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融合した世界  作者: 安藤ふじやす
1.異変から避難
15/265

1-14.

 前話あらすじ

 大量のゴブリンに襲われた避難所だったが、死者を出しながらも何とかゴブリンを撃退する。

 しかし限界を迎えた彰弘はその後、意識を失った。

 鷲塚は迷彩服の男との自己紹介を済ませ、彰弘のことも含めた現状を簡単に説明していた。


 迷彩服を着た男はアキラ・シノミヤという。元自衛官の二等陸尉で、今は避難者を今後の拠点となる場所へ護送する任務をおびた部隊の隊長である。

 アキラの率いるこの部隊は元自衛官を主体とし、地球と融合した惑星『リルヴァーナ』の冒険者を補佐に加えた構成をしていた。

 なお、全国の各拠点全てに同様の部隊が配置されている。その任務はアキラの部隊と同じ避難者の拠点への護送だ。それらの部隊は例外なく融合が起こったその時から活動を開始していた。


 鷲塚から説明を聞いたアキラは横になる彰弘に目を向ける。

「なるほど。もっと詳しく聞きたいところですが、今はこの人ですね。会話の途中で意識が途切れるというのは、あまり穏やかではありません」

 そして、そう懸念を口にした後、彰弘の側に屈み込みその状態を確認し始めた。

 全身血塗れで状態の判断は難しかったが生命に関わるところは見当たらない。しかし呼吸は気になった。呼気と吸気のバランスは悪くないのだが、その間隔が非常に長いのだ。

 六十を数え呼吸数を調べると僅かに二セットであった。普通とは言い難いその呼吸に、自分より詳しい人物にてもらう必要があるとアキラは考えた。


 アキラは立ち上がり、周囲の状況を確認する。すると部下の一人が駆け寄ってくるのが目に映った。

 その部下はアキラの前で敬礼をし直立のまま報告を始めた。

「報告します。周囲に敵対勢力は現在なし。負傷者については重くて軽い骨折程度で生命に関わる怪我をしている人はいません。以上となります」

 子供がいることに気付いて、敵対勢力――つまりはゴブリンなどだ――と負傷者だけの報告にとどめた自分の部下にアキラは安堵する。

 どうしても必要な情報なら今この場で報告を受け取るべきだが、死者数などは今は必要としていない。

「ご苦労様。君が伝令で助かります。それではゴブリンの後始末に合流してください。そしてそれが終わったら、再度状況の報告をください」

 アキラからの指示を受け取ったその部下は、その内容を復唱し敬礼をする。そしてきびすを返しその場から走り去った。


 部下を見送りながらアキラはある人物を探していた。

 それは今この場で最も医療に詳しく最も治療の腕がある人物であった。

 ほどなくしてアキラは目的の人物を見つけた。

「ミリアさん! カテゴリーレッド、至急こちらに来てください!」

 声を張り上げるアキラのその言葉に、鷲塚と紫苑の二人が反応を示した。

 六花は何のことか分かっていなかったが、反応した二人はその意味を知っていたのだ。


 アキラの放った言葉はトリアージに他ならなかった。そしてそのカテゴリーレッドとは、早急に手当てをしなければ生命に関わるというものだ。無論、状況によりカテゴリーが変わることもある。しかし今の彰弘の状態を考えると楽観的には考えられなかった。


「すみません、レッドは方便です。この人は私が診る限り生命いのちに関わる状態とは思えません。しかし念のため私より詳しいことが分かる者に診てもらった方がいいでしょう。ミリアさんはメアルリア教という宗教の司祭プリーストです。彼女は私よりも人の状態を診ることに長けていますし、何よりその力である程度の怪我は治せてしまうのです」

