決闘10
「あれ?クレサちゃんは?」
メンバー表を出して戻ってきたチェットはわざわざ俺に尋ねた。
買い物に行ったのだが……、当然答えようもない。とりあえずクレサが駆けて行った方を指差す。
「相棒、クレサちゃんどこ行ったか知らない?」
目は合った。……何も伝わってないらしい。俺にはこれ以上どうすることもできない。とりあえず両手を小さく広げて肩をすくめる。
「相棒、クレサちゃんは?」
知らん!というか一回聞いてまともな答え返ってこなかったら他の人に聞けよ!
「ただいま戻りましたわ」
と俺がイライラしているうちにクレサは戻ってきた。よかった、これ以上はその問いに肉体言語でしか答えられんからな。
「どこ行ってたの?」
「買い物ですわ。先ほどの戦いで秘策をひらめきましたの!」
秘策?なんだろ?クレサは買い物に行ってきたと思しき袋を手に下げている。
「どんなの教えて!」
チェットがやや興奮気味に尋ねるとクレサはそっと人差し指を唇に当てる。
「それはお楽しみですわ。ふふふ。きっとチェットさんも見たら真似したくなりますわよ」
……どんな秘策なんだか。さっきみたいな味方を冷や冷やさせるのはやめろよな。
「そうか……。あっ!俺も買い物してこよう」
「何かありますの?」
「えっ!あー、えーっと、そう秘策だよ!俺も秘策。アミンもクレサちゃんも秘策があるように俺にもあるんだよ!」
「そうなんですの?どんな秘策なんですの?」
「のどを……、いや、お楽しみだよ!」
のど?なんだろ?でもまあクレサといい、チェットといい、買い物一つで済むような秘策なんてたかが知れてるけどな!
「あっ、そう言えばアミン、大会スタッフが呼んでたぞ」
と言い残すとチェットは秘策の準備のためどこかへ立ち去った。
「なんデスカネ……」
と不思議そうな顔でアミンは大会スタッフのもとへ向かった。
それから数分後チェットもアミンも戻って来て全員そろった。
「それではアーナム前へ!」
フィールド中央で審判が叫ぶと拡声器から実況の声が響き渡る。
「さぁーて、いよいよ始まります!アーナム戦!船に乗り隊からは隣町で骨董品から日用品まで幅広く取り扱っているリサイクルショップのオーナー、アミン!」
アミンってリサイクルショップやってたの?というかなんで俺らの知らない情報持ってんだ、あの実況。さっき呼ばれた理由はそれか?
まあいい。問題は対戦相手だが……、まずいな。相手サイドから出てきたのは腰の曲がったおばあさんだった。フードで顔が隠れているところを見ると魔法使いっぽいが所詮はばあさんだ。どんな魔法が使えようと運動量でカバーできるだろう。ただでさえ魔法使いは物理攻撃に弱いのにその耐性がさらに低そうだ……。アミンなら勝てるというか……、もはや相手が気の毒。……いや、逆に先鋒にそんなばあさんを入れ、ばあさんを痛めつける図を観客に見せて俺たちの心象を悪くしほかの3人で勝つという戦法か?控えの相手を見ると体格のいい男が3人腕を組んでいる。あいつらは相当やりそうだ。
……いや、その戦法はないか。なんせ、あいつらセカンドステージの船で惨殺劇を繰り広げて既に実況に悪魔だ何だと言われているからな。となるとなんで3人はあんなばあさんと組んだのか……。これなら街でアミンをスカウトしたほうが何倍もいいだろうに……。
「対するNONAMEからは!」
……NONAMEって、とことん名前にヤル気ないよな、どこも……。何の集まり何だかさっぱりわからん。恥ずかしさだけなら船に乗り隊には勝てないけどな。もう乗ったし……。
「山奥で一人暮らししているところをスカウトされたという謎の老婆、ナルゲ!」
へぇー、山奥で……、ん?
……ナルゲ?
