2-2.
前話あらすじ
元自衛隊の部隊に運ばれて拠点で眠り続けていた彰弘は目を醒ました。
そして院長を名乗る女と対面する。
「こんなところだけど、どう?」
説明を終えたサティリアーヌは緑茶で喉を潤した。
トイレから戻った彰弘は、先に戻っていたサティリアーヌが用意したおかゆ――診察して普通の食事でも問題ないと分かっていた彼女だったが念を入れた――を食べながら、魔力や魔素、その他様々なことを聞いていた。
聞いた内容は次のようなことだった。
・気絶した後、今いる避難所に運ばれてきたこと。
・自分がいた避難所の人達は全員生きていること。
・身体の性質、基幹魔力と魔力について。
・ものが死ぬと発生する魔素、またその吸収。
・融合した直後からの期間限定加護。
・日本の地と融合した異世界の地。
・融合後の世界の性質。
・種族に言語。
・今後について。
彰弘は説明されたことを頭の中で整理し、確認のためそのことを口にした。
「まず気絶した俺は元自衛官の部隊によってこの避難所に運ばれた」
「ええ。他の人達と一緒にね。それであなただけがこの治療院に入院することになった。他の人達は仮設の住宅にいるわよ。あなたもここを出たら他のみんなと同じ仮設住宅で当面は暮らすことになるわね」
なるほど、と彰弘は頷く。
「次に、俺が眠っていたのは基幹魔力と魔力の消耗によるもの。だからある程度回復した今、目が醒めた。そして体型の変化はゴブリンを倒したことによる魔素吸収と地球人に付与されていた期間限定の加護の結果」
「そうね。寝込んでたのは基幹魔力を使いすぎたせい。とりえず覚えておいてほしいのは、魔力が枯渇したら無理をしないで休むこと。基幹魔力を枯渇させると死んじゃうから。いい?」
真剣そのものでサティリアーヌは彰弘へと注意を促す。彰弘はその言葉に素直に頷いた。
それを確認したサティリアーヌは話を続ける。
「で、体型に関しては概ねその通り。吸収された魔素はその吸収した人の力へと変化する。脂肪がなくなったのは、その変化の過程で身体が起こした反応の結果よ」
そこまで言ったところでサティリアーヌはお茶を口にする。
魔素には未だに解明されていないことが多々ある。
しかし吸収した魔素を力に変える過程でそれ相応のエネルギーが必要とされるということは判明していた。そしてそのエネルギーは通常食事という形で摂取されることになるが、彰弘のように意識を失っているなどで外部からのエネルギー供給がなされない場合、普段生きていく上で不要な部分からそのエネルギーは供給される。その結果、脂肪を消費して体型が変わるという変化が起こるのである。
なお、この変換はエネルギー消費により生命に危険が及ぶ直前になると停止する。そして体内に残った魔素は力となることなく霧散してしまうのである。
「ただ、加護があったからこその急激な変化だと思うのよ。数十体のゴブリンじゃ、一気に吸収したとしてもたかが知れているもの。加護の正確な効果は分からないけど、あなた達を見てると何かに大きな補正が入るようなものだったと考えられるわね」
「単純に考えると、俺の場合は魔素の吸収に補正がかかる加護だったと?」
「今のところは、そうかもしれない、としか言えないわね。期間限定の加護のことなんて聞いてなかったし。それにその加護はもう消えてるから、これ以上調べようがないもの」
この期間限定の加護は、拠点に避難してきた人へ発行した身分証に記載されていたことで発覚した。
しかし避難してきた人達は避難からくる疲労と今後のことに気を取られおり、また最初から拠点に居てその運営に携わっていた人達もその忙しさから、特段問題が出ていないそれの対処は後でいいと、優先順位を下げていた。
結果、その期間限定加護の表記は、拠点の皆が多少なりとも落ち着き、余裕が出てきたときには消えていたのである。
しかし大人ほど現状を深刻に考えていなかった子供達は、期間限定の加護に興味を示していた。そんな子供達の様子などから、サティリアーヌはこの加護が何か補正を与えるものだったのではないかと、推測していたのである。
「まぁ、悪影響を与えるようなものじゃなかったみたいだし、受けていた加護はそんなに気にする必要はないと思うわ。それに太ってるレベルの脂肪は普段の生活に邪魔だし、結果としてアキヒロさんにはプラスなったんだからいいじゃない」
そう言ってサティリアーヌは笑い、彰弘も「まぁ、そうだけどな」と笑みを浮かべる。
