1-10.
前話あらすじ
作業が終わりを迎えようとしたその時八度目となるゴブリンの襲撃を受ける。
死の恐怖に硬直する彰弘だったが六花と紫苑の声に我を取り戻し、見張りに就いた者達と一緒にその襲撃を退けた。
校舎内に戻った彰弘は月明かりに照らされた廊下で靴を洗っていた。
ゴブリンの襲撃が現実となったため、外で履いていた靴を校内でも履くという彰弘の要望を鷲塚が受け入れた結果だった。
ただ流石に泥だらけのままというわけにはいかないので、鷲塚に許可を取り屋上のタンクから水を引いている水道の下で泥を洗い落としていた。
「そうだ脇谷さん。あなたは救助を待つのと新しくできた避難所へ移動するの、どっちが正しいと思う?」
靴を洗いながら彰弘は、隣で同じように靴を洗っている警察官の脇谷にそんなことを聞いた。
あの場に残っていたことから救助を待つ意見を持つと考えていた彰弘だが、考えを聞いてみたくなったのだ。
「そうですね、榊さんみたいな方ばかりなら移動を考えていいと思います。しかしそうでない以上、少なくとも今は救助を待つ方が無難だと思います」
脇谷の言いようにむず痒さを感じながら彰弘は頷いた。
「まぁ、そうだよな。普通そう考えるよな。いや、あなたのような警察官がそう思ってくれているなら鷲塚教頭の悩みも少しは減るだろ」
「そうですか? まぁ、少ししか話をしていませんが、確かに苦労しているようには見えましたね」
鷲塚を思い出すように言った脇谷に、彰弘は笑いで答えた。
警察官という職にある者から『救助を待つ』と言われれば、一般人からそれを言われるよりも安心するだろう。昨今様々な不祥事などが報道されていたりもする警察ではあるが、それでも緊急事態でのその発言は大きなものがあるのだ。
彰弘と山田が洗い終わった靴の水を切っていると、昇降口の鍵を点検していた山田が戻ってきた。
「特に問題はありませんでした」
その言葉の通りだろう、山田の表情からもそれが窺えた。
今この場には三人しかいない。鷲塚、それに六花と紫苑は先に四階へと上がっていた。
彰弘達の用事が終わるのを待ち全員一緒に上がってもいいようなものだが、四階に運び込んだ備蓄品の整理は終わっておらず少しでも人手が必要だった。そのため、靴の洗浄や着替えが必要な彰弘達を残して鷲塚達は先に四階へと上がったのだった。
「それにしても和泉さんは本当に榊さんになついていますね」
先ほどの別れ際に六花が彰弘と離れるのを渋っていたことを思い出したのだろう、山田がそんなことを言った。
どこか羨ましそうな表情の山田に彰弘は疑問を持ったが理由がわからず首を傾げる。
「今更言われることでもないと思うが、そうだな。多分両親がこの場にいないっていうことが理由にあるんじゃないか? それ以外はちょっとわからんけどな」
洗い終わった靴をタオルで拭きながら彰弘は答えた。
そう答えた彰弘に山田が言葉を返そうとしたとき、脇谷が驚いたように声を出した。
「ご家族ではなかったんですか」
「ああ、違うよ。顔を見れば分かるだろ?」
「言われて見れば欠片も似ていませんね」
脇谷の返しに彰弘は「だろ?」と言い、水気を拭き取った靴を履いた。そして立ち上がり六花との出会いを脇谷に説明した。
その説明を靴を履きながら聞いた脇谷は「なるほど」頷いてから立ち上がった。
「さて、後は服だな。すまないが山田先生、更衣室へと案内してくれ」
その場でやることが終えた彰弘は身体を洗うために水を入れておいたバケツとTシャツを持ち、それまでの会話を切るように言葉を発した。
何となく話しを続けてはいけない気がしたのだ。
「わかりました。それでは付いてきてください」
会話が消化不良だったのかもしれない。軽く息を吐いた山田は、彰弘と同じようにTシャツと水の入ったバケツを手に持ち更衣室へ向かい歩き出した。
