5-09.【東の森林ダンジョン:最終層と複合魔法】
前話あらすじ
踏破という言葉を使う程度の難易度があった二層目を突破した彰弘たちは、三層目の手前で小休止を行う。
それから少々。全員が気を引き締め最終層へと向かうのであった。
グラスウェルの東に位置する森林に発生したダンジョンの第三階層。そこで燃える大地というパーティーの冒険者が魔物の群れに囲まれていた。いや、正確にはまだ立って戦える二人と、死んではいないが既に戦うどころか立つことも難しい三人がである。
「くそったれが!」
男が舌打をし、折れて手元に残った槍の柄を今しがた刺し殺したオークの希少種とは別の、これまた希少種であるオークに投げつけると、すぐさま腰に佩いた予備武器である長剣を抜き放つ。
その男の隣では大柄な男が襲い掛かってきた通常の二倍以上はあるだろうフォレストウルフを左手に持つ盾で弾き飛ばし、同時に右手のメイスを振るい自分と同じくらいの体格を持つゴブリンの頭を粉砕した。
「流石に限界か」
歪な形となってしまっているために十全な活用をできなくなったきた盾を一瞥し、大柄な男は呟く。
「こんなことになるなら剣術をもっとやっとくべきだった……なぁ!」
槍から長剣へと武器を変えた男は、隣から聞こえてくる呟きに応えながら振り下ろされた棍棒を払いのけた。
現状、壁を背にしているために背後に周りこまれる心配はないが、それ以外は全ての方向に希少種と呼ばれる様々な魔物の姿があり逃げ切るのは難しい。
仮に逃げられるとしても、まだ仲間は死んではいないのだから、その選択肢はなかった。十年以上をともに過ごしてきた仲間を見捨てて自分たちだけ逃げるという考えは戦っている二人にはなかった。
「少々、欲をかき過ぎたかと今更ながらに思うな」
「本当に今更だな。それにしても、少々にしては代償が高すぎるけどなっ!」
二人が会話する間にも魔物の攻撃は続く。
長剣を持った男が牽制からの一閃でゴブリンの身体を斬り、大柄の男がメイスでオークの腕の骨を砕くが、それで敵の数が減ることはない。
そう長い時間ではないが、連続した戦いの疲労は着実に二人の男に蓄積されている。
その影響で二人はここにきて魔物を一撃では倒せなくなってきていたのであった。
◇
燃える大地というのはランクCにもなれるだろうランクDパーティーだ。男ばかりの前衛三人後衛二人というバランスの良いパーティーである彼らは、深遠の樹海の依頼で儲けた金で武器を新調し、その様子を確かめるために程好い強さの魔物がいる東の森林に足を踏み入れた。
だから当初は昇格したてのランクDパーティーの一つが命からがら逃げ帰ってきたと噂される発生したばかりのダンジョンに入るつもりはなかった。しかし、偶然にもダンジョンの入り口を見つけると、好奇心を抑えることができなかったのである。
もし仮に燃える大地のメンバーがダンジョンへの立ち入り禁止の御触れを知っていたら好奇心を抑えることができたかもしれないが、彼らがグラスウェルを出発したのは早朝といえる時間帯であり、そのときにはまだ御触れは出されていなかった。
ともかく、彼らは好奇心に負けてダンジョンへと入ったのである。
彼らにとって一層目の魔物は余裕であったし、二層目の魔物も余裕とは言えないが負けるというほどではなかった。また一度に遭遇する魔物の数も多くて六体程度であり、先に進むに問題となるものではない。
だからこそ彼らは順調にダンジョン内を進み、三層目へ降りる階段を見つけることができた。
問題だったのは、三層目への階段手前の時点で彼らが二つの魔導具と三種類の鋳塊を手にしていたことか。一層目で着火の魔導具と魔鉄の鋳塊を、そして二層目では明かりを灯す魔導具とミスリルと魔鋼の鋳塊を複数手に入れていた。
一層目より二層目の方が良いものが出たという事実が彼らの判断を誤らせたのである。
もっとも、三層目に降りて即危機に陥ったわけではない。降りて周囲を見回すと広い空間には壁のようなものがあるだけで魔物の姿は見えなかった。そのことを訝しみながら進み壁の切れ目を通り、そしてその先にこれまでとは比較にならない強さと分かる魔物群れを発見したのだ。