二人で笑い合っていると、サティリアーヌが思い出したように声を出した。
「あ、そうそうゴブリンから石ころみたいなのが出たでしょ? それは魔石といって売れるから拾っとくといいわよ。まぁ、ゴブリン程度だと安いけど」
「売れるのか……覚えておく」
付け加えられたサティリアーヌの言葉に、彰弘はそう返したが、心の中では別のことを考えていた。あれはゴブリンで間違いなかったんだな、と。
小学校に避難していたとき、襲ってくる生物の呼称など分からなかった。だから自分の知識にある物語に出てくる生物で特徴が一致したゴブリンという呼称を使っていた。
しかしその理由を知っているのは融合後最初に会った六花だけだ。他の避難所の人達は、彰弘達がゴブリンと言っているのを聞いて、それの呼称がゴブリンだと思い込んでしまっていた。
もし仮にその呼称が違っていたとしても、そのときは理由を説明すればいいだけなのだが、それは何となく気恥ずかしかった。
そんなこと考えていた彰弘だが魔力について聞いていない事柄を思い出し、そのことを口に出した。
「ところで、俺はいつ魔力とやらを使ったんだ? まったく記憶にないんだが」
「ん〜、直接見ていたわけじゃないから予想でしかないんだけど、話を聞く限りでは身体と剣を強化していたっぽいわね。まぁ、剣に関してはどんな剣だったかも関係してくるからなんとも言えないけど」
サティリアーヌの言葉に彰弘は考え込んだ。
彰弘がゴブリンとの戦闘で 数メートル蹴り飛ばされても即立ち上がれることができたり火球を防いだりできたのは、その時々に必要な部分へと魔力を集中させたことにより、一時的に身体強化と同じ効果を発揮させたお陰であった。
ちなみに本来の身体強化とは、明確な意思をもって身体全体に効果を発揮する魔法である。
そのため、彰弘が行ったものは偶然の産物といえた。
何やら考え込む彰弘にサティリアーヌが声をかけた。
「何か思い当たることでもあるの?」
「ああ、ゴブリンの火球を受けた時に軽い火傷程度だったのはそのお陰だったんだと思ってな」
彰弘の返答にサティリアーヌが目を丸くする。
「驚いた。ゴブリンのとはいえ、その魔法をほとんど無効化するなんて。リルヴァーナの人だって一般人じゃ大怪我よ」
彰弘は軽く笑い「必死だったってことさ」とサティリアーヌへ言葉を返した。
「でもこれで、身体強化で魔力を消費したのは確定。多分似たような感じで剣にも魔力を使っていたから枯渇までいったと考えて間違いなさそうね。基幹魔力の消耗は相変わらず分からないけど、ひょっとしたらそれを使う才能があるのかもしれないわね。ただ使うのは危険だから気をつけて。ってことで次に行きましょうか」
そう言ってサティリアーヌは先を促した。
その問いかけに「そうだな」短く答えた彰弘は次の話題を口にする。
「日本の地と融合したのは、サンク王国、シェル公国、シール公国の三つで、その内のサンク王国が今俺がいるこの土地付近に融合した。で、そのサンク王国とこの地が融合した後の国名というのがライズサンク皇国という、か」
「ええ。ちなみに、シェル公国とシール公国が融合した場所は、それぞれノシェル公国、サシール公国ね」
「ひょっとしてノシェル公国が北で、サシール公国が南か?」
ふと思いついたことを彰弘は声に出す。
「そうだけど、よく分かったわね」
彰弘の言葉にそうだとサティリアーヌは答える。
「まぁ、なんとなくな」
安直だなと思った彰弘だが、特に変な名ではないのでそう答えるにとどめた。
国名の由来は北にあるからノシェル、南にあるからサシールだ。
英語で北はノース、南はサウス、要はそういうことだった。頭文字だけがついているのは単純にリルヴァーナ側の感性である。
ちなみにライズサンクのライズも英語のライジングからきている。ライズとなったのは、これまた感性のためであった。
安直ではあるが、国名を決めることに時間をかけていられなかった現状があり、変な名前でなく相応の意味があるのなら良しとしたのだった。
国名に若干脱力しつつも彰弘は整理した残りの知識を声に出していく。
「えーと、地球というかこの世界の質はリルヴァーナの世界の質を基準に融合している。そのため、地殻変動による地震や噴火などはない。様々な物質もいろいろ変質しているはずで、地球にあった物質と同じと思えるものも性質自体が異なっている場合がある。また地球にもリルヴァーナにも存在しなかった物質が存在している可能性がある。いまいち信じることが難しいが、こんなところか」
