5-17.【平等を謳う者たち:協力者】
前話あらすじ
予定通り向かったセトラで、ノスで見た集団とはまた別の同種の集団の演説を聴く彰弘たち。
そしてその後、訪れた総合管理庁で、先日捕らえた野盗たちが何らかの魔法をかけられたことを知るのであった。
必要な情報を得るためには適切な質問が重要だ、と彰弘は苦笑じみた表情を浮かべた。
場所はカイ商会の応接室である。
彰弘の目の前にいるのは、この商会の代表であるケイミングで、輝亀竜の件などもあり、今では毎年この時期に近況報告やら何やらと雑談じみた話をする程度の仲に二人はなっている。
さて、そんな雑談の中で彰弘が口にした話題は何かというと、今年ファムクリツに来てから得た平等を謳う集団と身奇麗な野盗のことについてであった。
ケイミングは中規模とはいえ、伊達で一つの商会を率いる立場にいるのではない。見事、彰弘に必要であろう情報を持っており、その結果が彼の苦笑であった。
ちなみに、勿論この場にはウェスターとアカリもいる。
それはそれとして会話は続く。
「冒険者ギルドでは聞けなかった話ですね」
「ま、それぞれを別個に何か情報はないかって聞いただけだし、聞き方が悪かったな」
一応、昨夜に訪れた冒険者ギルドで、最近になってファムクリツに現れた平等を謳う集団と身奇麗な野盗についてを聞いたのだが、その聞き方は彰弘が言うようなものであった。そのため、返ってきた言葉は既知のものばかりであり、特に新しい情報はなかったのである。
無論、曖昧な質問でも、質問した者が欲している情報を得られる可能性はあった。だがそれは、運が良くない限り無理というものだ。
やはり、必要な情報を得るためには適切な質問が重要なのである。
「何があるんでしょうか?」
「そこまでは分かっていません。分かっているのは野盗に見えない野盗が捕らえられ連行されてくるのはヒーガのみで、そのヒーガから例の集団が……確か十日間隔くらいでしたかね。外へ出て、それから数日したら人数を減らして帰ってくるということだけです」
昨日の冒険者ギルドでのやり方を反省する男二人を尻目にアカリが疑問を口にすると、カイ商会の代表であるケイミングが答える。
初対面で挨拶をしたときは緊張していたアカリだったが、雑談を経てケイミングの人柄が良いことが分かるといつもどおりの様子に戻っていた。
「あからさまに何かありそうだが、それを調べてたりは……」
「してませんね。人数が減っていることも、別の街に行ったと言われたら必要以上に聞けませんし。それに今のところ直接何らかの被害が出ているわけではありませんから、代官も総管庁も主に街中での情報収集のみ。一応、外も調べているという話はありますが、積極的ではないようです。ま、ある程度そうと分かる情報がなければ、迂闊に兵士を動かしたりはできません」
「そうでしょうね。兵士が動くとなると、何かあると言っているようなものですから」
「代官や総管庁はそれとして、一応冒険者ギルドはヒーガから出て東南東方面に行くことがある人たちに、とりあえず何か情報を得たら買い取るということをやっているそうですよ。まあ、目的場所であろうあたりは世界の融合から手付かずの日本の土地があるところで、魔物もほとんどいない場所です。行く人が少ないらしいのですよね。そのようなわけで、一応冒険者ギルドは動いているけど、積極的に動いているわけではないので情報は碌に集まってない。という感じですね」
「ふーん。それなら冒険者ギルドに協力してみるか」
ちらりと肩に乗っているガルドを彰弘が見る。
相変わらず金属球をもごもごさせているガルドは、一見すると正に小亀だ。
「私の話からでは確証を得られる情報はなかったと思いますが?」
「このまま待っていても仕方なさそうだから、自分の足で情報を集めようかと。今の状況だと、街の中で俺らにできることはなさそうだからな」
何だかんだと交友関係は広くなってきている彰弘ではあるが、立場は平民である。
グラスウェルであれば平民という立場自体は変わらないものの、ある程度情報について何とかなるかもしれないが、ここはファムクリツだ。重要な情報を即時に街の中で入手することは、なかなかに難しいといえる。
「私は賛成しますよ。どうにもこうにもあの連中は普通じゃありませんから。何かを企んでいるならば事前に阻止したいところです」
「私も異論はありません。ウェスターさんみたいに阻止云々まではいきませんが、ちょっと気になりますし」
彰弘の言葉にウェスターとアカリが同意する。
それを見てケイミングは一つ頷いてから口を開いた。