彰弘と脇谷はそんな山田の後ろで顔を見合わせ、疑問を頭に浮かべながら付いていった。
彰弘と山田が手に持つTシャツは校庭の倉庫に備蓄されていたものだ。日中の戦いで服を汚した二人に鷲塚が着替え用にと渡したものだった。
Tシャツに着替えるだけならばその場でも良かったのだが、彰弘の着けているジーパンはゴブリンの返り血で汚れており穿き替える必要があった。そのため彰弘を含む三人は予備の服がある更衣室へと向かっているのであった。
「確か職員用の更衣室に予備のジャージがあるはずです。今日は来ていない職員のものですが、体格的に榊さんにも合うと思います」
月明かりが照らす廊下を歩きながら、山田がそう説明する。
他人の服を勝手に借りることに僅かながら抵抗を感じる彰弘だが、今の状況じゃ仕方がないと自分を納得させた。
尚、脇谷が着替える必要もないのに彰弘や山田と行動を一緒にしているのは、そう複雑ではないが校舎にある部屋の配置を把握するためであった。
彰弘達三人は職員室と校長室の前を通り過ぎ、その隣の用具室を越えて事務員室の前まで来ていた。更衣室は事務員室の隣なので後数メートルだ。
彰弘達が男性用の更衣室の前について扉を開けようとしたときだった。どこからか物音が聞こえた。
「何か聞こえませんでしたか?」
扉を開けようとしていた山田が残りの二人に声をかける。
「聞こえたな」
「ええ、聞こえました」
彰弘と脇谷は同時に言葉を返す。
そして三人は手に持っていた物を廊下に下ろし、少しの物音も逃さないように耳をすませた。
三人がそうしていると、またすぐ物音が聞こえた。
「隣だ」
彰弘が物音の発生源を言葉に出す。
「隣は女性職員の更衣室です。どうしますか?」
平時であれば誰か女性を連れてきて中を確認してもらうところだ。しかし今はそんな時間はない。もしゴブリンだったら速やかに始末しなければならない。
「とりあえず、声をかけて様子をみよう。少しでもおかしかったら扉を開けて中に入る」
彰弘はそう言うと腰に止めていた二本の武器を両手に持った。
一本は元々持っていたマチェットで、もう一本は大柄なゴブリンが持っていた剣だ。ゴブリンが持っていた剣はマチェットよりやや短いが、まさに戦闘に使うための造りをしていた。
女性用更衣室の前へ移動した三人は頷き合う。
そして山田が扉をノックしてから中へと声をかけた。
「すみません、誰かいらっしゃいますか?」
山田の声に中からの反応はなかった。
再度山田が呼びかける。
すると中から男の罵声と助けを求める少女と思える悲鳴が聞こえた。
「山田先生! 開けろ!」
彰弘の叫びに山田が扉を押し開けよう動いた。
脇谷は彰弘の横で警棒を握り締めていた。
「中から鍵がかけられています!」
「先生どけ! 蹴破る!」
その言葉に山田が身体を扉の前からどかした。それを見た彰弘は力任せの蹴りを扉へと叩き込む。
その蹴りで、彰弘達を阻んでいた内開きの扉は道を空けた。
彰弘達の目に映ったのは驚きの顔で破られた扉を見る男三人と、その男達に組み敷かれている同数の女性の姿だった。
女性の一人は六花のクラス担任である桜井で、残りの二人は脇谷に守られながら一緒にこの避難所へと逃げてきた少女だ。
男三人は脇谷と少女二人の前を我先にと逃げていた者達だった。
脇谷達が追いかけられていたゴブリンが打ち倒された後、汚れた服を着替るために、少女二人と男三人は桜井の案内により更衣室へ向かった。そして更衣室の前まで来たところで桜井と少女二人は男達に襲われたのだ。
この時、誰かの目があれば今の状況は生まれなかったかもしれない。しかし不幸にも当人達を除く一階にいた全て人が外へと気を取られていた。
桜井や少女二人にとっての不幸中の幸いは、事が起こる前に助けが入ったことだった。
