2-5.
前話あらすじ
無事に退院した彰弘は住民登録をするために総合管理庁の支部へ向かう。
その道すがら少女達の今の思いを彰弘は聞くのだった。
魔導具であるランプに照らされた執務室で、書類の確認を終わらせた三十代中頃の男は眉間を揉みほぐしながら大きく息を吐き出した。そして喉を潤そうと脇に置いていた磁器製のコップを手に取り、コップの重さにため息をつく。すでに中身はなくなっていたのだった。
この男は男爵位にあり、名前をケイゴ・サカガキという。そして『ライズサンク皇国総合管理庁 ガイエル領グラスウェル 避難拠点支部』の支部長でもある。
ケイゴは元々日本の地方公務員である。ある日いつも通りに業務をしていると、突然上司に呼ばれ中央への召喚を伝えられた。何故自分が? と疑問を持ったがそれを無視することはできない。上司に相談の上、公休扱いで指定日時に指定された場所へと向かった。
そんなケイゴを待っていたのは百を超える問いがあるアンケートと、天皇皇后両陛下との面談という驚愕の事実であった。
驚愕の面談の後もいろいろとあったが、ケイゴは最終的に今の役に就くこととなったのである。
余談だがケイゴと同じように避難拠点を取り仕切るために人選された人数は、およそ一千人。避難拠点の規模に応じてそれぞれに爵位が与えられていた。
新しく煎れたコーヒーを口に含んだケイゴは先ほどまで確認していた書類とは別の紙束を手元に引き寄せた。そして口の中の液体を胃に落とすと、束の一番上に置かれていた一枚を手に取った。
その紙の一番上段には『要観察対象者』という文字が書かれている。そこから下は人物の情報が記載されていた。氏名や年齢、性別に背格好などの人物的特徴、そして観察対象となる理由などがその内容であった。
『要観察対象者』とは、世界融合の折りに何らかのことで目立った動きをした人達のことを指す。
ケイゴが長を務めるこの避難拠点には三万人の避難者がいる。その内の僅か十人がその対象者だ。対象者となっているのは、一人を除き他の避難者を避難拠点へ導いた者達だ。導いた者の中には暴力を手段とした者もいた。ともかく、良くも悪くも普通の避難者とは違う動きを見せた者が、この『要観察対象者』リストへと登録されていた。
なお、意味もなく相手を負傷させその場で取り押さえられた者は避難拠点に移動させられた後、ライズサンク皇国の法により罰せられているため対象者とはなっていなかった。
コーヒーを飲みながら思案していたケイゴの耳に執務室の扉をノックする音が届いた。続いて扉の方向から声が聞こえてくる。
「レイルだ。入ってもいいかな?」
扉越しでもよく聞こえるその声に、ケイゴはその人物の顔を思い浮かべ「鍵はかけてない、入ってくれ」と答えた。
ケイゴの言葉を受け扉を開き入って来たのは、30代半ばのどこか軽さを感じさせる雰囲気の男だった。
男の名はレイル・シュート。彼はサンク王国の元子爵家三男で、世界が融合するにあたり男爵位を与えられた。そしてケイゴの補佐としてグラスウェルの街の北に位置する避難拠点で行政に従事していた。
レイルは扉を閉めるとケイゴが座っている場所まで近づき声を出した。
「どうした? 何か難しい顔してるぞ」
「そんなにか?」
思案中に自然と眉間に皺を寄せていたケイゴはレイルの言葉にそう返す。
自分の眉間に指を当てたレイルは「皺が寄ってる」と面白そうに、難しい顔の意味を示す。
そんなレイルの仕草を見たケイゴは手に持っていた紙を机の上に戻すとため息をつきコーヒーを一口飲んだ。
「『要観察対象者』最後の一人か」
ケイゴが机に置いた紙を手に取り、レイルはそう呟き書かれている内容を黙読する。
氏名:アキヒロ・サカキ
年齢:三十八
性別:男
特徴:黒目黒髪、少々太めの体格
理由:・強姦未遂犯三名の殺害
(元警察官からの情報。なお、対象者は殺害後も目立った動揺はなかっ
た模様)
・一般人への戦闘強要
(ゴブリンから襲撃された際の発言より)
・戦闘力あり
(単独でのゴブリン討伐五十以上。内一体はジェネラル級)
・初期避難先の者からは絶大な信頼あり
(一部の少女達の保護者的立場の可能性あり)
備考:現在、第四治療院(仮)で療養中。九月二十二日頃目覚める見立て。
読み終えた紙を机に戻したレイルは顔をケイゴに向けた。
「この人は難しいな」
レイルの言葉にケイゴは頷く。
彰弘を除く九人が『要観察対象者』となったのは、他の避難者を導き無事に避難拠点へと辿り着いたことに因るものだった。中には暴力を振るって人々をまとめた対象者もいたが、それは他の避難者を襲おうとした者を黙らせるために行った行為であった。事実、避難拠点に辿り着いた避難民グループの中には捕縛した者達を連行して来たグループも存在した。