「そういうことなら、私も伝手を使って街の中の情報でも集めておきますよ。我々にも関係してくる事柄ですから。とりあえず外から帰ったら一度ここまで来てもらえますか? 情報の交換をしましょう」
「了解。パーティーメンバーに話をして、それから準備……探索はとりあえず一日間でいいか。……そうだな、五日後くらいに一度顔を出すよ」
「ええ、分かりました。ああそうだ。あなたが探索に行くことを代官様に伝えても構いませんか? クリスティーヌ様もご一緒するのですよね?」
「多分な。一応代官としては知っておかないとまずいか」
「別に大丈夫だとは思いますが、一応」
「分かった。お願いする。ま、何だかんだで皆強いから問題はないさ。やばそうなら、ガルドに乗って逃げるしな」
「はは。では、伝えておきます」
彰弘のパーティーにはクリスティーヌがいる。そしてその彼女はガイエル領領主のガイエル伯爵の息女であり、領主の代わりとしてファムクリツを治める代官であれば彼女の動向は知っておくべきである。
とはいえ、代官もクリスティーヌの行動を知ったからといって何をするでも何ができるというわけではない。ないが、知ってさえいれば何かと対応できる幅が広がるのである。
ちなみに輝亀竜の甲羅を使った柵でファムクリツの農場を囲う提案をし、それが実施されたことで、ケイミングと今のファムクリツの代官はそれなりに親しい間柄となっていた。
「さて、そろそろ行くよ。大分、長くなったし」
「いえいえ、そこは気にせずに。まあ、それはそれとして、五日後にまた。朗報を期待しています」
恒例の挨拶と近況報告という雑談も終わり、また彰弘のこれから数日間の行動方針も決まった。また、この応接室に入ってから、そこそこの時間が経っているのは事実であり、場をお開きにするには良いタイミングである。
そのため、彰弘とケイミングが立ち上がり、一拍置いてからウェスターとアカリもそれ続く。
そして応接室からの帰り道を、彰弘たちはケイミングに案内され進む。
「では、お気をつけて」
「無理はしないさ。朗報は運次第だが、何か目ぼしいものがあったら持ち帰る」
「はは、期待しています」
彰弘がこの後で向かうのは手付かずの元日本の土地だ。世界融合から三年以上経過してはいるが、何か価値のあるものを手に入れられる可能性がある。
平等を謳う集団や身奇麗な野盗に関する情報を手に入れることが目的ではあるが、何もそれだけを行わなければならない理由はなかった。
ともかく、この後の行動を決めた彰弘たちは、こうしてカイ商会を後にしたのである。
カイ商会を出た彰弘たちが次に足を向けたのは、セトラにあるメアルリア教の神殿であった。
目的は更なる情報を得るためである。
「ようこそおいでくださいました、アキヒロ様」
神殿に入ったばかりの彰弘たちに、一人の神官が近づいてきて、そんな声をかける。
まるで今この時に来ることが分かっていたかのようであった。
「ああ、うん」
恐ろしいほどのタイミングで姿を見せて声をかけてきた、この神殿の責任者である神官へ、若干引きながらも何とか声を出す彰弘だったが、余程の衝撃だったのだろう続く言葉が出てこない。
これは一緒に行動しているウェスターとアカリも同じであり、場には妙な沈黙が流れた。
なお、このセトラに建つ神殿の責任者はマリベル・ヒューストンという高位司祭である。三十代半ばの女で、狐系の半獣人であった。
「驚かせてしまったようで、申し訳ありません。お時間があまりないと、神託にありましたので、つい」
外に出て空を見上げれば、まだ日は高い。それでも彰弘たちがここで話を聞いてヒーガに戻るとなると、到着時には夕方と夜の間くらいの時間帯になるはずであり、そういう意味では時間がないといえなくもない。
しかし、だからといって、ここまで急ぐ必要はないだろうと思わずにはいられない彰弘たちである。
「まあ、早い方がありがたいが……神託があったてことは、俺らの目的も知ってるんだよな?」
「勿論でございます。どうぞこちらへ」
言葉とともに道案内を始めたマリベルが向かう先は、彼女の執務室であった。
その執務室は白色を貴重とした部屋である。装飾と呼べるものはメアルリア教の五柱の女神が描かれた壁掛けくらいであり、それ以外に特筆すべきものはない。
「申し訳ないことですが、今現在アキヒロ様たちが得ている情報以上のものを提供することは、私どもにはできません。ですが、これからは協力をすることができます」
執務室に備えられた来客用のソファーを彰弘たちに進めたマリベルは、冷蔵の機能を持つ魔導具から冷えた緑茶を取り出してから、自らも彰弘と正対するソファーに腰を下ろす。そして人数分の湯呑みに緑茶を注ぎ、初対面同士の自己紹介を経てから、そんな言葉を発した。
