5-34.【乙女たちの昇格試験:裏:嫌な予感】
前話あらすじ
顔合わせでいきなり暴言を吐かれる香澄たち。
その後、模擬戦へと発展し、結局暴言を吐いた二人は昇格試験前に退場となるのであった。
クラツでなんだかんだあり、ランクE昇格試験の間のリーダーとなった香澄含む一行がグラスウェルを発った翌日。彰弘たちも彼女らと同じ方面へと向かい出発していた。
ただ向かったといっても彰弘たちは真っ直ぐにクラツへと向かったわけではない。彼らの目的はグラスウェルから北東方面にある建物の調査だが、そこは昨年のファムクリツで戦いとなった者たちに関係していると考えられ、建物だけの調査で終わらせてよいものかは不明だ。一応、グラスウェルを発つ時点での最新情報を仕入れてはいたが、より目的地に近い場所で関係する情報がないかを確認したかったのである。
そしてそんな彰弘たちは、現在とても仮設には見えない建物の前にいた。
「雰囲気が変わったか?」
「結界内が前に来たときより落ち着いているわね」
邪神による汚染を浄化するための影響を外に出さないようにする結界は相も変わらず存在している。だが、見るものが見れば分かる。結界内の圧力は以前に比べて確かに弱くなっていた。
「後、神殿が更に大きくなってるな。横の宿舎周りも随分と充実している。期間を考えると、恐ろしい速度で増築されているようだ」
「この分ですと、中も相当なのでしょうね」
「……フィーリス大司教、やりすぎでしょ。今後、ずっとここに住むつもりかしら」
「なるほど。それも理由か」
呆れ顔なのはメアルリア教徒の三人で、彰弘は苦笑交じりの笑みである。
そして残る二人は愕然としていた。
「ま、それはそれとして、行きましょうか」
「だな。今日中にクラツへ着いておきたいし」
呆れたり苦笑したりであっても、彰弘とサティリアーヌにリーベンシャータは今ほどではないが、以前仮設とは思えないこの神殿のことを見ている。すぐに平静となり動き出す。
マリベルについては初めてこの神殿を見たわけだが、彼女はこの神殿の責任者であるフィーリス大司教のことを知っている。なので、ある程度理解できており、彰弘たち同様にすぐ復帰した。
だが、ウェスターとアカリについては別である。下手をしたら大抵の街中にある神殿よりも立派なそれに驚きで声も出ないでいた。
「二人とも行くぞ」
なかなか動き出さない二人に彰弘が声をかけ、ついでに脳天に手刀を落とす。
するとようやくといった感じで、開けていた口をウェスターとアカリが閉じた。
「こんな場所にこれほどまでのものを建てるとは」
「元建造関係の専門家でもいたのかね」
「え? 自力? 大工さんとかじゃなく?」
結界維持のために、一番最初に寝泊りできるところを造ったのは大工などの専門家であるが、それ以降の……つまり現在の神殿を造り上げたのは間違いなくフィーリス大司教をはじめとしたメアルリア教徒たちであった。
自らの安らぎと平穏を自らの力で求めるのがメアルリア教徒であり、その関係で神殿造りを習得している者がいてもおかしくはない。
「それよりも行くぞ。今日中にクラツだからな」
神殿の立派さから愕然とし、そこから立ち直った直後に造り手が誰かを知り、再度動きを止めた二人に、彰弘は再度声をかけてから歩き出す。
そんな多少の時間を使った一幕の後、彰弘たちは結界維持のために建てられた神殿へと入って行くのであった。
神殿内部は良い出来の彫刻が彫られ、メアルリア教の五柱の彫像もしっかりとあり、間違いなく立派といえるものであった。
ただ立派であっても絢爛豪華というわけではないのは、神殿であるということも関係しているが、ここで今生活している者たちが少なくとも煌びやかな空間を好んでいないためであろう。
ともかく、場所を考えたら、ありえないほど立派な神殿なのであった。
そしてそんな神殿内を彰弘たちは入り口で案内役を買って出た神官に付いて進む。
行き先は勿論、この神殿の責任者であるフィーリス大司教のところだ。
フィーリス大司教との関係を考えて神殿を訪れたのだから挨拶くらいはするべきだというのは勿論だが、最大の目的は情報である。
「新しい情報があると思うか?」
「どうかしらね。ケルネオンでもガッシュでも特に新しい情報はなかったし。でも、ここが一番目的の場所には近いから、もしかしたらあるかもしれないけど……うーん、分からないわね」
グラスウェルから見て北北東にあるのがガッシュという街で、ここはクラツと同じように果樹関係が主産業である。
一方、彰弘が輝亀竜の甲羅関係で訪れたことのあるケルネオンはグラスウェルの南東に位置しており、こちらは国内有数の鉱山が近くにあることで工業関係が盛んな街であった。
彰弘たちは、この場を訪れる前に二つの街に立ち寄っていたが、今回の調査目的である建物に関することで新しい情報を得ることができていなかったのである。
