5-15.【平等を謳う者たち:平等を謳う集団】
前話あらすじ
ファムクリツ到着。
そしてそこでちょっとした変化の話を聞く、彰弘たちなのであった。
ゴッ、と鈍い音を立てて拳と拳がぶつかり合い、その拳を持つ両者は一拍の後に笑顔で抱き合った。
「何度見ても違和感しかねーな」
「ははは。まあ否定はしません」
「まともに喰らったら、蹲る自身があるっす」
友人たちと一年ぶりに再会した彰弘の目の前で繰り広げられたのは、毎年の恒例となった六花と美弥の挨拶である。
普通なら、やるとしても軽くコツンと拳を合わせるだけなのではないかと思うのだが、二人の場合は魔力を拳に集中させ、並みのゴブリンなら一撃で屠れるほどの威力で拳を合わせていた。
なお、六花の身長は彰弘と初めて出会ったときからほとんど伸びておらず百三十五センチメートルで、美弥はそんな彼女よりは高いが百五十には届いていない。そして容貌は二人とも可愛らしいので、その挨拶は彰弘のように何度見ても違和感を覚えるものであった。
「それにしても美弥ちゃんは随分と強くなってないか? 六花は学園を卒業してから結構魔物を倒しているから、差が開いていると思ってたんだが」
六花と美弥の挨拶を知らなかった者たちが驚く姿を横目に、彰弘たちは近くのベンチまで移動して座り会話を続ける。
「実は今年になってから冒険者の資格を取り直したんですよ。美弥も私も、そして康人も」
「大討伐なんてもんがあったすからねー。少しでも強くなっておこうと思ったわけっす。まあ、ファムクリツの守備隊って手もあったんすが、そこだと農作業はなしっすけど訓練と見回りに時間が取られるっす。思ったより魔物を倒しにいけそうもないんですよね。結局のところ、農作業と訓練日が交互にある今の立場で冒険者ってのが自分たちに合ってたんすよ」
ファムクリツで農作業に関わる者には二種類ある。それは農作業に専念する者たちと農作業をしつつ有事の際には武器を持って戦う者たちだ。
誠司や康人はこの二つの内の後者であり、こちらは農作業は勿論だが、いざというときのために備えて訓練日というものがある。そしてこの訓練日には申請して許可を得れば冒険者として防壁の外で活動することも可能なのであった。
ちなみに申請内容が訓練に相当するものでなければ許可はでない。
「冒険者だけでなく普通に農作業とかもしてる……一年前の彼女たちを知りませんが、ここはそこまで魔物と遭遇できるのですか? 失礼、アキヒロのパーティーに入れてもらっているウェスターと申します」
「えっと、アカリです。よろしくお願いします」
「これはご丁寧に。誠司です」
「康人っす」
強くなることを目的に冒険者となったウェスターが興味深げにベンチへと近づいてきた。アカリも一緒である。
「質問にお答えしますと、メインは勿論農作業です。で、魔物ですが、この周辺ではそれほど遭遇しませんね。ただ北に向かうと普通の森林があって、そこを抜けた先は深遠の樹海なんですよ。ついでに言うと今は時期が良かった……いえ、悪かったと言うべきでしょうか、普通なら」
逆の言葉を口にする誠司に、彰弘たちは首を傾げた。
その様子に康人が説明を行う。
「大討伐があったじゃないっすか。ここんところは元に戻ってきているみたいなんすけど、ちょっと前までは深遠の樹海の大討伐圏外に普段より魔物が多かったらしいんす」
「で、私たちが再度冒険者資格を取って訓練日に許可をもらって行ったときに、結構な数と戦う破目になったわけです」
「なるほど。となると、やはりグラスウェルの方が強くなるには良いということですか」
「ええ、そう思います。ここの北にある森林にも魔物は出ますが、やはり魔物と戦うことを目的とするなら深遠の樹海へ行く必要があります。ですが、ここからだと森林を突っ切るのが一番早いのですが、朝出ても樹海の縁に着くのは夜になってしまいますからね」