彰弘は更衣室に入るや否や一番手前で少女に覆い被さっていた男を蹴り飛ばし、備え付けのロッカーへと叩きつけた。男の下にいた少女の顔に殴られた痕が見て取れたからだ。怒りの表れだった。
横たわり動かない男を横目で見た彰弘は、呆然としている少女へ「もう大丈夫だから」と優しく声をかけた。
返り血に染まり剣を持つ彰弘は恐怖の対象となりえたが、その少女にとっては自分を助けてくれた人以外の何者でもなかった。
山田と脇谷も更衣室に入ってすぐ動き出していた。彰弘に蹴り飛ばされた男がロッカーに叩きつけられた時には、残り二人の男をそれぞれ殴りつけ桜井ともう一人の少女の上からどかしていた。
そして少しの間、組み合っていたが山田と脇谷はそれぞれが相手していた男を見事に組み伏した。
まず彰弘はロッカーの側で横たわる男が気絶しているのを確認し、それから残る二人を睨みつける。そして無言で山田と脇谷が押さえ込んでいる二人へと歩み寄った。
彰弘はまず山田が抑えている男を拘束することにした。逃れようと暴れる男を一度蹴りつけ黙らせた後ズボンを膝のすぐ上の部分まで降ろしベルトで固定する。次にシャツを脱がして、それで両腕を後ろ手に縛り上げた。
残りの一人は彰弘の行動を見ていたのか抵抗らしい抵抗もせずに拘束されてた。
最後に気絶している男も先の二人と同様な状態にした。
普段の脇谷であればその職種的にも自身の性格的にも、その行為を止めるため口を出したかもしれない。しかし今は自分自身も怒りを感じているせいか、欠片も止める気が起きなかった。
助け出された桜井と少女二人は一様に、はだけた胸元を隠し顔を伏していた。
桜井は伏した状態ながらも彰弘達に感謝の言葉を述べたが、少女達は受けたショックにより声を出せない様子だった。
再度怒りが込み上げてきた彰弘は縛られ倒れている男達を睨みつけた。
「榊さん、これからどうしますか?」
怒りを滲ませた声で山田が彰弘に問いかけた。
とりあえず縛り上げた男達をこのままここに置いておくわけにはいかなかった。
少し考えた彰弘は口を開いた。
「とりあえず、こいつらは別の場所へ移す。山田先生は彼女達が着替える間の見張りをしててくれないか? 扉を壊してしまったからな。すまないが頼む」
彰弘はそこまで言って山田から脇谷へと視線を移した。
「で、脇谷さんは、俺と一緒に来てくれ。流石に一人で三人は手に余る」
山田と脇谷が頷くのを確認した彰弘は行動を開始した。
彰弘と脇谷は校舎の左階段の先にある外へと続く扉を目指して歩いていた。
拘束した男達の一人、彰弘に蹴り飛ばされ気を失いまだ目覚めていない男は彰弘が片手で引きずっていた。
残りの二人は脇谷に背中を見張られながら歩きにくそうに目的の扉へ続く廊下を進んでいた。
「榊さん、彼らをどうするつもりですか?」
「こいつら次第だな」
脇谷の質問に彰弘は短く答えた。
女性達から離すだけなら隣の更衣室にでも移動させればいいだけだった。しかし彰弘は拘束している男達をこの避難所に置くことはありえないと、すでにこの時、心に決めていた。
やがて左階段が見えてきた。
彰弘は左階段を曲がった先にある扉まで進み、扉に付いた窓から外を見回した。そして特に問題がないことを確認してからシリンダー錠を解除して扉を押し開けた。
外へ出た彰弘は引きずっていた男を放り投げる。その男は地面に落ちた衝撃で目を覚ました。
脇谷に見張られて外に出た男二人が睨むように振り返り、気絶していた男が自分達を見たところで彰弘が口を開いた。
「最初に言っておく。言い訳は聞かない。お前らにはここから出て行ってもらう」
「榊さん!? それは……」
驚く脇谷に彰弘は説明した。
「さっきはまだ校舎の中だったからな。他の人に聞かれたらやっかいなことになると思ったのさ。だが、ここならその心配はない。この校舎は窓を閉めていれば外の音はほとんど聞こえないんだ。ついでに死角でもある」