「そうねー。でも神託経由だから信じるしかないと思うのよ。ただこればっかりは時間をかけて専門家が調べないと詳しくは分からないわね。神託と言っても一つ一つの細かい説明はなかったし。まぁ、仮にあったとしてもとても覚えきれるものではないしね」
サティリアーヌのその言い分に彰弘は納得する。
確かに全てを伝えられたとしても、人の身で覚えきれるものではないし、それをまた別の人へと伝えきれるものではないだろう。
融合前の地球であっても、またリルヴァーナであっても、未だに新しい発見が相次いでいたのだ。
神託を下した神の行いは下界に存在するものを配慮した結果であったといえた。
「あとは種族と言語。それとある意味一番重要な今後についてか」
「そうそう。ま、種族は人種、魔物種、それ以外で考えるといいわ。正直、多すぎて覚えるのは大変だし。専門的に言い表すと余計分からなくなるし」
「そのへんは地球も同じだな。とりあえず今後暇だったら覚えることにする」
彰弘は地球での生物分類を思い浮かべて、サティリアーヌはリルヴァーナでのそれを思い浮かべて今は不要と判断した。
一般人には普段使うことのない生物分類なぞ不要な知識であった。
種族については後々ゆっくりと覚えることにした彰弘は言語についてを口に出した。
「で、言語は統一か。リルヴァーナのエルフとこうして普通に話しているから疑う理由はないんだが……」
途中まで言って言葉を止めた彰弘にエルフであるサティリアーヌは首を傾げる。
「いや、俺が喋っているのは何語なんだろうと思ってな」
彰弘自体は日本語を話しているつもりではあるのだが、言語が統一されたといっても、それは日本語に統一されたとは限らないのだ。
「日本語準拠らしいわよ。なんでもリルヴァーナと地球の神様みんなでジャンケンして決めたんだって。あ、これ内緒ね。プライドの高い人達に知られると問題になりそうだから」
「わかった。ただ無茶苦茶だな。それにしても……」
「それにしても?」
「いや何でもない。というか気にしても仕方ないと気付いた」
彰弘の言いようにサティリアーヌは再び首を傾げる。そんな様子を見せる彼女に彰弘は自分が思ったことを口にした。
「いやな、自分でまったく気が付かないうちにその統一された言語を受け入れて違和感なく使っているわけだ。それが少し恐ろしく思えてな。ただ、すでに身体自体がこの環境に適したものになっている以上、今更言語程度を気にしても仕方ない、と思ったわけだ」
彰弘の説明にサティリアーヌは「なるほどね」と頷く。
「確かに気にしたところでどうこうなる問題じゃないわね。実際、私達はその変化を受け入れて今生きているわけだし。そうなるとできることは唯一つ、与えられた環境で如何に楽しく生きていくか、それだけってことよね」
茶目っ気たっぷりで後半の言葉をサティリアーヌが言う。
彰弘としてもその意見には同意できたので顔に笑みを浮かべた。
歳相応の経験を積んでいる二人は、良くも悪くも心を切り替える術を持っているのだった。
なお、言語についてだが、その統一は音声言語だけでなく文字言語にも及んでいる。そのため書物などに書かれた文字も書き換わっていた。
例外は現在使用されていない古代言語などで、それらが刻まれた石版などはそのままであった。
後年、この言語の統一で意思疎通が容易になった研究者達により古代言語の解読が飛躍的に進むことになるが、それはまた別の話である。
少しの間、彰弘とサティリアーヌは雑談を楽しんでいた。その内容は主に日常的なことではあったが、互いの国の文化を知るという思った以上に有意義な雑談であった。
そんな会話の中で彰弘はサティリアーヌが妙に神などに詳しいことに気が付き疑問を持つ。そういえば言語のことを話していたときも、普通は知ることはないのではないか、というような内容を口にしていた。
「そういえば、なんでそんなに神様事情というか、それ系統に詳しいんだ?」
もっともな疑問であった。
言語の決定が神様のジャンケンで決まった、そしてそれは内緒、このようなことは一部の人しか知らない情報であるはずで、たかが一治療院の雇われ院長が知っているものではないはずだった。
もっともサティリアーヌが嘘を吐いている可能性も考えられなくもないのだが、今までの会話からそれはないと彰弘は判断していた。