大討伐の対象だったのはゴブリンとオークであり、それぞれが万単位の数であったために二種の領域は相応に広いものであった。そしてその領域では少数の群れの魔物が生きていくには難しい。つまり、他の魔物はその領域から逃げ、一時的に領域外の魔物の密度をそれほど広くない範囲ではあるが上げていたのだ。
誠司や康人たちはその群れと戦う破目になったのである。
なお、グラスウェルの冒険者や兵士が大勢深遠の樹海関係の依頼や任務を受けていたわけだが、かなりの人数が魔物の密度が上がった場所の間引きという、それらを受けていたのであった。
「無事で何よりだ、いや本当に」
「話に聞く深遠の樹海に三人で行く気はありませんでしたからね。知り合いになった冒険者の方たちと一緒に行ったので何とかなりました」
「そうっすね。三人だったらマジで死んでたっす。まあ、何回かそんなことがあったお蔭で前よりも強くはなれたっすけど」
微かに彰弘の顔に苦笑が浮かぶ。
何しろ彼は知らなかったとはいえ、ミレイヌとバラサという今はパーティーから外れている二人と自分の三人だけで深遠の樹海へと足を踏み入れた経験があったからだ。
それはそれとして、彰弘ほどではないにしても、誠司も康人もそれから美弥もなかなかに無茶と言えるような戦いを経験し生き延びてきていた。
そのためだろう。今ならオークリーダーを単独である程度余裕を持って倒せるように彼らはなっていた。
美弥が六花と拳をぶつけ合うことができていたのも、このためだ。
ちなみに冒険者のランクDなりたての平均的な強さが、オークリーダーを単独で倒せる程度である。
「まあ、深遠の樹海も元に戻りつつあるようですし、急激に強くなることはできないでしょうが、無理のない程度にやってこと思ってます」
「それがいい。死んだら元も子もない」
誠司に返した彰弘の言葉は、この場の誰もが頷けるものであり、一様に皆が首を縦に振るのであった。
時間にして小一時間。
彰弘たちの姿はベンチから芝生の上に移動していた。人数は先ほどよりも一人減り四人である。
アカリは現在六花たちと一緒におり、そこで話に花を咲かせていた。
「華やかっすねえ」
「確かに。でも男の身であの中にいたら大変でしょうね」
「いや本当にウェスターがいてくれて良かった」
「何で、あなたはグラスウェルを出るときと同じようなことを言ってるんですか」
「はっはっは」
笑って誤魔化す彰弘にウェスターのみならず、誠司や康人も顔に苦笑を浮かべる。
彰弘の現状を知ってるからこその反応である。
まあ、女の集団の中に男が一人だけというのは、その男が特殊な属性を持っていない限りは、ある意味で苦痛であるかもしれないのだから、こんなやり取りになるのも仕方がない。無論、その逆もしかりである。
「まあ、それはそれとしてだ。あの集団は?」
そんな見方によっては珍妙な感じの彰弘たちであったが、ふと彼らの視線の先に周囲とは雰囲気の違う集団が現れた。
限りなく白に近い黄白色のローブのようなものを纏った集団は、今現在彰弘たちがいる広場の中央にまで進むと整列をする。そしてそこから一歩進み出た人物が何やら語り出した。
その内容は「人は全てにおいて平等であるべきだ」というものである。
確かに考え方としてはあるだろう。しかし実際に全てを平等にした場合、そこで出てくるのは不公正である。
性別、年齢、能力。それらは人それぞれ違う。もし本当に平等な世の中を実現したいのであれば、人が持つそれぞれの違いという個性特徴を全て取り除く必要がある。
「今年に入ってからですかね。皇都方面から来たようですよ。まあ、あの一人集団の前に出て話している人が言っているとおりの集団ですよ」
「考え方としてはあるんだろうが……あいつらが言っていることが実現したら滅びるな」
「一定の条件下であれば必ずしも悪いわけではありませんが、それでも今現在の一般に受け入れられるものではありません」
「とりあえず、今のところは、ああやって演説してるだけっすから害はそんなにないっす。拡声器みたいなのを使ってないから近づかなきゃいいだけですし……って、何か人数減ってないっすか?」
