5-25.【平等を謳う者たち:終1】
前話あらすじ
無事な瑞穂と香澄と合流した彰弘たちだったが、敵対する二人が呼び出した竜骨兵に囲まれる。
そのこともあり捕らえることができず二人を逃してしまうが、とりあえず誰一人欠けることなく、この場を乗り切るのであった。
「フッ!」
息吹とともに振り下ろされた剣身が竜骨兵の頭蓋骨から股下までを斬り裂き、その身体を二度と動かぬ骨片へと変えた。
竜骨兵の胸部に存在する核が剣身の通り道にあったために破壊された結果である。
「とりあえず、こいつだけかな視た限りでは」
竜骨兵を一振りでただの骨片へと変えた彰弘は、周囲を見回した後で使った魂喰いを背中に収め呟く。
それに同意で応えたのは、この場まで一緒に来た六花たち四人とクリスティーヌにエレオノール。それからマリベルと二人の兵士であった。
ちなみに、彰弘が血喰いではなく魂喰いを使った理由は、相手が血肉を持たない相手だからである。
さて、それはそれとして、現在彰弘たち十人はフウリュウとヒョウリュウという男女と戦った、円形に整えられた場所から少し離れた家屋の地下に作られた部屋にいた。
そこは壁や床に天井を繋ぎ目のない金属らしき材質のもので造られており、明らかに地上にある家屋とは様子が異なる。またその部屋には大量の魔石が入れられた箱が複数置かれ、大小様々な魔導具だと思われる品々が壊れた状態でいたるところに散乱していた。
誰がどう見ても地上に建つ元日本の家屋と結びつけることはできない部屋であり、間違いなくフウリュウとヒョウリュウが使っていたものであると言える。
「いやあ、ここまで壊されてごちゃってると、何が何だか分からないね。少なくてもすぐにこれだっ! ってのは分からないかなー」
部屋の中を見回した瑞穂の言葉は、その場にいた全員の共通認識である。
壁などは特に損傷しているようには見えないし、魔石に関しても多少箱の外に落ちている程度だ。しかし魔導具だと思われるものは、どれもが機能しないほどに破壊され散乱しており、元々何をするものなのか、またそれらを使って何をこの部屋でしていたのか窺い知ることはできそうもない状態であった。
「彰弘さんどうしますか? 専門家……というのがいるかは分かりませんが、私たちが迂闊に手を出すよりは、その方たちに任せるべきだと思いますが」
「俺らにできるのは魔石を持ち出すことくらいか? 他は弄って手がかりを消しそうだ」
紫苑に返すように答えた彰弘は、言葉の終わりでマリベルへと目を向けた。
現状で最も間違いのない判断を下せるのは彼女であったからだ。
今いる部屋は言ってみればリルヴァーナ側の部屋だ。となると、元そちら側の住人の方が間違いのない判断を下せる確率が高い。そして今この場にいるリルヴァーナの住人であった者は、マリベルにクリスティーヌとエレオノール、それから兵士の二人であるが、魔導具という魔法関係のことになると、知識やら何やらで確認するのはマリベルが最適となるのだ。
「一応、ざっと確認してみましたが、破壊されている魔導具含め特に罠などはないようです。ですが、あの逃亡した二人の手がかりのことを考えますと、アキヒロ様が仰るとおり、魔石以外には手を出さずにおいた方が良いでしょう」
「さて。そういうわけだから、魔石だけいただいて後は任せるとしよう。念のために箱はそのままにしておくか」
どこに何があったというのも何らかの手がかりとなるかもしれないと考え、彰弘はマジックバングルから空の木箱を四つ出す。
その数は魔石が入っている箱の数と同じであった。
ちなみにこの木箱は、元々は食料品が収納されていたもので、中身を消費した後も何かに使えるかもしれないと、入れっぱなしにしていたものである。
「手分けしてさっさと終わらせよう。そっちの二人も良いよな? ああ、一応言っとくが魔石は今回調査に来た全員で山分けだ。そういうことにさせてもらおう」
彰弘の視線の先にいるのは兵士の二人である。
非公式という立場で今回の調査に来ていた兵士であるが、それはあくまで表向きはであり実際には正式な任務である。となると現地で彼らが得たものは彼らのものにはならい。