「ま、聞けば分かるか」
「そりゃそうね。ちょうど着いたし」
話ながら歩くこと数分。
案内を買って出た神官の足が止まり、これといって変哲のない扉をノックして中へと声をかける。
するとほどなく、部屋の中から入室を許可する声が聞こえてきたのであった。
フィーリスと再会し、最初の挨拶が「お久しぶり」で終わったのはサティリアーヌだけであった。
彰弘はリーベンシャータにも関係のある邪神の眷属のことで、そこそこ長く挨拶を交わしたし、初対面のウェスターとアカリはフィーリスの興味を引いたらしく、こちらもそこそこの時間話していた。
残るマリベルとリーベンシャータはというと、彰弘たちより更にである。前者は世界融合後に会うことなかったため、後者は世界の融合後に会ってはいたが邪神の眷属に力を奪われるなどのことがあったためだ。
だが、それも延々と続くわけがなく、今は全員が部屋に置かれたソファーに腰掛けて落ち着いて話をしていた。
「折角だから、簡単に結界関係のことを伝えておくわね。ああ、そう遠くない内に公表されることだから見まがえなくても大丈夫よ」
フィーリスの顔が向いているのはウェスターとアカリだ。
万が一、機密扱いになるよう話なら部屋の外へ出る必要があるだろうと二人が表情に出していたから、それには及ばないとフィーリスは言ったのである。
「今、私たち神官が邪神により汚染された土地が浄化するまで、外界に影響が出ないように結界を張って維持しているわけだけど、思ったより早く結界を解くことができそうよ」
「やっぱり。落ち着いているように感じたのは間違いじゃなかったってことなのね」
「そ。サティーの言うとおり。あなたたちが前ここに来たときに比べると雲泥の差。多分、後二年か三年といったところで結界を解いても問題ないくらいになるはずよ。もっとも、一部地域は汚染が軽度だったのか、軽い神域みたいになって定着しそうだけど」
「軽いの度合い次第ねぇ」
「普通の人が足を踏み入れたら帰りたくなるくらいかしらね。無理矢理留まろうとしなければ、怪我をしたり体調を崩すこともないと思うわ」
「なら、特に問題にはならないかー。軽くなかったら何らかの対策が必要だもんね」
神域というのは神の領域である。十全の状態では通常それを展開している神の力に反するものを強制的に排除してしまう。
この排除というのは何も神域の外に放り出すということではない。運が悪ければ肉体的に死ぬだけでなく、普通ならば死んだら然るべきところに還る魂までもが消滅することになりかねない。
「神域だのはよく分からんが、要するに順調だというわけか」
「そうみたいね」
「そう、順調よ。お蔭で結界維持に使う力も少なくなって余裕が出てきたわ。まあ、だからといって万が一を考えると、今いる人数を減らすことはできないのだけれど」
「なるほど。だから、なんですね」
「余裕のできた人員を神殿改造に使ったと」
「リタもマリベルも鋭いじゃない。時間と魔力に余裕ができて暇なのよね。だったら、自分たちの寝泊りするところをより自分たち好みにするのは当然でしょ?」
つまるところ、この場で結界を維持する役目の一端を担っているフィーリスたちは、結界内の浄化が進むにつれていろいろと余裕のある人が増えてきたので仮設の神殿を改造していったのである。
「余裕ができたらから増築」
「は、まだ分かりますが、神殿てそう簡単に造れるものなんでしょうか」
「普通は無理ですよ」
「二人とも諦めろ。世の中それが肝心だ」
常識というものは、やはり人によって違うようである。
ともかく、結界維持の仮設神殿がどのような理由で、ここまで立派なものになったのかの理由は判明したのであった。
メアルリアというものの本質を垣間見た後は、今回彰弘たちがこの場を訪れた本題へと話は移る。
「さてと、あなたたちがここに来た目的についてだけど……一応、それらしい情報があるわ」
「何か分かったんですか?」
先ほどとは打って変わって真剣な表情を見せるフィーリスに、改めて彰弘たちは顔を向ける。
そして一拍後、フィーリスは話出した。
「確定とは言えないけれど、あの建物を使っている者たちは野盗と関係があるみたいなのよ」
「嫌な予感しかしないな。その野盗ってのはクラツの東にいる奴らですか?」
「あら、話が早い。その通りよ。もっとも、あくまで可能性があるって段階でしかないけど。私のところに報告が届いたのは昨日のことよ。建物を見張らせていたんだけど、いつも出入りしているのとは違う人影を見たらしいの。で、その人物が建物出た後、付けていったら野盗の棲家へ辿り着いたってわけ。クラツの東にある山の中腹にある洞窟が根城みたいね」
「……話を聞く限りじゃ、野盗がその建物に来たのは初めてってことみたいですが」