無論、燃える大地の五人は三層目からの脱出を選択したが、彼らはそれまでの一層目と二層目のことが記憶にあり、無意識の内に油断が生まれていたのだろう。逃げるという行動が僅かに遅れたのだ。
その一瞬は致命的であった。
ウルフ系統の魔物がその素早さで燃える大地の五人の逃げ道を塞いだ。そして足を止めざるを得なくなった彼らにゴブリンやオークといった魔物が襲い掛かったのである。
それでも始めの内は何とか凌げていた。ランクCも見えているというのは伊達ではなく、希少種ばかりの魔物に囲まれても見事な連携を発揮し相手を倒していたのだ。しかしそれも長くは続かなかった。魔物の強さは一対一であっても燃える大地の面々と同じ程度には強い上に、それが数十といたのだから当然といえば当然だ。
結果、三人が既に戦闘不能になっており、辛うじて残った二人が今を耐えている現状があった。
◇
槍が折れ、変えた長剣も半分の長さになった男の顔に妙に悟ったような表情が浮かぶ。そしてそれは隣で盾とメイスで奮戦していた男も同様であった。
「さて、どうする?」
「この状況でそれを聞くか? どうしようもねぇだろ」
「まあ精々悪あがきをするか」
「そうだな。死ぬにしても無抵抗ってのは性に合わん」
一時的に攻撃が止んだ合間に言葉を交わした満身創痍の二人は再び魔物の群れに目を向け気合の声を上げる。
だが直後に状況が変わった。
自分たちの誰でもない声がダンジョンに響いたのだ。
「二人はその状態を維持。壁際から離れるなっ!」
魔物から目を離さずに声が聞こえた方を一瞥した二人は、些かの困惑と安堵した様が混ざった表情を浮かべた。
彼ら二人が目にしたのは、よく分からない巨大な岩を背にした顔見知りを含む武装した数十名の姿であった。
体躯からは想像できない大声を出したジェールに内心で軽く驚きながら彰弘は次の行動を起こすために四人の名前を呼ぶ。
「六花、紫苑、瑞穂、香澄!」
名前を呼ばれた四人は声ではなく行動で了承の意を示す。
集団の最前線に出た彼女らは、四人一列に並ぶと眼前に群れる魔物たちを見据える。
そして六花と紫苑、それから瑞穂と香澄のそれぞれがお互いの片手同士を握り合い指を絡ませた。
「六花さん」
「うん。紫苑さん」
六花と紫苑が頷き合う。
そして前者が右手を上げ、後者が左手を上げる。
それは二人が複合魔法を使う合図であった。
「ダークネスサンダー!」
「シャイニングサンダー!」
呼び声とともにダンジョン内の天井付近から、まるで黒と白の雷に似た何かが六花と紫苑に落ちると、二人の身体は小さな稲妻を纏ったように発光する。
そんな二人の横では瑞穂と香澄が不敵な笑みで、それぞれの右手と左手を前方へと突き出した。
「風の力よ!」
「氷の力よ!」
瑞穂の右手を中心に大気が渦巻き、やがて全身を覆う。
香澄の方はというと、煌くダイヤモンドダストが瑞穂の大気と同様に始めは左手を中心に、それから身体の周囲を舞い始めた。
そして四人の声が唱和する。
『敵を滅ぼす無限の力を今ここに。地獄の底で反省しなさい!』
六花と紫苑は手を繋いだまま、身体を横に反らすように残る片方の腕を腰あたりの高さで引き絞る。
一方の瑞穂と香澄は、握り絡めていた指をお互いに離し、両腕を腰辺りに引きつけた。
『ウィルド! ライトニングボルテックス!』
『ウィルド! ストームボルテックス!』
そして魔法が完成する。
六花の突き出した右手からは全てを塗りつぶすような黒き稲妻が。また同様の動きをした紫苑の左手かららは白く輝く稲妻が放たれる。
二つの稲妻はお互いを高め合うように絡まり渦を巻き、魔物の群れへ轟音とともに突き進み蹂躙を始めた。
その横では六花と紫苑の魔法と似たような動きをする瑞穂と香澄の魔法が発動している。瑞穂の突き出した両手から放たれた暴風は、香澄が放つ氷の力を何倍にも高めながら突進した。
極低温を放ちながら氷の刃による斬撃は、触れた魔物を瞬時に凍りつかせ砕いていく。
これだけの魔法を放つ四人はというと、歯を食い縛りつつ少しずつ後ろに下がっていた。
魔物を蹂躙する魔法の力が、術者の身体を圧力で押しているのである。
「良くやった。後は任せろ。……ウェスター! 行くぞ!」
「了解!」
六花と紫苑。それから瑞穂と香澄の魔法が終わり、彼女たちが膝を付くのを合図に彰弘が叫び駆け出す。
そしてそれに応えたウェスターもすぐさま彰弘の後を追う。
