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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
2.避難拠点での生活と冒険者
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2-7.

 前話あらすじ

 支部長補佐の男に連れられた彰弘達は支部長と話すために会議室へ移動した。

 あの後、彰弘達はケイゴの計らいにより、その場で住民登録の申請を行った。

 彰弘は通常の申請で、六花と紫苑は保護者決定による仮登録から正式登録への変更申請である。

 なお、瑞穂と香澄はそれぞれ片親ではあるが、その下ですでに正式登録済である。


 避難者の住民登録はいたって簡単だ。

 まず申請用紙に『氏名、性別、生年月日、年齢、その他』の五項目を記入する。次に身分証と申請者を結びつけるため、個々で異なる特徴を持つ基幹魔力を専用の魔導具で測定する。その後、でき上がった無地の身分証に申請した本人が触れ、無事その身分証に申請者の情報が浮かび上がれば、住民登録は完了する。

 なお、氏名は片仮名で記入する必要がある上に『名』が先で『氏』がその後ろであった。

 氏名が片仮名なのは何故かこの魔導具で管理するデータベースの氏名欄には漢字を登録することができなかったためである。順序については元々『名』『氏』の順であったサンク王国で使用していた住民の登録情報を管理する魔導具を、ライズサンク皇国でも使用することになったからだ。

 ちなみに、名前で使われていた漢字はその他欄には登録することができるらしく、そこに記すことでその存在を残すことは可能であった。


 保護者と被保護者の登録は住民登録よりも簡単である。

 こちらはその間柄を申請する申請用紙にそれぞれ氏名を記入し、住民登録申請用紙と一緒に提出すればよいのだ。

 ちなみに似たような申請に家族申請と養子縁組申請がある。この二つに関しても申請方法は前述の保護者と被保護者の登録方法と同じである。


 彰弘達が記入した申請用紙を手に持ち、手続きのため退出するレイルを見送ったケイゴは口を開いた。

「さて、後は待つだけです。暫くしたらレイルがあなた方の身分証を持ってきます。それまでの間、こんなところにお呼びしたお詫びというわけではないですが、何か聞きたいことがあったら言ってください。私で答えれることならお答えします」

 口を閉じたケイゴは彰弘達を見回した。

 少しの間の後に口を開いたのは紫苑だった。

「では、私から。と言いましても少々男性にお聞きするのは躊躇われる内容ですので、できたらミゼットさんにお聞きしたいのですが、よろしいですか?」

 そう言うと紫苑はミゼットへと顔を向けた。

 それを受けたミゼットは「構いませんよ」と答えると立ち上がり、部屋の隅を指し示し椅子と共に移動した。

「彰弘さん。少しミゼットさんと話をしてきます。さあ六花さん、瑞穂さんと香澄さんも行きましょう」

 紫苑は少女三人に声をかけ立ち上がった。

 一度顔を見合わせた三人だったが一つ頷くと立ち上がり、それぞれ彰弘に一声かけてから椅子を持って移動し始める。

 その際、彰弘が椅子を運ぶことを手伝おうと申し出たが、少女達は「大丈夫です」と答え、その言葉通りに椅子を軽々持ち上げて移動していった。

 そう重くはないとはいえ、身体の小さな六花までもが余裕の表情で運ぶ姿を見た彰弘は顔に驚きの表情を浮かべたのだった。


 少女達が移動し終わるのを何となしに見ていた男三人だったが、視線の先で会話が始まるとお互いで向き合った。

 そしてケイゴが再び口を開いた。

「では、改めて。何かお聞きしたいことはありませんか?」

 その言葉に彰弘は、治療院のサティに聞いてみようと思っていながら聞き忘れていたことを思い出した。

「そうだな。とりあえず二つほどあるかな」

 そう声を出す彰弘にケイゴは「どうぞ」と先を進めた。

「一つは避難所に行くときのことなんだが……何故、俺は自転車を使わなかったのだろうか。これは他人がどうこうではなく、何故自分がそのことを思いつかなかったのかと思ってね」

