5-21.【平等を謳う者たち:調査3】
前話あらすじ
六花たちの張り切りにより大満足の朝食を終えた彰弘たちは調査に乗り出す。
世界の融合から三年が経った無人の街の植物の繁殖具合に驚きつつ進む彰弘たちは、昨日見かけた駅舎へと入ることにするのであった。
結果からいうと、駅舎やそこに繋がる駅ビルの中には何もなかった。
勿論、これは今回彰弘たちが探している平等を謳う集団に関わるそれらが見当たらなかったというだけ建物の中が空っぽというわけではない。
駅舎や駅ビルの中には各種備品や緊急時のために用意されていた避難用品などが回収されずに残されており、多少の劣化はあれど整備や修理をすれば普通に使える物がほとんどである。
また、この場所は世界融合の際の避難所に設定されていたこともあり、長期保存が可能な缶詰などの非常食がそこそこの量残っていた。本来であれば救助隊が避難民たちを救いに来た際、これらも一緒に避難拠点へと運ばれる予定であったが、この場所に避難してきた人数に対して量が多かったために、避難拠点への移動に必要な分量以外は置き去りにされ、以降そのままにされているのである。
さて、そんな感じで駅舎や駅ビルには何もなかったわけではあるが、彰弘たちがここに来たことは無駄ではなかった。
人気のない建物内を若干の寂しさを感じつつも見て周り、そして最後に駅ビルの屋上へと彰弘たちは向かった。そこで昼食をとったのだが、そのとき偶然黄白色のローブを身に纏った人の集団を見つけたのである。
無論、その集団は彰弘たちと、この地まで来て同じ目的で動いている誠司たちではない。人数も男女比も、そして年齢層も違ったのである。
彰弘は見つけた集団が進む先を確認してからガルドへと念話を送った。
ローブ姿から見てまず調査対象の集団で間違いはない。何の目的でこのような場所にいるのか、それを直接確かめることにしたのであった。
◇
その場所に辿り着いた黄白色のローブを纏った集団の中から、四十代半ばに見える太った人物が一歩前に進み出た。
「オレをこんなところにまで呼び出して、ツマランことだったら許さんぞ」
不機嫌さを隠さない太った男の目の前には一組の男女がいる。
男は四十代後半。体格は良くも悪くもなく普通で、若干垂れ目のせいか気だるそうな見た目だ。
女の方は二十代前半といったところ。少々きつめの美人であり、気が強そうである。
「勿論、代表のあなたを失望はさせませんよ。今回見つけたのは大物ですからねえ。今までと同じ程度の物なら、わざわざ呼びませんて」
口を開くのも嫌だと態度で表す女の横で、見た目と変わらず気だるそうな声を薄い笑みを浮かべた顔から男が出した。
その様子に「ふん」と鼻を鳴らした太った男は、続いて先を促す。
「まあ、こちらへ。少々大きいので普通に運ぶのは難しいんですよ」
そう言いながら隣の女と連れ立って気だるげな男が向かった先は、地面を少し掘り下げ円形に切り取ったように綺麗に整えられた街の一角であった。
円形の中心にあったのは、高さが二メートルほどの半球状の物体である。
「これが何だというのだ?」
「魔導具ですよ。それも誰かを介さず周囲の魔力を吸収し貯え、それを任意で使うことができる。どうです? 高く売れそうでしょう」
にやりと笑う気だるげな男に返されたのは、驚きと疑いが混じった太った男の視線であった。
この世界で魔力を吸収できるのは生命を持つ存在だけである。一応、過去の文献を調べれば魔力を吸収する魔導具もあったらしい描写はあった。しかし、少なくとも現在では作り出すことも、過去から現在に至るまで惑星上に存在した生命を除くあらゆる物を模倣し生み出す星の記憶からも見つかっていない。
だからこそ、太った男はこのような魔導具を見つけたということに驚き、同時に偽物なのではないかと疑ったのである。
なお、地中より産出される魔石は一度魔力を使い切っても再度魔力を補充することはできるが、それは人種が魔力を入れる必要があり、この魔導具とは明らかに違う。
「本物だろうな?」
「勿論。試しましたからねえ。それに今までボクたちがあなたへ嘘を吐いたことはないでしょう? 魔剣やら魔導具やらを探して、あなたが贅沢……っと、活動する資金を提供してきたことで信じてもらえませんかねえ。まあ、持ちつ持たれつ、これからもってことで」
「ふん。まあいい。おい! これを運び出せ。これは普通のところには売れん。裏へ持っていけ」
自分の指示で動き始める黄白色のローブを尻目に、太った男は気だるげな男と気の強そうな女へと目を向ける。
「で、十人ほど連れてきたが……頻度が高すぎる。総管庁も領も調査を開始したとファムクリツを出るときに聞いた。一旦、止めるか、場所を移した方がいい」
「思ったよりも早いねえ。使ってるのは連れてきた連中だけのはずだけど?」
「当たり前だ。オレには人を操る魔法は使えん」
