勇者の証2
なんか知らないけど狙われている!?間違いなく鎧の男たちは俺のほうに向かって走ってきている。
おっさん、警備隊でも呼んだのか?それとも他の客が?電話とかどこにもなさそうなのにいつの間に?ワタシ、マダ、ナニモシテナイヨ。
……そんなわけないか。おっさんは別に怪しい動きはしてなかったし、客も俺以外いないし……。おっさん、商売する気ないし……。じゃあ一体……。
おっさんが脱税とかで追われている可能性もある。その場合は巻き込まれるのが面倒だ、万が一、身に覚えがないが俺だった場合……、0.1秒ほど考えてから返り討ちにしてやるべく未購入のカバンを置いて露店を出た。
とりあえず奴らのステータスはと言うと、先頭を走ってくるほか二人とは鎧の色が違う男を見た。なんかリーダーっぽいし……。
サボッチャ
HP 138
MP 65
ATK 79
DEF 70
MAT 56
MDE 68
SPD 58
チェットよりはだいぶ強いがやはり俺の敵ではない。というかこいつ、洞窟をふさいでいたあの魔物より強いじゃんか!何やってんだ、王国は!働け!
と前方にだけ気をとられていたが奴らが来る反対側からも鎧がこすれる音とともに複数の足音がする。振り返ると後ろからは5人の同じ格好をした奴らが走ってきていた。格好から察するに間違いなく軍の人間。それが8人……。結構な大事じゃないか!これは結構な罪だぞ!
と思っていたがさらに増える。最終的に20人ぐらいに囲まれてしまった。多いな。だがこの人数、おっさんに用があるということはなさそうだ。だって、おっさん相手なら一人でいいし……。
事情はまったくわからないが俺が捕まる理由はない。……ここでバトル漫画の主人公みたいにバッタバッタと敵をなぎ倒していったらかっこいいだろうな。街の人も足を止めてこちらを見ている。いいとこ見せてやるぜ!フフフ……。
と思っていたが一向にかかってこない。20人ぐらいで囲い込むところまではスムーズだったのに、そこから何かいうでもなく襲い掛かってくるでもなく謎の沈黙が続く。視線だけは俺に向けられているので俺もアクションが起こしづらい。
とりあえず一人目が来てから大勢が囲い込みをつくり、さらに野次馬まで集まってきて、何も起こってないのにただ事ではない雰囲気になってきてようやく1人前に出てきた。
「私はロクルルエント王国の近衛兵団チームAの団長のウェットンだ!」
サボッチャ、お前がリーダーじゃないんかい。このウェットンも鎧がほかと一緒なのに……。サボッチャは後ろの方であくびをしている。
ウェットンが自己紹介したと同時に周囲からかなり大きな歓声が上がる。
「キャー、近衛兵団チームAの団長、ウェットン様よー」
「素敵ー」
「こっち見て!」
ミーハーどもが!どこのアイドルだ!
確かにイケメンだがこいつは近衛兵団なんだろ……。
しかし、若い女衆だけでなくほとんどの人が近衛兵団を見ている。街の人のあこがれのようだ。なるほど何でわざわざ兵団で来たのか。ほかのやつらはボディーガードってわけだな?
こいつが出てこなければいい話しだが……。
歓声を聞き、ウェットンは顔を真っ赤になる。……慣れているわけではないのね。
「き、きゅじぇんをお、王宮までちゅれてゆきゅ!て、抵抗ちゅればよ、容ちゃちにゃいじょ!」
照れんなよ、ウェットン!こっちもやりづらいわ!
貴殿を王宮まで連れて行く!抵抗すれば容赦しないぞ!って言ったのか?恥ずかしいからって噛みすぎだ。せっかくのイケメンが台無しだぞ。
「顔で兵団長になったやつは所詮こんなもんだな」
「ちょっと顔がいいからって調子に乗りやがって」
周りの近衛兵が口々に愚痴をこぼす。……近衛兵団の闇を見てしまった。ウェットン、これからもがんばれ!
「……はぁー、あのー、そこのあなた、我々一緒に王宮まで来てください……。お願いします」
急に低姿勢!?強気だったり、恥ずかしがったり、、腰が低くなったり、一人で忙しいやつだな……。
最初は倒す気でいたがウェットンが残念すぎて……、同情してやりにくい……。
だが、王宮に来いと言われても何されるかわからん以上ほいほいついていくわけにもいかない。というか十中八九面倒くさいことが起こるに違いない。事情がわかればいいが言葉が話せないと状況を説明してもらえないだろう。今も何の説明もなく連れて行こうとしていたし……。
なぜ俺を探していたのか、それがわかればついて行くのも吝かではないがついていった結果いきなり投獄なんてことになったらお話にもならない。
……というか、話せる、話せない以前に、ウェットンは落ち込んで下ばかり見てるし、周りの近衛兵はウェットンに対して愚痴ってばっかだし、サボッチャは鼻ほじってるし……。街の人は近衛兵団に夢中ときた。俺を取り巻く状況のはずなのに誰ひとり俺を見てない!
なんだこれ!
