5-31.【乙女たちの昇格試験:裏:指名依頼】
前話あらすじ
六花たちのランクE昇格試験開幕ー。
ランクE昇格試験の説明を聞きに向かう六花たちを見送り終わり、さて時間潰しをしようかと喫茶室へ足を向けた彰弘たち三人に声をかける者がいた。
それは六花たちの案内で席を離れたジェシーの代わりに総合案内受付へと座ったキャシーである。
「あ、お待ちください。あなた方に指名依頼が今出ました」
「指名依頼? まあ、それはいいとして、今?」
喫茶室へ向けた足を止め振り向いた彰弘は疑問を口にした。
指名依頼については、ランクEであっても親しくなった知人などから薬草採取や街中でも依頼を受けることもあるので、そこまで驚くようなことではない。しかし、狙ったかのような今というタイミングは、何らかの意図が介在しているように感じる。
「はい。指名者はメアルリア教のサティリアーヌ様ですね。可能ならば今すぐにでも依頼の詳しい内容をお話したいとのことです」
「サティーがグラスウェルに来てるのか? いや、それよりもあそこが依頼を出す?」
メアルリア教の信徒は自身の平穏と安らぎを自らの力で得ることに注力するのが基本だ。そのため、滅多なことでは誰かに依頼をするということはない。
「確かに珍しいですね。わたしは十年ほど勤めていますが、はじめて取り扱います。世界融合に関することは別としまして、わたしが働き出してからグラスウェルでは過去十年で数回程度だったような」
「だろうな。あそこは依頼を出すより自分たちで何とかするだろうし」
信徒の数は少ないメアルリア教であるが、個々の実力というのは目を見張るものがある。特に司祭以上の位を持つ者は、得意分野の違いはあれど、それぞれの方面で本職としてやっていけるだけのものをもっていた。
「で、どこにいけばいい? 神殿か?」
「あ、お受けになるんですね」
「ああ、受ける。……悪いが独断で決めるぞ。メアルリアが、わざわざ俺らのところにってのが気になるからな」
彰弘の言葉はキャシーに向かってで、残りは後ろに立っているウェスターとアカリへと向けたものであった。
「構いませんよ。ランクE昇格試験が終わるまで、魔物狩りと修練以外やることはありませんし。それにどんな依頼なのか少し興味があります」
「私も構いません」
振り向いた彰弘へと向かってウェスターとアカリが頷く。
実際、彰弘たちは六花らが昇格試験を受けている最中にやらなければならないことというのはない。ならば指名依頼を受けるというのも一興というものだ。
「で、どこへ行けばいい? 後、いつ頃?」
「それではジェシーが戻ってきたら案内させます。場所は二階の支部長室で今となります」
「そういや、今とか言ってたか。ここにいるのかサティーは。それにしても支部長室ね。……まあ、分かった」
こうして、六花たちがランクE昇格試験の説明を受ける一方で、彰弘たちは指名依頼の話を聞くことになったのである。
ジェシーの案内で支部長室に入った彰弘たちを待っていたのは、四人の人物であった。
一人は当然ながら依頼主であるサティリアーヌだ。そしてこちらも当然といえるだろう、冒険者ギルドのグラスウェル北支部支部長ゲイン。
残る二人も彰弘は顔見知りであった。一人は昨年の夏にお世話になったファムクリツのセトラに建つメアルリア教神殿の責任者マリベルである。そして最後の一人は邪神の眷属であるポルヌアとの一件で出会った元大司教で現司祭のリーベンシャータであった。
「お久しぶり。元気そうでなによりだわ」
「一年以上か。確かに久しぶりだ。ま、そっちも元気なようで良かったよ」
「にしても、前見たときよりも随分と強くなってるみたいねえ」
「大討伐あったし、その後もいろいろあって、それまでよりも魔物狩り多くしてたからな」
「積もる話はあるだろうが、ここでそれをするな。とりあえず依頼の話を済ませてから他は下なり別のところでやれ」
挨拶を交し合ってから雑談を始めた彰弘とサティリアーヌへ、ゲインがため息を吐いてから中断の言葉を投げつける。
確かにゲインの言葉はもっともであった。
「それもそうね。失礼したわ。それじゃ、早速。で、依頼内容だけど……」
「なんで、そうも極端なんだ。まずは座れ」
