5-33.【乙女たちの昇格試験:リーダーは香澄ちゃん】
前話あらすじ
普通の獣車の振動に、お尻を痛めつつ六花たちはクラツへ向かう。
冒険者として始めての昇格試験ということで夜も眠れず……ということはなかった。逆に夜更かしすることなく、ぐっすりと適度な快眠を経た彼女たちはとても晴れ晴れとした良い表情である。
前日は緊張で顔を強張らせていた者も、今では緊張感こそあるが、それは行動に支障がでるようなものではなく、良い意味でのそれであった。どうやら寝る前の雑談が功を奏したようである。
なお、雑談の内容については乙女たちだけの秘密であったようで、六花たち四人以外の者の前日の様子を知っているタリクが、その変わりように驚き聞いてみたのだが、誰一人として雑談の内容を語る者はいなかった。
タリクとしては後々に生かせそうであることから、是非とも雑談の内容を知りたいと考えるも、諸々の情報と経験からそれは諦めた。そこそこの年齢を重ねており、またいろいろと経験も積んでいる彼は必要以上に聞き出そうとすることの愚を知らないわけではなかったのだ。
結局、昇格試験に挑む彼女らが良い状態であると満足することに留めたのである。
◇
いつもと同じように朝食を済ませた一行は、時間に余裕を持って顔合わせの場所である冒険者ギルドへと準備万端で向かう。
顔合わせ後、その日の内にランクEへの昇格試験に向かう予定なのだから、準備をしておくのは当然のことである。
さて、それはそれとして朝の第二の鐘が鳴る三十分前といった時刻に冒険者ギルドへ辿り着いた一行は、遅ればせながら掲示板に貼り出されている依頼書を物色する者や今日は休暇に当てているのだろう喫茶室で談笑する者たちを一瞥するように見ながら、総合受付案内カウンターへ座る職員のところへ向かう。
「早いわね」
「遅刻するわけにはいきませんから。……実際は寝るのが早かったというのが大きな理由ではあるんですけど」
昨日、諸々の手続きをしていたときにもいた職員の微笑みに、こちらも微笑みで返し身分証を提示したのは、暫定でリーダーとなっている香澄であった。
別に誰が答えても良かったのだが、暫定とはいえリーダーを務めている者が話す方が余計な混乱を招かないだろう。
「ま、寝不足ってわけでもなさそうだし、こっちからの受験者もさっき着いたばかりだし問題はないわね。手続きは……昨日で完了してる。ちょっと待ってて。試験官を呼びに行かせるから」
職員は香澄から受け取った身分証で昇格試験の内容を再確認してから、別の職員に声をかけて上の階にいるタリクを呼びに行かせた。
試験官は試験官でいろいろと準備があるため、朝一つ目の鐘が鳴るころには冒険者ギルドへと出社しているのが普通である。
「それにしても、これだけの人数が一つの昇格試験を受けるっていうのは、なかなかないわね。というか、私は始めてかも」
身分証を香澄へと返した職員は、特に自分に用事があるような者がいないことを確認してから、そんなことを口にした。
今回のランクE昇格試験の受験者は計十七名。グラスウェルからが十一名で、クラツが六名だ。大抵の場合は十名以下であるので、今回は確かに珍しいといえる。
「野盗の規模が大きいってことだったから、そういうことかな?」
「うーん。でも、それだったら試験では使わないで普通に討伐依頼だったり兵士の派遣だったりするから」
「それじゃあ……」
「どうもお待たせしました。で、答えですが、当たっていますよ」
香澄が職員と話している途中で声をかけてきたのはタリクであった。
彼の姿は試験官といえど野盗の討伐に同行するため、革鎧と剣に背負い袋といった姿だ。
「ええと?」
「説明したときにも話した通り、本来なら昇格試験には使われない規模だということです。最新の情報では野盗の人数は三十少々。逃げ延びてきた方の話では、強さは並のランクE程度らしいので試験には丁度良い。ああ、そうそう。言い忘れていたので忘れない内に言っておきますが、離れたところから野盗を拠点ごと潰すのはなしですからね。捕らわれた方がいないとも限りませんので」
「いくらなんでも、そんなことはしません」
香澄含め残りの面々も、相手の数が多いからこその十七名であるということに不満も不安もないようである。
そしてタリクの後半部分の言い忘れについても、全員異論はないという様子であった。
それはそれとして、香澄の「そんなことはしません」と当たり前のように言った言葉に誰も何も言わないのは、少々おかしなものがある。
