5-16.【平等を謳う者たち:情報】
前話あらすじ
相変わらず少女らしからぬ挨拶を交わす六花と美弥を見つつ、一年ぶりに再開した誠司と康人と談笑する。
そんな折に彰弘は野盗の引渡しをした兵士から聞いた集団の一部を目撃するのであった。
「勿論、少なくとも今は完全な平等というものが不可能であるということは分かっています。ですが、可能な限りそれを成すことはできるはずなのです。例えば現在、普通と呼ばれる方たちとは少しだけ精神が違う方たちは、特区と呼ばれる区画内での生活を強いられています。これは差別であり許容してはいけないことなのではないでしょうか? 例え普通と少々異なっていたとしても皆同じ場所で生活をしても良いはずです」
ファムクリツの中央に位置するセトラという街の中心に近い広場で、限りなく白に近い黄白色のローブを纏った女が熱弁をふるう。そして、そんな彼女の周囲には同じ服装の男女十数名が立っていた。
「差別じゃなくて、区別だろうに。それにあれは別に強制じゃなく任意だ」
今もまだ訴えかけるように声を出し続ける女の姿を見つつ、休憩のためにベンチへと座っていた彰弘は紫煙を吐き出す。
特区というのは精神的な疾患を持つ者とその介護者が、ある程度安心して暮らせる区画だ。総合管理庁のような公的機関の施設も近くにあるし民営の商店も特区ではないところと同じように存在する。違いがあるとすれば、精神的な疾患を持つ者が特区の外に出る場合に検査があることだが、それ以外は別に不便となることはない。
なお、特区の内外を隔てるものは隙間なく建てられた倉庫群である。特区の中に、また特区から外に出るためには、その倉庫群の切れ目に設けられた関所で検査に合格する必要はあるが、基本的には外に出た際の注意を再確認されるだけであった。
「任意なんですか?」
「そうです。罪を犯したわけでもないのに強制というのは、いらぬ反発を生み出しかねませんし。ついでに言うと普通の人も望めば特区で暮らせますよ」
「国や領から補助金も出るからな。ま、犯罪に巻き込まれたときには泣き寝入りになるだろうが」
「反撃できないような普通の人たちは、補助金がもらえても理由がない限りは特区内で生活しようとは考えないですけどね」
両手で持った水筒に口をつけ喉を潤したアカリが疑問を口にすると、ウェスターと彰弘が順に答える。
基本的には変わらない特区とそれ以外であるが、一番の違いは精神的な疾患を持つ者が何らかの罪を犯した場合に科せられる罰の重さだろう。
科せられる罰は犯罪の重大性を基準に、その罪を犯した者の状況など諸々の関係が考慮され決められるわけだが、特区外では精神疾患による減刑はそれほどない。仮に心神耗弱や心神喪失と認定されたとしても、責任無能力者として処罰されないということはないのだ。
しかし特区内に限れば、もし仮に殺人という罪を犯したとしても、心神耗弱や心神喪失と認定されれば大幅な減刑や場合によっては無罪となる可能性がある。
なお、本人の意図しないところで薬物などを盛られ、それが原因で罪を犯した場合であっても、無罪にはならない。最低限の労役はしなければならないと決められていた。
ちなみに、この減刑処理は特区内だけで完結している場合でのみ適用され、特区外から特区内に連れ込まれ殺されたりしたというような場合は、特区外の法が適用されることになっている。
「今まで、全く気にしてませんでしたけど……何か特区内って日本みたいな感じなんですね」
「ま、一部分だけ切り出すとそうだ」
「それにしても、アキヒロも元日本人ですよね? その辺のことよく知ってましたね」
「断罪者なんて称号が付いちまったもんで刑法あたりは軽く調べたんだよ。幸いこの知識を生かすような場面にはそれほど遭遇してないが」
実際、称号を得た後で彰弘が誰かを断罪した場面は、世界融合からそれほど経たぬ時に防壁の外で遭遇した人権団体を名乗る連中と、冒険者ランクEへの昇格試験の時の野盗くらいである。それ以外に街の内外でその知識が直接役に立ったことはない。
「それはそれとして演説も終わったようだし行こうか。何か睨まれている気もするし」