ファムクリツで演説をしている中に表情が変わらない人たちがいた。それが今二人が話題に出している人たちである。そしてその人たちをあのような状態にしていたのは今も気だるげな様子で顎に手を当て考える男の仕業であった。
「うーん。困ったねー。どうしよっか?」
少しの間、自分だけで考えていた気だるげな男であったが、ここで気の強そうな女へと視線を向ける。
すると視線を向けられた方は嫌々ながらが分かる態度で口を開いた。
「成果は悪くないわ。これを最後にして一旦主のところに戻るべきね」
「そうしよっか。どうにも加減が難しいねえ」
太った男の目的は自分が贅沢をすることであり、平等なんてものは全く考えていない。平等を謳う集団は隠れ蓑のために作ったに過ぎない。
一方、気だるげな男と気の強そうな女の目的は闇の中であった。少なくとも今の時点では、それが何かを知るのは当人たちと、その主くらいのものである。
それはそれとして、この男女は今までも急ぐ必要はあったが慎重に慎重を重ねて、これまで目的のために動いてきたのだが、そのせいで進捗状況は悪いの一言で言い表せるもの。どこかで何とかする必要があった。
だが、その何とかの仕方が極端であったとしか言いようがない。ファムクリツに来てから方針を変え目的のための実験を行う頻度を変えたのだが、この地に来る前までは月に一人か二人を使っていただけなのに、来てからは月に十人以上を使っている。
だからこそ、門を守る兵士の目に留まってしまった。
例え別の街へ行っただけだと説明していても、門から出て戻って来る度に人数が減っている集団を兵士が気にしないわけがない。しかも、同時期に野盗に見えない野盗が複数回捉まり連行されてきているのだから、気にするなと言うほうが無理である。
「まったく。使えない連中なら殺すなりなんなりして処分しておけばいいものを。そうしておけば、もっと時間がかせげただろうに」
「まあ、ボクらにとってどうでもいい存在だからねぇ、彼らは」
気だるげな男が操っていたのは、彼らの目的のために必要な素質を持つと思われた人たちであった。しかし、その全てが素質を持っているとは限らず、そうでなかった人たちを気だるげな男と気の強そうな女は、申し訳程度の武装を与え解放していた。
無論、余計な真似をされては困るので操りの魔法はそのままでだ。
「常識のない奴らだ。少し考えれば危険だということくらい分かるだろうが」
「常識……ねえ。まあ否定はしないよ。でも、そんな余計なことに使う頭はないんだよねえ。のんびりしすぎるわけにはいかなくなってきたからさ」
これで素質を持つ人たちというのが、別のことで何らかの価値を持っているならば、気だるげな男も多少は考えたかもしれない。
しかし、そもそもの話、選び操ったのはその素質以外には何もない人たちだけであり、気だるげな男が必要以上に何かをしたいと思うような人物は選ばれていない。
「そんなことより、さっさと始めるわよ。すぐに見つかるとは思えないけど、無意味に時間を浪費する必要はないわ」
「同意以外の言葉はないね。それじゃあ、またね」
「ふん。戻った後でもオレが雇われたままならな」
結局、話はここで終わる。
一般的な価値観でいって、この場には善人と呼ばれるような存在は皆無だ。
太った男にとっても、操られた人たちは不要なら殺してしまえと言い切ることができる程度の存在でしかなかったのである。
「さてさて、んじゃ早速はじめようかねぇ」
「だからさっきからそう言ってるでしょ!」
「まあねえ。って……おやおや。招かれざるお客様がいらっしゃったようだねえ」
太った男が作業を急がせようと指示を出しに向かい、その男が連れてきた素質を持った十人を気の強そうな女が別の場所へ連れて行こうとしたときだ。
気だるげな男の顔が僅かに引きしまる。
「とりあえず排除しようか。そうすれば数日間は時間がかせげるしねえ。実験を終わらせて逃げるには充分」
「おい、これはどうする! それに街に残っている連中は!?」
「それは諦めなさい。街の方はどうでもいいでしょ」
「ちっ。捕まるよりはマシか。おい! 作業を中断して準備しろ!」
準備とはなにか。言うまでもなく戦いの準備だ。
そしてそれは魔導具を回収しようとしていた人たちも分かっていた。即座に各々が武器を取り出して構えたのである。
ちなみに、この場にいる黄白色のローブを着た人たちは太った男の同類であり、ファムクリツで熱心に演説をしている人たちとは根本的に違う。
「信用がないねえ。まあ、逃げ出さないだけは評価するよ」
そう言いつつ、気だるげな男は詠唱を始め、ほどなく魔法が完成する。
「『滞空する風の刃』」
魔力が視えなければ何の変化も分からない。
だが、気だるげな男から伸びた魔力の導線は、不可視の風でできた刃を建物を挟んだ向こう側へと運ぶ。
「一応、言っておこうかねえ。始めまして。そしてさようなら」
そして気だるげな男は、滞空させておいた風の刃を気配のある場所へと撃ち放った。
お読みいただき、ありがとうございます。
ちょっと短めです。