「そうか。ま、今のところ、これといったことは起こしていないようだしな……って、協力?」
「はい。今までは演説のみで特に気にする必要はありませんでした。しかし、ここ最近は直接の被害こそありませんが、様々なところで迷惑となる行為を彼らはしているのです」
マリベルの言う迷惑とは、彰弘が知るところでいうと宿屋への要求がそうである。経営が苦しいわけでも誰かに迷惑をかけているわけでもないのに白昼堂々と客のいる前で質を落とせというのは、そこを経営している者にとって迷惑以外の何ものでもない。
「宿屋に質を落とせってやつとかかな?」
「はい。それ自体は直接私どもに関わることではないのですが、私どもも外で魔物を狩ります。そして帰ってきて快適な宿で過ごす。これは何ものにも変えがたい安らぎであり平穏です。それをなくそうとする彼らの行為を私どもは……いえ、私は看過できません!」
「お、おう。少し落ち着け」
メアルリア教徒は例外なく自分というものが一番にある。
このマリベルもそうだ。
これでマリベルが快適な宿へ泊まることに安らぎも平穏も感じていないならば無視すらありえるが、彼女はそうではなかった。
「失礼しました。脱線しましたが、今の彼らの行為は私ども個々の願いの妨げとなる可能性があります。ですので、それを排除するための準備はファムクリツ在住のメアルリア教徒全てができております」
「なるほど。それで協力できると」
「はい」
マリベルの目は真剣そのものであり、少々危険な色も見える。
少しでも察しの良い者なら、物理的な排除もマリベルは考えているだろうことが窺い知れた。
だが、それは最終手段であり、そうそう使うわけにはいかない。
「とりあえずだ。明後日あたりに外へ調査に行こうと考えている。だから一人か二人一緒に来てもらえるとありがたいが」
まだ情報も揃っていない現段階では、協力を要請するにしても何を協力してもらえば良いか分からない。かといって、何も要請しないのは今の雰囲気からして下策だろう。
だから彰弘は、とりあえず調査に同行してもらえないかを言葉に出した。
神の奇跡を使える神官が同行するということは、生存率の向上に繋がるのだから悪い選択肢ではない。
「外での調査というと……例の野盗が現れている周辺のでしょうか」
「ああ。そのへんに鍵となるものがありそうだからな」
「それでは私と、それからもう一人。アキヒロ様たちに同行させていただきます」
神殿の責任者であるマリベル自らが同行するということに、少しの驚きを見せた彰弘だったが、同行してくれることには感謝はあれど拒否する理由はない。
「それじゃあ、明後日の朝。ヒーガのグラスウェル方面の門前まで来てもらえるか?」
「はい。他の者は街の中で情報を集めるということで良いでしょうか?」
「え? う、むー。そうだな。街の中でこれまで以上に情報を集めてもらえれば助かるか。一応、知り合いのカイ商会の代表も情報を集めてくれるということだったから、そっちと協力してくれ」
「承知いたしました。カイ商会の方と連携して、残りの者は情報収集に努めます」
「じゃあ、頼んだ」
「畏まりました」
予想していなかった流れに流されたまま会話を終えた彰弘たちはソファーから立ち上がり、マリベルとともに神殿の出入り口まで歩いて行く。
「それでは明後日二名で伺います」
「ああ。じゃあ、また明後日」
神殿の出入り口の端でそんな言葉を交わした後、マリベルとその近くにいたメアルリア教徒たちに見送られ、彰弘たちは神殿を後にしたのである。
「自己紹介以外で声が出せませんでしたね」
「私もです」
ヒーガへ向かう道中でウェスターとアカリが零す。
そんな二人に彰弘は助け舟くらいは欲しかったと伝えるが、それに対する返答は「無理言わないでください」であった。
「なんで俺が指示を出すみたいになってるんだか」
「害があるわけじゃないんですから、素直に受け入れては?」
「諦めが肝心って言葉がありましたね」
「やれやれだ」
ともかく、彰弘のこれから数日間の行動方針は決まった。
明日はノスに行ってパーティーメンバーに今回のことを話す。そして明後日には防壁の外へ出て調査を行う。
何人が付いてくるかは不明だが、少しでも良い成果を得られることを願いつつ、彰弘はヒーガの門を通り抜けるのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
4-31.の中にある街の名前を変更しています。
変更前)ファムクリツ・ギダン
変更後)ファムクリツ・ノス
うん。素で名前忘れてた。