「少なくとも、私たちが建物を見つけてからひと月と少し。出入りはいつも同じ人物だったということよ」
確かに確定ではないかもしれない。何しろ、ひと月以上も訪れていないのだから、偶々野盗が家を見つけて入ったというだかなのかもしれない。
しかし、だからと言って気にしないわけにもいかなかった。正確な場所は不明だが、野盗の根城は山の中腹だという。となると、そこは六花たちが受けているランクE昇格試験の現場の可能性があった。
「どうするのアキヒロさん? 多分、うちの神官が見た野盗って、リッカちゃんたちの昇格試験相手よ」
「そうだな。その確率は高い」
「なんだったら、試験を見届けてから建物の調査をしてもいいのよ」
「ああ。だが、そうした場合、もし野盗とあいつらが本当に繋がっていたら、今度は跡形もなく証拠が隠滅されるかもしれない」
ファムクリツの件では、魔導具の復元から始めたのだが復元できたのはどこにでもあるような明かりを灯すものや、火をつけるような一般的な物のみであり、何をやっていたかは不明であった。また、何らかの証拠となる書類も残されていなかったのだ。あの時間の内状況で、あそこまで証拠を消すことができたのだ。時間を与えたら間違いなく完全に証拠となるものを消されてしまうだろう。
「……決めた。今日中に建物を調査する。いや、建物の中にあるものを片っ端から持ち出す。それが終わったら野盗の根城へ向かう」
「かなーり無茶言ってるわね。フィーリス大司教。目的の建物って、ここからだとどのくらいかかるの?」
「普通の人なら歩いて五日ね」
「範囲内だ問題はない。頼むぞガルド」
「(任されよ。人の足で五日。今からでも全力で行けば日が暮れる前に着いてみせる)」
真っ先に野盗の根城へと向かうのが、今だけを見れば正解なのかもしれない。しかし、仮に今を乗り切ってもこの先どうなるかが分からない。事によったら最悪の未来が待っているかもしれないのだ。
勿論、彰弘も六花たちのことを心配していないわけではない。だが彼女らが強くなっていることを知っている。そして、その他の者も決して無力というわけではなかった。
それに試験官として同行しているタリクの強さも彰弘は理解している。少なくとも、ファムクリツで遭遇した二人の内、一人だけ相手取るならば遅れをとることはないだろう程度には強い。
野盗討伐に向かう戦力。それからガルドの足。それらを考え、彰弘今回の選択をしたのであった。
「獣車じゃなくて、ガルドちゃんに直接乗ってくわけね。フィーリス大司教、今でも結界の中を行くのは可能?」
「あなたたち三人は問題ないわね。アキヒロさんもそっちの従魔も大丈夫。残りの二人は……結界を出るまで祝福を絶やさなければ大丈夫よ。ただし、境界から百メートル以上内側へは行かないように。そこを超えると、そっちの二人はどうなるか分からないわ」
結界内は落ち着いてきているといっても、まだまだ耐性のない者が自由に行き来できる場所ではない。あくまで当初に比べたら、浄化が進んでいるというだけなのである。
「とりあえず、ここは私が言うべきよね。ウェスターさんにアカリさん。ここからは、大分予定と違う行動になるから、行くか行かないかの判断は二人に任せるわ。ここで断っても、依頼を失敗扱いにはしないし、今後何らかのペナルティもないとサティリアーヌ・シルヴェニアが我らメアルリアが五柱の神々に誓います」
自らの神に誓うとまで言うサティリアーヌの言葉にウェスターとアカリの両者は目を見開く。
神官が神に誓うことの厳しさをサティリアーヌと同じ元リルヴァーナのウェスターは知っていた。アカリにしても無為に世界融合後の時を過ごしてきたわけではないので、それがどのような効果を持つのかを知らないわけではなかった。
「折角の誓いですが、それは無用です」
「はい。それだけ結界の中が今はまだ危険ということなんでしょうけど、ちゃんと私たちも行けるんですよね? それなら行かない選択肢はないです」
「ふふ。だそうよ」
「すまないな」
「気にしないでください。死ねと言われたら、はっきりと断りますから」
「同じくです」
ウェスターとアカリが笑みを見せ立ち上がる。
そしてマリベルとリーベンシャータは、このやり取りの間にもう出発する準備を終わらせていた。メアルリア教の司祭と高位司祭には最初から断る意思はなかったという証である。
「昨日、報告にきた司祭を案内に付けるわ。気をつけていってらっしゃい」
「ええ。勿論」
「では、失礼します」
別れの挨拶もそこそに彰弘たちは結界維持の神殿を後にする。
結界の外で最大まで大きくなったガルドは、彰弘たちを乗せてすぐに動き出す。
結界内であれば進路上の生物を気にする必要はない。
彰弘たちを乗せたガルドの巨体は、すぐに見えなくなるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。