彰弘たちのところに向かってくる様子はないが、演説をしていた女とその周囲にいた男女十数人は明らかに険しいと分かる表情をしていた。
この集団は特区に住む者たちのことを主に演説内容として話していたが、だからといってそれ以外のことについて考えていないわけではない。大多数の一般から裕福な方向へ外れた者に視線が厳しくなるのは当然であった。
「平等を謳ってるなら贅沢品はなしでしょうから……アキヒロのそれは駄目なんでしょうね」
「いくらなんですか?」
「平均で一本百ゴルドくらいだったかと」
「それは睨まれますね」
「普通の稼ぎだったら、そうそう手を出せないことは否定しないが……折角余裕があるんだ。吸うだろ」
ウェスターの視線の先にあるのは紙巻煙草である。
この世界の紙巻煙草は、各教団が一つ一つ手作業で作っており一本の値段がおよそ百ゴルド――元の日本円換算で千円ほど――もする。僅か数分でなくなる物がその値段なのだから贅沢品と言えなくもない。
ちなみに、この世界の紙巻煙草はあの手この手で改良が加えられていて、吸い口のフィルターを通す通さない関係なく煙を吸ったとしても無害である。
「まあ、いつまでもここにいても仕方ありませんから、移動するのは賛成です」
「私もです。ちなみにこの後はどこに行くんですか?」
「予定通りに獣車をラケシス商会に預けてから総管庁で報酬の受け取り。んでもってケイミングさんのところのカイ商会。時間が余ったらメアルリアの神殿かな」
「名付きの加護持ちの言葉とは思えないですね」
「そうは言うがなウェスター。別に信徒じゃないんだぞ。後、神殿の連中はひとのことを妙に持ち上げるから微妙に居心地がよろしくない」
基本的に各教団の信徒たちは上位者を敬う傾向がある。これは位階が上というだけでなく、加護の種類にも当てはまるのだ。
だから自分たちの神の名付きの加護を持っているという理由で、メアルリア教の信徒たちは彰弘へと相応の敬意をもって接するのである。
無論、単純に自分の上位者だろうと自分よりも上の加護を持っていようと、必要以上に畏まらない信徒もいるのだが、それは全体からみたら僅かな人数であった。
「ともかく、行きましょうか。セトラに泊まるなら別ですが、勿論戻るんですよね?」
「戻るな。明日はノスに行くし」
ファムクリツ中央の街セトラから、北端の街ノスへと一日でいけないことはないが、それには多大な労力が必要となる。勿論、ヒーガからノスも距離を考えると結構な距離なのだが、それでも五キロメートルほどの距離に違いがあるのだ。
翌日にノス行きが決まっているのならば、ノスへと近いヒーガで夜を明かしたいというものであった。
「さて、片付け完了」
消却の魔導具で吸殻を完全に消した彰弘は立ち上がり、自分を睨んでいる集団に視線を向ける。そして何かを確認するように一瞬目を細めてから、視線を外して歩き出した。
「何か気になることでも?」
「相変わらず同じような表情の連中がいただろ? でだ、演説をしていた女がこちらを見たと思ったら、そいつらも一斉にこっちを見たんだよ。ついでに言うと睨む表情の度合い、って言えばいいのか? まあ、その表情が一緒でな。ちょっと魔法を疑ってみたわけだ」
「向こうがこちらを見た瞬間を見ていませんでしたが……それで結果は?」
「魔力線のようなものが視えたかもしれない程度だな。結構密集して立っていたから、よく分からんかった」
「微妙すぎじゃないですか、それ」
「正直あんまり近づきたくはない」
今回、彰弘たちと平等を謳う集団との距離は十メートルほど離れていた。
積極的に関わりたくはないが情報は欲しいといった考えから、彰弘たちはこの距離で演説を聴いていたのである。
この距離であっても最初から疑って魔力を視ていれば、もっと何かに気づけたかもしれない。しかし、平時において魔力を常に視ることができるような状態でいるのは精神と目に無視できない疲労が溜まることになる。
だからこそ、彰弘は気になった段階で魔力を視ることにしたのだ。