……。
いまみんなが探している例のあの人ってことはないよな、老婆だし……。いや、でも変装の名人だって噂らしいし……。いやでも、反対から読んだだけってそんな適当な……。いや、そもそもチーム名がNONAMEだもんな……。それになかなか強そうな男3人がチームを組む理由もないんだよな。いや、船に乗りたかっただけかもしれないし……。いや、そしたら参加者を戦闘不能にする意味もないし……。
もし本人ならこの試合、間違いなく荒れる……。
「ん?あのばあさんもしかして……。」
隣でチェットが顎に手を添えてばあさんを凝視している。
「どうかしましたの?」
クレサがチェットのつぶやきに聞き返す。
「いやね、気のせいかなー」
なんだよ、やはり……。
「フードのところに糸クズがついているように見えるんだよなー」
確かになんかついているように見えるけどどうでもいいわ!
「そんなことはありませんわ!とてもじゃないですけどそんなふうには見えませんわ!」
クレサがムキになって反論する。
……どうでもいいって。
「アルメナスの悲劇と言えば史実でもまさに信じられない展開となりましたが、果たして今回はどのようなドラマが待ち受けているのでしょうか!下馬評ではセカンドステージで2艘目の選手たちを一人残らず再起不能にしたNONAMEの勝利予想が圧倒的ですが、私の予想としては苦戦を強いられるものの善戦し、船に乗り隊が勝利をつかむと予想しています。解説のカヅワさんは私の予想どう思います?」
「んー、キュネさんの苦戦を強いられるという表現は少し抽象的すぎるね。ドラマは細部に宿るというしキュネさんの言う予想は一番大事な部分がさらっとしてしまっているせいで感情移入しづらいところがちょっと残念賞かなー」
お前は何の解説で来たんだよ!
「なるほどー勉強になります」
大会運営の人に言いたい。実況が実況してません!
「はじめッ!」
審判が両手を上げる!
「お年寄り相手では気が引けますが、行きマスヨ!」
アミンがばあさんに突っ込んで行く!それにしてもうちの連中は近接格闘系しかいないのか?
「ひい!お助け~!」
ばあさんは怯え切った顔でアミンを拒むように手を伸ばす。さすがのアミンも動きが止まる。
「出たーッ!ナルゲのひい!お助け~!です!」
実況、完全にバカにしてるだろ!
「一回戦でもこの技で相手の動きを止めていました。これはいったいどんな魔法なのでしょうか?」
いや、魔法じゃねーだろ!本当にばあさんなら普通そうなるだろ。お前には血も涙もないのか!
「ここからでは確かなことは言えませんがおそらく細くて丈夫な糸でアミン選手の動きを拘束しているのでしょう。先ほど近くで見たときあのばあさんのローブに糸クズついてましたから、糸使いなのはおそらく間違いないかと思われます」
えっ!糸?そんなの出したところもアミンが動きを止めたのも自分からにしか見えないが……。動きが急に止まったというよりもゆっくり止まっていたし……。というか糸クズ取ってやれよ。
老婆への拳を収めたアミンは素早く距離をとった。しかし、距離をとったにもかかわらず臨戦態勢は解かない。驚いた表情でアミンは老婆に向かって言う。
「あなた、その香水……。もしかして……。」
香水?香水をつけているのか?まあ、あの腰の曲がり方をしているばあさんじゃ、毎日お風呂入るのも大変そうだしな。なんにせよ、糸使い説はないな。実況解説は本当に必要なのか?観客のことを考えても大会運営費のことも考えても何の役に立ってないように思えるんだが……。
アミンは自分の鼻を片方だけ抑えて大きく鼻から息を吸う。
「……間違いないデス。この香水はブロロソロロ山の山頂にしか咲かない桜の花からとったものデス。人の鼻ではほとんどその香りを感じることはありマセンが、香水の成分を嗅いだ男性には糸クズがついている幻覚を見せる効果を持つ逸品デス」
なんだその逸品。香水って香る水だよな?ほとんど匂いを感じないのに糸クズの幻覚を見せるって、……どんなゴミだよ。
「そして、ゲルナが自分とその仲間を識別するためにつけている逸品デス……。あなた、ゲルナの仲間デスカ?」
……やっぱり出てくるか、その名が。
「フフフ」
老婆が笑い出す。さっきまでとは違い、その笑い声はかなり若々しい。
「ゲルナの仲間じゃない、ご本人登場よ!久しぶりね、アミン!」
勢いよく首の皮を引っ張り顔マスクを剥がすと会場の人間たちの目を一斉に奪うような魅惑的な色香と凛とした顔立ちの女が現れた。
……まあ、糸クズはついたままだけどな。




