2-4.
前話あらすじ
六花達と再会した彰弘は今後の方針を固め伝えた。
その彰弘に付いていくと言う、六花、紫苑、瑞穂。一人悩む香澄。
そんな少女達に彰弘は数年後にもう一度確認することを伝えたのだった。
厳しかった残暑の日差しも柔らかくなり、時折吹く風は冷たさを含むようになっていた。
そんな陽気の中で、彰弘は自分を迎えに来た少女四人と一緒に治療院の前で談笑していた。
初日こそ身体の怠さなどを感じていた彰弘だが、翌日にはいつも通り動けるようになっていた。
しかし念のためとサティリアーヌに言われ三日目を治療院で過ごした。
そしてその三日目の終わりに院長であるサティリアーヌから問題なしとのお墨付きをもらったのだった。
目覚めてから四日目、快晴の今日、彰弘は無事に退院の運びとなったのである。
談笑していた五人は、その会話が一段落したところで何気なく治療院の出入り口に目を向けた。
そして瑞穂がぼそりと呟く。
「サティさん遅いね。何してるのかな?」
それは五人の思いを代弁した形だった。
彰弘が退院するということで、サティリアーヌも出入り口近くまでは一緒に来ていたのだが、何を思ったのか「ちょっと待ってて」とそれだけ言い治療院の中へ戻っていった。そして、それからそこそこの時間が経つ今でもまだ姿を見せていないのである。
治療院の出入り口を見たまま彰弘は軽く笑みを浮かべた。
「また変なネタを考えているんじゃないだろうな……」
そしてそう声に出してから、目覚めて数日間の入院生活で起こった出来事を彰弘は思い出していた。
身体を自由に動かせるようになり一人で風呂に入っているときに六花達が乱入してきた。朝起きたら六花と紫苑が両脇で寝ており瑞穂と香澄がその様子を間近で見ていることもあった。他にもいろいろと頭に浮かび上がる。
ともかく、それらほぼ全てにサティリアーヌが関与していた。
彰弘の先の発言は、それらのことから出た言葉だった。
思い出した内容で先行きに不安を感じ始めた彰弘へと六花が声をかけた。
「だいじょぶ。サティさんいい人だよ。優しいし、いろいろ教えてくれるし、相談にものってくれたし。わたしは好きだよ」
「そうだな。別に俺も嫌っているわけじゃないさ」
六花が口にしたサティリアーヌの評価に、患者を治療している彼女の姿を偶然にも見かけたことがある彰弘は同意した。
自分達への接し方はともかく、患者を治療しているときなどのサティリアーヌは人格者といっても過言ではなかった。
サティリアーヌが院長を務める治療院に来る患者はそれほど多くはない。これは単純に世界が融合してからまだ間もないため、避難者が暮らす仮設住宅近辺に臨時の治療師が常駐していたためであった。
ただ、それでも治療院の近くの公園で遊んでいた子供が転んで怪我をしたり、同じく近くの訓練場での訓練中に怪我を負った兵士がやってくることがあった。
サティリアーヌは治療を施しながらその人達とよく会話をしていた。内容は何気ない日常的な会話がほとんどだ。しかしそこから気になることを見つけると、自然な流れで問題がないかを探していき必要と判断したら助言を与えるのだ。
そのサティリアーヌの言葉が後日どのような効果をもたらすかは定かではないが、少なくとも助言を受けた人達にとってその言葉が意味あるものであったことは、治療を終えて帰って行くときの表情を見れば明らかであった。
そんなサティリアーヌに対して、彰弘は「でもな」と前置きして自らの思いを口にする。
「サティのせいで司祭とかエルフに対する俺のイメージは崩れ去ったわけなんだ」
ため息と共に吐き出された言葉に、微笑んだ紫苑が言葉を返した。
「多分、彰弘さんの想像する司祭はミリアさんのような方だと思います。エルフについてはサティさん以外知りませんから何とも言えませんが」
そう言いながら紫苑は彰弘の身体と瑞穂の顔の傷を治した、ミリアの姿を思い浮かべる。
「あ〜雰囲気はそうかもね。格好がエロいけど」
「男子の目も釘付けでした。フトモモに」
「あのスリットはないと思います。スパッツっぽい物を穿いてればいいってもんじゃありません」
