5-11.【雨の日という休日】
前話あらすじ
彰弘、ダンジョンマスターの称号を得る。
暑さも気配も本格的に夏だと言えるだろう七月初旬のその日は生憎の雨であったが、それはそれで過ごし方はある。
彰弘は自宅のリビングルームの一人がけソファーで、昼食後のまったりとした時間を読書で過ごしていた。彼の手には『ダンジョン探索記 1』と題された小説の一巻目があり、今はそれを読んでいるのである。この小説はダンジョン探索をしていた冒険者の実話を多少の脚色で読みやすくした短編集であった。
そんな小説を読む彰弘の目の前では、三人がけソファーの真ん中に陣取った六花と紫苑がテーブルを挟んで白熱した戦いを繰り広げていた。戦いとはいっても、その手に持つのは剣や槍などの武器ではなく、平たく円形に整えた黒と白の金属板を貼り付け一つにした物だ。そう二人が遊んでいるのはリバーシという盤上遊戯であった。
そして彰弘の従魔であるガルドはというと、時折三人の様子を見つつ相も変わらずスチール製やらステンレス製やらの金属球をもぐもぐしている。
さて、彰弘邸で働く使用人たちだが、こちらの様子も様々だ。
食事全般を任されているクキング夫妻は昼食の片付け後に夕食の仕込みをしていたが、今はそれも終えて二人で何やら談笑している。
残る使用人は借金奴隷という立場で彰弘に買われ、この邸宅で使用人として働いているのだが、持分の仕事を終わらせてしまえば次の仕事までは自由時間として使うことを許されていた。なので、その自由時間を使用人としての更なる技術向上に使う者もいれば、趣味に勤しんだりする者もいる。
勿論、彰弘たち主の世話をする必要はあるので、交代で使用人控え室に最低でも二人は待機していた。もっとも、その部屋で話してはならない座ってはならないということではないので、常識の範囲内であれば談笑などをしていても問題はなく、控え室にいる間も自由時間とそれほど変わらない。
ともかく、雨の日の彰弘邸は基本的にはのんびりまったりとしているのである。
ちなみに敷地と外を繋ぐ門は雨のときは閉ざされており、門番も門横の控え所の中にいて必要がなければ外には出ていない。
昼食から一時間強ほどの時間が過ぎた。
彰弘が読んでいた小説の第一巻目を読み終わり、六花と紫苑によるリバーシ対決が白星黒星同数になったころ、来客を告げる声が届いた。
やって来たのは使用人を統括する立場にいるミヤコに案内されてきた瑞穂と香澄、それからクリスティーヌとエレオノールだ。
「濡れている様子はないから風呂はいらないか。それはそれとして何も雨の日に来なくてもいいんじゃないか?」
挨拶の後に彰弘が目を向けたのは瑞穂と香澄である。
外は雨といっても、それほど激しいものではないため、二人がびしょ濡れなわけではない。ないが、特に約束をしていたわけではなく、そこそこの距離を歩かなければならないので態々雨の日に来なくてもと思わずにはいられない彰弘だ。
クリスティーヌとエレオノールについては同じ敷地内の隣住みだし、何だかんだで時間のあるときにはよく訪ねてくるので、そこまでは気にしない。もっとも、強風を伴う大雨だった場合は別ではあるが。
「いやー、暇だったんだよね」
「お父さんもお母さんも仕事だし。正志は学習所だから」
「ま、そんなわけで『どうしよう? そうだ彰弘さんとこ行こう』ってなったわけ」
ソファーに座るように促す彰弘の言葉で、六花と紫苑が彰弘側に身体を移動させると、六花がいるソファーに瑞穂と香澄が座り、紫苑の方にクリスティーヌとエレオノールが座る。
なお、このとき、エレオノールは自分の立場を考え逡巡したが彰弘が再度促し、クリスティーヌがそれに頷いたことで彼女も腰を下ろした。
「ミヤコ」
「畏まりました」
全員が着席したのを見て、彰弘が茶の用意をミヤコに指示する。
彼女は言葉とともに一礼するとテーブルの上のリバーシを片付け持ち、また三つのカップとソーサーも盆に載せ、再度頭を下げ「失礼いたします」と退室する。
「おおー、なんか上級感が」
「なんか来る度に洗練されてってる気がする」
ミヤコの姿が扉の向こうに消えると、そんな声が漏れた。
瑞穂と香澄である。