座らぬままに説明を始めようとするサティリアーヌに、彰弘たちも立ったままで聞こうとするのを見て、再度のため息の後でゲインが来客用のソファーを指差す。
それに苦笑を向け合った彰弘とサティリアーヌは、それぞれの後ろにいる二人へと視線を投げかけてから、ゲインが指したそれへと腰掛けた。
「では、改めて。まず依頼の種類だけど、これは調査ということになるわね。事によっては、調査からそのまま討伐または捕獲ということになるけど」
彰弘の表情が少しだけ動く。
調査依頼は良いとして、討伐または捕獲。討伐を先に言ったということは、少なくともサティリアーヌの中では捕獲よりも討伐すべきだと考えていると読み取れたからだ。
「で、何を調査するかなんだけど、それはあなたたちが去年ファムクリツで遭遇したっていう二人に関係することね。マリベルからアルフィスにも話が届いて、こっちでもいろいろと調べていたんだけど、クラツの東にそれに関係するだろう建物の一つがあったのよ。だから、まずはその場所の調査」
「んー。あのときの二人に関係するってことで俺らにってのは分からないでもないが……」
「何故、依頼を? ってことでしょ」
「ああ」
「人手不足なのよ。さっき、一つって言ったでしょ。ライズサンクだけじゃなくて、ノシェルやサシールの両公国にもそれらはあって、うちだけじゃ調査しきれないの」
彰弘たちの顔には疑問が浮かんでいる。
メアルリア教の信徒数が有名どころの他より少ないのは事実であるが、昨年ファムクリツで遭遇したフウリュウとヒョウリュウの二人が所属する組織はそれほど大規模であるとは思えない。
調査にさえ人手不足となる理由は分からなかった。
「ああ、うん。ちょっと説明するとね。うちの総信徒数は今現在六万人ほどなんだけど、その中で位を持つのは三千程度なのよ。しかも何割かは近くにいない。ついでに言うと、遭遇するだろう相手の実力が相当であるってことで、今回の一件には司祭の上位陣以上しか関わらせていない。ぶっちゃけ今回の件で動いてるのは百ちょいなのよね」
「単純な調査だけなら可能でも、戦いになる可能性があるから一定以上の実力を持つ者だけでやってるってことか」
「そういうことね。それに各地の神殿からみんなをってわけにもいかないし。ま、何にせよ人手が足りないのよ。だから私としては力だけじゃなく性格やら諸々で信頼できるアキヒロさんに依頼を出したというわけ」
単純な戦闘能力という意味だけならば、このグラスウェルには彰弘を超える者が複数いる。しかし、そこにサティリアーヌの信頼するという要素が入ると、途端にその人数は少なくなるのだ。
「とりあえず、分かったと言っておくよ。それで具体的には、どうするんだ?」
「ちょーっと待ってください!」
依頼が出された理由も分かり、さてこれから具体的な話にというところで、待ったをかける存在がいた。
それはアカリである。
「自分でいうのはあれですが、私は普通のランクEだと思っています。そんな私がここにいる意味はなんでしょうか!?」
普通のランクEが何なのかは置いといて、総合的な戦闘の実力という面では彰弘やウェスターとは比べられない程度には低いのがアカリだ。だから一階での発言を撤回し、この指名依頼を受けるに相応しくないのではと声を上げたのである。
「そりゃ一緒に来てもらうために決まってるじゃない。機会があるかは分からないけど、離れたところから攻撃できる人が欲しかったのよね。私もリタは近接だし、マリベルは守りが得意。で、そっちのアキヒロさんとウェスターさんも近接と。遠距離攻撃が欲しいところなのよ。安心してあなたの師匠であるカイエンデさんに、あなたの今の力に相応しい弓を作ってもらってるから。矢はこちらでメアルリア印の特別製を用意してあるわ」
「だから、私は……」
「問題ないんでしょ、リタ」
「ああ、修練を見ただけではあるが、問題はないと私は考えている。アキヒロ殿は今更言うまでもなし。そちらのウェスター殿も相当だ。そして彼女だが……本来の力は武器さえ相応ならば、間違いなく戦力として数えられる」
今現在、アカリが使っている弓矢は大討伐前にカイエンデが作ったものである。大討伐を乗り越え、今年の深遠の樹海での魔物狩りを経たアカリだと、加減して使わなければ壊してしまう恐れのあるものであった。