だが竜骨兵との戦いでは、知り合いであるルクレーシャとミナを守ってくれていた。マリベルが壁に穴を空けることに専念できたのも彼らの尽力があってこそといえる。そんな彼らが無報酬であるというのは気に入らない彰弘であった。
「そのあたりの手筈は私が引き受けます。代官や総管庁が渋るようでしたら私が話をつけましょう。あのとき兵士の方々がいたこらこそ最短の時間で穴を空けることができたのですから」
マリベルとしても彰弘の言葉に否やはない。自分を守ってくれた兵士たちに感謝していることは勿論だが、彰弘と関係が深い瑞穂や香澄の友人であるルクレーシャとミナが害されなかったことで、自らが思う平穏と安らぎの一端が壊されなかったことにも感謝していた。だからこそ彼女は魔石の山分けに関することを引き受けたのだ。
メアルリア教としてではなくマリベル自身であるのは、必ずしもメアルリア教の総意で代官や総合管理庁と話すことができない可能性があるからだ。
平穏と安らぎを自らの力で求める者たちの宗教がメアルリア教であるが、教徒個々が望む平穏と安らぎというのは様々である。ただのんびりと暮らすことがそうであると考える者もいれば、活気の中で生活することがそうだと考える者もいた。
つまりマリベルの想いが他の教徒と同じとは限らない。だから彼女はメアルリアではなく自分がと言ったのである。
もっとも、マリベルがメアルリア教としてではなく、個人で代官や総合管理庁と話をしたとしても相手側がそう取るかは、また別の話ではあるが。
「ありがたく、と言いたいところなのですが、そのあたりは隊長とお願いできませんか? 部下である我々が決められることではありませんので」
彰弘とマリベルの話を受け、この場にいる二人の兵士は若干の困惑顔をする。
何だかんだ言っても今は任務中という立場だ。自分たちの上に立つ者が生きてそばにいるのに、更に上の者に関わりのある物事について返答できるものではない。
「まあ、そうだな。そこはそうしよう。ともかく、今は魔石をもらっちまおう」
兵士の言うことはもっともであり、彰弘もそのくらいは理解できる。
だから、とりあえず魔石を回収することにして、山分けの話は一旦置いておくことにした。
この後、兵士の隊長へと話を行い山分けとなった場合に起こる問題を洗い出し対処法も考え、漸く兵士五人も魔石の山分けの一員となったのである。
ちなみに、回収した魔石は換金して今回調査に参加した全員で均等に分けたとして、一人当たり数か月は過ごせるだけの金額となる中々の量であった。
地下の部屋から地上へと戻った彰弘たちは、この後をどうするかを話し合っていた。
とはいっても取れる選択肢はそれほど多くなく、残された選択肢も現状を考えたらほぼ一択である。
「選択肢とはいっても、常識的に考えて一つっすね」
「誰かがファムクリツへ連絡に行って、残り人たちは調査なり何なりの人員を連絡に行った人が連れてくるのをここで待つ、ってところですか」
「全員で戻るというのも手だが?」
「実際に見ていませんが、話を聞く限りでは相手は相当な実力者だったと。そんな相手が使ってた部屋がある場所を放置して戻るなんて選択肢はないでしょう」
「一応、別の意見も出しておかないとな。ま、誠司が言った方針が妥当か」
同じ方向からの考え方では、思わぬ落とし穴に嵌ることがある。だからこそ、あえて取られることはないだろう意見を彰弘は挟んでみた。
もっとも彰弘にしても全員でこの場を去るという考えはない。これでこの場が危険過ぎると確定しているならまだしも、現状では普通の街の外と変わらないのだから当然といえるかもしれない。
「さて、異論はないようだし、次は誰を行かせるか決めようか」
「それは我々が引き受けましょう。恐らく、それが一番効率が良いと考えます」
現状を確保しつつ調査などに必要な人員を呼んで来ることに決めた彰弘たちが、次に話題にしたのはファムクリツへ誰を向かわせるかであった。
しかし、それは話し合いをするまでもなく決定する。