さて、こういう場合どういう行動がベストなんだ?ここで取れる選択肢はそんなに多くない。
①ついて行く
②全員倒す
③逃げる
④買い物の続きをする
パッと思いついたのがこんなものだが、……④買い物の続きだな。こんな茶番に付き合ってやる必要はない。
さて、続き続き……。
再びお店に入っておっさんを殴ってお買い物……、ダメだダメだ!こんなに人が集まっているところでやったらおそらくこれとは別件で捕まって牢にぶち込まれることになる。そうなったら顔とか隠してないし、試練が始まるまで街に居づらくなる。最悪、試練に出ることもできなくなるかもしれない。
となると②の全員倒すもダメか……。
よって、①のついて行くか③逃げるかだな……。
いや、ここで冷静に分析してみよう。そもそもなんでこんな人数に囲まれているのか。
そういえば、はじめに「あいつだー」って言われた気がする。ということはあいつらが俺を俺と認識していたということだ。つまり誰でもいい人の中から俺が選ばれたのではなく、俺をはじめから必要としていたということだ。だが俺はこの街はおろかこの世界に来てそこまでイレギュラーな行動は取ってないはずだし、一国家のトップクラスに目を付けられるほどの注目を浴びるようなことをやらかしてはいない。
もっと俺の潜在的に特出した点といえば……ステータスか。しかし、ボスクラスの魔物でさえ俺のステータスの素晴らしさに気づいていなかったことを考えるとそこらのパンピーに俺の凄さがわかるわけない。
他の可能性があるとしたら語彙力か。『はい』と『いいえ』しか使えないが、『はい』も『いいえ』も有名になるほど使った記憶はない。というか『はい』も『いいえ』も使う機会がほとんどない。あまりに無口だから?いやいや、それでパントマイムが特別うまいとかならまだしもパントマイムが通用した記憶はないし、面識もない近衛兵がわざわざ囲みに来るほど面白いものでもない。
じゃないとすれば記憶がないことか。一般的なことは覚えているから鎧を着たまま眠ったり洞窟で全裸になったりといった意味がわからないことをしてない。それに俺に関する記憶だけがないことをほかの奴が知っているわけがない。
もしかして、名前がダサいとかか。もしこれだったら……、泣きたい。
うーん、これだけ考えても思い当たることがないとすれば他の原因となるがそんなことはありえるのか?おそらく俺のことを人から聞いたのだろう。俺のことを知っていて俺の話をするような奴がこの街に……、この街にそんな奴がいるとしたらそれはあいつしかいない。
今ようやく辻褄があった。王宮で何かやらかしたチェットは何らかの形で俺が必要になったと考えるのが妥当だろう。
ということは俺の選択肢は……③逃げるの一択だな!
チェットがどうなろうと知ったことか!ざまみろ!さんざん俺を振り回した罰だ!SPD999の実力見せてやる。
近衛兵団20人で取り囲まれていたにもかかわらず、結局あっさり抜け出すことができた。スピードとか関係なく、ウェットンは下ばかり見てたし、他の人たちはウェットンを見てたので……。
お前ら、敵ながらがっかりだよ!
さっと登った建物の上から奴らの様子を見てみる。
10分後…
「き、消えた?」
「どこいった?」
「あっ、洗濯物取り込まなきゃ」
「ちょっと目を離したすきに……」
「なんてやつだ!」
いたるところから様々な人の声が聞こえる……。
……気づくのおせえよ。 目を離してたの全然ちょっとじゃねぇよ。少し悲しいわ……。
「あいつ……、これだけの人間に囲まれていながら誰にも気づかれずに抜け出せるなんて……。間違いない!!!あいつは風の残り香を二つ名に持つ大盗賊バフモッティだ!」
と誰かが叫ぶ。
間違いだ!!!と俺が叫ぶ(誰も聞こえないけど……)。誰だよ、バフモッティって!なんだよ、風の残り香って!どこの誰だよ!解説役なら適当なこと言うな!俺の名はチュル……、今はまだ非公開だ!
しかし、そこにいる人たちはみんな信じてしまったようだ。
「あいつがバフモッティとはな……。相棒としか聞いてなかったから完全に油断していた。心してかかるべきだったな……。今からは遊びじゃない。バフモッティを見つけ出して捕まえろ!」
遊びだったのかよ!俺が言うのもなんだが、ウェットン、お前は周りの信頼を勝ちとるまでもう少し真面目にやったほうがいいぞ。
周りの近衛兵たちも「顔だけ団長のくせに偉そうに命令すんな」とか小言を言いつつ、バラバラに散っていった。
……もしかして、逆に面倒くさいことになった?
これって俺が捕まるまで捜索が続くよな?そしたら、勇者の証とか言ってる場合じゃないじゃん。クソ、おとなしく捕まっときゃよかった……。RPGとかの主人公が明らかに自分より弱そうなやつにも簡単に捕まるのってこういうことになるのを未然に防いでいたんだな……。
知らなかった……。
だが、今、捕まるのはなんか恥ずかしい。絶対に見世物にされるし……。
仕方ない。俺から王宮に会いに行ってやるか……。