「未だに違和感を拭えないが、こういうのが良いらしい」
苦笑で彰弘が応えると、先に声を出した二人は「ほへー」と気の抜けた声を出した。
その様子を見ていたクリスティーヌが微笑みで三人の言葉を肯定する。
「確かに日に日に良くなっています。ミヤコさんはもう借金を返し終わったとお聞きしていますが……このままアキヒロ様にお仕えするつもりのようですね」
「ああ。夫婦ともどもそのつもりらしい。俺としてはありがたいから、契約のし直しは普通にしたさ」
ミヤコたちの他にも借金を返し終えた使用人はいたが、その全てがそのまま彰弘の下で働くことを望んでおり、再雇用契約を彰弘と交わしている。
ミヤコの娘たちについてはまだ未定であるが、今のところ半分くらいは使用人として働くかもしれないという状態であった。残り半分はというと昨年グラスウェル魔法学園で闘技会を見た影響からか、冒険者などの戦う職も考えにあるようだ。
なお、未だに借金を返し終えていない者たちも、無事完済した後で再雇用という話がついていた。これは門番として働くことになるだろう狼系獣人のロソコムも同じである。
「アキヒロ様についても良いと思います。貴族の中には極端に高圧的な者もいれば、またその逆もいますが、そのどちらも好ましいとは言えません。前者のようでは要らぬ反感を持たれることになりますし、後者は身内だけなら良いですが外のことを考えますと主本人はともかくとして、使用人が害を被ることになるかもしれません。人はそう簡単に切り替えなどできませんから」
普段の態度が出てしまうというのは誰にでもあることだ。
この世界では明確に身分が分けられている。もし普段主と気安過ぎる態度で接することに使用人が慣れてしまっていた場合、他の自分よりも身分が上の者と接した際に、その気安過ぎる態度が表に出てしまう確率は高くなるだろう。流石にそれだけで何らかの処罰となることはないが、少なくとも主の評判に傷がつくことは間違いない。
「ま、仲良くするのと馴れ馴れしくするのは別だからな。できればストラトスさんに、そう言っといてくれないか? この周辺は良いとして、他の貴族とかに目を付けられたくはないし」
「それに関しては、それほどお気になさらずとも良いかと。そもそもの話、アキヒロ様の場合はメアルリア教の一柱である破壊神アンヌ様の名付きの加護持ちであると喧伝……まではいかずともなので、まともな方なら変な手出しをしてこないでしょう。今更お爺様とお友達であるとされたとしても、現状にはそんな変化は起きないと思います」
何だかんだで貴族やら公的機関やらには、有名になりつつある彰弘だ。
確かにクリスティーヌの言うとおりであった。
そんな感じで少々言葉を交わし合い、丁度会話が途切れたところでリビングルームの扉がノックされる。
頃合いを見計らって、ミヤコが茶を届けに来たのだ。それほど長い期間を使用人として過ごしていたわけではないが、彼女の努力と才能は、使用人としてなかなか見事なものに育っているのであった。
目の前に置かれたカップに入った紅茶で、それぞれが一息つく。
そして一拍。
「さて、何する?」
「そうですね……このメンバーでしたら、今後のことを話すというのが良いのではないでしょうか」
彰弘の言葉に応えたのは紫苑であり、そのことに反対する者はいない。
元々何か予定があったわけではないのだから反対する理由はないのである。
「今後のことか。分かっていることといえば、例年通りもう少ししたらファムクリツへ行くことか。で、その後はランクEへの昇格試験」
「うんうん。さらにその後は彰弘さんの家族探しー……のついでにウェスターさん関係?」
「そうだね。ついでというのはちょっとかわいそうな気もするけど」
「まあまあ。実際に家族探しの道中だしっ」
ファムクリツには六花の友達である美弥とその家族、また世界融合の際に彰弘と知り合いになった誠司や康人がおり、彰弘たちは毎年夏にはファムクリツを訪れ交友を深めていた。