兵士の隊長が即応え、それに彰弘も納得したからだ。
「俺らじゃ代官に取り次いでもらうのは時間がかかるだろうからな。総管庁にでも同じか。……異論がなければ任せようと思うが?」
「良いと思います。メアルリアの名を出せば私たちでも可能ですが、兵士の方に行っていただいた方がスマートですから」
「こっちも異論はないですよ」
声を出したマリベルと誠司以外も異論はないようであり、そのことを確認した彰弘は話を次へと進める。
「んじゃまあ、お願いするか。何人向かわせる?」
「部下を二名。一名はファムクリツに残り、現状で判明していることを伝えてもらいます。もう一名は人員の準備が出来次第、ここまでの道案内をさせます」
「なるほど。さて後は……どんな人に来てもらえば良いかだが」
「まず、魔導具や魔法関係全般に詳しい人物は必要ですね」
壊れた魔導具であっても、それらがどのような機能を持つのかを知ることができれば、フウリュウとヒョウリュウが何をしていたのか分かるかもしれない。
捕らえた黄白色のローブを纏った者たちからも聞き出せるかもしれないが、情報の仕入れ先は例外を除いて多方面からが望ましい。
「その調査をする人の護衛ですかね」
これも当然だろう。
この場所は魔物が少ないと言われており、実際彰弘たちも遭遇していないが、皆無というわけではないはずだ。それにもしかしたらフウリュウとヒョウリュウの関係者が来る可能性もある。相応の戦力は必要であった。
「後は……あいつらを護送する人員か」
あいつらというのは黄白色のローブを纏った者たちのことである。
地面に埋められていたが今は掘り出され縄で縛られ座らせられている者たちと、洗脳されたようになっている者たちの二種類だ。
ちなみに、後者の者たちも万が一を考え、縄で縛られている。
「無理矢理に野盗扱いにして私たちが連行するという手もありますけど……」
「それは正直面倒だな。別に今のところ金に困っているわけでもないし、何よりそんなことをしたら公的権力に睨まれそうだ」
黄白色のローブを纏った者たちは敵側で武器を抜いていたので、野盗扱いすることは可能ではある。だが、物事を遅滞なく済ませるためには、そのようなことをするのは控える方が良いというのは明らかであった。
「というわけで、ファムクリツで用意してもらう人員は、調査関係とその護衛。後、あいつらの護送をする人たちだな。人数は任せる。……ああ、調査の人員がすぐに手配できないようなら、この場を確保できる人員がいればいいか」
「確かに魔法関係の調査に必要な人員をすぐというのは難しいかもしれません。ともかく、承知しました。では早速」
「ああ、よろしく。そうだ、行きはガルドに乗ってけ。あいつの全速力ならファムクリツまですぐだ。まあ、乗り心地は我慢してもらうしかないが。お、ちょうど戻ってきたな」
高さ一メートルに横幅二メートルといった物体が向かってくるのが彰弘の視界に映った。
「お疲れさん」
「(うむ。竜骨兵は全て屠ったようだ。魔物の姿も近くには見当たらん)」
「それは何よりだ。で、すまんがもうひと働き頼む。これから兵士の二人がファムクリツへ報告と増員の手配に向かうんだが、背中に乗せてやってくれ」
「(その程度ならわけはない。ここからなら往復でも一時間かからんし……全速力でも問題はないかの?)」
「ああ。街に近づいたら速度は落とした方が良いだろうがな」
「(ふむ。心得た)」
自分のところまできたガルドの頭を撫でつつ、彰弘はガルドと会話をする。
彰弘は声を出しているが、ガルドは念話であるために一方的に彰弘が話しているだけに見えるが、ガルドの動きを観察していると頷いたり兵士の隊長の方を見たりしていることが窺え、会話が成立していることが分かる。
「ガルドも了解した。そっちの準備が出来次第出発可能だ」
「え、ええ。分かりました。シルバ、ブロン!」
些か驚いたような表情をした隊長が部下の名前を呼ぶ。
すると兵士が二人近づいてきた。
二人は先ほど彰弘たちと地下の部屋へと降りていた兵士である。
「隊長、お呼びでしょうか」