それぞれが意見を出していると、最後に声を出した康人が疑問を口にした。
彰弘とウェスターは今初めてその集団を見たために分からなかったが、誠司は以前にもこの集団を見ており、康人の言葉が間違っていないことに気がついた。
「言われてみれば。まあでも、いつも必ずいるのは、あの話している人とそのすぐ後ろの数人だけだから、今回は偶々人数が少ないだけなんじゃ?」
「うーん。そう言われると、そうかもしれないっすけど……何か違和感があるんすよねー。なんすかね?」
誠司の言葉に半ば納得しつつも康人は首を傾げてから、誠司、彰弘、ウェスターへと顔を向ける。
「そんな顔で見られてもな。初めてみた集団の以前と今の違いなんて分かるわけないだろ」
「隣に同意です。ただ、話している人とそのすぐ後ろにいる人たち以外が浮かべている表情については気になるところですかね」
「表情が乏しいってよりは変化してないのか、あれは」
演説を繰り返す人物は胡散臭いくらいに表情が豊かであった。
また、その人物の近くにいる者も演説内容により普通に表情の変化が見える。
しかしそれ以外の整列している者たちの表情は、ぱっと見ただけでは分かりづらいが、微笑んだような表情が変化なく顔に浮かび続けていた。
「とりあえず、関わりにならない方がよさそうだ」
「ええ。ここだけでなく、他のところにもいるそうですが、極力関わるないようにしようと仲間内では話してます」
特に強引な勧誘や犯罪を行っているわけではないため、ファムクリツを任されている代官や総合管理庁からは何か通達があったわけではないが、ファムクリツに住む者たちにとって得体の知れない集団であることに間違いはなかった。
とりあえず、関わり合いにならず余計な面倒を起こさないようにするしかないのが現状である。
「一応、代官とか総管庁とかは探っているらしいっすけど、今のところ特に問題になるようなことないっぽいす」
「とにかく、関わらない方が良いってことか」
「そうなりますね」
こんな感じで彰弘たちが、その集団についてを話していると、やがて演説が終わったようで、黄白色の集団が移動を開始した。
どうやら農場に繋がる門へと向かうようである。
「多分、近くの集落に向かうんでしょう。彼らは大体数日に一回ここで演説してますが、それ以外は別の集落で同じようなことをしているみたいです」
誠司たちが住むノスで主に活動しているのは今演説をしていた集団であるが、ヒーガではまた別の集団が活動していた。
彼らは中央と東西南北それぞれに存在する玄関口と呼ばれる街を活動の拠点とし、そこから近い農場内に点在する集落を順に巡っているのである。
「よく分からん連中だ」
目的は賛同者を手に入れることなのだろうと予想はつくが、見た限りでは興味を抱いた者すら一人もいなかった。
一応、平等であることの利点を説いていたのだが、その利点は同時に欠点でもあり、少なくともこのノスで生活する人々には受け入れられていないようである。
「さてと、そろそろ行くかな」
「おや、もうですか?」
「ギルドに到着の報告を忘れててな。暗くなる前にヒーガのギルドに行っておきたい。ついでに、あの連中の情報がないかも確認しようかとね」
苦笑する彰弘に、その場の面々も笑みを零す。
「ま、明日はセトラに用事があるから、明後日以降にまた来るわ」
「分かりました。それでは私たちも一度戻りましょうか」
「そうっすね。明日の準備でもするっすかねー」
芝生から立ち上がった彰弘たちは、今もまだ華やかさを見せる女ばかりの集団へと近づいていく。
そして、簡単に今後の予定を告げてから、彰弘とウェスター、それからアカリはヒーガへ戻っていくのであった。
ちなみにウェスターとアカリが彰弘と行動を同じにするのは、二人には知り合いと呼べる者がファムクリツにいないためである。
お読みいただき、ありがとうございます。