 周囲の状況に合わせて言葉遣いを素に戻した彰弘の言葉にケイゴとアキラは顔を見合わせる。

 そしてアキラが口を開いた。

「そればっかりは分かりませんね。ただ結果から言うと使わなくて正解だったと思いますよ。あなたと同じ避難所にいた女性、確か桜井と言いましたか。彼女が今生きているのはあなたが自転車に乗らず避難所に移動したからです。それに魔物が存在する外を自転車で走るのはお勧めできません。自転車で走っているときに横道などからいきなり出てこられたら致命的です。普通の人では対処できません。実際、この避難拠点に自転車で避難して来た人もいましたが、その人達は運がよかっただけといえます」

 アキラの話をケイゴが引き継ぐ。

「そうですね。アキラさんの言うようにここへ到達できた人達は運がよかったのかもしれません。上がってきた報告の中には自転車での避難途中で襲われたと見られる状況が多くありました。ともかく、理由は分かりませんが結果として自転車に乗ることに気が付かなくてよかったのではないですか?」

 二人の話を聞いた彰弘はそれほど深く考えることもないかと頷いた。


 自動車が機能しない現状で、自転車での移動は人が早く移動するといった面では有効であるように思えた。しかし世界の融合と同時に起こった物質の変化により、タイヤに使われている素材がその役目を果たせなくなっていたことが、自転車を選択した人達に悲劇を与えた。

 数多くの自転車は合成ゴムの消失で走行する際に地面から伝わる衝撃が直接乗り手に伝わるといった不具合が起きた。

 そんな不具合がありながらも邪神顕現の影響で自転車から降りるという選択肢がなくなっていた人達は、結果的に人が走るより僅かに早い速度でしか移動できない上に小回りも利かない状態で魔物に襲われたのだった。

 ちなみに、ライズサンク皇国では街中での自転車使用は安全のため禁止されている。街中を走ることができる車は許可を得た獣車――引くものが馬ではない馬車――のみであった。


「二つと言いましたよね、残りの一つはなんですか?」

 自転車のことに頷いた彰弘にケイゴが問いかけた。

「ああ、もう一つは銃についてなんだ。小学校にいたとき警官の脇谷さんが拳銃を使ってなかったし、ここに来る途中で兵士のような格好をした人も見たが銃らしき物を持っているように感じなかったから不思議に思ってたんだ」

「なるほど、それでしたら私よりもアキラさんに話してもらった方がよさそうですね」

 問いの内容からアキラが適任とケイゴは隣に座る兵士へと話を振った。

「そう言われても知っている内容はあなたと変わりませんよ支部長殿。まぁいいでしょう。簡単に言うと使わないではなく使えないんです。何故使えないのかは物質の性質変化によるものだそうです。融合後のこの世界では急激な燃焼反応は、どんな物質であろうとも起きないらしいのです。またどんなに密封した容器内でも燃焼によって発生したガスを止めることはできないそうです。そのため、火薬の燃焼反応を利用していた銃火器などはその役割を果たせなくなっています。だから銃を携帯する兵士がいないんですよ」

 簡単ではあるがアキラはそう説明をし息を吐き出す。

 そして一応と前置きして追加の説明を口にした。

「まあ、銃というならば空気銃は使えます。ただ弾丸を発射するまでに圧力を高める手間が融合前の比ではないので現実的ではないですね。ついでに弾を撃ち出す魔導具もあるらしいのですが、金貨一枚分の魔石を使って目と鼻の先の距離にある対象に子供が軽く殴るくらいの衝撃しか与えられないようです」

