5-13.【平等を謳う者たち:身奇麗な野盗】
前話あらすじ
ガルド専用獣車用車完成!
八月の初旬も終わろうとする日の朝という時間帯。
彰弘たちの姿はグラスウェルの北西門前にあった。目的は六花の親友である美弥がいるファムクリツへと向かうためである。 無論、ファムクリツには彰弘にとっての友人関係といえる誠司や康人もいるし、今回同行する者たちの知り合いもいた。
要するに年に一度ではあるが彰弘たちは交友関係を深めるために、この時期ファムクリツを訪れているのである。
「よう。そろそろだと思ってたよ」
集団の最後尾で六花たちが街の外へ出る手続きをしているのを見ていた彰弘へと、五十代前後の兵士が笑顔で話しかけてきた。
彼はグラスウェルの北西門を担当する兵士たちを束ねる衛兵隊の隊長である。
「おはようございます。ええ、またファムクリツへ行ってきます」
「はは、特別注意するような情報は入ってきてないが、気をつけて行って来い。それはそれとして、今回は随分と多いな若いのが。しかもあれは領主の娘さんか?」
彰弘の横に並び、笑ったり驚いたりと変化が激しい自分の部下の顔を見つつ、隊長は疑問を口にする。
それに対して彰弘は肯定し、何故クリスティーヌが一緒にいるのかといったことや、今回の人数となっていることも説明した。
「なんつーか、お前も大変だな」
「まあ……でも、今は幸いウェスターがいるんで、諸々助かってますよ」
「おう。そういやそうだったな。あいつ、紳士だからなぁ」
「役に立てているようで何よりですよ。とでも言いましょか?」
二人の会話を耳ざとく聞きつけたウェスターが、一緒に順番待ちをしていたアカリへと断りを入れてから後ろに下がってくる。内容が冒険者としてではなく、それ以外を指していることを悟った彼の顔には苦笑が浮かんでいた。
「はは。ウェスターも元気そうで何よりだ。さて、そろそろお前らの番だな。ともかく、気をつけていってこい。まあ、お前らならそうそう滅多なことは起こらんだろうが」
「油断するつもりはありませんよ」
「アキヒロに同意です」
「おう、じゃあな」
頃合いを見て隊長は彰弘とウェスターから離れ、門の側にある詰め所へと戻っていく。
六花たちの姿は既に門の向こう側にあった。
残るは今手続きをしている、ラケシス商会のファルンと、同じ商会の彰弘が購入した獣車を造った者たちの責任者であるカルドル。そして彰弘とウェスターだけである。
「んじゃまあ、行くか」
「ええ」
ファルンとカルドルが手続きを終え動き出したのを見て、彰弘とウェスターはお互いに頷き合うのであった。
今回、ファムクリツへ行く全員がグラスウェルの外に出て少々進み、人影が少なくなったところで街道の脇に寄り彰弘たちは一度足を止めた。ここでガルドに引かせる車を出すのである。
「ここらでいいか」
街道を進む関係者以外が突然現れた獣車の車部分に驚く姿を尻目に、彰弘はガルドに準備をするように伝えた。
当然、ガルドが大きくなるとそのことを知らない者たちが騒ぎ出すが、これについては従魔であり危険はないことを説明して鎮める。
ちなみに、今ここで彰弘が自分の獣車の準備をしている理由は、余計な騒動を嫌ったこともあるが最大の理由は大型であるために仮に許可を取ってあったとしても街中での使用が難しかったためである。
「さて。念のため、もう一度簡単に説明するぞ。まず今日のところは素直に街道を使って進む。順調に行けばヒーガまで半日の距離まで進めるはずだから、そこで一度野営だ」
ヒーガとはファムクリツ・ヒーガのことである。ファムクリツの東の玄関口といえる集落、というか街であり、グラスウェルからもっとも近く、余程のことがない限りグラスウェルからファムクリツへ行く場合はまずここを目指す。そしてそこから、それぞれの目的地へと進路をとるのだ。
「で、明日は少し街道から外れて進む。勿論、外れるといっても、これは先日話したとおり獣車の様子を見るためだけだから、何もなければ街道沿いを進むんで遅くても夕方前にはヒーガに着けるはずだ」