ちなみに弓矢とは関係ないが、リタというのはリーベンシャータのことである。
「あ、ちょっと嬉しいかも。……では、なくてですね!?」
「ま、気楽に受けてよ。守りはマリベルがいるから心配しないでいいわよ。あ、弓と矢の代金はこっち持ちだから気にしないで」
「弓と矢はありがたいですが。でも」
「アカリ。ここは素直に受けておくべきですよ。幸い神官が三名もいて、しかもそれぞれが強い。格上相手に戦うかもしれないということで不安を覚える気持ちは分かりますが、戦うことが多い冒険者を続けるなら、これはまたとない良い機会です」
冒険者というものは戦うだけの職ではないが、戦うことが主となる可能性のある職である。だからこそ、実力が未知数で格上かもしれない相手との戦い方をも知っておいて損はない。
「……分かりました。なんか分不相応という言葉が頭の中を飛び交っていますが、足手纏いにならないように頑張ります」
「うんうん。それじゃあ、具体的な話に入るわね」
アカリの説得を終え、サティリアーヌが指名依頼の説明を始めた。
そして一通りの説明が完了し、質疑応答を経て彰弘たちはサティリアーヌたちとともに支部長室を後にする。
一人支部長室に残ったゲインはサティリアーヌが持ってきた資料に再度目を通し、「面倒なことにならなきゃ良いが」と一人呟くのであった。
一階の喫茶室まで来た彰弘は感謝の言葉をリーベンシャータから受けていた。
何に対しての感謝かと言えば。それは邪神の眷属であるポルヌア討伐に関してのものである。
「本来なら私がすべきだった。手間をかけた。ありがとう」
邪神の眷属を討伐する任務を受けておきながら油断から操られ力までも奪われたリーベンシャータは、メアルリア教の総本山であるアルフィスで力を取り戻しながら、ポルヌアの討伐が成されるまでの間、ずっと自身の失態を悔いていた。
無論、討伐されたと聞かされても悔い自体は消え去るものではなかったが、少なくとも、あれ以降ポルヌアによる被害がないままに討伐がされたということに安堵したのは事実だ。
ポルヌアを倒した彰弘へ、感謝をするのはリーベンシャータにとって当然のことであった。
「とりあえず素直に受け取っておく。さっきのウェスターの言葉じゃないが、あれはあれで良い経験だった。それはそれとして大分力が戻ってるようで何よりってところか?」
「ああ。幸い技は奪われなかったからな。サティーの協力もあり、徐々にだが戻ってきている」
「技だけじゃなくて素質もそのままだったからね。延々魔物狩りはきつかったわー」
「感謝している」
冗談っぽい口調で言うサティリアーヌに、真面目そのものの顔でリーベンシャータが声を返した。
メアルリア教の大司教となるには、冒険者でいうところのランクAの実力を持っている必要がある。そして、そこまで至るのに努力なしでは無論至れないが、努力だけでは難しいことも事実であった。
それ故にリーベンシャータとともにアルフィスへと帰ったサティリアーヌは、彼女が力を取り戻すための行動を補佐するようにとメアルリア教の枢機卿たちから言われ手伝っていたのである。
「ま、私の力も増したし悪いことはなかったけど……できれば、今後はなしにしてもらいたいところね。疲れるし、家族と過ごす時間も減るし」
「すまない。もう油断はしない」
軽くため息を吐くサティリアーヌに、これまたリーベンシャータは真面目な顔で頭を下げた。
「ま、とりあえず何か飲みながら話そうか。もう少ししたら六花たちも降りてくるだろうし」
「それもそうね。ああ、念のために彼女たちにも話をしておかないといけないわね」
「だな。数キロしか離れてないんだ。万が一がありうる」
指名依頼の目的地はクラツの東で、六花たちの昇格試験の現場も同じ方角であった。
ファムクリツで平等を謳う集団を隠れ蓑にしていこともあり、今回の野盗を隠れ蓑にしていないとは言い切れない。
ともかく。彰弘たちは指名依頼を受ける形で、ランクE昇格試験を受ける六花たちと同じ方角へと向かうことになるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。