「彼らをこのまま外に出すと言うのですか」
「脇谷さん。俺はな、こんなクズを守るつもりは欠片もないんだよ。役に立つならまだしも、こいつらは役に立たないどころか害にしかならない。あなたと違って少女を守ろうとすることもせずに真っ先に逃げ、あまつさえさっきのあれだ。そんな奴らをここに置いておくわけにはいかない」
彰弘の言葉に脇谷は沈黙した。
今の状況で外に出るということは死ぬ確率が高いことを意味していた。だから警察官の立場として彰弘の言葉に声を上げた。しかしその後に彰弘が言ったことも理解できた。今、目の前にいる三人は一緒に逃げて来た道中の言動、そして先ほどの行動を考えると今後問題を起こすことは容易に想像できた。
それに自分も怒りを感じている。彰弘の言葉を強く否定する気持ちは浮かんでこなかった。
「はっ、何の権利があって、てめぇがそんなことを言うんだよ。それに今の状況でそんなことしたら犯罪だろうが!」
自らが強姦未遂を犯していることを棚に上げて拘束されている男の一人が喚いた。
「権利なんてないな。だがそれがどうした? 罪に問うというなら好きにしたらいい。俺は自分が守りたいものが守れればそれでいい。最初に言ったが、お前らが何を言おうとここから出て行ってもらうことに変わりはない。これ以上は時間の無駄だ、そこから敷地外に出れる、さっさと行け」
彰弘は一考もせず言葉を返し右手に持った剣をその男の眼前に突きつけた。
喚いた男は突きつけられた剣と彰弘の冷めた目に怯んだのか声を出そうと口を開いたまま固まった。
少しの間沈黙が続いたが、先ほど喚いた男とは別の男が拘束されるときに彰弘に蹴られた部分を押さえながら食って掛かる。
「いいだろう、出てってやるよ。だが覚えておけよ、必ず復讐してやる。さっきの女も必ず見つけ出して犯してやる。そうだてめぇが親しそうにしていたガキも後何年かしたらいい頃合だ。見つけ出して犯してやる」
下卑た笑いを浮かべ男はそう言うと仲間である先ほど喚いた男と地面に横たわる男へ視線を送る。
それを受けた男二人は聞くに堪えない言葉を喚き散らし始めた。
彰弘は当初移動もままならないような状態にして男達を外に出せば、生き延びることはできないだろうと考えていた。それは日中の出来事からある程度の数のゴブリンがこの小学校界隈を徘徊していることが分かったからだ。だから言葉で小学校の敷地外へ出すという方法を取った。
これは今まで日本で生きてきた価値観から、無意識下で相手に逃げ道を作っていたからだ。そう、運が良ければ生き残ることができるという逃げ道を、だ。
しかし男達の暴言は彰弘のその価値観を崩した。
この瞬間、三人の男の生き残る道は途絶えたのだ。
「脇谷さん、止めるなよ」
それだけ言うと彰弘は下卑た笑いの男へと歩み寄り、怪訝な表情を浮かべたその男の顔を左手で掴んだ。そして一気に力を入れ、男の後頭部を地面に叩きつけた。
立った状態から後頭部を地面に叩きつけられた男は、何がその身に起きたのか分からないまま絶命した。
「てめぇ、何をす……え?」
それを見た最初に喚いた男は、そう声を出し自分の胸を見た。
そこには剣が突き刺さっていた。
いつの間にか立ち上がっていた彰弘が突き刺したものだった。
胸から剣を生やし仰向けに倒れる男を一瞥した彰弘は横になったまま逃げようとする最後の男へと迫る。
「お、おい、やめろよ。悪かったさっきのは冗だ……」
彰弘は這いずって逃げようとする男の言葉を最後まで聞くことなく、頭を目指して足裏を叩きつける。その攻撃は何とか耐え命を繋いだ男だったが、首を狙った二撃目をまともに受けあの世へと旅立った。
剣を回収した彰弘は脇谷を一瞥すると、相対していた男が全員死んでいることを一人一人確認して回った。
