときは驚きを皆が顔に表した。
それでも今のこの場所を見れば、それまでの道のりに納得がいく。
「気づかれないように足場を造るのは少々骨が折れましたが、この位置は悪くありません。注意しなければいけないと思っていても、頭上というのは意識から外れますから」
「それにここからなら、見張りがいるあそこに数秒で着く。ついでに言えば、もう一つの出入り口も見える」
六花と紫苑がこの場所を選んだ理由は、彼女たちが口にしたとおり。
一直線に駆け下りるには、それなりの能力は必要だが、出入り口への道はそれだけではない。多少距離は伸びるがランクEへの昇格試験を受けられる冒険者であれば不可能ではない程度には緩い道もあった。
「一直線は無理でも、確かにあれなら可能か?」
「わたしたちじゃ相当厳しそうだけど……確かに無理じゃない、か」
厳しいことは厳しいが無理ではないとイヌークとエリンが声を出し、アイシスとイセアは無言で頷く。
無論、香澄たちには何の問題もない道であった。伊達に普通なら考えられないような魔物狩りを行ってきたわけではなく、彼女らは全員が全員、最短距離で襲撃をかけられるだけの身体能力を得ている。
「もう一つの出入り口っていうのが気になるかな?」
「正確には、多分、が付きます。薪らしきものを置いて隠しているようですが、中は相当に深そうでした」
「うん。で、見張りはいなかったよ」
「うーん。あまり悩んではいられないよね。ヘタに戦力を分けるのは良くないし。逃げ道だったら放っておくのもまずいかな? ……うん、塞いどこうか」
もう一つの出入り口らしきものが本当に出入り口ならば野盗に逃げられる可能性もあるし、野盗の根城へ乗り込んだ際に後ろから攻撃される恐れも高まる。
だから最善かは分からないが、とりあえずで塞いでおくことに香澄はした。
「で、どうするの? 香澄ちゃんリーダーさん」
「もう、変な呼び方しないでよ。まずわたしとルーシーちゃんが向こうの出入り口を魔法で薪ごと凍らせるから、それを襲撃の合図にするよ。いいよね?」
「いきなりですわね。でも、承知しましたわ」
文句を言うような口調のルクレーシャであったが、その顔には笑みがある。
「で、合図と同時にイヌークさんとイセアさん。それからアイシスちゃんが攻撃。ちょうど見張りは三人だし」
「分かった」
「うん」
「は、はい」
ルクレーシャと違い、こちらの三人の顔に笑みはなく表情は固いが、しっかりと頷く。
そしてこの後も香澄の指示は続いた。
弓と魔法の攻撃と同時に六花と紫苑に瑞穂、それからクリスティーヌとエレオノールにカナとエリンが突撃する。
パールとミナにナミは待機で、最初の弓と魔法が外れた場合の追撃要員だ。この追撃要員には最初の合図を行った香澄とルクレーシャも加わる。
見張りの三人を倒したら、六花たち突撃組みが出入り口の安全を確保し、その間に魔法と弓で攻撃を行った香澄たちが下に降りるというのが第一段階であった。
「出入り口を制圧した後はどうすんの?」
「出たとこ勝負かな? 六花ちゃんと紫苑ちゃんを先頭にして進んで……もし脇道があったら、そのときの状況次第で分かれて進むか皆で進むか決めるよ」
「ま、それしかないっか。で、いつ始める?」
「見張りが交代した三十分後」
「んじゃ、それまで休憩だね」
「うん。警戒しつつ、だけどね」
襲撃の方針は決まった。
野盗の根城に侵入した後については、その場その場で対処していくしかないが、それを行えるだけの能力が香澄たちにはある。
方針決定から、およそ一時間後。香澄たちランクE昇格試験受験者による野盗の根城襲撃作戦が始まったのであった。
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