彰弘がラケシス商会に依頼して造った獣車は、彼が来年家族探しに行くために使用する予定であった。今現在も家族が住んでいる場所は正確に把握できているわけではないので、場合によっては街道以外を進むことも考えられ、この機会に性能を把握し、改善する必要があれば改善してしまおうと彰弘は考えているのである。
「とりあえず簡単にだが、こんなとこだ。何か質問はあるか? ……ないか。まあ、道中何か気になったことがあったら言ってくれ。適宜対応しよう。それじゃあ、乗ってくれ出発する」
今この場にいる面々へは、今日となる前に詳しい説明は全てされており、質問の類に関しても、そのときに解決していた。
なので、今日このときに改めての質問というものはなかった。
ただ、道中に不測の事態が起こらないとは限らない。その場合は、その場その場で対応していくことになる。
ともかく、こうして彰弘たちはファムクリツへ向けて出発したのであった。
昼過ぎの街道を、ファルンが操る獣車を追いかけるように小型自動車程度の大きさとなったガルド進む。
勿論、ガルドは車輪がついた箱を引いていた。
「穏やかなもんだ」
御者台に座った彰弘は、別に指示などなくても前方のファルンの獣車と適度な距離を空けて進むガルドと念話をしたり、ガルドの上で戯れる六花と紫苑、そこに加わっているクリスティーヌを見たり、はたまたゆっくりと流れていく周囲の景色を眺めたりといった時間を過ごしていた。
時折、すれ違う者たちにガルドのことを説明したりという場面はあったが、魔物に襲われるなどの厄介もなく、穏やかといっても過言ではない道中だ。
さてここで、少々説明しておこう。
まず、今日彰弘とともにファムクリツへ行くのは誰なのかだが、それは彼の顔見知りばかりの十八人だ。パールを除く断罪の黒き刃メンバー十三人と、瑞穂と香澄の家族が三人。そしてラケシス商会のファルンとカルドルである。パールがいないのは、兄のベントと一緒に家族の下へ行っているからであった。
次に誰がどちらの獣車に乗っているかだが、今現在ファルンの獣車には御者台にファルンがおり、その横には何故か瑞穂と香澄の弟である正志がいる。そして後ろの車部分には、正志がいる関係で両親の正二と瑞希がいた。残りはウェスターとアカリにカルドルである。
彰弘の獣車には、当然ファルンの獣車に乗っていなかった面々が搭乗していた。
まあ、ガルドの上にで戯れる六花、紫苑、クリスティーヌの三人は獣車に乗っているといって良いのかは分からないが。
ともあれ、このような配分で獣車に乗り、彰弘たちはファムクリツへ向けて進んでいるのである。
そしてそれから、特に何事もなく彰弘たち野営地に着くのであった。
翌朝。
早朝から活動を開始した彰弘たちは野営地の後片付けを終え、再びファムクリツへ向けて行動を開始した。
前日との違いは、六花と紫苑、クリスティーヌとエレオノールがファルンの獣車に乗っており、その代わりにウェスターとアカリにカルドルが彰弘の獣車に乗っていることくらいか。
なお、本日のガルドの上には瑞穂と香澄が仲良く座って乗っている。
そしてファルンの隣には前日に引き続き正志がいた。どうやら、本格的に御者になりたいようである。
さて、それはともかくとして、今現在彰弘とファルンの獣車が進んでいるのは均された街道上ではなく、特に手入れがされていない草原といえる場所であった。
当初の目的どおり、獣車の様子を確かめるために、あえて悪路に近い場所を進んでいるのである。
「思ったよりも揺れが少ない」
御者台の上で、そんな感想が彰弘の口から出る程度に獣車の性能は良いようであった。伊達に獣車を主に取り扱うラケシス商会の職人たちが張り切ったわけではないようだ。
ついでにいうと、ファルンの獣車も悪路も想定した足回りに改造されており、乗っている者が苦痛を感じない程度には安定していた。
そんなこんなで小一時間。予定には入れてなかったが更なる確認のために先ほどよりも悪路度が高いところを進む獣車は順調に進んでいた。
だが、ある地点に差し掛かったところで、何らかの異変があったのかファルンの獣車が動きを止める。
「見てくる!」
「見てきます!」