 アキラは自分の発した言葉で表情を硬くしていた二人にそう説明した。

 鷲塚と紫苑はその説明に驚きながらも、アキラの表情とその声から嘘はないだろうことを見て取りほっと胸を撫で下ろした。


「それにしても遅いですね」

 そう口にしたアキラは安心した表情となった二人から目を外し、少し離れたところにいるミリアへと目を向ける。

 その視線の先には、何人かが声を荒げそれをミリアとアキラの部下が宥めているという光景があった。

 何をしてるんだと思ったアキラが再度ミリアを呼ぼうとしたそのとき、自分の背後で何かが動く気配がした。

「彰弘さん、少しお借りします。では六花さん少し待っててくださいね。ミリアさんという方を今連れてきますから」

 そしてその静かな声にアキラは思わず振り向き硬直する。

 そこには、まだ血糊が付着したままの小剣を手にし、優しいと言える表情ながらどこか怖さを感じる顔をした紫苑が立っていた。

「剣を持ってどうするつもりですか?」

 アキラは小剣を持つ紫苑にそう問いかける。

「どうもしません。ただの保険です。今は問答より彰弘さんを診てもらう方が先決です」

 紫苑はアキラにそう返すと歩き出した。

 有無を言わせぬ物言いにアキラは一瞬引き止めるのを躊躇い、そしてその機会を逃した。

 しまった、という顔をするアキラに鷲塚が声をかける。

「大丈夫でしょう。彼女は並の大人などより余程賢いし自制心もあります。ですから剣についても問題ないと思いますよ。彼女は保険と言っていましたが、おそらくあれはお守りのようなものです」

「お守り?」

「ええ。親に意見を言いに行くのです。いくら望月さんが怒っていたとしても不安があるのでしょう。人が人に意見を言うのは勇気がいるものです。それが子供から大人であればよりいっそうです。ですから榊さんが持っていた物をお守り代わりにしたかったのだと思います。剣だったのは単純に自分の一番近くにあった、榊さんが持っていたものがあの剣だったということなのでしょう」

 鷲塚は意識を失い横になっている彰弘に目を向けた。

 アキラは鷲塚の視線を追い、口を開く。

「親というのはあの騒いでいる男性ですか。それにしても持っていた物が拠り所になるとは……。この榊という人は何者ですか?」

「何者と言われましても、この近所に住む会社員らしいということしか分かりません。何せ知り会ったのは昨日の朝が始めてですからね。ついでに言いますとここにいる和泉さんと望月さんも昨日が初対面だそうですよ」

 鷲塚はそう答え、もうすぐ自分の親と接触する紫苑に目を向けた。

「前からの知り合いですらなかったわけなのに、現状があれですか……」

 少し前に六花が泣き叫んだ内容と先ほどの紫苑の行動を思い浮かべたアキラは理解できないと空を仰いだ。


「それにしても和泉さん、随分静かですね?」

 大人同士が話をしているときには、六花が基本は黙っていることを知っていた鷲塚だが何となく気になり少女に声をかけた。

 すると我に返った六花は慌てたように口を開いた。

「あわわわわ、きょ、教頭せんせー。ししししし、紫苑さんが」

「どうしました!? 落ち着いてください。さぁ、深呼吸です。深呼吸して落ち着きましょう」

 慌てる六花に鷲塚は深呼吸を促す。

 それを受けた六花は素直に数回深呼吸し、そして口を開いた。

「紫苑さんの目が、ゴブリンを殺すときの彰弘さんと同じ目してました」

 その言葉に鷲塚とアキラは目を見開き、慌てて紫苑が向かった先へと顔を向けた。


 果たしてそこはどのような惨状となったいたか。

 結論からいうと、鷲塚やアキラが想像したような惨劇は起こらなかった。

 どのような会話がなされていたのかは二人の位置からは聞き取れないが、言い争っていることは見て取れた。もっとも聞こえてきたのは紫苑の父親の声だけだったことから、紫苑自体は激高するようなことはなく冷静に話をしているのだろう。