「言ってなかった? 私はメアルリア教の高位司祭よ。だから神託を受け取ることができたし、知っているわけ。ちなみにアキヒロさん、あなたの怪我を治したのもうちの司祭よ」
「ああ、そうなのか……」
「そうなのよ」
「とりあえず、治してくれた人には会ったらお礼しとくことにする」
何かイメージと違う。と彰弘は思う。それでもこれが現実と頭を切り替えた。
残るは今後についてである。
具体的にいうと、どの職に就きどう生活していくかだ。
当面の間は国から援助金が支給されるが、それは当然のことながら期間が決められており、その期間は融合した日から一年間だ。その後は自分で稼ぎ生活していかなければならない。
問題の職だが、これは基本的にどの職も引く手数多であった。融合により各国の領域が増え、人口も増加した。そのため単純に人手不足となっているのである。
特に人手が足りていないのが農業関係と土木関係。そして冒険者関係であった。
農業関係と土木関係は言わずもがなである。農業は人口増加による食料の消費量増加のため、その供給量を増やす必要がある。土木は家屋の建築や街と街を繋ぐ街道の整備、魔物の脅威から街を守る外壁の建造などに人員が必要であった。
冒険者も国の土地が拡がったことにより、現在の人数では足りないと考えられていた。特に危険視されているのは魔物の増加による人々への被害である。
特にゴブリンやオークなどは繁殖力が高く、数ヶ月単位でその数を増加させる。そのため見つけ次第に討伐する必要がある。しかし現在の冒険者の数ではその討伐が間に合わなくなる可能性があった。
なお、冒険者は本来の言葉の意味と離れることになるが何でも屋の側面を持っている。街の中での住民の手伝い、街の外へ出る人達の護衛、魔物の討伐、各地の調査などだ。リルヴァーナの性質が基準で融合がなされた地球でも、その仕事内容は変わるものではなかった。
サティリアーヌから聞いた話を頭に浮かべた彰弘は悩んだような顔で口を開いた。
「なかなかに難しいところだな。デスクワーク系は十分やってきたからもういいとして、人の下について働くのも暫くは却下。となると後は何が残る?」
自問するように彰弘は呟く。
そんな彰弘へと呆れたようにサティリアーヌが言葉をかけた。
「それだけ条件が揃っていたら残りは三つしかないじゃない。個人で商売を始める。自給自足して過ごす。冒険者。この三つ」
「知識があれば商売でも自給自足でもいいんだが、その知識がないからそれは却下だ。後、俺の年齢で冒険者を始めるとか、それもないだろ」
サティリアーヌが出した三つの選択肢に彰弘はそう返す。
「そもそも人の下で働くのを拒んでいる時点で選択肢なんてないわよ」
ため息を吐き出したサティリアーヌは言葉を続ける。
「やっぱ冒険者ね。年齢のことを言っていたけど問題ないわ。うっかり言い忘れていたけど、リルヴァーナ基準なんだから強ければ強いほど長生きできるはずよ。それに冒険者ギルドへの登録は年齢上限はないはず。ついでにゴブリンの集団を簡単に殺せるあなたなら普通に生活するくらいは余裕で稼げる。もう冒険者しかないでしょ」
冒険者しかないというサティリアーヌの言葉に彰弘は考え込む。暫くしてとりあえずといった風に声を出した。
「そうだな。そこまで言うならお試しで登録してみるか。考えてみれば街の外へ行くなら強くならないといけないしな……」
「あら、何か予定でもあるの?」
サティリアーヌはそう彰弘へ投げかけた。
そして、それに彰弘が答えようとしたとき、サティリアーヌが口の前で人差し指を立てた。
「耳をすませてみて」
その言葉に彰弘は意識を耳に集中する。すると引戸のある壁の方から何やら気配が感じられた。
そんな彰弘を見てサティリアーヌが笑みを見せて「来たわよ。あの子達」と呟いた。
一瞬の後、扉がノックされ、それに対してサティリアーヌが「どうぞ」と返事をした。
少しの間を置いて静かに引かれた戸から現われたのは、顔を若干伏した状態の六花と紫苑、それに小学校で強姦されそうになっていた少女二人だった。
そんな少女四人に彰弘は声をかける。
「心配かけたようで悪かったな」
瞬間、四人は顔を跳ね上げ目を見開いた。
そして、
「彰弘さーーーーん!」
六花が彰弘へと飛び込んだ。
二〇一四年十一月 二日 二三時〇〇分
今まで投稿分の『話し』と『話』の使い方を修正。
すんごい恥ずかしい間違い(まだ間違いがありそう……)