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勇者の証3

 今は一躍、時の人だからな。大きな移動は日が落ちてからにしよう。

 大きな建物の屋根の上、地上からはしっかり死角になっているところに寝転がった。


 日が暮れるまで暇なので、チェットの現状と俺が必要な理由について考えてみるか……。

 そもそもチェットは勇者の証の試練を受けるためのエントリーをしに王宮に行った。そのチェットがなぜ俺を必要としているのか?


 人間性に問題ありって言われて困ったチェットがいかに勇者にふさわしいかを俺に証明してもらおうとしている。勇者になるのだからそれなりの人物である必要はあるはずだ。保証人って奴。この街にチェットの知り合いがいないともいえないが、あの調子だと俺に頼る可能性もある。

 うん、このパターンはあるな。チェットは腹が立つやつだが悪い奴ではない。あいつが自爆して勇者になれないのはいっこうに構わないけどそもそも受けられないって言うのは嫌だ。なによりあいつ程度なら勇者の証の試練で争っても負ける気がしないしな……。

 まあ、もしそうだったとしても俺には弁護できないけども……。


 ほかには……、あっ、なんかやってはいけないことをしでかしたとか。例えば、廊下を走ったとか肘ついてご飯食べたとか……。そして、捕まってここから出たければ日暮れ前になにか指定された特別なものを持って来いとかで俺が取りに行かされるパターンとか!ここまで些細なことでこんなことにはならないけどこれもあるかもしれない。

 これはちょっと面倒くさいな……。情報集めとかしなくちゃならないし持ってきたものが合ってるのか確かめるのも必要だし、それにうまくいっても恩着せてなにか指図とか俺にはできないしな……。

 これは俺にとっては最悪のパターンだ。


 ……ここで思考を止めると最悪のパターンになってしまう気がする。え~と、ほかにはエントリーは二人一組だったとか?エントリーした人は王宮の外に出れないからしゃべり相手が欲しいとか、やきそばパンが食べたいから買って来いとか……。

 ……やばい。こんなものしか思い浮かばない。最悪のパターンになる気がしてきた。


 何やかんや考えているといつの間にかすっかり日が落ちていた。まあ、なるようになるさ。そろそろ行こうか。


 王宮に潜入するのはわけなかった。来る途中で兵士の駐屯所があったのだ。彼らは「風の残り香の大盗賊、バフモッティ」を探すために出ばらっていて駐屯所はカラだった。俺はここにいるのにな。そこで制服を拝借して、正面から堂々と王宮に入っていった。


 さて、問題はここからだ。ここのどこかにチェットはいる。チェットがいるとしたら……、3箇所か。

 ①エントリー受付

  勇者の証がこの世にランダムに出現するものなら、王宮の一室にそういう場所が特設されている可能性がある。入り口付近にはなかったからどこかの一室を使っているのだろう。

 ②王の謁見の間

  そもそもエントリーが昼過ぎから日が沈むまでかかるものとは考えにくい。そして、俺を探しに来たのが近衛兵団だったことを考えると王様が出てくるほどの問題になっている可能性もある。というか王様って結構簡単に出てくるよね、ゲームだと。あれ、セキュリティーとか大丈夫なのかな……。まあ、その心配は今はいいとして、それなら探す場所もなんとなくわかるしね。

 ③牢屋

  全てが手遅れ……。そのときは一人で罪を償ってくれ。


 となると俺の直感は……、②の王の謁見の間だな。まあ、単純に一番行ってみたいだけなんだけどね。きっと豪華なんだろうな。それにほかの場所は文字読めないし人に聞けないしどこにあるのかすぐにはわからないしね。

 迷うことなく階段を上り、一番上にある一番大きい部屋に向かう。なんか冒険している高揚感がある。そして、大きな扉の前で深呼吸して、少しだけ開けて覗いてみるとそこにチェットがいた。

 まじか!一発!ラッキー!


