5-20.【平等を謳う者たち:調査2】
前話あらすじ
寝泊りする拠点を築き、とりあえず調査区域の広さを確認することにした彰弘たち。
結局、この日は特に何もなく広さの確認は終わるのであった。
彰弘たちの本日の朝食は、炊きたてで艶々白米に豆腐とわかめ入りのみそ汁。それから醤油入りぽん酢をかけた、彩り豊かな野菜と薄切りオーク肉の冷しゃぶ。胡瓜と大根の浅漬け。更には言うとデザートとして氷製の器で冷やされた梨も用意されていた。
それぞれの量は基本的に防壁の中で暮らす魔物と戦うことのない人々からみたらとんでもないほどに多い量であったが、この場にいた二十五人全員が戦うことを生業としているといっても過言ではない。例え一人前分の食事量で充分な人が百人いても食べきれない量だったとしても何ら問題はなかった。
朝食の用意をしたのは六花たちグラスウェル魔法学園卒業生に加えて、その内のクリスティーヌのお付であるエレオノール。それからファムクリツ在住の美弥にレミ、それからメアルリア教徒のマリベルとエーシルといった女たちだ。
実のところ、彰弘たちも待って見ているだけでは悪いと思い手伝いを申し出たのだが、彼女たちには目的があり、それは丁寧に断られていた。
なお、彼女たちの目的は自分たちの想い人に自分たちが作った料理を食べてもらうことである。無論、全てが全てそうというわけではないが、少なくとも六花たち五人はそうであった。だからこそ今回は彰弘たちの申し出を断ったのである。
ちなみに結果はというと、提供した方も提供された方も大満足であり、一日の始まりは最高といっていいものであった。
さて、朝から冷しゃぶ? とか、お前ら今防壁の外だろう、みたいな疑問はあるかもしれないが、ともかく朝食を終えた彰弘たちは、今日この後の行動を再確認していた。
「美味い朝飯も食えたし、この後の行動をお互いに話しておこうか」
思うところが皆無というわけではないのだが、調理中にしろ食事中にしろ周囲の警戒をないがしろにしていたわけではない。なので彰弘は、特に朝食についてのあれこれは口にも態度にも出さずにいた。というよりも、食材や出来上がった料理を並べるテーブルや座るための椅子を提供したのは彰弘自身であるし、何よりもこの朝の出来事を許可したのも彼であるから何かを言える立場ではなかったのである。
それに実際朝食は満足いくものであったし、それを作った六花たちの顔も笑顔であった。ここで余計なことを言うのは野暮でしかない。
「とりあえずこちらは昨日のルートから少し内側を進んで見ることにします。目標となるものがないので、少しずつ内側へと行こうかと」
彰弘の言葉に応えた誠司も特に余計なことを言うつもりはないようだ。
彼にしても、普段から食べている美弥の手料理をいつもとは違った環境で食べることができたことを新鮮に感じていたし嬉しくも思っていた。ここで余計な言葉を出して空気を悪くするような誠司ではないのである。
他の面々も似たような感じであった。結局のところ、被害がなく犯罪でもないのならば、多少の非常識さは言及する必要はないということである。
「無難……というか、それしかないか。昨日は一応街の中を突っ切って戻ってきたが、特に何もなかったし。ま、こっちも同じだ」
「で、アキヒロ。今日もガルドはこちらですか?」
「ああ。ガルドがそっちにいれば、この調査範囲くらいなら話せるからな」
ウェスターの確認に、彰弘が肩のガルドを見つつ返すと、話題に出た一体は「(任せよ。主)」と念話で応える。
彰弘と従魔であるガルドは念話で、ある程度離れた位置であっても会話ができた。今まで何だかんだといろいろとあり正確な距離は分かっていないが、十キロメートル以下ならば確実に念話ができるということは判明している。
なお、ガルドは彰弘以外と念話をすることができない。理由は分からないがガルドがどれだけ強く念じても誰も受け取れないだ。
もっとも、ガルドは人種の会話を理解できることに加えて文字も理解できる。そのため、単語程度なら地面を削って書くことができ、ボディーランゲージでもコミュニケーションを取ることができるので、彰弘以外とも意思の疎通を行うのは不可能ではなかった。
「何かあったらガルドに伝えてくれ。必要ならそっちに向かうし指示を出す」
「分かりました。まあ、無理はしません」
「それが良い。そうそう、もし仮に逃げなきゃならなくなった場合なんだが、ガルドのことは気にするな。攻撃手段はともかくとして、こいつを倒せる奴なんてそうはいないからさ」
ガルドは輝亀竜であり竜種だ。それも一度は完全に種としての最上位にまで成長した個体である。
今現在は身体の大きさを元に戻せるようにしている最中のガルドであるが、その防御能力は単体であるならば深遠の樹海の最深部へ行き戻って来ることが可能なほどに高い。
ちなみに深遠の樹海の最深部に生息する内の一番力が弱い魔物でも、グラスウェルを守る防壁を数分とかからずに破壊することができる。
ともあれ、この場にいる存在の中で何かあった場合に一番生き残る確率が高いのはガルドであった。
「それも分かっています。力量を考えたら、私たちの方が気にされる側ですから」
「はは。ま、もし逃げる場合はガルドに殿をやってもらえ。状況によっては、大きくなったガルドに乗って逃げるってのも手だ」
「(任せよ。殿でも逃走の足としてでも、喜んで引き受けようぞ)」
「では、遠慮なくそうさせてもらいます。ガルドも納得してくれているようですし」
彰弘の肩の上で、ガルドが頷くように首を上下させる。
その仕草は少しでもガルドのことを知っているならば、肯定を意味していると読み取れた。