そして、それが終わると少し離れたところにあるフェンスに備え付けられた出入り口を開け、そこから死体を手早く小学校の敷地外へと投げ捨てていった。
全ての死体を敷地外に出した彰弘は脇谷に近づき口を開いた。
「すまないが頼みがある。今ここで起きたことは少しの間伏せておいてくれないか? ずっとというわけじゃない。救助が来てみんなが安全な場所へ移動するまででいい。あなたの立場的に受け入れられないだろうことは分かる。だが、それを曲げて頼む」
そう言って彰弘は脇谷へ頭を下げた。
脇谷はどう言葉を返すべきか悩んでいた。
今、目の前で頭を下げている男は狂っているようにも、我を失っているようにも見えない。とても先ほど人を殺した人物と同じとは思えない。ただ少女達の将来を案じただけの人物にしか見えなかった。
だからといって、彰弘の言葉を受け入れてもいいものだろうか? 相手がどうしようもないといえる存在だったのは事実だ。しかし殺してもいいというわけではない。日本の刑法を当てはめるまでもなく彰弘の行動は重罪と言える。だが、少女達の将来を守るために必要なことだったのかもしれないとも思える。
それに自分は動けなかった、いや、動かなかった。『止めるな』と言われたからではない。心のどこかで、今はこの場にいない三人を殺してやりたいと思ったからだった。
脇谷は悩んだ末、声を出した。
「榊さん頭を上げてください。分かりました、あなたが言うとおり安全な場所へ行くまで黙っていましょう。後、この件に関しては私も同罪です。その事を覚えていてください」
「真面目すぎだろ。だが、ありがとう。あなたが手をかけてないことは俺が証明するよ」
二人は頷き合い、それから校舎内へと戻った。
彰弘と脇谷が更衣室へと歩いていると、その扉の前で山田と桜井が話しをしていた。
少女二人はその近くに座り込んで、こちらも何やら話しをしている。
「そっちの着替えは終わったようだな」
いきなりの声に更衣室の前で話しをしていた四人は驚いたように声がした方を振り向いた。
「榊さんですか、驚かさないでください。とりあえず、こちらの着替えは終わりました」
「いや、すまない。そんなに驚くとは思わなかった」
軽く謝罪した彰弘は四人を順番に見た。山田はまだ汚れたジャージのままだ。桜井は汚れのないジャージを着ている。多分、自分の予備だろう。少女二人は職員が予備として更衣室に置いていたジャージを着けていた。サイズがあっていないのだろう、手足の裾を折り曲げてサイズを調節していた。
「ところで、あの三人はどうしました? 姿が見えませんが」
山田が拘束されて彰弘と山田に連れて行かれた男達の姿が見えないことに疑問を放った。
「ああ、やつらなら『こんなところにいられるか』って、外に出て行ったよ」
「そうですか」
淡々と返す彰弘に僅かに違和感を覚えた山田だがそれ以上の言葉は続けなかった。
その替わりというわけではないだろうが、座って彰弘達の会話を聞いていた少女の一人が声を出した。
「本当に、あの人達はもういないんですか?」
ショートカットの少女は怯えを含んだ声でそう聞いてきた。
彰弘が目を向けると声を出した少女だけでなく、もう一人の少女もこちらを向いていた。
「なら、確認してみるか? 今ならまだ見えるかもしれない」
その彰弘の提案に脇谷は驚く。
何せその三人はすでに死んでいるのだ。いくら外が暗いといっても今日は月明かりが強い。三人が同じ位置で倒れているのを見られたら、殺したことがバレなくても何かしらあったことを悟られるかもしれない。
そこまで考えた脇谷は、ふと疑問を抱いた。なぜ彰弘が死体を隠さず放置したのかについてだ。いくらあの場所が校舎の中からは死角になっているとはいえ、明日になり日が昇ればいずれ発見されるだろう。冷静に見えた彰弘がそんなことに気が付かないとは思えなかった。
「それじゃ、行こうか」