 だが、俺の心境とは逆にチェットは二人の兵士に両脇を抑えられて自由を奪われ、必死さが伺える。

「もうすぐ相棒が来ます!そしたら俺の最後の願い、聞き届けてください!お願いします!」

 ……最後のお願い?なんだか穏やかじゃないな。

 一体どうやったらエントリーしに行って最後になっちゃうわけ?


 まあ、あれでも共に旅した仲だしな。助けてやるか。

 汗臭い制服を脱ぎ巷で噂のバフモッティスタイル(最初に落ちてたローブ)に着替えて勢いよく中に入る。


「相棒!」

チェットが嬉しそうに叫ぶ!

 待たせたな!


 部屋の中にはチェットとチェットを抑えている兵士たちのほかに怒りっぽくて怖そうなおばさんが椅子にふんぞり返っていた。化粧が濃く、服にはいたるところに宝石があり、そして王冠っぽいものをかぶっている。

「ほう、お主が相棒か……。妾の兵に探しに行かせたのじゃがどうやら一人のようじゃな……。わざわざ捕まっている仲間を助けに乗り込んで来たというのか」

 それに加えて一人称が妾間違いなくこいつがこの国の王様だ。まさか女王だったとは……。

 あっ、あと近衛兵団な。あいつら目の前の俺に逃げられるというか目をそらしちゃうくらい職務にいい加減だからもう一度選び直したほうがいいぞ。


 女王は興味深そうに俺を見る。

「妾はこの国の女王メーレスじゃ。お主、名は?」

 俺の名は……、ってお前もか!答えられんと言っているだろうが!もうやめてください。

「まあよい」

 いいのかよ!別に興味ないなら聞いてくんなよ!


「さて、本題に入ろうかの。そこにいる男――」

女王はチェットを指差す。

「こやつは、昔、妾を振った男に顔がそっくりなんじゃ。こやつの顔を見てるだけで不愉快極まりない!そこでこやつを処刑にすることにした」

 なんて横暴な!なんだその想像を絶する理不尽さは!

 

 そして、なんだその唐突な展開は!

「しかし、こやつがどうしてもきかないのじゃ」

 そりゃ、チェットはお前を振った男のことを知らないだろ!

「どうしてもやらなくてはならないことがあるとかでのう。もう少し待てといってのう」

 ちょっと待て、それだと処刑自体は受け入れているように聞こえるぞ!お前も大丈夫か、チェット!


「まあ、ちょっとした余興にその願いを聞いてやることにしたのじゃ。その続きはその男から聞くのじゃ」

 いやいや、ちょっと待って、一旦整理させて。チェットは処刑されそうだがその前にやることがあるからもう少し待ってほしいと……。常識を逸脱した行動に少し思考が止まったが要はそういうことだな。そこで俺が呼ばれたことを加味すると……、そういうことか!


 余興だと!?ふざけやがって!さっき想定していた最悪のパターンになりそうだがそういうことなら全力でやってやるよ!待ってろ、チェット!


 チェットは今までと違ってなんだかしおらしい。

「相棒、来てくれてありがとよ……。でも、こうなっちまったら仕方ねぇよな。まあ、俺は村を出た時から既に死ぬ覚悟は出来ていたけどな」

 まだ覚悟を固めるのは早い!俺が何とかしてやるから!

「俺は戦いはあまり強くない……。それでも多くの世界を見て、多くの人を見て、多くの夢を見たいと思った。それは俺の力では高望みだったのかもしれない」

 それはあえて否定はしないけども……。

「確かにほかに出来ることはたくさんあった……。親にも友にも兄弟達にもいろいろ勧められた。けど、俺は俺の人生をストレートに決める!やりたくないことをやってやりたいことができない。そんな笑い話ないもんな!それにまっすぐ進んできたおかげで相棒にも会えたしな……」

 ……やめろよ。なんで諦めてんだよ……。

 俺の目が熱いくなる……。胸が痛みだす……。

 なんだかんだ言ってきたけど俺、思ってたよりコイツのこと好きだったのかもな……。


「ただ一つだけ……、思い残していることがあるんだ。相棒、この頼み聞いてくれるかい?」

 なんでも言ってみろ。俺にできることがあるなら何でもやるぞ!