 口を閉じた後、思い出したように再度口を開いたアキラは「金貨一枚で一発です」と補足した。

 ちなみに金貨一枚は融合前の日本でいえば百万円程度の価値がある。

 ライズサンク皇国で流通する貨幣は全て硬貨で、その単位をゴルドという。十円程度の価値を持つ小銅貨が一ゴルド、その上の価値を持つのが銅貨で十ゴルドというように価値が一桁上がるごとにその値を示す硬貨が存在する。そんな中で最も高い硬貨は黒貨こくかであり、日本円に換算すると実に百億円もの価値があったりする。

 なお、この硬貨は素材に銅を使用しているから銅貨という訳ではなく、単純にその製造過程においてその色が着くからそう呼ばれているのである。

「なるほどね。理解したよ。ありがとう」

 説明してくれたアキラに彰弘はお礼を言い頭を下げた。そしてその頭を戻しながら、元の地球との違いを把握しないと大変なことになりそうだ、と心の中で呟いた。









 部屋の隅で話していた少女達とミゼットも元の位置に戻り皆で雑談をしていると会議室の扉がノックされ開かれた。

 室内の彰弘達が扉へと目を向けると、そこには何やらカードらしき物を手にしたレイルが立っていた。

「やあ、お待たせ。身分証ができたよ」

 そう言い室内に入ってくるレイルをケイゴが渋面で迎える。

「せめて中からの返事を待ってから入るように」

「何か楽しそうに話しているしさ、我慢できなくなったんだよ。許せ」

 レイルの物言いにため息をついたケイゴは、彰弘達に一つ謝罪をした。

 気にするなという彰弘達の言葉に感謝を表したケイゴはレイルを見やり、カードを早く三人に渡すように促した。

「そう急かさないでくれ。じゃ、受け取ってくれ」

 レイルは彰弘にまず身分証を渡し、続けて六花と紫苑にも手渡した。

「少しすると自分の情報がカードの表面に浮き出てくるはずだ。間違いがないかを確認してほしい。浮き出てくるのは先ほど書いてもらった氏名などと保護者被保護者関係、それに称号だ。ちなみに氏名と称号以外は記載されている場所に触って念じれば見えなくすることもできる。そろそろどうかな?」

 そのレイルの言葉が合図だったわけではないだろうが、三人の持つカードの表面に文字が浮かび上がってきた。

 そこには言われた通りの内容が浮かび上がっていた。

「無事に登録は完了したようですが、念のために内容を確認してください。ついでに隠せる部分が問題なく隠せるか、また再度浮かび上がらせることができるかも確認をお願いします」

 興味深そうにカードを見る三人にケイゴはそう言うと暫く口を噤んだ。

 数分経ち、もう確認も終わっただろうというところで再度ケイゴは口を開いた。

「どうですか? 何か問題はありませんか?」

 ケイゴの声に六花と紫苑は問題ないと返した。

 残りの彰弘はというと少女二人から少しの間を置いて声を出した。

「内容に問題はないと思う。隠せたし、元に戻せもした。ところでこの称号っていうのは、必ずどれかを選ばなければならないのか?」

 困惑顔の彰弘が出した言葉に皆が注目する。

 中でもレイルとミゼットは驚きの表情で彰弘を見ていた。

 通常、称号とは多数の人にそう思われるか神々がそれに相応しいと思われる者に与えられるかのどちらかだからだ。つまりそう簡単に取得できるものではない。それなのその称号を複数所持していると彰弘は言っているのだ。レイルとミゼットが驚いているのにはそんな理由があった。

 なお、リルヴァーナのことを少しは知っているケイゴとアキラの驚きが少ないのは単純に称号を取得できる難易度を実感していないからであった。

「そうですね、称号は言ってみれば自身を表しているようなものです。例えば各教団に所属する神官は『何々の神の加護を持つ者』という称号を持っていることが多いです。これはその方がその神を信仰しその教えの下に行動している証といえます。つまり自分のことを必要以上に偽ることはいけないということです。ちなみに特定の神に気に入られていると、その神の名前の加護を持つ者という称号が与えられてるようですよ」