順に瑞穂、六花、香澄だ。
少女三人の言葉を聞いた彰弘は困惑の表情を紫苑に向ける。
「ええーっと、見ればわかります。でも彰弘さん、見すぎては駄目ですよ。失礼ですから。わかりましたか?」
先ほどの笑顔はどこにいったのか。妙な迫力で紫苑は彰弘へと言葉を向けた。
彰弘は背中を伝う冷たい汗に「わかった」とだけ頷く。直感には従うことが肝要であることは今更いうまでもなかった。
ともあれ、彰弘達がそんなことを話しているとサティリアーヌが戻ってきた。
「ミリアのあれは、うちの司祭の正装だから仕方ないのよ。ちなみに高位司祭の正装は腰の後ろにあるリボンが可愛い普通の格好よ」
戻ってきたサティリアーヌは、顔に笑みを浮かべてそう言った。
ちなみに、高位司祭の正装も実のところ司祭とそう変わらない。あえて言うならば、スリットが司祭のものより誤差レベルでおとなしく、服の印象が全体的に豪華に見えることくらいである。
なお、男の司祭と高位司祭の正装は、女のそれと比べると普通といえなくもない。
もっとも階位が上がるほどその正装の見た目が豪華というか派手になっていくのは、女も男も変わりはなかった。
服装の真偽は話が長くなるかもしれないと思った彰弘は、あえてその話題には触れないことにした。
「ところで、何してたんだ? 随分と時間がかかったみたいだが」
「私の言うこと信じてないでしょ。まぁ、いいわ。みんなを呼んできたのよ。この治療院初の入院患者であり初退院者のお見送りだし。みんなでやるべきでしょ!」
当然でしょ、とばかりに両手を腰に当てて控えめな胸を張った。
サティリアーヌが外出している午前の間に挨拶は済ませておいた彰弘だったが、その気持ちは嬉しく、事前に挨拶していた事実は口に出さずに飲み込んだ。
サティリアーヌの後ろから出てきた治療院で働く人達もわざわざ伝えるつもりはないらしい。
「感謝と申し訳なさがこみ上げてくるな」
彰弘は素直な感想を口にし、サティリアーヌの後ろへ目を向けた。
そこには気にするなというように笑顔を浮かべた人達が立っていた。
「感謝はいいとして、申し訳なさって何よ?」
怪訝な表情をサティリアーヌは浮かべた。
「仕事中にわざわざすまないな、ってことさ」
「なるほどね。でも、今なら問題ないわ。なんせ患者ゼロだから。もっとも今後、この拠点に来た人が落ち着いて、気が緩むころには忙しくなりそうだけどね」
今は多少落ち着いたとはいえ、避難者達の気はまだ張っている時期だ。サティリアーヌが言っているのはその時期が過ぎて臨時の治療師が撤退した後のことであった。
気の緩みから体調を崩したり、避難してきた疲れが一気に出たりする可能性は十分にある。そのときこそ、この治療院や拠点に存在する他の治療院が忙しくなるときなのであった。
「そうか、ともかく感謝してる。突っ込みたいところがないわけじゃなかったが、今俺がここにこうして立っているのはサティリアーヌをはじめ皆のお陰だ。ありがとう」
サティリアーヌの説明を聞いた彰弘は、自分の目の前に立つ治療院の人々に感謝の言葉を述べた。
その言葉にサティリアーヌの後ろに立つ人々から次々に声が返ってくる。
そしてその声が途切れたところでサティリアーヌが口を開いた。
「さて時間をとっちゃったことだし手短に言うわね。まずは退院おめでとう。今のところ、あなたには特別助言しなければならないようなことは見当たらないけど一つだけ言わせてもらうわ。彼女たちを悲しませるようなことだけはしないようにしなさい。そのことは約束して」
彰弘の傍に立つ少女達を見たサティリアーヌは一度言葉を区切り返答を待つ。
真剣な表情で言うサティリアーヌに彰弘もまた真剣な表情で頷いた。
「うん。無理をするような場面に出くわしても無理をしなくていいように強くなればいいわ。正直、上を見たら限がないけど、この世界で、そしてあなたの目的のためには強さが絶対必要になってくるから。後、そうね、もしどうしても解決できないことあったら私のところにきなさい、伊達に二百年以上生きているわけじゃないのよ、助言くらいは与えられると思うわ」