 しかしそれもそう長くは続かなかった。紫苑が何か決定的なことを言ったのか、それまで声を荒立てていた父親が膝を折ってうな垂れたのだ。

 そしてそれを期に紫苑とミリアは、その場を離れた。









 鷲塚達のところに到着した紫苑は、隣を歩くミリアへと早速とお願いをする。

「では、ミリアさん。彰弘さんをお願いしますね」

 晴れやかな顔の紫苑の言葉にミリアはにこやかな顔で頷き、彰弘の横に屈むと片方の手のひらをその身体にかざした。そして何やら唱えると、彰弘の身体に沿って翳した手を徐々に動かし始めた。

 暫くの間、難しい顔で手を動かしていたミリアだったが、その手を止めると表情を緩め口を開いた。

「とりあえず、生命に別状はありません。詳しい状態は治療を終えてからお答えしますので少々お待ちください」

 ミリアはそう言い、今度は両手を彰弘の身体へと翳した。

「平穏と安らぎを司る神々よ、信徒たるミリア・アーティがこいねがう。傷つきたる彼の者に癒しの祝福を与えんことを! 『ヒール』」

 最後の言葉と共にミリアの両手から神秘的な光が溢れ出し、そして彰弘の身体に吸い込まれていった。

 その後、ミリアは最初に行ったように片手で彰弘の様子を探り、一つ頷くと立ち上がった。


 事前にミリアのことを知っていたアキラを除く避難所組の三人はミリアの治療に驚きの表情を出した。

 今までマンガやゲームなどでしか見ることがなかったその行為を間近で目撃したのだ。当然といえば当然の反応だった。

 ゴブリンとか見ているのに今更? と感じるかもしれない。しかしそこは状況のせいだといえる。

 ゴブリンに襲われたときは死の危険性もあり逼迫していたが、今はその可能性も薄れ心に僅かながら余裕が生まれていたのだ。


 一番最初にその驚きから脱したのは六花だった。

「彰弘さん、だいじょぶなの?」

 心配そうな顔と声色で六花がミリアに尋ねる。

 そんな六花にミリアは微笑んでから口を開く。

「先ほども言いましたが生命に別状はありません。肋骨や中足骨などの骨折や脚部の筋断裂については先ほど治しました。内臓などには損傷はありません。ただ、今眠っているのは基幹魔力の消耗によるものですので、自然回復を待つしかありません。おそらく数日間は眠ったままでしょう。ですが、ある程度回復すれば目を醒ますはずです」

 そう説明したミリアはその場にいる四人を見回した。

「生命に別状ないとのことで安心ではありますが、呼吸は問題ありませんか?」

 アキラは自分がミリアを呼ぶ切っ掛けとなったことについて確認を口にした。

「はい、呼吸も問題はありません。これは先ほど言った基幹魔力が関係しているのですが……基幹魔力はご存じですか?」

 呼吸にも問題ないこと伝え、なぜ問題ないのかを説明しようとしたミリアだったが、『基幹魔力』がどのようなものか知らないと上手く話が伝わらないと考え、その場にいる四人に確認の問いを行った。

 結果、それを知っている者はいなかった。当然ではあるが、鷲塚、六花、紫苑の三人は基幹魔力どころか魔力についても知らない。事前にある程度の説明を受け、この任務に就いていたアキラも基幹魔力についての知識は持っていなかった。