「ああ。二人はこれからファムクリツへ戻ってもらう。向こうに着いたら、まず簡単な説明の後、調査とその護衛に彼らを護送するための人員の手配を。調査する人員に関してすぐに手配できないなら、この場の確保ができれば後日で構わない。その後、シルバはそのまま残り現在までで分かっていることの説明を行え。ブロンは人員の準備が出来次第、その人員を案内してここまで戻ってこい」
「シルバ、了解しました!」
「ブロン、同じく了解しました!」
「よし、特に準備は必要ないな。乗れ!」
「「はい! ……え?」」
一同が動きを止める中、狙ったかのように夏の風が軽く流れる。
持っている情報の違いが出た瞬間であった。
シルバとブロンの両名の顔が、自分たちの隊長と大人二人を乗せることができる程度まで大きくなったガルドとの間を往復する。
その様子は、先ほどまでの真面目な雰囲気を弛緩させるに充分なものであった。
「ああ、何となく分かります。あれってどことなく恥ずかしいんですよね」
「自分が知ってても相手が知らないってことを知らないとやっちゃうね」
「真面目だった分、落差が。何ていうかいたたまれない感じ?」
「おおう。隊長さんの顔がちょと赤い」
「ミスってほどでもないのですけど、あれはちょっと経験したくはありませんね」
「お嬢様、聞こえてしまいますよ」
弛緩した空気の中、六花たちの声が聞こえる。
ひそひそした声であったが、それは不思議と周囲に届いた。
「あー、あれだ。ファムクリツまではガルドに乗っていってくれ。こっちに来るときは自力で頼むが」
ガルドを足に使うことを提案した彰弘の顔は苦笑気味だ。
知っていると思ったら相手は知らなかったということは、彰弘は何度も経験しているし、それで多少恥ずかしいした記憶もある。
だから無理矢理にでも話を進めることにした。
「んんっ。アキヒロ殿の提案だ。シルバとブロンはガルドに乗ってファムクリツに向かい事を成すように。出発しろ」
「「りょ、了解しました!」」
いつまでもこの空気の中にいたいと思うような精神を兵士の隊長も、彼の部下であるシルバとブロンも持ってはいなかった。
彰弘の助け舟のようなものに乗って彼らも行動を進める。
「(何とも珍妙な空気じゃが、ともかく行ってくるぞ、主よ)」
「(おう。気をつけて行って来い)」
「(心得た)」
兵士がガルドの背中に乗るのを待つ間、彰弘はガルドと会話する。
流石にこの空気の中で声を出す気はなかったようで、全てが念話であった。
ともかく、ガルドと兵士二人の準備は整う。
「俺らはこの場所で野営をしている。できれば早い方が良いが、無理はしなくても良いからな」
「「はっ! 承知しました!」」
ガルドの背中に跨った兵士の二人に彰弘が声をかけると、彼らは揃って返事を返す。
それから数秒。彰弘がガルドに合図を出した。
「ガルド。行って来い」
彰弘の言葉を受け、ガルドが動き出す。
最初はゆっくりと。だが徐々に速度を上げ、十秒と経たない内に最高速へと到達した。
「「うわぁぁああああっ!」」
ほぼ無人の街であった場所を爆走するガルド。
そして響き渡る大人の男である二人の悲鳴のようなもの。
しかしそれもすぐに小さくなっていった。
現在のガルドの最高速度は、時速にして百キロメートルを超えるのだ。
「あの高さであの速度は、慣れてないと怖いよな。ま、伊達に兵士なんてやっているわけじゃないだろうから大丈夫か」
ガルドの背に乗った兵士たちの視線の高さは、大体元の地球にあった普通自動車と同じ程度だが、それでも慣れてなければ怖さはあるだろう。ついでに言えば風防となるものもないので怖さは更に追加である。
「とりあえず、野営の準備をしようか。いつまで見ていても仕方ない」
「そうですね。準備しましょうか」
彰弘の声を皮切りに、それぞれが野営の準備を始める。
そんな中、隊長含むこの場に残った兵士は、自分がガルドに乗ることにならなくて良かったと密かに胸を撫で下ろすのであった。
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