「そうだな。その言葉はありがたく受け取っておく」
見た目だけでいえば十以上年下に見えるサティリアーヌに、彰弘は素直に答えた。
いつの間にかある種の緊迫した雰囲気になっていたその場だったが、サティリアーヌが気を緩めたことによりそれが和らぐ。
彰弘とサティリアーヌの周りからは、どこか開放されたような息遣いが聞こえてきた。
「サティはあまり真剣にならない方がいいな。普段とのギャップで周りが緊張する」
「私のせいじゃないわよ。アキヒロさんあなたが妙な威圧で答えるのがいけないのよ」
「威圧ってなんだ、威圧って。俺はただ真剣に答えただけだろ?」
「つまり、要修行ってことね」
周りの反応からそう言いあった二人は一瞬の間を置いて笑みを向けあった。
「ともかく何かあったら来てよ。あなた達になら力を貸してもいいわ。あなた達の行動は間違いなく我が教団の教えに合致するから。まぁ、何もなくても雑談しにきてもいいのよ? 正直、あなた達がどう生きていくのか非常に興味があるし」
そう言葉にしたサティリアーヌは彰弘を見て、続けて六花達を見回した。
「そうだな、時間ができたら遊びに来るさ。さて何時までもここで時間を使わせるのも悪いからそろそろ行くわ」
彰弘は少女四人に目を向け、その少女達が頷くのを確認すると最後に再度感謝の言葉を述べようとする。
そんな彰弘にサティリアーヌが静止をかけた。
「ちょっと待って。退院祝いにこれをあげるわ」
サティリアーヌは手にしていた紙袋を彰弘に差し出した。
「これは?」
「煙草入れよ。折角、煙草も着火と消却の魔導具もメアルリア教団製なんだから、それを入れるケースも揃えないとね」
サティリアーヌの言葉に紙袋を受け取った彰弘は中身を取り出した。
中から出てきたのは白色を基調とした金属製の入れ物で、杖と剣がバツの字に交差した紋章が刻まれていた。
「いいのか? 何か高そうなんだが……」
「気にしない気にしない。とりあえず入れてみてよ。サイズが合ってないなんてことはないはずだけど、合わなかったら直さないといけないから」
その言葉に金属製のケースってそう簡単に直せるもんじゃないだろと思いながら、彰弘は背負っていたリュックから煙草にライター、そして携帯灰皿を取り出し貰った煙草入れに収納する。
すると正確にサイズを測ったかのように綺麗に入れることができた。
念のため、入れた物を取り出しまた中に入れる。出し入れもスムーズに行え、まるで最初から全て計算され作られたようであった。
「これはいいな。ありがたくいただいておく」
「うんうん。用意したかいがあったわ。ともかくこれでやるべきことは全部やった。後はあなた達が元気に、そして平穏で安らげる生活を過ごせれば文句はないわね」
満足そうに頷くサティリアーヌに彰弘は感謝の気持ちを表す。
「いろいろ世話になった。メアルリア教の教えはよく分からないが、精一杯自分にできることはするつもりだ。ありがとう」
「ま、無理しない程度にね。あなた方に我らが五柱の女神の祝福があらんことを」
最後にサティリアーヌは祝福の祈りを口にした。
それを受けた彰弘達はもう一度感謝の言葉を口にし、治療院を後にした。
治療院を後にした彰弘達は一路、総合管理庁の支部を目指していた。
総合管理庁は融合前の役所のようなものである。
住民登録をしていない彰弘はまずそこへ行って登録をする必要があった。何せ仮設住宅に入るにも援助金を受け取るにも住民登録をしていなければ、それを成すことはできないからだ。
後、六花と紫苑の正式な住民登録を行うためでもあった。親を亡くした子供についてはまず仮登録を行い、その後保護者となる者が現れた場合にはじめて正式登録をする流れであった。
なお、融合した後のこの世界では成人年齢は十五とされている。しかし日本でその歳は義務教育が終わったばかりの年齢である。そのため書類上は成人とされるが、融合後の一年間は成人として生きるための準備期間とされ、そのための教育が施される予定であった。