ファルンの獣車の動きに、彰弘もガルドへ指示をして自分の獣車を止めようと速度を落とすと、動きが完全に止まる前にガルドの上から瑞穂と香澄が飛び降りて、前を進んでいたファルンの獣車へと近づいていった。
「アキヒロ、どうしました?」
「分からん。特に危険は気配は感じなかったが……今瑞穂と香澄が様子を見に行っている。ん? 六花と紫苑が降りたな。クリスとエレオノールもか」
獣車の車部分と御者台を繋ぐ小窓部分から尋ねてくるウェスターの問いに彰弘は答えながら様子を窺うが、次の瞬間彼の目に複数の銀色の光りが映り、魔力の動きも感じ取った。
「多分、野盗あたりだ。この獣車はガルドに任せれば問題ない。ウェスターは皆を率いてカルドルさんを護衛してファルンさんの獣車まで行け。敵は俺らがやる」
彰弘が目にした銀色の光りは六花たちが剣を鞘から抜いた際に太陽光を反射したものであった。
獣車を悪路で試すためであったが、街道から離れすぎたことが襲撃を受けた要因である。
ウェスターに指示を出した彰弘は御者台から飛び降り前線に向かう。既にその両手には背中から引き抜いた二振りの魔剣が握られていた。
「あっけなさすぎでしょ」
「ここまでと分かっていたら、クリスさんたちに相手をしてもらうべきでしたね」
「たぶん、油断さえしなければ、だいじょぶ」
「今の状態を見る限りだと、試験前に経験させておかないとまずいかも」
血などは皆無であるが、それでもクリスティーヌをはじめとした、六花たち以外の同級生の顔は若干引き攣っていた。対人戦の経験が皆無であったからだ。
それはそれとして彰弘たちの目の前にいる野盗の数は全部で十。誰一人として死ぬことはなく、また目に見えた傷もなく、彼らは縄で縛られ正座をさせられていた。持ち物は武具のみで身分証などの類は持っていない。
「矢避けの魔導具も反応しませんでしたね。襲うにしても遠距離からが定石でしょうに。何のために岩陰に隠れていたのやら。……それにしても弱かったですね」
ファルンの考えも六花たちと同じようであった。
なお、ファルンの獣車にも彰弘の獣車にも御者台に限ってだが、野盗に襲われたときのために矢避けの魔導具というものが備え付けられていた。だからこそ、ファルンは自分の隣に正志を座らせることができていたのである。
なお、この魔導具は並程度の弓矢の腕では御者を仕留めることはできないほどの逸品であり、それなりに高価であった。
「それで、どうするんですか?」
ウェスターの問い掛けに彰弘が悩む。
野盗などの類はこのまま殺してしまっても、殺した側が何らかの罪に問われることはない。
ただ、縄に縛られ抵抗もできない相手を殺すのは、流石に抵抗があるものだ。
そうなると残る手段はこのまま放置していくか、街まで連行して犯罪奴隷として売り払うかだが、前者は後々を考えると選びたくはない。かといって後者は面倒であった。
「仕方ない。ファムクリツまで連れて行くか」
「それは良いですが、ここから徒歩だと下手すると夜になってしまいますよ」
「夜になるのは勘弁だ。……ガルドに縛り付けて持ってくか」
弱すぎたとはいえ相手は野盗であるため、十全に動ける状態で連行することなどできはしない。
だからこそ彰弘は最も効率的な方法を選んだ。
「では、早速やってしまいましょうか。ほら、立って歩いてください。自分で動かないと引きずりますよ」
ウェスターが野盗を立たせ、ガルドのところまで連行していく。その後ろに続くのは彰弘を除いた断罪の黒き刃のメンバーだ。
その様子を見ながらガルドに念話で事情を話していた彰弘の横で、ふいにファルンがぽつりと呟いた。
「野盗らしからぬ身奇麗さでしたね」
「確かに。尋問でもしておくべきだったか」
「時間に余裕があればそれも良いでしょうが。……そこはファムクリツの兵に任せましょう」
「そうだな」
自分たちで全てをやる必要はない。
とりあえず、今は野盗をガルドに縛りつけ、早々にファムクリツへ向かうべきであった。
この後、彰弘たちは街道にまで戻り、ファムクリツへの道を進む。
そして当初の予定より、幾分早くファムクリツ・ヒーガへと着くのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。