 そのためミリアはまず魔力と基幹魔力の説明から話すことにした。

「とりあえず、魔力と基幹魔力について簡単に説明しますね。まず魔力ですが、これは何かをするための材料だと考えてください」

 そう言うとミリアは胸の位置まで上げた手を握ったり閉じたりする。

「今、私が行っているこの手の動きですが、これにもほんの少しだけ魔力が使われています。当然、呼吸も心臓などの内臓を動かすことにも魔力は使われます。そして……」

 ミリアは先ほどまで開閉を繰り返していた手の動きを止めて、一言『ライティング』と呟いた。すると、空に向けたその手のひらの上に光りを放つ球体が出現した。

 アキラを除く三人が感嘆の声を上げ、その球体を見つめた。中でも六花は目をキラキラさせながら食い入るように見つめていた。

 そんな様子にミリアは微笑みながら開いていた手を閉じ光球を消す。

 そして残念そうな顔の六花に「ちょっと頑張ればできるようになりますよ」と声をかけ、話を続けた。

「このように魔力は力を出す材料となります。なお、この魔力は当然のことながら使うたびに減少していきますが、激しい動きをしなければ徐々に回復していきます。もし身体を動かすのも億劫になるようならば、それは残りの魔力が少なくなっている証拠ですから、休憩することをお勧めします。もしそのまま無理すると魔力が枯渇し意識を失ってしまいますから注意してください。さて、まだまだ魔力について説明できることはあるのですが、今は話を進めたいと思います。詳しいことは街の図書館に行くか、後日、時間があるときに言ってもらえればお教えします。というところで、基幹魔力の説明にいきたいのですが、よろしいですか?」

 一度、言葉を切ったミリアはそう言って四人を見渡した。

 アキラは特に疑問はないようで無言で頷いている。しかし鷲塚と紫苑は気になることがあるのか顔を見合わせていた。

 ちなみに六花はミリアが出していた光を出そうと手のひらを見つめていた。

「基本的なことで申し訳ないのですが……あなたが仰るようなことが私達にも当てはまるのですか? 今までそのようなことを一つも聞いたことがないのですが」

 口を開いた鷲塚は気になっていることを声に出した。

 その質問を聞いたミリアはアキラへと顔を向ける。

「それは私から説明します。後々全ての人に伝えられることですが、私達の身体は融合と同じくしてその性質が皆例外なく変質しています。とは言っても弱くなったり強くなったりとかではなく、惑星リルヴァーナの人達と同じ性質になったということです。リルヴァーナはミリアさん達が住んでいたところで、私達の地球と融合した惑星の名です。この情報についてはどこからと言われると説明が難しいのですが、大元の情報は両惑星に存在する神かららしいです。とりあえず今はこれで納得していただけませんか? 詳しい情報は拠点に戻ってから説明がありますから」

 ミリアの意図を読み取ったアキラは鷲塚へとそう説明する。

 その説明に鷲塚と紫苑。それにいつの間にか聞き入っていた六花も、とりあえずといった様子で頷いた。

 それを見たアキラはミリアに視線を送ると、説明の続きを促した。

「では基幹魔力ですが、これは生物が生きるために欠かせないものです。先ほど身体を動かすのには魔力が必要と説明しましたが、魔力はあくまで材料でしかなく、それ単独で何かを行えるわけではありません。何かを行うには魔力を働かせるしるべとなるものが必要なのです。話の流れからお分かりと思いますが、そのしるべというのが基幹魔力です。意識して動かしている腕や脚、意識しなくとも活動する呼吸や内臓など、これらは全て基幹魔力の働きに魔力が追随して動いている結果なのです。また、先ほど少しだけ話に出した魔力の回復も、この基幹魔力が関係しています」

 ミリアは自分の話を静かに聞く四人を好ましく思い、話を続ける。

「このような役割を持つ基幹魔力ですが通常は大きく減少することはありません。例え全魔力を消費したとしても、それに伴う基幹魔力の消費は全基幹魔力の一割程度です。そんな基幹魔力ですが特定の条件化では大きく減少することがあります。それは魔力が枯渇した後も激しく動いた場合です。この場合、魔力の役割も基幹魔力が担うため相応の消費となります。そしてその消費が全基幹魔力の半分を超えるとある種の仮死状態となり、生命維持と基幹魔力の回復が最優先で行われる状態になります」

 それまで黙って説明を聞いていたアキラが、ミリアの口が止まったのを見て声を出した。

「つまり、意識を失うはずがそうならず、普通はそこまで使うことはない基幹魔力を使って仮死状態になっているのが今のこの人というわけですか」

「そうですね。正直このようになった原因は分かりませんが、この方の状態は過去にあった事例と変わりませんし、診察でも基幹魔力が減少している以外の問題は見当たりません。ですので命に別状はないと診断できます。ちなみに基幹魔力は自然に回復するのを待つしかありませんし速度にも個人差もありますが、およそ一晩の睡眠で全体の一割ほど回復しますので、はじめに言ったようにこの方が目を醒ますのは数日後となります」