レイルが彰弘のことを難しいと言ったのは、他の九人と彰弘とで明確な違いがあったからだ。
一番大きなものは殺人である。
日本で生活していた者にとって、例え殺すに値する者に対してでもその行為は普通受け入れられるものではない。仮に殺せてもその後は平常ではいられないはずだ。しかしこの彰弘という男はそれらを、まるでサンク王国で過ごした熟練の兵士や冒険者のようにこなしているように思える。
彰弘がサンク王国で育ったのなら彼が行った行為は理解できることではある。サンク王国やその周辺の国々では、強姦またはその未遂であってもそれは殺されても仕方ない犯罪であるからだ。しかし彰弘が育ったのは日本である。日本で過ごしていたケイゴにも、サンク王国で過ごし融合のために日本や地球のことを勉強してきたレイルにも、彰弘にどう接するかは難しい問題であった。
先の発言からやや間を置いてレイルが口を開いた。
「ま、考えても仕方ないか。彼が何を思って事に至ったのかは分からないが、現状では彼を裁く理由はない。会ってから見極めて、必要なら『エクスプルの目』を使って監視すればいい」
レイルは自分の意見を言った後、机の上の紙に目を落とす。
それを受けたケイゴは、机の引き出しに仕舞われている対象とした人物のある程度の行動を知ることができる魔導具を頭に思い浮かべ、呟くように「そうだな」と声を出した。
余談となるが、ライズサンク皇国の法はサンク王国の法に準じたものとなっている。これは世界の性質を筆頭に、魔物の存在や対外国との関係、金銭問題に奴隷の存在など、日本の法では対応しきれない事柄が多くあったためである。
この法の決定により、レイルの発言にもあるように強姦未遂犯を殺害した彰弘が犯罪者となることはなくなったのである。
なお、強姦未遂犯程度は殺しても犯罪とならないとはいえ殺すことはほとんどない。犯罪者を衛兵に引き渡せば、その対価が貰えるからだ。引き渡された犯罪者は労働奴隷となり犯罪の度合いによって金額が決められる。そしてその返済が完了するまで延々と働かされることになるのだ。
犯罪者を引き渡した者は対価を手に入れ、国は労働力を手に入れる。融合前の日本のように犯罪を犯した者を時間をかけて更生させる余裕など、今の世界には存在しないのであった。
◇
ケイゴとレイルが彰弘の話をしていた時から二日が経っていた。
無事、治療院を退院した彰弘は四人の少女と避難拠点の総合管理庁舎前まで来ていた。
総合管理庁舎の外観はこれといった特徴はない。白に近い灰色の外壁に、等間隔で配置されているガラス窓。不特定多数の出入りのために広くとられている出入り口。どこをどう見ても特筆するところはなかった。そんな中であえて言うならば、周りの建物が高くても二階建てなのに対して三階まであるということぐらいであった。
彰弘は庁舎を前にして素直な感想を口にした。
「何ていうか、普通だな」
別に城のようなものを期待していたわけではないし、ここまで来る間に見た街並みからも想像を超えるようなものはないと感じてはいた。しかし、ファンタジーな人達を道すがら目にしてきた彰弘は少しだけ、ほんの少しだけ期待していたのだ。
「お気持ちは分かります。基本的には現代日本の建物とそう違いはないそうです。違いがあるとしたら、貴族の屋敷や城などが日本にはないものではないか、と言うことです」
庁舎を見つめる彰弘に紫苑がミリアから聞いた知識を伝えた。
なお、貴族の屋敷や城といっても奇抜な外観をしているわけではなく、あくまで日本では見かけないであろうというだけである。奇抜な外観は目を引くことは間違いないのだが、そんなものは生活する上で不便と紙一重でしかないのだから。
暫く庁舎を見ていた彰弘だが目的を思い出し我に返る。
「とりあえず行くか」
そう少女達に声をかけた彰弘は歩みを庁舎の入り口へと進める。
少女達も頷くと彰弘の後に付いて行くのだった。
庁舎の中も外観と同じく驚くようなところはなかった。
彰弘はとりあえずといった感じで、先ほどから自分達を見ていた入り口近くに立つ女に声をかけた。
その女は備え付けられたカウンターの奥で何やら作業をしている人達と揃いの服を着ていることから、この庁舎の職員ということが見て取れた。
「すみません、住民登録をしたいのですが、どうしたらよいでしょうか?」
職員はにこやかに笑みを浮かべて口を開いた。
「はい。ご案内いたします。今でしたら待っている人はいませんのですぐに手続きが可能となりますが……こちらの施設は初めてご利用ですか?」
先ほどの庁舎を見て立ち止まっていたことを見ていたのだろう、職員は彰弘に確認の問いを投げかけた。
彰弘がその問いに肯定を示すと職員は「畏まりました」と話を続けた。