ランクE昇格試験は、その名の通りだ。実力や依頼成功数などの条件は満たしていても、年齢が成人年齢の十五となっていなければ受けられないのが冒険者ギルドのランクE昇格試験であり、六花まだその年齢に達していない。そのため、紫苑に瑞穂と香澄、それからクリスティーヌにエレオノールといった既に成人年齢に達してはいる者も、可能ならば六花も一緒にとの思いがあり、今はまだ全員が試験を受けてはいないのであった。
今年の十一月十一日をもって六花が十五となるので、その後全員で試験を受けるつもりなのである。勿論、そのあたりは冒険者ギルドへと伝えており、許可もされていた。
彰弘の家族探しも言葉通りである。世界の融合で離れ離れのままである家族を探しにいくだけだ。世界の融合から数年の月日が流れてしまってはいるが、当時の強さで外へ出ても死ぬ確率が高いだけあり、長期間防壁の外で行動するのは無謀であった。ある程度の強さを身につけた今だからこそ、実行に移せるのである。
そしてウェスター関係については、人の恋路を邪魔するヤツはというものだ。今はまだ皇都の学園に通っている少女を狙う、愚かな貴族の子息を叩きのめし平和を勝ち取るのである。ちなみに時期が彰弘の家族探しと重なったのは単なる偶然でしかない。
「まずはファムクリツだな」
「うんうん。美弥ちゃん、また強くなってるんだろうなー」
「四十四勝四十四敗二十二引き分け、でしたっけ?」
「うん、そだよー」
毎年、六花が美弥と会うたびに行っているのは、鬼ごっこのようなものだ。
動ける範囲を限定して、そして時間制限も設定する。勿論、安全を考慮して魔法と武器は使用禁止であった。
「私はミヤさんと会うのは初めてなので楽しみです。……エレどうしたの?」
「いえ、お嬢様が楽しみになさっていることは喜ばしいのですが、リッカ様と同等だというのが信じられませんでしたので」
何だかんだで美弥の話を聞いていたクリスティーヌに、そこを疑う素振りはない。しかし名前を知っていても、今はまだそこまで六花たちと交流がないエレオノールには、六花の動きを知っているだけに信じられない思いであった。
「まあ、勝負とはいっても鬼ごっこだからねー。魔法とかなしで、一定範囲内で触られたら負けってルールだから。でも、訓練を見る限りだと……」
「弱くはないよね。実際に戦ったことはないけど、魔法にしても武器の扱いにしても私たちと、そんな変わらないと思うよ」
ファムクリツは農業の街であり、その敷地面積は広大だ。そのため、冒険者や兵士だけでは魔物の脅威から土地を守るには人数が足らず、農作業を行う者も戦う力がある者は日頃から戦う訓練を行っている。その中に誠司や康人は勿論、美弥の姿もあった。
そしてその訓練中の動きを瑞穂や香澄は見ており、結果自分たちと同じくらいには強いだろうと感じていた。
「ふふ。強かろうと弱かろうと、そこは重要ではありません。でしょ、エレ? ひさしぶりのファムクリツ。楽しみましょう」
「仰るとおりです」
エレオノールの思いはそのままであったが、それはクリスティーヌの笑顔により心の奥に戻された。
確かに交友を結ぶのに、強い弱いは状況によりけりだが、基本的には関係ない。必要なのは双方の相性である。少なくとも美弥が自分の主と敵対関係になることはないだろうと、少ない情報からでもエレオノールは読み取った。
「美弥ちゃんも六花たちと同様に良い娘だから心配はいらないさ」
「はい。世界融合当初から私たちと普通に接することができるくらいに良い方です」
「ふふふ。やはり楽しみです」
「お二方の言葉で納得できる気はします。確かに良いことになりそうですね」
クリスティーヌとエレオノールに向けられた、彰弘と紫苑の言葉には多少の裏はあるが、彼らにとってそれは悪いものではない。むしろそれは良い感情である。
そしてその感情というのはクリスティーヌとエレオノールにとって好ましいものであった。
この後も雨の日の会話は続く。
なんだかんだで話題は尽きぬものであったが、やがて雨も上がり、夕食の時間が近づいてきたことで、その場はお開きとなったのであった。
お読みいただき、ありがとうございます。
ああ、なんか上手く文章が頭から出てこないねー。
多分これは仕事で四半期決算の準備とかさせられているせい。
もっと考える時間が欲しい今日この頃でした。