そう言って踵を返した彰弘に脇谷は不安の映る視線を送った。
その視線の意味を理解した彰弘は、大丈夫だ、と目だけで返した。
彰弘は再び左階段近くの扉の前へ来ていた。
一緒に付いてきた他の人達は左階段のところで彰弘の様子を窺っている。
扉に付いた窓から外の様子を確認した彰弘は一つ頷くと、後ろで待機している人達へと合図を送った。
その合図に左階段で止まっていた全員が腰を低くしたまま彰弘のそばへとやって来た。
「いいか、こっそりと見るんだ。決して顔全体を窓から覗かせるなよ。後、何を見ても大きな声を出すな」
彰弘はそう言うと自らの身体を扉の前から離した。
一番最初に覗き見たのは山田だ。一瞬だけ外を見るとすぐにその場から離れた。顔には驚愕が浮かんでいる。
次に覗いたのは少女二人だった。その顔は安堵の表情をしていたが、窓から外を見たその目には侮蔑の色が浮かんでいた。
その後、桜井、脇谷の順で覗き、両者とも山田と同様に驚愕の表情をしていた。
全員が外を確認し終えたところで、一行は扉から左階段まで静かに移動した。
階段に腰を下ろした彰弘は、全員が落ち着くのを待ってから口を開いた。
「想像とは違ったが、もういないということだけは分かってもらえたと思う」
彰弘はそう嘯き少女達の顔を見た。
二人の少女は彰弘を見返して頷いた。
窓から見た光景はどうなっていたのか? それは複数のゴブリンが人間だったものを三つ運んでいる姿だった。
それは彰弘にとって半ば意図した半ば偶然といえる光景だった。
三人を殺した彰弘は、その死体を小学校の敷地の外へ音が出るように投げ捨てた。それは三人を殺したとき視界の隅に映ったゴブリンにその三つの死体を気付かせるためであった。
ゴブリンが人を喰らっているのを見たという話を聞いていた彰弘は、ゴブリンが死体でも運び去るのではないかと考えた。だから自分は見つからないように身体を近くの樹木に隠しながら、できるだけゴブリンが見えた方向へと死体を投げ捨てた。
運の要素が多分に含まれる方法ではあったが、避難所にいる人達が安全となるまでの間、可能な限り波風立てずに乗り越える方法を他に思いつかなかったのだ。
もしゴブリンが死体を運んでいなかった場合はどうするつもりだったかというと、ゴブリンがフェンスの近くにいるから見るのも危険だと知らせ説得するつもりであった。
今回の事象は後々問題となるかもしれなかった。しかし彰弘にとっては救助が来るまでの間、問題とならないのならそれでよかった。
唯一、妙になついてくれている六花や紫苑、そして今日知り合った人達に、変な心の傷を残すかもしれないことが心配ではあった。しかしそれは時間が解決してくれるのを祈るしかなかった。
尚、家族について彰弘は心配していなかった。今は遠方にいる人の安否など分かる状況ではない。彰弘自身が身分を証明しなければその生死は不明となる。DNA検査なども考えたが、労力的に実施されるとは思わない。つまり家族が生きていたとしても、生死の関係で心配はさせるだろうが、犯罪者の家族という迷惑をかけることはないと考えていた。
「運のない連中ですね」
山田が言葉を吐き捨てた。
「まったくだ」
彰弘もそれに追従する。そして言葉を続けた。
「この程度で君達の心が癒えるとは思わないが……とりあえず、今日はもう寝るといい」
二人の少女にそう声をかけた彰弘は階段から腰を上げた。
その後、一行は彰弘と山田が身体の汚れを落とし着替えが終わるのを待ってから、全員揃って避難場所となっている四階へと向かった。
尚、その途中で物音の確認に降りてきた鷲塚と数名の男性と遭遇し男三人のことを聞かれたが、「意見が合わずに出て行った」という彰弘達の説明にあっさりと納得していた。真偽はどうあれ、鷲塚達にとってもあの男三人はこの避難所にいない方がよい存在であったようだった。