「手順と言いましても、別に複雑なことはございません。簡単に説明しますと、まず受付番号をカウンター横の発券機から受け取り、その受付番号を呼ばれたら指定された数字の書いてあるカウンターへと向かい手続きを開始するだけとなります。各種手続きについては、その時その時に職員より説明をさせていただきます。それでは実際にやってみましょう」
職員の説明した内容は日本の役所などでもよく取られている方法であった。そのため、特に質問するようなこともなく、職員の後に続いて彰弘達は発券機へと歩を進めた。
発券機の前まで来た職員は一歩横にずれ彰弘にその魔導具である発券機を見せた。
「こちらが発券機となります。こちらに触れていただくと自動で番号札が出てまいります。それを受け取りましたらあちらのイスでお待ちいただくことになります。もっとも今は先ほど申しましたように他の方はおりませんので、即手続きに入っていただくことが可能となります」
一通り発券機の説明とその後の流れを説明すると、職員は「どうぞ」と彰弘に言葉をかけさらに一歩後ろに移動した。
発券機は薄い青色で半球状の形をしている。大きさは幅奥行き共に四十センチメートル、高さは二十センチメートルほどだ。職員が言った触れる場所には何故かポップ体フォントで『ここに触れてね♪』と書かれていた。
彰弘はその文字に脱力しつつも指定された部分へと指を押し付ける。
すると間髪いれずに発券機の最上部から四角い物体が生えてきた。良く見ると元々用意されていた紙などを出しているのではなく、発券機そのものがその四角い物体を生成しているように見えた。
徐々にと表現できる様で生えてきた四角い物体は高さが五センチメートルくらいになるとその動きを止めた。
「はい、これで発券は完了となります。それでは番号札をお持ちください。手で掴むと簡単に外れます」
彰弘は職員の言葉に従い札を指で摘む。その瞬間、「ピッ」というどこか電子音のような音を発券機は出し、番号札は切離された。
番号札は何となくゴムで作られた板のような感じでを受ける。
ちなみに番号札に記載されている数字もポップ体であった。
彰弘がそんな不思議に思える札をまじまじと見つめていると、目を輝かせた六花が少し興奮気味に声を出した。
「彰弘さん、わたしもやってみたいです!」
その言葉に彰弘は六花に目を向け、続けて職員を見る。
職員は微笑ましそうな顔で「どうぞ」と声を出した。
その後、六花に続き紫苑、そして瑞穂と香澄も発券機から番号札を出した。
すでに住民登録をしていた四人だったが――六花と紫苑は仮登録――少女達が登録をしたのは仮設住宅へと総合管理庁の職員が出張して行ったときだったので、この発券機を使うことはなかったのである。
◇
「おい。あれのどこが少々太めの体格なんだよ?」
支部長補佐のレイルが書類に書かれていた内容との違いを口にする。
「私に言われても困るな。……アキラさん、彼で間違いないんですか?」
疑問を向けられた支部長のケイゴはレイルの言葉を流し、彰弘が避難していた避難所へと救助に向かった部隊の隊長であるアキラへと確認の言葉をかけた。
「多分、間違いないでしょう。眼鏡もしていませんし体型も変わっていますが似ています。何よりあの少女達があれほど懐くのは彼以外には今のところ存在しないと思います」
ケイゴへと視線を向けてそう返したアキラは再び映像へと目を向け顔に安堵の笑みを浮かべる。
避難所だった小学校での少女達を見ていたアキラにとって、今見ている映像は自分が想像した最悪を吹き飛ばすものであった。
「では早速呼んで来てもらいましょう。こうして話している間に手続きを終わらせて、帰られたら面倒です」
男三人の会話を聞いていた女はそう口にした。
それを聞いたレイルは仕方ないというように頭を掻きながら立ち上がり執務室を出て行った。
レイルが出て行くのを見送った三人は三度映像へと視線を移す。
そこには楽しそうにはしゃぐ少女達と、その様子に優しげな視線を注ぐ男の姿が映し出されているのであった。
遅いというか日すら跨いでいる上に短くてすみません。
全部仕事が悪いんです。
月曜にも投稿したいところです……。
二〇一五年十一月 一日 一時一〇分 修正
『ライズサンク皇国総合管理庁 ガイエル伯爵領グラスウェル 避難拠点支部』
を
『ライズサンク皇国総合管理庁 ガイエル領グラスウェル 避難拠点支部』
に修正。
この世界での貴族は家名+爵位となります。
例えば、作中現在で出てきているのはガイエル領ですが、ここの場合はガイエル領の領主であるガイエル伯爵、このようになります。
つまり伯爵領や侯爵領があるのではなく、○○領という領地があり、それを統治する伯爵や侯爵などの貴族がいるという状態です。