 ケイゴの説明を聞いて彰弘は自分のカードに目を落とした。

 氏名とかは特に問題はない。問題は質問した通り称号のことだ。何故こんな称号を自分が持っているのか不思議でならない。選ばなければならないなら、自分にもっともダメージがない称号を選ぶ必要がある。

 彰弘は表示選択できる三つの称号を見つめ最適解を導き出すために考えに沈みこんだ。


 彰弘の身分証に表示されている称号は次の三つである。

 なお、下段は称号の説明らしい。


 < アンヌの加護を授かりし者 >

  ・平穏と安らぎを司る破壊神アンヌに祝福されている証


 < 守護者(少女限定) >

  ・多くの少女を守り抜いた証


 < 非情なる断罪者 >

  ・罪ある者を冷徹に裁いた証


 身分証を睨むように見つめていた彰弘はふと視線に気付いて顔を上げた。

 すると両脇からは六花と紫苑が、背中越しに瑞穂と香澄が自分の手元を覗き込んでいた。

「おお〜、なんか一番下はかっこよさげです」

「真ん中は分からなくもないけど、ちょっと恥ずかしいかもね」

「一番上はいろいろ問題ありそうな気がしますねー」

「皆さんの感想を聞く限りでは、一番下が最も適切かと思います。どうですか彰弘さん?」

 称号それぞれに感想を言う三人。そしてそれを基に提案をする紫苑。

 確かに一番上は信徒でもないのに問題がありそうだ。ついでに平穏と安らぎを司っているのに何故破壊神なんだ。意味分からない。

 二番目は()の中さえなければ一番無難そうだが、それのせいであらぬ誤解を受けそうである。

 とすると三番目となるのだが、どうにも中二くさい。

 彰弘は少女達の意見を聞いて再度考える。そしておもむろに指を動かし称号を決定した。

「正直これもどうかと思うが……」

 そう呟きながら彰弘は手にした身分証を机の上に置いた。

 それまで興味深そうに彰弘のことを見ていた机の対岸に座っていた四人は身を乗り出して机の上の身分証を凝視する。

 そして元の位置に座り直すと見た感想を口々に声に出した。

「うちに欲しいくらいですね。情に流されず裁くことは難しいのです」

 眼鏡もないのにキラリとミゼットの目元付近が輝く。

「称号の獲得には驚きましたが罪人を裁いた結果とするならこの称号もおかしくはない。もっとも裁いた数が少なすぎるとは思いますが」

 中二くさい称号には特に何も感じていないようにレイルは獲得経緯の疑問を上げる。

「アキヒロさんが躊躇った理由が少しは分かります。数に関してはおそらく報告にあった期間限定の加護が作用しているのだと考えます」

 彰弘に同情しつつもレイルの疑問へとその回答の予想を告げたのはケイゴだ。

「自分の部隊にはこういうのが好きな者もいますが、私としては遠慮したいところですね」

 自らの部下を思い浮かべたアキラは、いらない情報と共に自分の意見を述べた。

 そんな大人四人の感想を聞いた彰弘はため息をつきつつ身分証を手に取り再び見つめた。

 ややあって彰弘が確認のために口を開いた。

「この身分証なんだが、どんな時に使うんだ?」

 彰弘としてはできるだけこの称号は見せたくなかった。やはり恥ずかしいのである。

 しかし、そんな彰弘の思いはケイゴから発せられた言葉により無に返す。

「そうですね。総合管理庁での手続きには必須ですし、街への出入りにも必須です。後はいろいろなギルドへの加盟にも必要となりますし、場合によっては自己紹介のときにも使われたりしますね。つまり事ある毎に必要となります」

 彰弘は天井を見上げる。

 自分が望む生活にはもっと別の普通っぽい称号が必要だ。

 今この時、彰弘にとっての目標が一つ追加されたのであった。

二〇一四年十一月三十日 二十一時四十五分


貨幣について単位の記述を追加。

それに伴い説明文を修正。

(話の内容に変化はありません)

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