「とりあえず、問題ないことは理解できました。ミリアさん、ありがとうございます」

 多少の疑問は残ったものの、ミリアを呼んだ目的は無事達せられ、その結果も問題がなかったことにアキラは安堵した。

 アキラの言葉に続くように六花と紫苑、それに鷲塚もお礼を口にする。その表情は三人共にとても嬉しそうであった。

 それを受けたミリアも「お気になさらず」と喜びの微笑みを返したのだった。


 なお、基幹魔力についての説明をアキラが受けていなかった理由は、通常であれば一生縁の無いものだからだ。

 ミリアの説明にあったように魔力が枯渇すると普通は間違いなく意識を失う。そのため基幹魔力のことなど知っていようがそうでなかろうが関係ない。それが関係してくるのは、精神を鍛えに鍛えた極々一部の人外と呼ばれるほどの実力がある者だけだった。

 ただでさえ膨大な量になる融合後の世界の説明だ。時間的に余裕なかった当時に、基幹魔力の説明を入れるということは無駄でしかなかった。









 アキラがこれからどうするかと考えていると、横に立っていた鷲塚が口を開いた。

「そういえば望月さん、先ほど何があったのか聞いても良いですか?」

 鷲塚の問いは紫苑に向けたもので、その内容は紫苑の変わりようにあった。

 何せ剣を持って父親のところへ向かったときと、今とではその表情がまるで違っていたからだ。

 彰弘を座って見ていた紫苑は立ち上がり、疑問を浮かべる鷲塚とアキラへと顔を向けた。

「簡単に言うと、ほんの少し前から私は『望月 紫苑』ではなく『紫苑』となりました。ですので教頭先生、望月と呼ばないでいただけると嬉しいです」

 気負いもなくそう言う紫苑に鷲塚とアキラ、そして座ったまま紫苑を見ていた六花はすぐには声を出せなかった。

 少しの時間を置いて鷲塚が再び声を出した。

「望……いえ、紫苑さん。もう少し詳しく聞いてもいいですか?」

 途中まで姓を言い、途中で言い直してくれた鷲塚に微笑みを向けながら紫苑は話し出した。

「先ほど父と決別してきました。元々、いつかは縁を切ろうと考えてはいたんです。私の大好きだった母を精神的に追い詰めて殺すような男のところにいつまでもいたくはなかったんです。でも私はまだ小学生です。日本で保護者と別れて生活できないことは目に見えていました。だからあの男の不評は買わないように注意して我慢して今まで生きてきました」

 紫苑は一度言葉を区切ると、未だ地面に蹲る元父親を侮蔑の視線で一瞥する。

「でも、先ほどのあの行動で堪忍袋の緒が切れました。もうあの人と縁を繋げておく必要はありません。それにこの融合で戸籍情報も新たに登録し直されます。いい機会だったんです」

 紫苑が口を閉じた後、暫くその場を沈黙が流れた。

 やがてアキラが声を出した。

「君が父親の下にいたくないというのは分かった。だが、これからどうするつもりだ? 融合した後のこの国は元の日本より厳しいぞ」

 アキラのその問いに紫苑は淀みなく答える。

「とりあえず彰弘さんに保護者となっていただけないかお願いしてみようと思います。もし駄目でしたら、どこか住み込みで働けるところを探そうかとも考えています。ミリアさんにお聞きしましたが、私くらいの年齢で働いてお給金をいただいている子供もいるとのことなので、私もそうしようかと思います」