拠点内の総合管理庁支部を目指して歩いていた彰弘は興味深そうに、その街並みを眺めていた。
基本は日本の商店街のようである。しかし大きな違いはその道路と、そこを歩いている人達の姿格好であった。
道路は大小様々な大きさの石でできた石畳であった。どのようにして作られたのかは一見では分からないが、綺麗に隙間なく敷かれており躓くようなことはなさそうだ。また道幅も日本とは違い幅広で、大体二車線道路くらいの幅があった。
その道路を行き交う人々も彰弘の興味を誘った。大抵が彰弘と同じような人である。しかし中には治療院にいたサティリアーヌのようなエルフや、獣が直立したような姿の獣人。また獣人は獣人でも人の身体に耳や尻尾を付けただけの姿をした者、彰弘の肩口くらいまでの背で異常なほどがっしりした体格のドワーフなど、様々な種族が目についた。
そんな彼らの服装も様々だ。日本であればコスプレかと思うような鎧に剣を装備した者や身体全体を覆うローブを着けた者、また彰弘達が今着ている――避難者へと国から支給された衣服――木綿素材製であろうシンプルな服装の者もいた。
そのシンプルな服装は一般的な住民が普段身に着ける衣服のようで、道路を歩く日本人とは顔立ちの違う人々の多くが身に着けていた。
「こうしてみると、何かテンションが上がるな」
暫く無言で街並みなどを見ながら歩いていた彰弘はそう言葉に出した。
誰に言ったわけではないのだが、瑞穂がそれに答えるように口を開く。
「あはは〜、彰弘さん何か目が輝いてるよ」
事実、彰弘の目は何かに期待するようにいつもより若干見開いていた。
彰弘の顔を覗き込んだ六花は「楽しんで遊んでいる男子の目をしてます」とその感想を口にした。
紫苑と香澄は特に言葉は発しないが微笑んでいた。
そんな少女達の態度に彰弘は恥ずかしさを感じながらも、そのことを否定はしなかった。
「不謹慎だとは思うけどな、物語の中だけの存在と思っていたものが現実に目の前に存在している。正直楽しい」
六花は両親を亡くしているし、紫苑は父親と決別した。瑞穂と香澄もそれぞれ片親を亡くしている。他にも家族と死に別れた人達は大勢いた。
確かに不謹慎といえた。でも少女達はその彰弘の言葉に否定を示さなかった。何故なら彰弘のその気持ちは少女達も同じであったからだ。
「分かります。お母さんが死んでしまって悲しいのも確かですが、彰弘さんが楽しいという気持ちも分かるんです。はじめ楽しいと感じたときは、そんな自分に落ち込みました。お母さんが死んだのになんでこんな気持ちになるんだって。でも瑞穂ちゃんと話して、六花ちゃんや紫苑ちゃんとも話して、サティさんに相談して……そして彰弘さんとお話して、それでお母さんから言われた最後の言葉を思い出したんです。『せっかくだから楽しみな。お前は私の娘だ。だから私の分までこの世界を楽しむんだ。私は一人じゃない。旦那じゃないが連れ添いがいる』って。連れ添いっていうのは瑞穂ちゃんのお父さんのことです。とにかく、その言葉を思い出して何か自分の中で変わった気がします。悲しい気持ちがなくなったわけじゃないですけど、楽しんでもいいと思えるようになったんです。……えっと、あの、そういうことなのでわたしの、いえ、私達のことは気にせず楽しんでください」
最後の方で顔を真っ赤にしてそう語った香澄は彰弘に頭を下げた。
そんな香澄に瑞穂が抱きつき、その二人の両脇から六花と紫苑が抱きついたのだった。
二〇一四年十一月十七日 二十三時二十三分修正
修正前)
また素材は不明だが日本では見られない色合いのシンプルな服装の者もいた。
なお、このシンプルな服装は一般的な住民の服装であった。
修正後)
また彰弘達が今着ている――避難者へと国から支給された衣服――木綿素材製であろうシンプルな服装の者もいた。
そのシンプルな服装は一般的な住民が普段身に着ける衣服のようで、道路を歩く日本人とは顔立ちの違う人々の多くが身に着けていた。
日本では見られない色合いのシンプルな服が自分で想像できませんでした……。
何考えて書いたんでしょう私は……。