「んじゃまあ行くか。組み分けは昨日と同じだ。片付けて準備が終わり次第出発しよう」
結局のところ、何も手がかりはないので順に調べていくしかない。
この後、少々の時間を経て、彰弘たちは二手に分かれて調査を開始するのであった。
三年以上無人であったことによる変化に再度軽い驚きを感じつつ、彰弘たちは遮蔽物の多い街中を進む。
風雨によるものか、それとも別の要因だろうか。壁の一部が崩れている建物がある。かと思えば、ひと目見ただけではどこにも損傷はないだろう建物もあった。
舗装された道路に関しても同様で、大きく亀裂の入っている場所もあれば、全く無傷のところもある。
そんな感じの人の手が入っていない街中で最も変化が大きいのは植物の類だ。人が住み、普通に生活をしていたとしても、植物はちょっと油断すると生い茂るのであるから、今の状態はなるほどと頷けるものがある。要はいたるところに俗に雑草と呼ばれる類や、それ以外にも様々な種が生い茂っているというわけだ。
「昨日も思ったけど植物すごいねー。……そしてエイド草げっと」
「地球のものだけじゃなくて、リルヴァーナのものも生えてるね。あ、こっちにはマナマジ草があるよ」
きょろきょろと辺りを見回しながら瑞穂と香澄がそれぞれ口にした草を手に取った。
ちなみにエイド草は葉に血止め効果を持ち、マナマジ草は低級の魔力回復ポーションの材料である。
「見事なまでに共存しているな。それに多い。ちょっと本気で採取したら、そこそこの稼ぎになりそうだ」
瑞穂と香澄から受け取った二種類の草をマジックバングルに入れつつ、周囲の魔力を視た彰弘は思わずそんなことを口にした。
実際、魔力を視ることさえできれば、彰弘が言うことが嘘ではないと分かる。
「確かに。ですがわざわざ魔力が視えるほどの者に依頼してとなると、利益は少なそうです」
「まあな。視えなくても分からんわけじゃないが……そう考えると偶々立ち寄った魔力が視える俺らのような人物にとって、ってところか」
魔力が視えなくてもエイド草などは形状を把握していれば採取できる。だが、やはり効率という面では視えると視えないでは格段の違いが出てくる。
それを考えたら、群生地でも見つけない限り稼ぎになるとはいえないだろう。
「修練あるのみですわね」
「思っていた以上に悔しさがあります」
声を出したのはルクレーシャとミナだ。二人は魔法使いとしてなかなかの実力者となっているが、まだ魔力を視ることのできるところまではいっていない。
「二人なら、そう遠くない内に視られるようになるんじゃない?」
「うん。焦る必要はないからね。毎日ちゃんとやってれば大丈夫だから」
少々落ち込む二人に声をかけたのは瑞穂と香澄であった。
何だかんだで良き友人関係を築けている両者であるから、声をかけられたルクレーシャとミナは素直にその言葉を受け入れる。
「そうですわね。時々挫けそうになりますけど、頑張りますわ」
「はい。カスミ様のために私も頑張ります」
「私のためにっていうのは、よく分からないけど。体調だけには気をつけてね」
「これだから氷姫がうちらの中じゃ飛び抜けて有名になってくんだよねー」
比較的まともな頑張りを見せるルクレーシャと、ちょっと狂信的な部分を覗かせるミナ。
それを困ったような顔の香澄と正しく苦笑の表情をする瑞穂が受け止めた。
「さて、一段落ついたみたいだし進もうか」
魔力を視ることができても、まだそこまで親しいわけではなく適任が別にいるのだからここで彰弘が何かを言う必要はない。だから彼ははひとまず落ち着いたところで声を出し先を促すことにした。
「よーし! んじゃさいしゅっぱーつ!」
「なんで、そんなポーズをとってるの?」
元気良く声を出した瑞穂の格好は、何故か両拳を腰に当て進行方向を斜め前に見るというものであった。
格好は悪くないどころか良いのであるが、いまいち場に合わないため、ちょっとした失笑が起こる。
「いや何となく」
香澄を振り返り答える瑞穂の顔には僅かな羞恥が浮かんでいた。
どうやら格好自体に意味はなく自然に出た動きらしかったが、少々恥ずかしかったようである。
ともかく、植物のあれこれは今は関係ない。ついでに瑞穂の格好も関係はない。
そんなこんなで彰弘たちは再び歩き出したのであった。
ちなみにこの話の間も真面目に周囲を警戒していた兵士たち五人には魔力を視ることはできない。
再び移動を始めた彰弘たちが辿り着いたのは、昨日そうであろうと予想した八王子の駅舎であった。
「周囲に変わったところはありませんでした」
「建物が崩れそうな様子もなかったです」
「そして人の気配も全くなーし」
「荒らされた様子もない」
一通り周囲を確認し戻ってきた彰弘たちは駅の出入り口前で足を止め、それぞれが確認した結果を再確認の意味を込めて報告し合う。
「入るか。エレベーターとかは動かないだろうから上の階に行くのは面倒だけどな」
「タワーマンションとかだったら絶望しかないね。あっははは」
彰弘に応えるように声を出し笑う瑞穂であったが、もし実際にそんなところを昇るとなったら、昇る前から疲れた顔となっていただろう。
そしてその可能性がないとは言い切れない。
八王子駅周辺にはタワーマンションと呼ばれる建物は確かに存在しており、もし今回の調査対象がそこの上層階に陣取っており、彰弘たちがそれに気づいた場合は確認しないという選択肢は存在しないからだ。
ともあれ、彰弘たちは駅舎を調べることに決めた。
彰弘たちは中に入ってからの行動をその場で簡単に決めると、特に急ぐでもなく駅舎の中へと歩いて入って行くのであった。
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