プロローグ
その空間には無数のモニターのような物が浮かんでいた。その大きさは様々で映っているものも様々だ。
そんなモニターが浮かぶ中心に人影のようなものが存在した。
それはこの空間の主であった。地球人類の基準で言えば子供――中性的な顔立ちなため性別は判断できない――のように見える。比較対象がモニターしかないため実際の大きさはわからないが、体形とその表情から何となくだがそう思える。
「ふむ、楽しそうだな」
どこからともなく空間に声が響く。
「うん、当然だよ。こんなことはそうあるもんじゃないし。それより君はこっちの世界に来てていいのかい?」
「もう問題は無い。我の世界の調整は終わった。後はそなたの世界にある宇宙の一つと我の世界の宇宙の一つが重なるのを見届けるだけだ」
「なら一緒に見ていようよ。君のことだからこっちで最後を見届けると思って、君にもよく解るようにこのモニターを用意したんだから」
「では、その言葉に甘えようか」
少しの間、言葉のやり取りを行った後、空間の主から君と呼ばれた異世界の存在が姿を顕した。
その姿は壮年の男性といった感じであった。顔に表情は無い。
「あははっ、相変わらず渋い姿で顕れるね君は。とりあえず座りなよ」
笑いながら空間の主は無邪気に思える声を出した。
暫くの間、無言でモニターを見ていた二つの存在はその変化に気づいた。
「はじまったね」
「ああ」
空間の主は楽しそうな表情で、異世界の存在は無表情で、その変化を見つめていた。
対象となった宇宙、そしてそこに存在する全てのものにとって、この変化はほんの一瞬であった。一秒の百分の一にも満たない時間だ。
だが、この空間でモニターを見つめる二つの存在はその短い時間で起きた全てを知ることができた。この二つの存在にとって時間の経過は意味がないのだ。
まず二つの宇宙は、生命を除いたそこに存在する全てを当分に分割され、パズルを組み合わせるように一つの宇宙へと形を成していった。
次に起こったのは性質の変化だ。
二つの宇宙は極めて近い性質をしていたが、それはあくまで他の世界の宇宙と比べてのことだった。極めて近いと言ってもそこはやはり異なる世界の宇宙同士、そのままでは一つとなったはいいが崩壊することが目に見えていた。
だからこちらの世界で普通に存在できるように、その性質を変化させていった。双方の宇宙の物質は隣り合う物質と結合し変化しつつ新たな性質となり生まれ変わる。それを繰り返し瞬く間に性質の変化を完了させた。
生命として存在しているものも、その性質を周りに合わせて適応させていった。
最後に起こったのは宇宙を維持する存在の融合だった。
宇宙のあらゆる空間に在ったそれは、一度中心部に集まり、重なり合い交じり合い、そして完全に一つとなると溶け込むようにその場から消え去った。
「いやぁ、終わったね」
「ああ」
一部始終を見届けた二つの存在は満足そうに言葉を出した。
「事前に準備したことも上手くいってくれたし、星神も他の神も頑張ってくれたし、無事に終わってよかったよ」
「我の願いを受け入れてもらい感謝している」
「あはは、気にしないで。僕だって自分の世界は愛おしい。僕と同じ存在の君が消え行く世界の生まれたての宇宙を残したいと思う気持ちもわかる。それにあの宇宙は君の世界で唯一生命が残っていたんだろ? だったらなおさらその気持ちには共感できる」
空間の主は一度口を閉じ、神や人が映っているモニターに目をやる。そして再び話出す。
「僕はね、時には馬鹿やって滅びそうになったり実際に滅んだりする、そして滅んだのにまた誕生する、そんな生命が大好きなんだ。その生命が自分達の行為では無く、こちらの理由で消えてなくなるのは、とっても嫌なんだ。だから気にしなくて良いよ。逆に僕がお礼をいいたいくらいだ」
「そなたに頼んでよかった。……む、どうやら、そろそろのようだ」
「そうなんだ。もう少し話をしていたかったけど、仕方ないね。もし再臨できたら遊びに来なよ。君の宇宙と僕の宇宙の営みがどうなってるか見せてあげるから」
「ふっ、そうだな。その時はお邪魔しよう。ではな」
その言葉を最後に異世界の存在は消え去った。
空間の主は暫くの間、異世界の存在がいた空間を見つめていた。
そして呟く。
「最後の最後で笑うって、何とも渋いね、君は」
その後、気を取り直したように空間の主はモニターへ向き直った。
モニターには、性質や大きさを変化させつつも融合前と変わらずそこに在る星々、文句を言いながら事後処理を行う神々、そして未だ融合の事実に気づかず日々を過ごす人々が映し出されていた。
空間の主は、そんな愛おしいものたちを飽きることなく、微笑みを湛えた顔でいつまでも見つめていた。
二〇一四年八月二十二日 十三時〇四分 修正
漢字の使い方を修正