ランクE昇格試験を受けるのは、言うまでもなくランクFという実質の冒険者として最低位の者たちで、普通なら「そんなことはしません」ではなく「そんなことはできません」といった内容になるはずなのだ。
なのに何故、タリクはともかくとして、総合受付案内の職員までも疑問を持たないのか。
答えは簡単。クラツとグラスウェルは徒歩で数日の距離があるといっても頻繁に人の行き来があるので、特別情報に聡いわけでなくても冒険者ギルドの職員であれば大抵の者が香澄を含む彼女たちがどのような存在かを伝え聞いているからである。
もっとも、例え伝え聞いていたとしても実際に見たことはないわけなので、総合受付案内の職員も内心では彼女たちの今の様子に驚いてはいたのだが。
「後、過度な手助けも厳禁ですよ。今回の試験では対人戦闘を主に試しますからね。特にカスミさんにミズホさん。それからシオンさんとリッカさん」
名前を呼ばれた四人に否やはない。
別に死にそうになりそうな仲間を助けるなと言っているわけではないからだ。
それに元々過度な手助けをするつもりは四人ともなかった。
昇格試験を受け、その後も冒険者を続けるのならば、対人戦闘をいうのは必須といっても過言ではないからだ。
「それも分かっています」
「ならば良いでしょう。それでは行きましょうか。クラツの受験者は訓練場にいるはずです。そこで顔合わせをして、お互いの戦闘スタイルの確認。その後、可能ならば出発です」
タリクが階段を下りきり訓練場へと向かいながら香澄たち十一人を促す。
その後を彼女たちは、見ようによっては不敵な表情で付いていくのであった。
訓練場に出た香澄たちを待っていたのは、今回の昇格試験のクラツ側の試験官を務める職員が一人と、香澄たちとそう年齢は変わらないだろう男女ともに三人ずつであった。
職員の姿は性別含めタリクとほぼ同じである。違いは腰に剣がなく背中に槍があることくらいだ。
それ以外の六人はランク相当の装備をしており、別段変わったところはない。男の内二人が剣で一人が弓。女の方は一人が剣で一人が弓。そして最後の女は短杖を身につけていた。
ちなみにそれぞれの名前だが、試験官はアイード。男の方は剣を持つのがウエスとイーアで、弓はイヌーク。女で剣を持つのはエリンで弓がイセア。そして短杖はアイシスである。
「はっ! 随分といい装備してやがるな」
「こういうやつらは大抵中身がないんだよな。何せガキもいる」
「やめなって」
「何、いきなり煽ってるのよ!」
開口一番、罵声のようなものを浴びせられた香澄たちは目を丸くする。
そして直後に、これと一緒に行くのか、と内心でため息を吐いた。
「失礼な方たちですわね。全員、間違いなく成人ですわ。後、確かに親が裕福であることを否定する気はありませんが、中身がないというのは聞き捨てならなくてよ」
ここで、ずいっっと前に出たのはルクレーシャである。
ある程度の余裕が親になければグラスウェル魔法学園に入ることはできなかっただろう。しかし、今の装備も卒業した直後に身につけていた装備も自分で稼いで購入したものであった。親の金だけで今があるわけではないのである。
これはルクレーシャのみならず、残り十人も似たようなものであった。
「気持ち悪い喋り方しやがって。どこぞのお貴族様は帰って優雅に茶でも飲んでろってんだ」
「足手纏いになりそうなガキも帰ってくれていいぞ。装備だけ良くても邪魔なだけだからな」
「だから、やめなって」
「そうだよ」
「これから試験なんだぞ、マジで止めろ」
「ほ、ほんとうに止めましょう。そして謝りましょう」
ルクレーシャの正面に立ち帰れといったのがウエスで、六花を見て見下すように「ガキ」と言葉にしたはイーアだ。
そして止める言葉を出したのは、エリンとイセア、それからイヌークにアイシスである。
「とりあえずタリクさん。二人くらい減っても問題はないですよね?」
最初の罵声染みた物言いは受け流すことができた彼女たちだったが、それが続けられてまで黙っていることはできない。
もしこれが、自分たちの未熟なところを指摘してくるのなら、多少頭にきたとしても受け入れることができたであろうが、事は話し方や見た目だ。
親友の間柄である二人に向かって投げつけられた、その暴言を流すことができるものではない。
「……アイード」
「無理矢理止めて、後で取り返しのつかないことになってはと思っていたが……失敗したな」