 俺は迷うことなく『はい』と即答した。


 俺の返事を聞くとずっと浮かない顔だったチェットの表情が軽くなる。 

「まだ言ってないのに、ありがとう、相棒!助かるよ!」

 ……なんかミスったか?


「それで頼みというのはほら、この街に着いたら護衛の報酬を渡す約束しただろ?あれだけきっちりやっとかないと気分悪くてさ。だけど今持ってなくて……」

 ……ああ!?そんなこと?それにすっかり忘れてたわ!秘伝の薬だっけ?今さらどうでもいいよ!お前のことのほうが問題だ。それでなに?俺がそれを取ってくればいいの?それとも材料を取ってくればいいの?


「一度、ポポポ村に帰らなくちゃならないんだ。その薬が洞窟の奥にあって最後の部屋はジクリーンの血族じゃないと開かない扉があるんだよ」 ……え~と、なに?話が見えないけど俺がその扉をブッ壊して取ってくればいいの?


「だからさ。俺が取りに行ってる間、代わりにここに捕まっててくれってことなんだが引き受けてくれて助かるよ!」

 ……なに、そのパターン。俺は何もしなくていいというよりも何もさせてもらえないのね。というか人質にされるとは……。まさか俺の最悪の想定のさらに下があったとは……。


「うむ、どうやら交渉は成立したようじゃな」

 女王は嘲笑うような表情で満足げに頷く。

 

 え!?ちょっと待って!そういうことなら話が違う!勝手に話進めないで!


「それでは約束通り、10日後の日没までに帰ってこないようなら代わりにこの相棒とやらを処刑するぞ!ホッホッホ」

 10日後?絶対無理だよ!あいつ一人じゃ、あの洞窟の雑魚モンスターと連戦したら勝てないもん!

「万に一つ、いや、万に9999遅れた場合は特別に貴様を無罪にしてやるぞ!ホッホッホ」

 何この女王、ほんと嬉しそう……。


 確かに一度助かった命を自ら他人のために投げ出すなんてそうそうできるもんじゃない。また、自分のせいで人が死ぬなんてことになれば後悔と自責の念に駆られるだろう。そして、一生消えない十字架を背負うことになる。それを見て女王は楽しもうとしているのだろう。

 あのポンコツ近衛兵団を近くにおいていたら、そういう人間の黒い部分を楽しみたいという気持ちになったといったところか。趣味悪いな……。


 じゃなくて悠長に女王の心境を解説してる場合ではない!

 なんだこれ、これなんてメロス!?しかも友人サイドかよ、俺……。

 チェットはきっと戻ってくる。洞窟で全裸になったくらいだし、なんだかんだで義理堅いし、嘘つくようなタイプには見えないし、何よりアホだし……。たぶん村にたどり着けなくても10日後までには戻ってくるはず。それに俺なら最悪の場合はたぶん自力で脱出できるだろうしな。チェットの余命が10日伸びただけだ。


「それでは開始じゃ!10日後が楽しみじゃのう!ホッホッホー!」

 女王による上機嫌な開会宣言のあとチェットは解放され、逆に俺の両脇に兵が来て身柄を拘束した。


 はっきり言って俺を抑える兵士どもは俺より断然弱かったが、ここで暴れればメロス……、じゃなかったチェットの信頼を裏切ることになる。こうなった以上、大団円を迎えるためには俺はここでおとなしくしているしかない。暴れるのは最悪の時の最後の手段!なにより絶対に相棒を死なせやしない!と言って走って部屋を出ていったチェットを俺は信じてる。あいつは必ず戻ってくる。


 そのあと、俺は兵士たちに牢屋に連れて行かれた。高待遇って言うのもおかしいけど、牢屋って……。

 というか10日って!俺は10日も捕まってなければならないの!?まだ街で買いたいもの、買ってないのに。

 なんだこれ!?


 こっちに来て一日でいいから何かいい日来ねぇかな……。


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