「とりあえず、次に見かけたら最初から魔力を視てみることにするさ。つーわけで行くぞ」
ともかく今の段階では、ここで話をしていたとしても何の進展もないだろう。
彰弘たちは当初の目的を達するために移動し始めたのであった。
ラケシス商会の支店に獣車を預け、そして総合管理庁で野盗を売った報酬を手に入れた彰弘たちはカイ商会へと向けて歩いていた。
「本当に安かったな」
「あの連中だったら、そんなもんだと思いますよ」
「ローリスク、ローリターン。いや、強い相手との遭遇は遠慮したいですが」
奴隷として売った野盗は全部で十人。そしてその金額は合計で五万ゴルドであった。
五万ゴルドは一人の成人が二か月は普通以上に暮らせるだけの金額であり、それだけを考えた場合は悪くない金額に思える。しかし、十人もいてこれだけの金額にしかならないのはやはり安いというものだ。
「まあ、それはそれとしてだ。やっぱ、何かされていたみたいだな」
「はっきりとは言ってませんでしたが、そうみたいですね」
総合管理庁で少し話をしたところ、彰弘たちが捕らえた者たちのみならず、それまでに捕らえられていた者たちにも何らかの魔法がかけられていたらしいということであった。
無論、総合管理庁の職員がそのことを彰弘たちに漏らしたわけではないが、幾つかの質問に対する応答で察せられたのである。
「動いているということでしたが、いつ解決するんでしょうか?」
「迂闊には動けませんからね。野盗となっていた者たちには自分たちに魔法をかけた相手の記憶はなかったらしいですから、すぐとはいかないでしょう」
「怪しさ全開の連中はいるが、確証は何もないしな」
身奇麗な野盗の出現時期と平等を謳う集団が現れた時期を考えると、両者に関連性がないとは思えない。
だが、仮に後者が前者に魔法をかけていたとして、そこに何の意味があるのかは不明であった。
「私たちが捕らえた野盗程度を操ってどうするつもりだったんでしょうね? かけた相手は」
「そんなのは本人に聞かなきゃ分からんな。ただ精神に影響を及ぼす魔法は、普通ならばまずかからない。かけた方が熟練者で、かけられた方が精神的にまいっていれば別だが……やっぱ、余程かけた方に利となることがあるんだろうなあ」
他人の内側に作用する魔法は肉体的だろうが精神的だろうが、かけられた方が受け入れない限りは、まず効果を発揮することはない。
だから、態々それをやるということは、その難易度を上回るだけの利益が存在すると考えるのは普通であった。
「なんでしょうねー。野盗がいた辺りに何かあるんでしょうか?」
「何かあるようには思えませんでしたが……それにあの連中は襲いかかってきたんです。何かあるなら自分たちが見つからないように身を隠すはずですが」
「ま、これ以上考えても仕方ない。カイ商会の後で神殿にでも寄って神託でも貰ってくるか」
「たまにあなたはとんでもないことを平気で言いますよね」
いつの間にかカイ商会の建物前まで歩いてきたことで彰弘が話を終わらせる発言をすると、ウェスターが呆れたような表情で言葉を返す。
神託は願ったところで降りてくるものではないのだから、ウェスターの言葉には頷けるものがあった。
「でも、神頼みでさくっと解決できるのなら私はありだと思います」
「はは。神託云々は冗談にしても、神殿にも行って情報は聞いておこう。冒険者ギルドではほとんど情報はなかったが、総管庁で影らしきものは見えた。俺らに被害があるかは不明だが、情報は持っていて損はないからな」
「それじゃあ、そういうことで動きましょうか」
「とりあえずケイミングさんに挨拶して何か知ってたら聞いて、それから神殿だ」
当初はそこまで積極的に情報にしろ何にしろ彰弘は関わろうとは考えていなかった。しかし、普通じゃないことが知り合いの近辺で起きている事実を無視するのは、彼にとって受け入れがたいものがある。
だからこそ、彰弘は当初の考えを変え、自分ができる範囲で情報を集めていくことにしたのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。