「自分のとこの所属者くらいしっかりと把握しておいてくださいよ」
「すまん」
受験者から少し離れたところに立っていた試験管の二人は小声で、そんなやり取りを行う。
アイードは途中でウエスとイーアを止めることができたわけだが、これから行うのは試験とはいえ生命の危険がある。ある程度の不和を解消できればと考えていた。しかし状況は彼の想像の上をいってしまったのである。
「……タリクさん」
「あのような二人を制御するのもリーダーの務めですよ……といっても無駄ですかね」
「無駄です。どうなっても良い、というなら別ですが」
全てを忘れて試験に挑むというのは流石に無理がある。どうしてもというなら一緒に行ってもいいが、あの二人がどのような状態になっても、どのような状況に陥っても一切の手助けはしないと香澄は言っているのであった。
「はっ! ふざけんな」
「お前らの手助けが必要なわけがないだろうが」
当の本人たちが黙っているはずがない。
当然のように反論の声を出した。
それに対して香澄の反応は冷ややかなものである。
「なら、やってみるといいよ」
「邪魔されるのは、やだもん」
「よくってよ」
特に相談したわけではない。だが何の躊躇いもなく六花とルクレーシャは、香澄の話を受け入れた。
こうして二人の男は確定した未来へと向かったのである。
◇
「当然、こうなるよ」
「同級生だって言ってたな」
「うん。グラスウェル魔法学園の同級生。一人を除いてみんなそうだよ。しかも上位」
会話をするのはイヌークとアイシスだ。
二人の目の前では圧倒的な力量差で模擬戦を支配する六花とルクレーシャがいた。
「うっそ」
「ありえなくない?」
そして、冷静に言葉を交わしている二人の横には、驚きを隠せないエリンとイセアの姿も当然ある。
「闘技会のときよりも凄くなってる。身体強化の魔法使ってなくてあれって凄いよね」
「魔法? 戦士系じゃないのか?」
「ルクレーシャ様は魔法戦士かな。リッカさんの方も多分。ちょっとリッカさんたちの魔法の実力はよく分からないんだよね。闘技会でも武技戦クラス以外への出場禁止されてたから」
「なんだそれは? それに、たち?」
「うんと、魔法を使うと他の人じゃ勝負にならないって学園側が禁止したの。リッカさんとカスミさんとミズホさんとシオンさん。あ、勿論、ルクレーシャ様も魔法の腕はわたしなんかよりもずっと上だよ」
イヌークたち三人は見開いた目でアイシスを見て、それから再び模擬戦へと目を向ける。
自分たちでは実力を見抜けない二人に目が釘付けになった。
昇格試験のことを考えたら、これほど心強いものはないだろう。だが、それ以上に、どうしたらあそこまでになれるのだろうかという考えが頭に浮かぶ。
「まあでも、あの二人も最悪の事態は免れたみたいで、ちょっとだけ良かったかなって思う。流石に未来が真っ暗どころじゃなっくなってたかもしれないもん」
「それってどういう意味?」
「あ、まだ自己紹介もしてないから。……あの一人だけわたしたちより年齢が上に見える人がいるじゃない」
「ええ」
「あの人、クリスティーヌ様のお付なの。で、その前にいるのがクリスティーヌ様。もしクリスティーヌ様にさっきのようなことを言ってたら完全に終わってたと思う。まあ、ルクレーシャ様も侯爵家の方だから、この後どうなるかはわからないけど」
「……領主様の御息女」
「侯爵家の御息女」
「二人とも普通に接する分にはいい方だよ。あ、終わったみたい」
イヌークたち三人にとって、いろいろと衝撃的な事実が語られる中、模擬戦が終わっていた。
息も絶え絶えで身体中に打撲痕をつけ倒れているのは、当然のごとくウエスとイーアである。
一方の六花とルクレーシャはというと、疲れた様子も一切なく香澄たちと談笑をしており、自力で動くことすらできなくなった二人に一切目を向けることもない。
「まあ、ともかく、普通に接してれば大丈夫だから」
直接の接触はなかったものの、三年間を同じ学園で過ごしたアイシスは気楽に言うが、その三年間がないイヌークたちは戦々恐々といった感じである。
ともかく、当初の予定では十七名で行うはずだったランクE昇格試験は、結果的に十五名で行われることになったのであった。
ちなみにクラツ側で決められていた暫定リーダーは試験開始直前で退場したウエスであったので、今回のランクE昇格試験でのリーダーは香澄が務めることになる。
お読みいただき、ありがとうございます。