他の面々も複合魔法の威力に驚愕し一瞬遅れはしたが、それぞれの行動を開始する。
彰弘とウェスターが走り抜けたところにいる、まだ生きた魔物へ魔法と矢が撃ち込まれる。そしてそれさえも生き抜いた魔物へとアキラやベントたちが襲い掛かった。
複合魔法からも生き抜いた魔物であっても、その影響範囲にいた個体は無傷ではなく、複数の魔法や矢により更に傷つきアキラやベントたちにより次々と討ち取られていく。
そして彰弘とウェスターが向かった先でも、既に勝敗は決したようなものであった。
多数の魔物を飲み込み蹂躙した複合魔法の威力は、ダンジョンの核を護るダンジョンキーパー近くになると半分以下に威力を落としていまっていたが、それでも相手の片腕を使用不可能にするだけの威力を保っていた。当然、ダンジョンキーパーの取り巻きとでもいうように、側に控えていた魔物も無傷ではない。
一振り一体というわけにはいかないが、着実に彰弘とウェスターはそれら魔物を屠り続けていた。
「ふむ。もう大丈夫であろうな。念のために私はここで護衛を続けるが、二人はあやつらを治してくるのだ」
「仲間を見捨てていないというのは、なかなかに好ましく思いますね」
「承知しました。私としてもこのまま死なせるのは良くないと考えます」
『では』
戦況を見極めたゴスペルがともにきた司祭二人に指示を出し、その二人が移動を開始する。
向かう先はダンジョン攻略隊より先にこのダンジョンに入っていた、燃える大地のところであった。
「やれやれ、なんとかなったね」
アキラやベントのところで手助けをしていたジェールは最後部へと戻ってくると軽く息を吐き出した。
既に動いている魔物の姿はない。
ダンジョンキーパーという大物も、今しがた彰弘に胴を断たれ、ウェスターに首を落とされ、拳大の魔石と複数の何かを残して消え去ったところだ。
「これで後は誰かがダンジョンの核に触れれば良いのだったかな?」
「そうだね」
「ふむ。ちなみに、触れた後はどうなるのかな?」
「詳しくは分からないね。ダンジョンの拡張が止まり、魔物が氾濫して出てくることがないのは確実らしいけど……クリスティーヌ様は何か知ってる?」
彰弘が無事にダンジョンキーパーを倒したことを六花たちと一緒にきゃいきゃいと喜んでいたクリスティーヌは名前を呼ばれ、少々赤面した顔で答えた。
「その辺りのことは、あまり記録に残っていないようです。私が知っているのはジェール様が仰ったこと以外ですと、ダンジョン内の魔物を倒した際に出る星の記憶が、ダンジョンの核に触れた方が記憶しているそれに僅かながら影響され、それ関係が出やすくなるというくらいです」
「ふーん。ということは、世界の融合でなくなっちゃった物とかも出るのかな?」
「それはどうでしょうか。多分、それそのものではなく似た物が今の世界の物質で出るのだと思うのですが、確証はありません」
「まあ、それは仕方ないかな。ダンジョン攻略なんて数十年どころかヘタしたらもっと長い間ないわけだし。でも、折角だから今回触れるのは元地球人の方が面白いかもね。今あるダンジョンで攻略されているのは、恐らく全部リルヴァーナ人が触れてるんだろうし」
「そうでしょうね。世界融合前に私たち地球人が触れてたら驚きます」
クリスティーヌが呼ばれたことで、その話を聞いていた紫苑が横から会話に参加する。
「ははは。それは確かに。ともあれ、一件落着だ。とりあえず、まずは結構な数いろんな物が落ちているから、それらを集めようか。アキヒロさんに持っていってもらうにしても、散乱していると面倒だろうから。そうだね、それが終わったら誰がダンジョンの核に触れるか決めよう。さ、慌てる必要はなさそうだけど、さっさとやってしまおう」
ダンジョンの魔物がいつ復活するか分からないので、無駄に時間を使うのが得策でないことは誰もが認識していた。
だからジェールの言葉で一旦話しを打ち切り、面々は魔物が消えた後に残った戦利品を一所に集め始めた。
こうしてグラスウェルの東の森林に発生したダンジョンの攻略は、後はダンジョンの核に触れるだけになったのである。
お読みいただき、ありがとうございます。
ウィルド:
ルーン文字のあれ。
「お前の運命は地獄の底行きだ」