 紫苑のその答えにアキラは横にいた鷲塚に目を向けた。

 鷲塚は顎を指で支えながら少し考え口を開いた。

「紫苑さん。万が一もないとは思いますが、もし榊さんが保護者の件を断るようなら私のところに来てください。無理をする必要はないですからね、いいですね?」

「教頭先生……ありがとうございます」

 鷲塚の言葉に目尻に涙をためた紫苑は言葉と共に頭を下げた。


 それを見たアキラは仕方ないと頭を振り校庭を見回す。

 すでにゴブリンの死体は見当たらない。全て焼却が終わったのだろう。その証拠に先ほどアキラへ報告に来ていたのと同じ人物がアキラのいる場所へ向かってきていた。









 報告を受けたアキラはどう切り出すか悩んでいた。

 部下からの報告で遺体は全部で十七体ということが分かった。

 遺体はすぐに焼却しなければならないのだが、この場にいる小さな少女にどのように伝えるか、どのように納得してもらうかが問題だった。


 この融合した後の日本……いや、地球を含む宇宙はリルヴァーナが存在した宇宙の法則が基本となっている。このことは一部の人を除いてまだ知られていないが、今現在護送任務についている元自衛官や国の運営を担う者達などにはすでに伝えられていた。

 死体についても元々の性質から変質している。ほとんどが今までと変わりはないが、一つだけ違いがあった。それは死体のアンデッド化である。

 アンデッドについては地球でも様々な伝承が残されてはいるが、リルヴァーナでは現実としてそれが存在していた。

 原因は様々でアンデッドとなるまでの時間もはっきりとはしていないが、死体の処置をせずにいるとアンデッドとして蘇えることが分かっていた。

 そのため街の外で死んだ生物に対しては、人であろうが人でなかろうがその死体は焼却することが決められていた。

 但し、街の中や街の外でもその近くである場合は事情が異なり神殿に運び込む。何故か街の中にさえ入れれば暫くの間はアンデッド化することがないのだ。それに神殿ではアンデッド化を半永久的に防ぐ神の祝福を受けさせてもらえる。

 なお、この祝福は特定の神具を必要としており、それは持ち出せるような物ではない。そのため、いかに神職にある者がその場に居ようと外でその祝福を行うことはできないのであった。


 意を決したアキラは遺体となってしまった男女の子供に声をかけた。

「お嬢さん、君には辛いことかもしれないが今ここで両親の遺体を浄化してあげなければならない。申し訳ないが同意してはくれないか?」

 回りくどい物言いは一切ない。

 真剣な表情のアキラに六花は両親の指輪を握り締めた。

「いますぐですか?」

「ああ、いますぐにだ。融合したこの世界では遺体に何の処置もしないとアンデッドと呼ばれる種の魔物になる。そしてその魔物は生前の記憶を残さない。ただ人を襲うだけの存在になってしまうんだ。だから頼む……」

 頭を下げるアキラの姿に、六花は一瞬目を伏せてから囁くように声を出した。

「わかりました。でも一つだけお願いがあります。さっきミリアさんは平穏と安らぎを司る神様の信徒って言ってました。だから、わたしのお父さんとお母さんが平穏で安らげるように祈ってもらってもいいですか?」

 泣くのを堪えるような少女にアキラの顔が僅かに歪み、その場に悲しげな雰囲気が漂う。

 そんな中を優しい音色が流れた。

「任せて六花ちゃん。我らが五柱の女神、メルフィーナ、アルフィミナ、ルイーナ、アンヌ、リースに誓って、その信徒たるこのミリア・アーティが責任を持って祈りを奉げます」

 ミリアはそう言うと六花を背中から抱きしめた。


 その後、一向は彰弘の身体を洗い校舎へと運び込んだ。

 そしてそれが終わると今日この場で亡くなった十七名の葬儀がミリアにより執り行われた。葬儀は粛々と進み、十七名の魂はミリアの祈りと浄化の炎により天へと昇っていったのである。









 世界の融合から数えて二日目が終わった。

 悲しみに包まれながらも生き残ったこの避難所の人々は、その悲しみを乗り越えて明日への道を踏み出したのであった。

トリアージについて

現実のものと違うところがありますが、この世界では本文中の運用がされているとご理解ください。



二〇一六年 七月三十日 二十三時 八分 誤字修正

誤)アンデット

正)アンデッド

ご指摘に感謝。

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